近づく少女の顔。

少女の艶やかな漆黒の髪。

その髪がすれる音、そして、それが発するほのかな香り。

俺を見つめるまっすぐな瞳。

何を考えているのか。

いつも、俺はそこから読み取ることができない。

その瞳が、揺れる。

その色は、覚悟。

いや、観念?

計りきれず、また迷いながら俺は顔を近づけた。

少女の瞳が、ゆっくりと閉じられる。

後押しされるように、俺はそれに踏み切った。

 

 

空を飛ぼう中編〜その一

 

 

「て、何故目を閉じる」

踏み切ったのはツッコミだ。

またこんな始めかたしやがって、前ので味を占めたな。

「・・・接吻?」

「違う、耳打ちしようと思っただけだ」

本編では、おはようのキスをしてくれって選ぶとBADEND(おいしい思いはできる)に行くんだぞ。  あっさり言いやがって。

あんな何気ない選択肢でダメになるとはなぁ・・・。

「・・・愛の告白?」

「それも違う」

「・・・残念・・・がっかり」

何でがっかりしてるんだ。 つーか、本当にがっかりしてるのか?

まぁ、考えてみればこんな人気の無いところで耳打ちしようとした俺も、相当間抜けだが。

「こらーー! 国崎往人ーーー!」

ずし。

背後から思いっきり内モモを蹴られる。

「ぐおぉぉ」

痛い・・・。 内モモを抑えながらうずくまるという情けない格好を、俺は取る羽目になった。

「美凪だいじょうぶぅ? この変態誘拐火星人に変なことされなかった?」

なんか、形容詞がだいぶ増えたな。 声の主はみちる。 んにに幼児金星人だ。

「く、金星人の分際で」

「だれが金星人だ〜っ!!」

「ぐは」

こんどは背中にかかと落とし。

ぐ、新技だ。

何でこんな幼児が、こんなに攻撃力を持ってるんだ?

同じ幼児キャラでサイコソルジャーのぐらいだったら対等に戦えるぞ。

「・・・みちる・・・国崎さんをいじめてはだめですよ」

「んに、分かった」

なおもファイティングポーズをとっていたみちるを、遠野がやさしく諭す。

ああ、今俺、幼児にいじめられてたのか。

涙がさめざめと流れてきそうだ。

「・・・俺の最後のお願いだ。 ・・・・・を作ってくれ」

「・・・わかりました」

「あり、がとう・・・」

・・・を伏字代わりにする、常套手段だな。遠野が頷いたのを確認すると、俺は満足して崩れ落ちた。

「んにゅぅ? なんか、こいつ安らかな死に顔してる」

「・・・国崎さんの冥福を祈りましょう」

「むかつく、髭書いてやろ」

阿吽の呼吸で、遠野がポケットからマジックを出す。

それを受け取り、嬉しそうにみちるが俺に近づいた。

「・・・ピク」

「あれ?」

「うがあぁぁぁ!!」

「にょわぁぁ!! 蘇りやがったぁ!!」

ぼこっ。

「にょるぶ!」

俺は大人なので一発殴るだけで済ませてやった。

ただ普段より鈍い音がしたし、みちるの目の飛びで具合も3センチほど多かった。

さらに、とび出た星の数は最高記録を更新した。

ともかく、俺はひとまず駅を去った。

 

 

 

「たっだいまだよ〜。 ふぅ・・・

とても元気な声で、俺は貧乏な家に帰ってきた。

「あ、往人さん、お帰り」

観鈴がでてくる。 なんか知らんが、今日はこいつのために頑張ったぞ。

後ろにはそら、またてこてこと跳ねて観鈴についてきている。

「ただいまだよ、観鈴ちん

いろいろあったんだ。 つっこまないでくれ。

「どうだった?」

ジャムが一つもらえたぐらいだ」

そう言って俺は、手に持った紙袋を差し出した。 まぁ、お米券も戦利品といえなくも無いが。

「ケーキの人?」

「ケーキの人だ」

観鈴にも、ケーキの人は話だけ教えてある。

呼び方もそのまま。

「ジャム、おいしそう

昇天できるらしいからな」

「でも、お昼はもう作っちゃった」

「明日でいいだろ」

「そっか、じゃぁご飯にするね」

キッチンに行く観鈴。

それを追って俺もあがる。

 

 

俺たちは昼食のラーメンをすすっている。鶏がらスープのキムチ入りという奴だ。

おわんに分けてもらってるのを、そら共食いというのだろうか。

昼食を食いながら、考える。

そもそも俺とこいつの関係ってなんなんだろう。

友達? いや、それならこいつが平静でいられないか。

恋人? ・・・それも間違いなくないな。

御主人様と下僕?

フイ〜ン(妄想スイッチが入った音)

『ご主人様、お茶』

『きさま〜メイドの分際でなんという口の聞き方だ。 教育してやる』

『うん、教育される』

『ふっふっふ、それ、それ、それ。 はっはっはっはっはぁ〜』

(ばし、ばし、という音の謎の後、謎の粘液な音。 その他断続的に続く謎の18禁声)

「あのさ、往人さん」

「何だ、メイドよ」

「メイド?」

「・・・なんでもない」

ふぅ、めったなことを考えるもんじゃないな。 それにしても、そらがあんなに・・・。

つーか、あの設定はご主人様と下僕じゃないし。

「で、なんだ?」

「今日の・・・空を飛べるって話。 ・・・本当かな?」

何だ、帰ってきてすぐ言わないから、とっくに忘れてるんだと思った。

いつもは必要以上に馴れ馴れしいのに、たまにものすごく遠慮するんだよな。

何に遠慮してるのかわからんが。

「マジだ」

「本当に?」

「真剣と書かなくてもマジだ。 そのための準備もしてきた」

みちるに蹴られたり、みちるに蹴られたり。

「じゃぁ、飛べる?」

「もしかしたら明日な」

「明日かぁ・・・」

観鈴は、少し複雑な表情をした。

「うれしくないのか?」

「ううん、そうじゃなくて・・・」

言葉を濁す観鈴。

「俺の作戦じゃ心配か?」

「違うの! あのね・・・」

少しためらった後、観鈴はそらを抱き上げた。

そらは共食いを諦めきれないでいるらしいが、一応大人しくしている。

「もし、私が空を飛べれば、私は、きっともう一人の私を見つけられる・・・」

もう一人の観鈴。

俺が捜し求めている少女。

「もう一人の、私だから」

ずっと遠くの空で、嘆き、悲しんでいる少女。

今も、昔も、そしてもしかしたらこれからずっと、大気の中に囚われる運命にある少女。

「でも、そうしたら・・・」

鳥も、飛行機も、母も、その前に彼女を探した色んな人間も、彼女を見つけることができなかった。

でも、もし観鈴の背中に羽があったなら、彼女を見つけることができるかもしれない。

そして、観鈴なら、きっと彼女の悲しみを癒してくれる。

そんな気がする。

「往人さんは、どうする?」

彼女が解放されて、旅が終わったら、俺はどうするんだろう。

「ここに残ってくれる? それとも、どこかへいっちゃうのかな?」

ここに残る。 それともまた旅へ? それぐらいの選択肢しかない。

きっと、空の少女は飛んでいってしまうだろう。 彼女には羽があるのだから。

そして、目の前の少女はどうなるんだろう。

もう一人の少女がいなくなっても、彼女はここにいるんだろうか。

俺がここに残ったとして、彼女はここにいるんだろうか。

白い翼を使わずに。

・・・最初から言ってるだろ。 金が貯まればここからでるつもりだ」

「・・・そっか。 にはは、そうだよね

力なく、観鈴が笑う。

やめだ。 こんなの意味の無い妄想だ。 最初から、俺たちはそういう関係だった。

俺の金が貯まれば、夏が終わればただの思い出になる関係。

こいつは町で母親と暮らし、俺も旅に出る。

さっきの妄想の方が、よっぽどましな考えだった。

「情が、移ったかな?」

観鈴を飛ばしてやろうと動く自分が、ひどく偽善的に思える。

俺はラーメンを食い終わると、何も言わずに外に出た。

 

 

「潮時、なのか?」

長く居すぎた気もする。

そろそろ、出て行くべきか・・・。

ぶろろろろ。

と、俺の感傷を壊すように、田舎町に似つかわしくない音が轟いた。

ぶろろろろろろ。

近づいてくる。

ぶろろろろろろろろろろろ。

「どわあぁぁぁ」

ききぃぃ。

バイクが俺の前で止まった。

きぃぃぃぃぃ。

いや、止まらない。

ブレーキをかけたが、滑走して俺につっこんできた。

どーん。

ああ、接触事故だ。

ついに事故られた。

いつかこんな日が来ると思った・・・。

ああ、今までせっかく拡大文字を使わない字体だったのに・・・。

 

続くの




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