いもうとティーチャー☆
第四十九限:妹テスト
比較的平凡に、何週間か過ぎた。
小学生やってるはずの妹が教師をやっていて、それと同じ年の政治家…の秘書が週に一度くらいの頻度で訪ねてくる生活は、決して平凡ではないという意見は、甘んじて受け入れるが。
まぁ、そんな平凡な日に平凡に妹の講義を受けていた俺とクラスメイトに、未久美は学生にとってとても平凡な催し物が差し迫っている事を告げた。
その発言に、教室中が複雑な雰囲気に包まれる。
秀人はあからさまに陰鬱そうな顔をし、姫地はいつも通り困ったように笑う。
雪村の表情は変化無し。
聞いてるのか聞いてないのか、ぼんやりとした瞳で未久美を見続けている。
妹にちょっかいかけつつも、未久美への興味も薄れてはいないらしい。
それとも自分の妹に好き勝手できないから、未久美にベタベタするのだろうか。
そんなクラスの様子を見ながら、俺は誰ともなしに呟いた。
「テスト、か…」
さて、三年の一学期ともなれば、そりゃぁテストは重要だ。
元々成績が良い奴は下げないように、悪い奴は挽回すべく。 まぁ、諦めてる奴も結構いるだろうが。
俺はといえば…。
「あー、もうだめだぁ。 俺、来年も高校生だぁ! あぁ、あぁぁ…あぁ、でも、ということは来年も未久美先生とイチャイチャできるのか…」
「落ち込むか事実を改竄するか、どっちかにしろ」
頭を抱えながらうめき声を上げたりかと思えばニヤニヤ笑ったり、不気味極まりない秀人を白い目で見ていた。
「手をつないでデートして、二人でアイスを食べて、青い車でいづこへと…あでっ!」
とりあえず、いづこへか行きかけた秀人を叩いて正気に戻す。
「…そして二人でスィートからベットの中で朝日を…」
「見んな! っていうかお前の想像のほうが下品じゃねぇか!」
「え、なんかロマンチックじゃなかった?」
「…相手が成人してたらな」
姫地まで何か物凄くピントのずれた事を言う。
「やだやだ! 成人なんてしたら未久美先生じゃないやい!」
「だからお前はもう口開けんな!」
思いっきり未久美の人権を侵害されている。
人の妹をなんだと思ってるんだこいつは。
「桃香、チャンス。 ここで私とロマンチックな朝日を見ませんかと叩き込むの」
「何のチャンスだ!」
「え、えっと、私とロマンチックな…」
「言わんでいい!」
「え、あ、ご、ごめんなさい…」
思わず他二人と同じようなテンションでつっこむと、姫地は可哀想になるほどに落ち込んだ様子を見せた。
「いや、そんなしょげんでも」
「あー、良幸わーるいんだー」
「罰として朝日を」
「だから見ないっての!」
「ちぇ」
「ちぇ」
「ちぇ」
各員が一斉に舌打ちをする。
「ちょっと待て、今姫地まで舌打ちしなかったか!?」
「えへへ」
指摘すると、落ち込んでいたはずの姫地は笑って誤魔化した。
姫地にまで弄ばれるだなんて…。
「そんなラブコメよりテストだよー…」
「だれがそんなことした!」
秀人の言葉に姫地が顔を俯かせる。
「どうなんだよ良幸。 お前は自信あるのかよ」
「自信…つってもなぁ」
ここで今までの俺の成績について話すなら、とりあえず平均点である。
いや、一年の部分を含めると、それより少し下か。
他の教科も好きという訳ではないが、俺は数学という教科が特に嫌いで、ちょくちょく赤点まで取っていた。
それがきっかけで、里美先生に勉強を教えてもらえることにもなったわけだが。
で、彼女のおかげで、数学の成績は二年の中盤から一応上がり調子になっている。
「くそぅ、一年坊の時は俺と一緒に奈落まで落ちそうな奴を発見したと喜んでたのに!」
「そんな理由で付きまとってきてたのかお前は!」
「素敵な友情ね」
「…まったくだ」
そもそもこの付き合いの形態を、友情と呼んでいいのかどうかも怪しい。
こいつの成績は今聞いたとおり。
目下奈落へ降下中の身である。
「で、お前らはどうなんだよ。 姫地は…いつも通りか」
「うーん、そうだね。 一応努力はするけど…」
姫地の成績は、大抵決まっている。
平均より少し上、そこでこの娘の成績はぴったりと固定されているのだ。
姫地がテストを受ける。
すると、大体テストをやる気がないとか、秀人みたいな羅刹道を歩んでいる奴を除けば、ぴったり平均になるんじゃないかってほどの場所に、いつも納まるのだ。
それも、猛勉強した時も、少しサボってしまった時も結果がほぼ同じだという所が恐ろしい。
何かどこぞの魔法使いに呪いでもかけられてるのではないだろうか。
秀人にすれば、羨ましいかぎりだそうだが。
「一回白紙で出してみようかなぁ」
冗談めかして姫地が言う。
自虐も入っているかもしれない。
「多分それをすると、おしゃまな妖精が俺達の答案も白紙にして、全員0点になると思うぞ」
「…もしくは因果律が狂って小惑星が爆発を…」
「するか! まぁ、どっちにしろ白紙はやめとけ」
「そうだね。 ちゃんと勉強すれば5点ぐらい上がる気がするし」
ちゃんとやって5点かよ。
なんか涙が出てくるな…。
「で、ユッキーはどうなんだよ?」
秀人からすると色々言いたいこともあるのかもしれない。
こいつはしなくて良いなら、間違いなく勉強なんてしないタイプだし。
何か納得いかない表情をしてから、雪村に話題をふった。
「…別に」
ふと雪村が、珍しく困ったような表情を見せた気がした。
とはいえ、眉が寄っている訳でも目じりに涙がにじんでいる訳でもない。
それなのに、何故か俺は雪村がその答えに窮したような気がした。
発言の前に妙な間があるのはいつも通りなのだが、何処となく、言い淀んだ様な。
「別にって、もっとこう、会話を盛り上げるための小粋な返しは無いのか」
「…別に」
「うぅ、苛められた」
「本人が別にって言ってるんだから、なんも無いんだろ」
気づけば、俺はいつの間にやら雪村を庇うような発言をしていた。
何の根拠も無いのに。
そもそもいつもは鈍感鈍感と罵られているような俺だ。
鉄面皮な雪村の気持ちなんて、そうそう見抜けるはずはない。
「そうなのか?」
「そ、そうだね。 まぁ、そういう時もあるよ」
だが俺に続き、姫地も雪村をフォローするように言葉を発した。 なんだか焦っているようにも見える。
…やっぱり、今の勘だけは当たっていたって事で良いんだろうか。
「女の子には月に一度そういう日が…」
「だからそういう捨て身のギャグを言うな」
「ふふ…」
雪村は口で笑いの擬音を出した後、口の端っこ本当にで笑みを浮かべた気がした。
それでもやはり、雪村の真意など判るはずも無く、結局その日テストの話題はそこで終わった。
部屋の中に、カリカリという物を書く音が響く。
秀人の所為という訳ではないが、俺は自分で言うのもなんだが珍しくノートのまとめなんて物を作っていた。
テスト範囲も発表されたことだし…。
しかしここ一ヶ月のノートは空白が多い。
変な奴らに振り回された所為で、授業も上の空が多かったしなぁ。
で、机に向かっているのは俺だけではない。
変な奴筆頭こと、妹の未久美も俺に背を向けて何やら作業をしていた。
「む〜」
唸り声まで聞こえるが、とりあえず流そう。
俺は勉強に集中せねば。
「むぅぅぅぅ」
集中集中。
「むぅぅぅぅぅぅ〜〜」
しゅうちゅ…。
「むむぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜」
「るっせぇな! なんだよ!」
我慢できずに、俺は後ろで唸る未久美に怒鳴った。
自分で言うのもなんだが、よく我慢したほうだと思う。
「むぅぅ、だって分かんないんだもん」
「分かんないって、何が」
聞きながら、俺は立ち上がって未久美の机に向かった。
「見ちゃだめ!」
が、未久美の手元を覗こうとした瞬間、奴は上半身を倒して机の上のものを隠した。
「見なきゃ分かんねぇだろうが」
「お兄ちゃんが分かったらダメなの!」
「はぁ? 何言ってんだよ」
露骨に俺を警戒する未久美。
その視線に負けた形で、とりあえず自分の椅子に座りなおす。
「…言っても、私の事襲わない?」
「あらゆる状況、要因、欲求不満、地震カミナリ火事親父。 何があってもお前の事なんぞ襲うか」
「むぅ、やっぱり胸が…」
「無い、何があってもなくても。 とっとと言え」
妹がくだらないことを言いそうだったので、さえぎって話を促す。
いつの間にかいやなイメージがついている気もするが。
「……テスト」
「テストって…何の」
「今度の中間試験の数学の問題」
「何でお前がそんなので悩むんだよ」
「だって、作るのは私だもん」
「お前が!? なんで!?」
「里美先生に、良い機会だから作ってみたらって言われて」
「良い機会って何だよ!」
「むぅぅ、私もよく分かんないんだけど、先生に笑顔で言われると、なんかそれもそうかとか思っちゃって…」
「お前、将来絶対詐欺にかかるぞ」
自分で言いながら首をかしげる未久美。
俺は呆れた視線を向けたが、思い返せば里美先生のあの笑顔には、俺も何故か反抗しにくい。
人のことが言える立場でもないか…。
いや、それとこれとは話が別だ!
「だからって、お前にテストなんて作れるのかよ。 今の時期のテストなんて結構重要なもんだぞ」
「むぅ、だから一生懸命作ってるんでしょ」
「一生懸命って…、まさか一生懸命難しい問題を作ってるって訳じゃないよな」
「むぅぅ、そんなわけ無いでしょー! ちゃんとみんなが勉強した範囲から応用して作ろうとしてるもん!」
「…応用?」
「ええと、ちょ、ちょこっとだけ」
「…見せろ」
「みみみ見ちゃダメー! 大丈夫、お兄ちゃんでも頑張れば解ける問題だから!」
俺が腰を浮かせると、未久美は慌てた様子でそれを止めた。
俺も、動きを止める。
そりゃ、未久美が頑張れば、俺が苦労して解けるぐらいに問題のレベルを落とすのは可能だろう。
「ど、どうしたの?」
改めて未久美に声をかけられて、はっと気づく。
俺、何を考えてるんだ。
この前こいつに、バカな嫉妬なんてしないと宣言したばっかりだろう。
「なんでもねぇよ。 んじゃ、精々頑張れよ」
「うん!」
未久美が笑顔で俺に頷く。
が、俺はその顔を直視できなかった。
なんでこう、ちっぽけなんだろう俺は。
自己嫌悪になりながら、俺は机に向き直って勉強を続けようとしたが、集中できずにすぐ寝ることになった。
俺が布団に入った後も、未久美の机には煌々と明かりが灯っていた。
くそ、眠れもしない…。