いもうとティーチャー☆

第五十限:妹ギワク


「はぁぁー…」

悩んだってどうしようもないと傍目からは見えるのかもしれない。

それでもふと思い出すと、俺はため息をつかざるおえなかったりする。

今度のテスト、と言ってももう一週間を切ったが、ともかくそれを作るうちの妹を見るたび、俺はなんだか複雑な気持ちになってしまう。

何故こんな気持ちになるのだろう。

「…恋ね」

「絶対違う」

人の脳内を勝手に茶化してきた雪村をあしらう。

いや、きっとため息に反応したんだろう、それにしちゃタイミングが絶妙すぎる気もするが。

「自分の恋心を否定するな! もっとオープンにだな!」

「誰があんなんに恋なんてするか!」

「やっぱ恋なのか」

「だから違うって言ってるだろ、人の話を聞け!」

後ろから暑苦しくまとわりついてくる秀人に切り返す。

そもそもお前はもっと自分の下心その他諸々を隠せ。

「で、誰を想ってそんなファイアブレス吐いてたのか正直に白状しろー!」

「ファイアブレスって…だからなぁ」

もはやまともにツッコむ気さえ失せてくる。

「な、何か悩み事とかだったら、相談に乗るよ」

「あぁ、いや、そういう訳じゃない…」

このメンバーの中で常識的な反応をしてくれる姫地は、本当にありがたい。

が、なんと説明したらよいものか。

「素直にゲロっちまえよー。 せっかく姫地が身も心も全て捧げて誠心誠意奉仕してくれるって言ってるんだからさぁ」

「いまならバリューパックでお徳」

「何がついてくるって言うんだ一体」

聞くと、雪村がスカートの裾をつまむ。

そして、それをゆっくりと持ち上げ、ふとももが露わになる…前に俺が手で押さえた。

「…いや、良いから。 お前本当にその捨て身具合を何とかしないとそのうち大変な事になるぞ」

友人の将来を本気で心配して、忠告を入れる。

雪村はこくりと頷くと

「…大丈夫、そういう甲斐性のない人間を選んでるから」

などともらした。

「お、俺だってなぁ」

「覗きぐらいはするぞ」

「違ぇよ!」

結局ありがたいのかなんだか分からないが、最初の言及については話がそれた。

ただ、秀人が身も心の云々を発言した辺りから、姫地が考え込んでいる事だけが、妙に気になったが。

 

きっかけが特にない時もある。

あるいは、あいつのことを考えていていたからそこが気になったのか。

俺は屋上へと続く扉の前にいた。

一人になりたいだなんて、そんな繊細な感情ではない。

別に、家に帰りにくいなんていう姑息な感情でもない。

違うからな。

第一開いている訳も…。

思いながらノブを捻る。

「って…」

鍵は開いていた。

ドア越しに風の重さを感じる。

普通の授業で屋上なんて使うのか?

もしかして、この前俺達が飯食ってからずっと開きっぱなしなんてことは…。

はは、まさか。

自分に言い聞かせながら、扉を開ける。

扉を開けると、強い風が体に当たって後ろに流れていった。

それと、日差しの眩しさに一瞬目を細める。

「凶悪な目をしてるわね」

感傷に浸りかけると、茶々を入れる奴がいる。

「何でこんな所に居るんだよ」

「開いてた」

雪村。 さっき教室で一緒に馬鹿やってた奴が、屋上で無駄に長い髪をなびかせていた。

「開いてたらどこにでも入るのかお前は」

「片野君だって入ってきたわ」

「俺はその……まぁ、開いてたから」

「…」

「笑っただろう、今」

つかつかと金網のフェンスを掴む雪村に歩み寄りながら、その顔を軽くにらむ。

何処がどうとは指摘できないが、今間違いなく笑った。

間違いない。

「片野君」

「んだよ」

「…むくれると可愛いわね」

がしゃん。

何もない所でコケかけて、慌てて金網に掴まる。

これがなかったら屋上からまっさかさまだったぞ、今。

「は、はぁ!?」

「冗談。 立派にチンピラのような視線」

「お前は俺を弄んで楽しいのか」

「…悪女?」

「はいはい…立派な悪女だよお前は」

今度は崩れそうになりそうな体を金網で支える。

「あのなー、さっきも言っただろ。 あんまりそういうこと言ってると、冗談の通じない奴は勘違いするぞ」

「何を?」

「その、 この娘は自分に気があるのか、とか。 お前は無駄に容姿だけはいいんだから」

「勘違いしてもいいのよ。 …うふん」

「…俺は絶対騙されないけどな」

「残念ね。 あはん」

「無感情にそういう声を漏らすな!」

一回目はスルーしたが、重ね技に耐え切れず結局つっこむ事になる。

「…禁止?」

「禁止」

「…ぶぅーぶぅー」

「抑揚のないブーイングも禁止だ。 もうちょい大げさなリアクションとか取れないのかお前は」

いきなり豚の真似を始めたかと思ったぞ。

「…相手が泣き叫んだりするプレイが好きなのね」

「だーかーらー、仮にも男の前でそういう単語を使うな」

「ただの英単語でしょう?」

「文脈から考えてそう取れるわけないだろ。 もうちょっと花の女子高生らしいセリフをだな…」

「…片野君、教師みたいだわ」

「悪かったな、おっさん臭くて」

誰がこんな事言わせてると思ってるんだ。

いや、うちの妹がああいう放っておけない奴だからアレコレ言っているうちに、他人にもうるさくなったのかもしれないが。

「ううん、向いてると思う、教師」

「はぁ?」

雪村がふるふると首を振ると、あわせて髪が風に踊る。

それに目を奪われたことが恥ずかしくなり、俺は言葉を付け足した。

「俺は頭悪いぞ。 威張る事じゃないが」

未久美みたいに、物覚えがいい訳でもない。

未久美みたいに、高校生用のテストを手加減して作れるわけでもない。

また頭の中がモヤモヤとしてくる。

「別に、頭が悪くてもなれる職業よ」

「面と向かって肯定されるとそれはそれでムカつくな」

「…天才より、悩んで色々覚えた人間の方が向いているって言うわ」

何でそこで天才なんて単語が出てくるんだ。

俺が未久美…ひいては天才という単語に

俺は別の疑問を口にした。

「どうしてお前はそんなに俺に教師になって欲しいんだ…」

変に拘る雪村から視線を反らし、ぼんやりと屋上からの景色を眺める。

そりゃ、そろそろ進路なんかは考えなきゃいけない時期かもしれない。

だからって、何でいきなりそんなこと…。

「…主夫になってくれるのが一番いい」

「あ、あのなぁ」

淡森と結婚して云々という奴か。

まだ諦めてなかったようだ。

「淡森と片野君は、上手く行くと思う」

「根拠は?」

「似たもの同士だから」

いつもと変わらぬ無表情で、ポツリと呟く雪村。

ん?

「正反対な方が上手くいくって…の間違いじゃないのか?」

「…えっ?」

「天然かよ」

ツッコミ待ちかと思ったらそうではないらしい。

雪村は特に大げさな仕草も見せず、俺に聞き返してきた。

ここで小首を傾げるとか、わざと口をポカンと開けるなんてアクションをしたら間違いなくいつものボケだと判断するのだが。

て言うかなんで俺がそんな事考察しなきゃならんのだ。

そしてまぁ、それは置いておくとしてもだ。

「どこが似てるんだよ、俺とあいつの」

実の妹とも似てるといわれた事がないのに。

同じ地球人ってこと以外思いつかないぞ、似た所なんて。

そもそも愛しの妹がこんな男と似てていいのか?

そんな風に考えていると、雪村がポツリと呟く。

「…つまらない事を気にしてる所」

「つまらないって、何だよ」

頭の中に、妹の顔が過ぎる。

こいつが何で、そんなこと言えるんだ。

何でそんなことが分かるんだ。

俺が十二年間悩んできた事を、何でこいつが勝手に読み取って、つまらないなんて断じられるんだ。

そんなの…誰にだって。

はぁ…。

「…こっちだって分かってるよ。 俺が考えてるのは、どうしようもなく下らなくて、気にしても誰もいい顔しないし喜びもしない事だって」

そして、俺は自分のそんなつまらない感情の所為で妹を傷つけた。

また繰り返したくないから今またこうして悩んでるわけで。

気にしてもしょうがないってことは、そりゃ、分かってる。

「そう…」

呟くと、雪村もまた金網をつかんで茫洋とした瞳を外側の景色へと向け、そのまま黙った。

そんな雪村の顔を視界の隅でぼんやりと眺めている俺と同じで、本当は景色なんて見ていないのかもしれない。

「お前は、その、そういうつまらない事を気にしたりしないのかよ」

特に感慨のない外の景色から目を離し、雪村の方を見て尋ねる。

「しないわ。 私には私の道があるもの」

「確かに…我が道行ってるわな、お前は」

ため息を吐く。

何でこいつはこんなに飄々としていられるんだろう。

なんだかここ最近ずっと右往左往しているような気がする俺には、とても羨ましい。

と、雪村と視線が合う。

いや、さっきから顔はつき合わせていたのだが、そうではなく…。

「嘘よ」

雪村の瞳、その奥まで目があった気がした。

そこが、わずかに揺らめく。

その瞬間に、俺の心臓が一緒に揺れたような感覚がした。

いや、待て、雪村だぞ!?

いや、そっちこそ待て、その言い方は雪村に失礼であってだな、別に、その、そういう…。

「本当は、今でもつまらないことを気にしてる」

「雪村…?」

心の中で言い訳しながら、俺は雪村から目を放せないでいた。

そんな俺より先に、雪村の方が目を背け、金網を背にした。

「あの子は自分の力を信じきれないでいる。 目の前に余計なものがあった所為で」

そのまま金網から離れ、入ってきた扉へと歩き出す。

その後姿を見ながら、俺の頭の中をじわじわと、ある考えが侵蝕していった。

脳が、過去の雪村をフラッシュバックさせて、勝手に繋げる。

「偽者の天才。 だから私はそれを憎む」

雪村は言う。

俺は連想する。

そんなの、あいつが今でも意識してるのは…。

ドクンドクンドクンドクン。

自分の心臓の鼓動が耳に響く。

「あの子は偽者じゃなくて本物。 支えてあげて」

「そんなの、それじゃまるでお前が…!」

バタンと、風の力で扉が大きな音を立てて閉まった。

取り残された俺の耳には、もう風の音しか聞こえなかった。

 

二週間後。

テストが終った成績上位者が張り出されていた。

そこにあった、雪村麒麟の名前。

…学年二位の成績だった。


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