いもうとティーチャー☆

第四十八限:妹オトドケ


「俺分が足りない」

「何だその有害そうな成分は」

昼休み。 パンを買って教室に戻ってくると共に、秀人が呟いた。

「なんていうか、最近俺影が薄くないか? 人生においてスポットライトが当たってない気がする!」

「そんだけ喚いてりゃ充分だと思うが」

「全世界にいる100億人の俺ファンが嘆いて嘆いて悲しんで、飲んで飲んで飲まれて飲んでる気がする!!」

「どうでも良いが総人口超えてるぞ、それ」

「足りない分は二次元の嫁達だ」

「何人いるんだよ!」

「聞きたいか? 昨日までの時点では9万9千8百と22人だ」

「はぁ?!」

「皆大切な嫁達だ。 ゆうな、まいな、しおり、さおり、マリア、アリス、未久美…」

ガツン。

「人の、を勝手に嫁に、しかもモニターの中の存在にするんじゃねぇ!」

「人のとはなんだ! お前こそもしや未久美先生を私物化か!」

「ちょっとした言い間違えだよ!」

「ほんとかぁ?」

まさか、人の妹と言いそうになったとは言えない。

不本意ながら漫才のような会話を繰り返すうちに、自分たちの席につく。

「…重婚はいけない」

つくなり、雪村が呟く。

「何で俺の顔をみながら言う。 言うならこいつに言え」

そもそも奴が言うアレを重婚と呼んで良いのかも迷うが。

と、そこで気づいた。

「お前、弁当無いのか?」

雪村の机の上に、いつも持ってきている弁当が無い。

「忘れてきたんだって」

姫地が笑顔のまま俺に説明する。

こちらは普通に弁当を用意してあるが。

「笑い所じゃないだろ、それ」

「なんだ、新手のイジメか何かなのか?」

「そんなんじゃないよ」

「…いじめ、良くない」

相変わらず笑ったままの姫地と、無表情な雪村。

さっぱり事情が分からない。

「じゃぁ何なんだよ」

「大丈夫、信じてるから」

「はぁ?」

「家の人が届けてくれるんだって」

「家の人? そういえばゆっきーの家ってどんなのなんだ?」

「何か嫌な予感が…」

事情を知らない秀人を他所に、俺には嫌な予感が頭をよぎっていた。

雪村の、あの無駄にでかい庭を持つ家。

あそこには何やら使用人がわんさかといった事らしい。

が、雪村がそういう人々を使役している様はどうにも浮かんでこない。

それに…。

「お前、何か嬉しそうだぞ」

「そうか?」

「うん、いつもより浮かれてるね」

やっぱり…。 ということは、なんだか嫌な事態を想像出来る。

「すげぇな良幸」

と、いきなり驚いたような様子を見せる秀人。

「何がだよ」

こいつが人のこと素直に褒めるなんて思えない。第一驚き顔が段々とにやつき顔に変化していっている。

「俺、ユッキーの表情変化なんてまったく見抜けないぞ」

「姫地だって分かってるだろうが」

「姫っちはユッキー翻訳装置だから。 ・・・おめでとう二号」

「そんな不名誉な称号、いらんわ」

ポンと肩を叩いてくる秀人に、辟易しながら答える。

なんて使いようのない能力だ。

「え、私いつの間にか不名誉な称号持ちになってる?」

「深く傷ついた。 悲しい」

「そう思うなら表情で表わせ」

「しくしく」

「だからそりゃ思いっきり口だろうが!」

「どうどう、良幸」

「俺は馬か!」

こいつらは…。

大体、俺が雪村の表情を見抜けたのは、多分アレの所為だ。

いつも同じような、こいつよりは幾分表情豊かな奴を知っていて、なおかつ、こいつがニヤけそうな計画について、思い当たったからだ。

「お前、弁当を届けに来るのってまさか…」

俺がその事を口にしようとした時、教室の扉が勢い良く開かれた。

入ってきたのは、ちんまい子供だった。

それを見て、誰もが一瞬未久美だと思ったはずだ。

高校に、あれぐらいのちんまい奴が何人と居るわけがない。

が、居た。

仕事帰りなのか、着ていると言うよりは着せられたようなスーツ。

普段から不機嫌そうな顔、その眉間に思いっきり皺がよっている。

教室中が静まり返った。

「やっぱりお前かよ…」

その中で俺がもらした呟きに、クラス中の視線が集まる。

「げ…」

そして、スーツを着た未久美とは違うちんちくりん、淡森も、俺を見つけたようだ。

険しい表情のまま、淡森はこちらに近づいてくる。

見れば、奴は手に紫の布でくるまれた包みを持っていた。

これが多分、例の…。

それを淡森は、俺の机の上にドンと置く。

ちなみに奴の視線は一瞬雪村に向いたが、すぐ俺を睨むことに費やされた。

「…何してんだお前」

色んな意味で聞きたい。

すると、淡森は何かを堪えるかのように一瞬唇をへの字に曲げたが、結局堪えた分も吐き出す勢いで叫んだ。

「誰の所為だと思ってるんですか!」

「はぁ!?」

なんで雪村の弁当をこいつが持ってくることに、俺が関係してるんだ。

「淡森、ありがとう」

「…」

淡森は苦い顔で雪村をちらりと見たが、礼には応えず、唖然としている俺を尻目に、入ってきたときよりも早い調子で出て行ってしまった。

残された俺たちと、教室の沈黙…。

「ゆ、雪村、どういうこっ…」

「良幸ぃ! どういうことだアレは!!」

俺が雪村に聞こうとした瞬間、それよりも早く秀人が俺の胸倉を掴んで詰問してきた。

「なんであんな可愛い子と知り合って俺に報告しない! ていうかなんだ、あのフラグっぽい会話は!?ちょっと紹介して!」

「ええい、うるさい!」

全力を持って秀人を引き剥がす。

「今のがキリンの妹の淡森ちゃんだよー」

姫地がのほほんと解説した。

そうか、そういえば姫地は淡森と知り合いだったな。

というか、俺も知り合いだということに何の疑問も抱かないということは…。

「し、知ってたのか?」

「だって、キリンとは付き合い長いし…」

「いや、そっちじゃなくて」

「ん?」

俺が聞きたい事を、姫地は察してくれない。

いや、というかここで喋られたらまずいか。

「ええい、本人に聞いてくる!」

秀人を引き剥がした俺は、急いで教室から出て行った。






「くそ、いねぇ…」

下駄箱まで戻ったが、そこにあのちんまい人影は無かった。

淡森のなりじゃ相当目立つだろうし、かなり急いで帰ったのかもしれない。

だが、だったらなおさらあいつが弁当を届けに来た理由というのが分からない。

あいつが雪村と仲が良いには、どうにも見えなかったし。

それどころか、嫌っている節さえあった。

それがわざわざ雪村に弁当を届けに来たなんて。

というか、俺の所為ってどういうことだ。

「…ははひはふへほふ」

「うお!」

急に背中から意味不明の言語が飛び出し、背中がびくりと震えた。

振り向くと、そこには雪村が弁当を片手に持ちながら立っていた。

頬袋が盛大に膨らんでいる。

く、食いながら来たのか。 ていうかいつの間に追いつかれたんだ。

「ははひひほふ」

「…とりあえず、食ってから喋れ」

その状態でなおも喋ろうとする雪村を制す。

「で、なんて言ったんだ?」

「カラシニコフ」

「全然関係ねえ言葉じゃねぇか!」

「…そうね」

「そうねじゃなくてよぉ…」

こいつの思考回路は、本気で訳が分からん。

表情が少しぐらい読み取れても、意味が分からなきゃ何の意味もないな。

「…で、どういうことなんだ?」

こいつの頭の中身についてなんて、考えるだけ無益だな…。

俺は疑問に思っていることだけを聞くことにした。

「淡森が、これを届けに来てくれた。 嬉しい」

言いながら、雪村は無表情にオカズに入っていた出し巻きタマゴを頬張った。

「それは分かってる。 感想もいい。 ていうか弁当は後にしろ」

「…注文が多い」

「悪かったな。 聞きたいことは一つだ。 俺の所為ってどういうことだよ」

「私はただ、淡森の部屋にうっかり昼食を忘れて、それを届けて欲しいと書置きしてきただけ」

「その行動につっこみを入れるのは、もはや無粋なんだろうな…。 で、それに何故俺が関係する」

「ついでに書置きに一言を添えておいた」

「何を」

「届けに来てくれなかったら、片野君との事を桃香に話すと。 …ある程度の盛り上がりを演出しつつ」

「何してんだよ!」

「そうしたら淡森は、来てくれた。 頼んだ甲斐があった」

「そりゃ来るだろう…。 そもそもそれは脅迫というんだ」

すると、雪村はフルフルと首を振った。

「淡森は、自分の意思で来てくれた」

「まだ言い張るか」

「そうじゃない。 以前だったら、多分脅したってあの子は来てくれなかった」

「え?」

そういえばこの前、未久美と淡森が仲直り…と言っていいのかあれは。

ともかく、あいつの家に行ったとき、何やら二人きりで話していた。

未久美が言うには、淡森の昔の事とか…。

それを聞いた未久美は泣いていたが、それはやっぱり、この姉妹の微妙な距離感に関係しているのだろうか。

「それを、多分片野君が変えてくれた。 ありがとう」

「だから、俺じゃねえって…」

どう言ったら分かってくれるんだろう、こいつは。

そういえば、思い出した。

その時に、淡森が言っていたのだ。

俺が淡森に自分で解決できるのか聞いたとき。

「何とかするってさ。 良かったな」

確かに、俺が気を回す必要なんてまったく無いようだ。

こいつはこいつなりに、あいつはあいつなりに色々と考えてるみたいだし。

その言葉を聞くと雪村は、こいつにしては珍しいぐらいはっきりと驚いたような顔をした後。

「そう…」

呟いて、目を伏せて、穏やかな顔で微笑んだ。

こいつのこんな表情を見るのは、初めてだった。

「雪村…」

俺が呼びかけると、雪村は急に無表情に戻って呟いた。

「…そういえば、何か不公平な感じがしていたのだけれど」

「なんだよ」

「私が苗字であの子が名前…」

「お前ら、姉妹揃って同じこと言うか」

言い返すと、雪村は訳が分からないといった表情を浮かべた。

そういえば、こいつの前で雪村妹なんて呼んだ事無かったんだよな。

言ったら怒るだろうか。

「まぁ、結婚したら麒麟って呼んでくれれば良いわ」

「はぁ!?」

「妹と結婚したら」

「あ、あぁ…」

そういう意味か。

俺はてっきり…。

「って、おい、待て!」

思わず納得しかけたが、そっちも誤解だ。

が、雪村は俺の言葉にも応えず、回れ右をしてスタスタと教室へ戻っていく。

同時に予鈴が鳴り響いた。


ちなみに、昼休み中に弁当が食えなかった雪村だが。

結局五限目、未久美の授業中に隠れて弁当を食っていた事を追記しておく。


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