いもうとティーチャー☆

第五十一限:妹ハモン


三年生になって初めてのテストが終わった。

結果が全て返され、校内ではお互いを褒めあったり謙遜しあったり、今回はあんまり勉強しなかったからなどのお決まりのセリフが聞こえたりと、ほとんどがその話題を占めているが。

「うおおおお、良幸ー良幸ーよしゆっきー…」

「ええい、歌うな、寄りかかるな、気味悪い!」

お決まりのごとくショックを受ける男がここにも一人。

「ていうかテストが一個一個終わるごとに、ウダウダしやがって! 今更落ち込まなくても結果なんて分かりきってただろ!」

「こう、改めて結果を見ると二段階目の衝撃ががつんと来るんだよー。 今セカンドインパクトっていう単語が頭の中にポップアップしたけど無意識のうちの除けた」

「うるせぇよ、いいからどけ!」

「るーるー、来年も僕は三年生ー。 お前も一緒にさんねんせーい」

「なるか! ていうかまだ期末テストもあるし、それがダメなら補習でも受けろ!」

「お、ナイスアイディア。 でもおれのなつやすみは親戚の少女の家に行くから…」

「…妄想だろそれ」

「ううん、えっちなゲーム」

「いいから、相当やばいんだぞお前」

「そんな事俺が一番分かっとるわぁー!」

「威張るな!」

「えっへん!」

「…えっへん」

気がつくと、というか、俺の横には雪村が座っていた。

「……」

「……」

言葉が詰まって、3秒、5秒と顔を見合わせることになる。

その間雪村に動きなし。

「ツッコミは?」

「あ、あぁ」

雪村が無表情に呟く。

「お前疲れてるんじゃないか? とっさにツッコミが出ないなんて」

「異常事態ね」

「お前ら人をなんだと思っていやがる」

「ほら、片野君のツッコミがないと二人とも寂しいんだよ」

後ろから姫地。

今回の結果は平均より少し上。

前回より一位上がったそうだ。

「姫っち。 若い女子がツッコむとか突っ込まれるとは言うのは…」

「そそそそう言う意味じゃなくて、あの、その…」

「頼むから姫地も、ボケボケしてないでこっち側に回ってくれ…」

なんだろう、一ヶ月ほど前は、姫地はもうちょっと常識人の位置づけだった気がするのだが…。

「…」

ふと雪村を見る。

別に、さっき反応が遅れたのに理由なんてない。

俺だって完璧超人じゃないんだ。

そもそも完璧にツッコミをこなす超人なんて称号、もらってもまったく嬉しくない。

大体完璧超人は…。

「ていうかー、ユッキーずるいよな」

「どうしたの?急に」

秀人の話題転換に、俺がびくりと反応してしまう。

当の雪村は、無反応だ。

「急じゃない、さっきまでのトークはいわば前フリだ」

「日常会話にんなもん使うな」

俺は適当に喋ってるつもりでも、こいつにして見ればもしかしたら綿密に計算されたトークなのかもしれない。

…間違いなく考えすぎだが。

「んで、ずるいってなんだよ」

「テストだよ、テスト」

「…」

「…え? あぁ、テストね」

「なんだよ、みんな疲れてるのかぁ? すっげぇじゃんユッキー。 学年二位」

「あぁ…」

また沈黙が降りそうになって、秀人が不満そうな顔になる。

姫地まで黙ったのは、何なのだろう。

「雪村の順位って、前からそんなに上だったのか?」

さすがに気まずくなって、俺はその話題に乗ってやることにした。

…興味があるのは嘘じゃない。 興味なら、ある。

二年の頃から知り合いではあったが、雪村の順位なんて気にした事がなかった。

いや、今も別に気にする必要はないんだろうが、きっと。

「ええと…」

「…この前の順位は224番だった。 惜しいわね」

「惜しいって何だよ、お前」

「その前が231番、さらに前が202番。 これはギリギリ合格」

「だからそれは何だ」

「キリ番」

「はぁ?」

「なんでそんなことしてるんだ、ユッキー?」

「宗教上の理由」

「あんまりカルトなのはダメだと思うなー、俺」

つまり、こいつには、元から学年2位ぐらい軽く取れる実力があったって事だろう。

それでいて、何の為かは知らないが順位で遊んでた。

「随分余裕なんだな」

我知らず低い声になる。

多分秀人が嫌う、トークを盛り上げないトーンの声だ。

自身、こんな冷たい声を出す自分に驚いた。

何か言葉を続けてお茶を濁そうと思うのに、言葉が出てこない。

雪村を見るが、彼女は反論もせず、表情も変えず、俺をぼんやりと見ている。

「あ、あのね、そういうわけじゃないよ? これはなんていうかキリンの生き方っていうか芸人人生って言うか」

何故か姫地の方が一生懸命弁解する。

「姫地、フォローになってないぞそれ」

「で、なんで今回はぞろ目じゃなくて、二番なんだ?」

秀人は気にしてるのか、気にしていないのか、マイペースに会話を続ける。

「ちょっとした、心境の変化よ」

「お、普通の答えだ」

無表情な雪村の顔が、俺のほうをじっと見る。

訳がわからないまま中ば睨むように見つけ返すと、すっと流れるように、目をそらされた。

なんなんだよ、一体。

 

 

 

夕食時でも両親はいない。

まぁ別に現代社会の歪みどうこうを言いたいわけでもないが、歪んだことがあるとすれば…。

「だから、行儀悪いから足をぶらつかせるな」

「む〜、ブラブラさせてると足がびろーんって伸びてくんだよ、この前テレビでやってた」

「どんだけ伸ばしてもお前はチビだよ」

食事をする時に二人きりなのにやたらうるさくなるのは、弊害といえばそうか。

「そんな事ないもん! バカにしてるとお兄ちゃんより大きくなっちゃうんだからね!」

「物食ってる時に不気味なもん想像させるな」

股下だけで俺を超える身長を誇る未久美を想像して、即打ち消す。

淡森が未久美に成長してほしくないといった気持ちが少し理解できたな、うん。

テストで色々ありはしたが、割と俺たち自身は上手くやっていた。

威張ることではないが、俺のああいう態度なんていつもの事だし。

本気で威張ることじゃないな…。

まぁ、だが順調といえた。

「そういえばね、お兄ちゃん」

未久美がアジフライを頬張りながら、次のイカリングへと箸を伸ばす。

「ん?」

口の中に物を入れるなと言おうとしたが、こっちもその噛み応えがあるイカリングが口の中に入っているので、相槌を打つだけになった。

「この前のテスト」

イカリングを頬張りながらも、器用に話す未久美。

俺はその単語の所為で、口の動きが余計に鈍った。

「雪村さんったらすごいんだよ」

「…知ってるよ」

大きめのままのイカを飲み込んで、俺は答えた。

胸が詰まる。

「学年二位だったんだって、二位。 私のテストなんて満点だったよ、すごいよね」

やっぱり、そうなるのか。

あいつが、未久美のテストで手を抜くはずがないよな。

「あれ、お兄ちゃん嬉しくないの?」

「何で俺が…」

「友達でしょ、だって」

「俺は…」

どうなんだろう。

俺はあいつの友達って事でいいのか?

毎日顔をつき合わせて喋っちゃいるが、俺はあいつの何を知ってる?

あいつの妹、あいつの家、あいつの名前。

他は、何も知らなかった。

自分が雪村に対して何を思って、あいつを避けているのか、自分でもわかっていない。

俺があいつに抱いている感情は…。

「あの、でもお兄ちゃんもがんばったよね! 順位だっていっぱい上がってたよ!」

未久美がフォローのような言葉を入れる。

もちろん、褒めてはいるんだろう。

こいつなりに、こいつの視点で。

俺が雪村に抱いている感情は、つまりこいつに抱くようなこの嫌な感情と似通っている部分がある。

口の中に、苦虫とやらがいるとしか思えない。

俺はこいつや雪村が嫌いなわけではないのに、こんなムクムクと意地の悪い言葉が浮かんでくる。

「…そりゃどうも」

ため息を、溜めたものと一緒に吐く。

ダメだ。 こんなことで不機嫌になってどうすんだよ。

「む〜、お兄ちゃんって、たまにそういう顔するよね」

「そういう顔ってなんだよ」

「なんか痛いのを我慢してるみたいな顔」

ビクリと体が震えた。

気づいていたのか?

いや、だったらこんなこと聞かないだろう。

気づき始めているんだ…。

やっぱり、こいつは成長してるんだ。

「お兄ちゃん?」

「男には色々あんだよ、ガキには分からねぇんだ」

「むぅ〜、私ガキじゃないもん、先生だもん」

「どっからどう見てもガキだよ」

「む〜!」

今はガキだ。

でも、いつか気づく。

「言いたいことがあったら言ってね、お兄ちゃん」

「ん…」

イカリングをもう一個頬張って、強く噛んだ。

言えるか、こんな事。

格好悪い? 情けない?

違う。

醜い。


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