いもうとティーチャー☆

第五十ニ限:妹ベントウリターン


「というわけで、ここはこうなって、こうなって、こーーーうなって…答えは2となります」

スーツを着たちびっこい人物が、黒板の端から端へと、背伸びをしつつチョークで図を書いていく。

「分かりましたか? 皆さん」

「はーーーい」

クラスの奴らが一斉に返事をする。

うちのクラスって、こんなにノリが良かったか?

「では、四時間目の授業を終わります。 お疲れ様でした」

ぺこりと礼をして、未久美が出て行く。

そんな訳で、昼休みとなった。

「なぁんか最近人気だよなぁ、未久美先生」

さっきまで両手を挙げて返事をしていた秀人が、まじめな顔になってぽつりと呟く。

「んー、元々人気が出る要素はあったと思うよ。 もうニヶ月だし、みんなも打ち解けたんじゃないのかな?」

「いや、あれは打ち解けたというより毒されてるだろ」

全員ノリが小学生だったぞ。

「さて、購買で飯でも買ってくるか」

「あ、いってらっしゃーい」

「……」

秀人と共に教室を出る。

「くそー、俺が一番最初にラブ電波を飛ばしたのに。 今日の授業だって十回も目があったし」

廊下を歩きながら、ぶつぶつと秀人が呟く。

「ずっと見っぱなしだったら、そりゃ目も合うだろ」

「いーや、俺は授業の半分は先生を見ながら先生を見ていなかった。 何故なら彼女を見ながら二人の未来を想像していたからだ」

「また外に洩れたら即逮捕されるようなのじゃねぇだろうな」

「想像を縛る法律はない! まぁ、授業中だし軽い奴よ。 俺プラトニックラヴァーだし」

「…対象年齢は?」

「18禁程度じゃね?」

「程度じゃねぇよ! いくとこいってんじゃねぇか!」

「まぁまぁ…そう興奮するなって」

廊下ですれ違う何人かの生徒がこちらを見る。

「お前がおかしな勘違いぶち上げるからだろ」

自重して、俺もトーンを落とした。

だというのに、すぐに秀人が大声を上げる。

「と、うおお、噂をすれば!」

こちらへと未久美が歩いてきたのだ。

手に弁当箱を持ち、目を伏せている。

俺達には気づいていないようだ。

「マイスイートハズーー!!」

その未久美に秀人が駆け寄る。

「ひゃ!」

叫び声に未久美が顔を上げ、こちらも短く悲鳴。

「妄想と現実の区別をつけろ!!」

俺はすばやく秀人の襟を掴んで頭を一発叩いた。

「はっ、危ない危ない。 切り替えが上手く行ってなかった」

わざとらしく額を拭うしぐさを見せる秀人。

こいつをこのまま社会に放ってはならない気がしてきた。

「こんにちは、未久美先生」

で、すぐに笑顔を見せつつ未久美に改めて挨拶をするが、こちらはもちろん怯えている。

「こ、こんにちは」

それでも何とか挨拶を返すのは、芽生えてきた教師としての矜持か。

「これから飯ですか?」

「あ、はい、おに、あ、いえ、はい」

完全に混乱してきてるな。

「ちょっと落ち着かせてやれ」

「あぁ、好きな人の前だと緊張するって言うからな」

何を勘違いしてやがる。

仕方なく俺は、未久美と秀人の間に体を割り込ませた。

ぎゅ。

…未久美が制服の裾を掴んで来る。

バレるからやめい。

俺の目線に気づくと、未久美は躊躇うように中空でにぎにぎとしながらも、その手を離した。

うし、偉いぞ。

体の影に隠れたのも幸いして、秀人にも気づかれなかったようだ。

とはいえ廊下は購買へと向かう生徒がまばらにおり、さっきの奇行もあいまって注目を集めているだろうから油断は出来ない。

「あ、お昼これからなら、一緒に食いませんか?」

反省したのか、抑え目のトーンで秀人が未久美を昼食に誘う。

何故か握り手。

下手に出過ぎだろう。

「あ、でも今日私、お兄ちゃ…あの」

困ったように、未久美が俺を見上げる。

その手には弁当箱。

なのだが、ちょっとでかい。

ハンカチの中に二つ包まれているようだ。

俺が今朝作った弁当は一つ。

ん? そういえば朝…何かそれに関係する話をしたような。

『んー、まだ眠ーい』

『早く起きるって言ったのお前だろ。 良いから早くどけ、俺が起きられねぇだろ』

人を勝手に抱き枕にしやがって。 っと、違う、これじゃない。

『おにいちゃーん。  私の靴下なーい』

『洗濯機入れないでその辺に放置しておくからだろ。 ほれ、その辺に転がってるの履いてけ』

いつか水虫になるな、こいつ。 まぁこれでもない。

『お兄ちゃん、今日はあっちゃんの家に寄ってから学校に行くからね』

『あ、何で?』

『へへー、秘密』

これだこれ、こういうことだと。

要はこいつ、淡森…もとい雪村邸で俺の弁当を作ってきたわけだ。

しかも俺に内緒で。

「事前に言っとけよ…」

「潤いのある生活には、ドッキリも必要だって言ってたんだもん…」

秀人に聞こえないように、視線を合わせずぼそぼそと呟いて会話。

お互い聞き取りにくくはあるのに会話が成立するの所はさすがに長年の仲というか。

「何で」

「ええと、あっちゃんに借りた…本」

あいつめ。

ていうかこのドッキリ二回目じゃねぇか。 驚かねぇよ。

「や、やっぱまずいッスか。 先生」

「い、いいえ」

痺れをきらせた秀人に押され、未久美が首を振る。

「マジッスか! やっほう、おい良幸、早くパン取りに行くぞ!」

「え、あ、あ!」

止める間もなく、奴は駆け出して行ってしまった。

「そっか、お兄ちゃんパンなんだ」

「ったりまえだろ。 何食ってると思ってんだ」

「うん…ごめんなさい」

未久美が落ち込んだ表情を見せる。

「あー、ちょっとこっちに来い」

「え、うん…?」

俺は未久美を階段の踊り場まで連れて行き、左右を確認。

「さっきちゃんと手を離したからな」

そのしょげた頭にぽんと手を乗せ、少し乱暴に撫でた。

「あ…」

「んじゃ、また後でな」

気恥ずかしくなって、撫でた手をポケットに突っ込みながら未久美に告げる。

いつもより短い撫で時間だったが、未久美は何故だか不満も言わず。

「うん…」

と、俯いたまま、返事をした。

 

教室に戻ると、未久美は人の椅子に座って足をブラブラさせていた。

机は四つ繋げられており、正面に姫地、横に雪村…といった形だ。

「行儀が悪い…ですよ先生」

「あ、うん、はい、片野君」

弁当を両手で持ったままの未久美が俺を見上げる。

勢いがついた足の動きが、だんだんと動きを緩くしていった。

「つうか、そこ俺の席です」

後ろに回りこんで、椅子の背もたれをカンカンと叩く。

「まぁまぁ、さっき学食いく子に椅子を借りたから」

姫地が助け舟を出すかのように、自分と未久美の間のスペースの椅子を指し示す。

ていうか何で俺が移動なんだよ。

普通逆だろ逆。

「小さいところに拘ってると、矮小な男だってバレるぞ良幸」

「うるせぇ」

秀人に諭されるという屈辱を味わいながらも、俺はしぶしぶその椅子に座った。

「ていうか先生のヒップに椅子を暖めてもらえるなんてご褒美だろ。 まったく」

嘆かわしいとでも言うように、秀人がやれやれと首を振る。

「そ、それはちょっとねぇ…」

「例え思っても本人の前で言うな」

視界の隅で頷いた奴がいた気もするが、あえて気にしない。

「そういうものなんですか?」

「真に受けない。 記憶に残さない。 ポイしなさい」

また余計な情報を手に入れそうになった未久美を諌める。

つうか、こいつの尻で暖められる面積なんて、ごくわずかな物だろう。

「なんか失礼なことを考えませんでしたか、お兄…片野君!」

ちらっと考えた事を、動物的勘と俺の哀れみの視線で見透かされたらしい。

未久美が立ち上がって…とはいえ座っている時と大きさに差異は無かったが、俺に抗議した。

「考えてません。 自意識過剰です。 被害妄想です」

「いーや、今この子はいやらしい飢えたコヨーテの目で先生を見てたよ! あたしゃ見たね!」

「誰だよお前は」

秀人の皮を被ったどこぞのおばはんを半眼で見る。

「ちょっとお目目をちょっと見せてみなさい! 前世と来世も占ってあげるから」

「だからお前の中でどういう設定になってるんだ、そのキャラは」

秀人がわざわざこちらに回り込んできて、俺の顔を覗き込む。

「ん〜、目つきが悪い!」

昔から言われてきた。

「悪すぎる。 荒んでいる!」

性格のゆがみが顔に出るという話も、あながち間違ってはいないと思う。

「心の砂漠に一滴の液体も…」

が、やはり面向かって言われると、目の前でこういう時だけ深刻そうな顔をしている男だかおばはんだかを殴りつけたくなる。

ガンッ。

というか殴った。

「何をするんだ心の友よ!」

「うるせぇ、散々人の容姿から性格まで批判しやがって! 誰が心の友だ」

「何を言う、こういうのはお互いを把握しあって、身も体も寄せ合った深い間柄だからこそ言えるんだぞ」

「何で身体だけなんだよ。 心はどこ行った」

「そ、そんなに深い関係だったんだ…」

何か困ったようないつもの微笑みのようなあいまいな表情を見せる姫地。

「姫地が何やら勘違いしてショックを受けているから、そういう言い方はやめろ」

「俺には姫っちが何やら勘違いして喜んでいるように見えるが」

「…この子は悦んでる」

ボソっと雪村。

「っ…そ、そういう微妙なニュアンスの違いは良いから」

何か不穏な気配を感じて、俺はとりあえずつっこんでおいた。

「よろこんでるんですか?」

「よ、よろこんでなんかないよぉ」

未久美の無邪気な問いかけに、姫地がまだ興奮冷めやらぬ様子で弁明するが、軽く流すとして。

うん、大丈夫だ。

ちょっとした溝が出来たりはしたが、雪村ともいつも通り話が出来るようにはなっていた。

…この前のだって、ちょっとした弾みで声帯の制御が上手くできなかっただけだが。

なんと言うか俺自身がこいつに嫌な気持ちを抱く理由に気づいてから、それをしたくなくなったという所が本当だ。

結局は、嫉妬なんだろう。

俺は多分、頭が良くてテストの点も高い雪村に嫉妬してるだけなんだ。

いや、絶対そうだ。

あぁ、なんてダメなんだ俺は。

「どぅしたのーヨシユキサーン。 ため息なんてついちゃって」

「人間って、醜いな…」

「うわ、なんか気持ち悪いこと言ってる」

「…そうだ、人間なんて滅んでしまえ」

雪村が勝手に人の気持ちを代弁する。

「滅ぼすの? 片野君」

「いや、滅ぼせねぇよ」

「そう、魔王良幸は、最後の最後になって人間を滅ぼせなかった! 何故ならヘタレだから、もしくは人間が愛おしかったから!」

「そういう意味じゃなく、もっと力量的な意味でだ」

「…あぁ、人間って美しい」

「おー!」

パチパチパチパチパチ。

雪村が無感動に呟いて、気の無い拍手をする。

横で未久美は本気で感心して拍手をしているものだから、何がなにやら。

「そんな訳で人間は美しい、特に俺。 オーライマイ心のフレンド」

「よく分からないけど、元気出してくださいね、片野君」

よく分からないが、未久美に慰められた。

ちょっとショックだ。

「…」

雪村からは特にまとめのコメントもないが…まぁ何かを期待してたわけでも無し。

「つうか飯食おうぜ。 何やってんだ俺達」

「将来劇団員になるための鍛錬?」

自分の椅子に戻りながら、秀人が惚けた事を言う。

「んな壮大な計画だったのか」

なる気は無いぞ、俺は。

俺達はパンの包みを開け、女子達は弁当を開ける、と。

「あれ、先生の弁当多いッスね」

秀人が目ざとく気づく。

そりゃ未久美の弁当は二人分だ。 多いに決まってる。

「あの、育ち盛りなんです」

「育っちゃダメですよ!」

未久美のヘタな言い訳に、秀人が超高速で反応する。

ビクッと震える未久美。

言わんとしている意味は分からんが、怒られたと思ったらしい。

俺に助けを求める視線を送る。

「気にしないでください。 脳が腐ってるんです」

「腐ってねぇよ、つるつるのピカピカだよ!」

…脳の皺がつるつるだからそんな発言が出るんだな。

「つうか、作りすぎただけじゃないんですか?」

多少言い訳が苦しいと思い、助け舟を出しておく。

「え、手作り?」

って、しまった。 普通親が作ったとでも考えるか。

「そ、そうなんです。 ちょっと作りすぎちゃって…」

「わぁ、すごいですね。 料理もできるんですか」

姫地が自分の弁当を開きながら感嘆の声を上げた。

そういえば姫地の弁当も自作ではなかった気がする。

「こういう場合のお約束としては、黒焦げが並んでるけど俺が勢いよく全部食ってフラグ立てだよな」

「癌になるぞ」

「…社会の癌に」

「それは放っといてもなる」

雪村も弁当を開いているが、これは誰が作ってるんだろう。

何回か訪問して見た限り、なんか複雑な家庭環境だったし。

この前淡森がうちの妹の弁当に詰めた肉は、後で値段を聞いたら、胃袋から吐き出して返金して家計の足しにしたくなるほどの値段だったが。

今回こいつの弁当に詰まっているものは、昨日スーパーで見かけた二割引二百九十八円の冷凍食品から揚げに見える。

「…欲しい?」

「いや…」

雪村の弁当から目を逸らして、未久美のほうを見る。

未久美はまずは上に置いてあるほう…俺の作った弁当を空けた。

「ふ、普通だ…!」

普通だと言いながら、秀人は何故か驚きの表情を見せる。

うちの妹が料理が出来るのがそんなに意外か。

「この肉じゃが、昨日の余り物…。 主婦の業ね」

さすがに弁当の片隅に肉じゃががあれば余り物だと気づかれるか。

確かに一部余り物だが、この前こいつが弁当を作ってきた件で反省して、きちんと朝作った品だってあるんだぞ。

ふりかけまぶして握った握り飯は微妙な線だが…。

で、続けて未久美は、残ったほう、自分の作ってきた弁当を空けた。

「こ、これは…!」

秀人がまた無駄に大きなリアクションをする。

何を大げさな、と、弁当箱の中身を見ると。

「げっ」

白米のところに大きなハートマーク。

二回目である。

こいつ、これ以外に白米の処理の仕方を知らんのではないだろうな。

「すげぇ、凄いよ先生!」

他にも色々あるにもおかずやらがあるが、秀人の目はそのハートマークに釘付けだ。

隅の鮭とか高そうだな…。

「この黒豆、高級品ね」

それ多分、お前の家の冷蔵庫の中の物だぞ。

つうか見て分かんのか。 さすが隠れお嬢様。

「…」

「いらんからな」

「なんか、箱毎に個性がありますね」

「もしや先生、二重人格ですか?」

「そ、そんな事は無いと思いますけど」

まずい、さすがに二つの箱の個性と財力が違いすぎて、全員不審がってる。

「良いからとっとと食おうぜ」

誤魔化す為に、再度栄養の摂取を全員に促す。

本気でいい加減腹も減ってきた。

「そうですね。 はい」

未久美がさも当然とでも言うように、こちらへと弁当箱を差し出してくる。

「は?」

当然俺の頭の中には疑問符。

「え、だって…。 あ」

何かに気づいたらしい。

同時に俺も気づく。

…そうか、こいつ秀人達と一緒に食う事は承諾したが、俺がその状況で弁当を食わなくなるとは思わなかった…というか想像できなかったんだ。

「あれ、先生?」

もちろん秀人達だって疑問の瞳を向けてくる。

…どうすんだよ?

「片野君が欲しいって言ったんです」

「あ、てめっ」

思いっきり人の所為にしやがった。

俺は思わず相手が立場上は教師であることを忘れて、声を上げてしまった。

「さっき先生を人気のない所へ連れ込んでたと思ったら、そういう意味でいやらしい事してたのか! ずるいぞ良幸!」

「そういう意味って、他に何を想像してたんだよ」

「…裁判を開いて終身刑ね」

「け、結果が決まってるのに裁判する意味があるのか」

言葉に詰まるが意味は無い。

「ていうか先生なんだからてめぇとか言っちゃダメだよ」

「はずみだはずみ」

「俺も食べたい。 先生…の弁当が」

「なんか今嫌なところでつまったよな、お前」

「あ、じゃぁこっちをあげます」

言って、未久美が秀人に俺の作った弁当を差し出す。

「それじゃ、未久美先生の食べるものが無くなっちゃうじゃないッスか」

「大丈夫です。 ダイエットしてますから」

「なんかさっきと言ってることが違うような…」

「気にすんな。 小さい子供なんてそんなもんだろ」

「なんでお前がフォロー入れんだ」

俺が入れずして誰が入れるってんだ。

「む〜、小さくも子供でもありません!」

明らかに両方当てはまってるだろ。

憤慨して唸る未久美に馬鹿にしたような視線をくれてやる。

「あ、じゃぁ先生には私のお弁当を」

と、姫地が未久美に弁当を差し出した。

「…じゃぁ、桃香には私のお弁当を」

その姫地に、雪村が姫地の前に弁当を差し出す。

「…じゃぁ食うか?」

流れに沿って、俺は雪村にパンを差し出した。

「何やってるのかね、チミ達」

秀人に突っ込まれる。

「四角関係?」

「ゆっきーから姫っちは鉄板だけど、姫っちから先生はとても興味深いな」

「何を言ってるんだお前らは」

「や、やっぱり、片野君は雪村さんの事が…」

「はいはい真に受けない。 そしたら先生は二股でしょうが」

やっぱりとは何だやっぱりとは。

「先生に弄ばれる二人の生徒…。 それはそれで良いな」

「あ、そっか。 そしたらお弁当返してください高山君」

サッと、何か感慨に耽っている秀人の机から、未久美が弁当を手元に引寄よせる。

「うわ、先生ひどい! …せめてみんなでつつこうって事には」

「じゃぁそうしましょう」

そんな訳で、未久美の弁当…俺が作ったものだが、それは中央に置かれることになった。

秀人を除く俺達の弁当はぐるりと交換されたままだ。

「片野君、どうですか?」

そんな訳で無事というかなんというか、結局未久美の当初の予定通り、こいつの作ってきた弁当を摘む俺。

「え、あぁ…このシャケに関しては86点」

「わーい、上がったー!」

「上がった?」

「ななな、なんでもないです」

…こいつ、また余計なこと口走りやがって。

この里芋はしょっぱ過ぎて減点だバカめ。

「ん〜。キリンのお弁当美味しいなぁ…私も料理勉強しよっかな」

こちらはこちらで、雪村の弁当を食いながら姫地。

「やっぱそれ自分で作ってるのか」

興味がわいて聞いてみる。

「…稲から手作り」

「いや、農作業までとは思ってない」

「か、片野君は、料理が出来る女の子の方が好きかな?」

「別にそういう意味で反応した訳じゃなくてだな」

姫地に訂正してから、ふと思い出す。

雪村は、そういえば鈍そうに見えて運動神経も良いと聞いた事があるな。

ただ髪を束ねる習慣が無いようなので、運動してる姿はきっと暑苦しいものだろうが。

本当に何でもできるんだな、こいつ。

…別に特別な意味あっての感想じゃないが。

雪村が俺の作った弁当から昨日の残り物をつまんで頬張る。

「…なるほど、ほう」

何やら頷くと、そのまま次の物へと手を伸ばす。

「なんか感想言えよ」

「何故片野君に?」

「俺…じゃなくて先生に」

ついいらん事を言ってしまった。

「うめぇ、すっげぇうめぇ! 最高! この弁当はこの世の天使だ! もしくは俺を堕落させる小悪魔だ!」

…こういう反応をされても困るが。

「そ、そういえばこのおにぎり、先生がその小さなハンドで握ったわけですよね! んん、仄かな塩味が…」

ガツン。

体を前に出し、秀人の頭をかなり強めに殴る。

「あだっ! 何をなさる良幸サン」

「るせぇ、今本気で鳥肌が二層構造で出たじゃねぇか! 気持ちの悪い事を言うな!」

一瞬こいつに拳骨ごとしゃぶられたような気分になった。

未久美相手に言ったとしても殴っただろうが、俺が殴っとかなかったら冗談にもならんぞその発言。

「…先生の手にしては三角形が大きい」

「失礼だぞゆっきー。 先生は実は意外にビックなハンドでその事をコンプレックスにしているのかも知れないじゃないか。 あぁ、そんな所も可愛いですよ先生」

「…反省」

「見た目はそうは見えないけどねぇ」

「オーラのちからで見た目と実際の大きさが違うんだよ、きっと」

「その場合はでかく見えるんじゃないのか?」

バカな事を話しながら、食事を続ける。

「あ、そういえば雪村さん、この前のテスト凄かったですね」

そんな中、不意に未久美がそんな話題を振った。

ビクりと、俺の方が反応してしまう。

何で今そんな話…。

いや、成績の良かった生徒を教師が褒めるってのは普通か。

「ありがとうございます」

無感動に雪村が呟く。

本当に、こいつには大した事ではないんだろうか。 

「片野君、どうかしましたか?」

「何でもないですよ…」

未久美から目を逸らして答える。

俺は、何を考えているんだ。

「また嫉妬?」

雪村が俺のほうを見て、ボソリと呟く。

「あ?」

逸らした視線を戻し、未久美を飛び越えて雪村を見る。

顔にはなんの表情も浮かんでいないが、友好的な意味で言ったわけはないだろう。

「誰がんな事するか。 何勘違いしてやがる」

「そうやって先生にも…」

「やめろっつってんだろ!」

雪村の声を、必死で掻き消す。

こいつ、人が一生隠していこうとしている事を、本人の前であっさり言いかけやがった。

お前が、俺の何を…。

気づくと、その場にいた奴らが黙って俺を見ていた。

表情はさまざまだが、もちろん歓迎している様子はない。

「二人って、喧嘩してるんですか…?」

恐る恐ると言った感じで、未久美が周りに問う。

「うん、ぶっちゃげそうなんだ」

「して、ねぇよ。 これは喧嘩とかじゃなくて…」

「してるだろ、この間から微妙な空気作り出しやがって」

やはり秀人は気にしていたらしい。 俺達というか、俺の雪村に対してのおかしな態度に。

「きりんも口数少なかったしね」

姫地がいつもの困った微笑みで秀人に同意する。

困っている分のほうがわずかに多いか。

ていうか、こいつの口数なんていつもこの程度じゃ…。

「むぅ……」

などと思っている間に、未久美がなにやら考え込むような姿勢を見せる。

こいつがこういうポーズを見せた後提案することは、大抵碌な事ではない。

「分かりました」

「は?」

「片野君と雪村さんと私と三者面談をしましょう。 仲直りしなきゃダメです」

「それは三者面談じゃねぇ!」

「…放課後でよろしいですか?」

未久美の碌でもない提案に、雪村がさらりと乗っかる。

「はい、そうしましょう」

「だから、何で二人で話を進めてるんだ」

「じゃぁ片野君、放課後ですからね」

周りの人間もじっと俺を見てくる。

なんだよ、俺が悪いのか?

未久美の視線もじぃっと。

雪村の視線も…。

「分かった、分かりましたよ」

耐えかねて、俺はそう返事をしてしまった。

こいつの喧嘩…あくまでも周りが言っているだけだが、その調停なんて出来るわけ無い。

そうタカをくくっていた気持ちもあった。

だが、まさかあんなことになるとは…そう、少しは予想するべきだったのかもしれない。


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