此処で。

いつもの場所、いつもの時間に、いつもの少女が、いつものように風に吹かれている。

手を広げ、長い髪を白いリボンとともに揺らす。

少女の方には真っ黒い烏。 肩の上で、身動ぎもせず、同じ風を受けている。

いつから、これはいつもの光景になったのだろう。

ぼんやりと考えながら、少女の後ろ姿を見る。

ここに来てから一ヶ月と経っていない。

しかし俺は何度も、この夏の町の、この堤防で、この光景を見てきた気がする。

そう、何度も、何度も・・・。

そして、少女は言った。

いつもの、あの調子。 幼い子供のような、無邪気な口調で。

「空、飛びたいなぁ」

空と海を見つめたままつぶやく、何気ない言葉。

誰に向けたわけでもない。 だからこそ本心のつぶやき。

それに対して俺は、考えてもろくなことが出てこない頭を、ぼんやりさせたままつぶやいた。

もしかしたら、このまま放っておいたら、少女が消えてしまうのではないか。と、そんな漠然とした不安があったのかもしれない。

「・・・よし、飛ぶか」

要するに、頭を使っても使わなくても、俺の言うことはいつもろくでもないわけだ。

 

 

 

空を飛ぼう前編

 

 

「ほんと!?」

俺のつぶやきに、少女観鈴が勢いよく振り向く。

が、肩に乗っていたカラスのくちばしが頬に直撃し、頬を抑えながら目に涙を浮かべる。

「が、がお」

口癖がでる。

本来ならすぐに行って殴るところだが、それより俺は脱力していた。

ちきしょう、最初のごぼうSSに類を見ない真面目な雰囲気がぶち壊しだ。

あいつは擬音にするならとてとてと俺のほうに走り、座り込んでいる俺を期待の眼差しで見た。

「往人さん、ほんとに空飛べる?」

「嘘だ」

きっぱりと断言。 ちょっとした勢いで言ったセリフだ。

「がお、どうしてそんな嘘つくかなぁ」

ぽかっ、即座に殴る。

「痛い・・・」

「あ、そうだ」

ぽかっ、もう一回殴る。

「何で2回もぶつかなぁ」

「さっきも言っただろうが」

にしても、殴っても殴ってもこいつの癖は直らないな。 完全な殴り損だ。

いっそ、一回殴ったら殴り賃100円ぐらいくれれば喜んでボコボコにするものを・・・。

はっ、いかん。 俺は人形で稼いでこの町を出て行くんだった。

晴子に完全に養ってもらってどうするんだ。

「さっきの話、本当に嘘?」

観鈴が、悲しそうな顔で聞く。 よっぽど期待したんだろうな、悪いことをしてしまった。

と、ふと俺は思いついた。 もしかしたら、人間は自分の力で飛べるんじゃないか?

「・・・嘘じゃないかもしれない」

あるアイデアが頭の中に浮かんだが、今はまだまとまっていない。

「本当?」

一度思いっきり嘘だと言ってしまったので、美鈴は少し疑り深くなっている。

「本当だともまいしすたー!!

「・・・」

こういうセリフが信用を無くすのかもしれない。 大体観鈴は俺の義妹でも同士でもないぞ。

「分かった、信じる」

えらいぞ観鈴、信じることは素晴らしい。 が、そうやってほいほい信じてるといつか騙されるぞ。

「じゃ、飛ぼう」

さっそくすぎるぞ。

「お前はこれから補習だろうが。 大体準備が必要だ」

そもそも俺たちが何故若い青春をこんなところで使っているかといえば、こいつに学校の補習があり、さらにその一時間目に遅刻したからだ。

理由としては、数学の教科書が見つからなかったから、そしてパターンどおり、今日は数学の補習がないという結果だった。

必殺技使用中だろ」

「うん、そう」

こいつの必殺技。 二時間目にこっそり入り、一時間目からいましたという顔をするという、挑発伝説よりくだらない必殺技だ。

大体、必殺技なのに誰も殺して無いなんてどういうことだ。

必殺必中なのに、何でライジングアローは60%なんだよ。 アレンビーだって生きてたぞ。

いや、もしや記録改ざんのために一時間目の担当教師を・・・

恐るべし、必殺技。

「・・・お前の学校の先生、大変だな」

「何が?」

そんな時、ちょうど一時間目の終了を知らせるチャイムが鳴った。

「ほら、行けよ」

「でも、まだ10分ある」

「お前の足だと、教室まで5分はかかるだろ」

もう一時間遅れたら、さらに教師が一人減る

「じゃぁ、あと5分。 往人さんと話してたいな・・・」

「む」

うつむきながら、つぶやく観鈴。

なんとも男冥利に尽きるセリフだ。 やっぱり今回のSSは一味違うか?

「・・・帰ったら、いくらでも話してやる」

「あ、カラスだ〜」

いつもと違う甘々ムードにとまどった俺だが、甘々発生器の観鈴は目の前にいなかった。

それはもうブレーキのついていない幼児のようなダッシュで、校門にたむろす黒いカラスの一団につっこんで行く。

同じカラスのそらが、俺を慰めるように足をつついていた。

たまに、こいつと魂の繋がり感じる・・・。

「・・・逃げないのか」

カラス達は校内の木に飛び乗ると、馬鹿にしたように観鈴の前で跳ねた。

観鈴は諦めきれないらしく、ぴょんぴょんと木の前で跳ねる。 惜しい、あと1メートルだ。

あいつ、多分10センチも跳んでないぞ。

こんなとき、カラスの鳴き声はあほーと聞こえるから不思議だな。

「5分過ぎたんじゃないか?」

そう思った俺は、観鈴を呼ぶ。

「おい、遅刻するぞ!」

だめだ。 あほー大唱和にかき消されて聞こえない。

「お〜い!!」

お、振り向いた。 どうやら聞こえたようだ。

「5分過ぎたぞ〜!!」

なんか、まゆを寄せている。 聞こえないらしい。

「ご〜ふぅ〜ん〜た〜ったぞぉ〜〜〜!! は〜や〜く〜い〜か〜な〜い〜とぉ、ち〜こ〜く〜す〜る〜ぞぉ!!!」

ゆっくり丁寧と大声で伝えてやる。 どうやら伝わったようだ。

しかし、ここでバットニュースです。 二時間目開始のチャイムが鳴りました。

「が、がお、往人さんわざとゆっくり言った〜!」

俺がそんな折原浩平のような真似をするか。

叫びながら駆け出す観鈴。 同時にカラスが飛び立ったので、よく聞こえる。 あとで一発殴らなきゃな。

「・・・お前はどうするんだ?」

聞くまでも無いな。 カラスは校門前までてこてこと歩いていった。

あそこで観鈴の帰りを待つんだろう。

熱吸収率も高かろうに、ご苦労なことだな。

俺は忠鳥そらに背を向けると、準備のために歩き出した。

一応自己紹介しておこう。

俺の名は国崎往人、漢字変換でちゃんと変換されない困ったちゃんだ。

 

 

「さて、まずはどうするか?」

ふむ、暇つぶしに人形芸でも・・・・。

だから違う! 完璧に副業に成り下がってるじゃないか、人形芸。

国崎往人、職業居候・・・、いやすぎるぞ。

その汚名を返上すべく、俺は商店街のさびれた診療所の前で、人形を置き精神集中を行う。

集中、集中、集中・・・。

人形がとことこと歩き出す。

「へぇ、やっぱり何度見ても不思議だな」

不意に、歩き始めた人形が取り上げられる。

集中していた俺は、思わず声の主を睨みつけた。

「・・・そんなに怖い目つきをしないでくれよ」

「目つきが悪いのは生まれつきだ」

俺の前にいたのは、ケーキの人だ。 以前俺にケーキをくれたため、この愛称がついた。

「何のようだ」

「君の人形が見たくてね。 やっぱり電波かなぁ?」

不思議そうに、男は人形をいじくり回す。

「リモコンなんて持ってないだろ」

「いや、世の中には生身電波を発する人もいるから」

? それともちゃんのことか?

「そんな技能があったら、他に活用してるぞ」

「人形を動かせるだけで、十分犯罪に使えると思うよ」

犯罪に限定するな。

しかし、確かにこの町に来てから、何度も同じことを考えた。

「それはそうと、今回もお土産だ」

ケーキの人は手に持った紙袋を手渡した。

「いいのか?」

「君の芸はともかく、君はおもしろいからね」

失礼なことを言われたが、大して気にならない。

ケーキの人は、最近よくお土産をくれる。 何でも色んなところを周っているそうだ。

しかも、回を増すごとに豪華になり、この前は近江牛、松坂牛詰め合わせを一年分もらった。

しかし、名前はケーキの人で定着

今回はなんだろう。

紙袋を開けると中には瓶づめのジャムが一つ・・・。

「ジャムだけか?」

もらっている身とはいえ、結構がっかり来た。

「ただのジャムじゃないよ。 相当すごいジャムらしい」

「ふ〜ん」

俺は、そのオレンジ色のジャムを日に透かす。 見た目は普通のジャムだ。

「食べると、天にも昇る気持ちになれるそうだ。 ご家族と一緒に食べてくれ」

「俺は、家族なんかいないぞ」

居候は家族と呼ばないだろう、普通。

「・・・そうか、そうだったね。 じゃぁ、君が住んでいる貧乏な家にいる、可愛い子と一緒に食べてくれ

そうだったって、あんた俺がTHE・居候だって知ってるのか?

「やかましい関西弁にも、ぐらい舐めさせてやってもいい」

爽やかな笑みを浮かべて、ケーキの人が笑う。

・・・関西人に恨みでもあるのか?

「そうだ。その貧乏な家の娘が、空を飛びたいらしいんだ。 あんたいい方法知らないか?」

 「空、かい?」

その話題を出したとき、男の顔に翳りが落ちた。

「その子が、飛びたいって言うんだね?」

深刻な顔で、ケーキの人が俺に聞く。

俺は少しその雰囲気に飲まれながら、首を縦に振った。

「そうか、そのうち君の家に行くよ!」

言いながら、ケーキの人は行ってしまった。

何か思いついたのか?

それともただ急用ができたのか?

便意をもよおしたとか。

それともウルトラマンが見たい?

だめだろう、今日は木曜日でフルバの日だ。

いや、こんな地方ではテレビ東京は映るまい。

つーか、あれは俺の家じゃないっての。

色んな言葉が、宙ぶらりんになった。

 

 

俺は駅に来ていた。

太陽がじりじりと痛い、昼過ぎだ。

ちなみにこれまでの戦果は0。

予想を裏切る結果でないのが寂しい。

あえてあげるなら、ケーキの人からもらったこの謎のジャム。 謎ジャムとでも呼ぼうか?

俺は何もこんな人通りのすくないところに商売をしに来たわけではない。

人に会う為だ。

「うす」

「・・・うす」

フランクな俺の挨拶に、同じくフランクに、そして伏目がちに答えたのは、黒髪の少女、遠野美凪だ。

「みちるは?」

いつもいる、生意気なガキが今日はいない。 シャボン水のかぶり過ぎで自らもシャボン玉になり、空に消えたのかもしれない。

「・・・消えました」

「マジか!?」

「・・・冗談・・・びっくり?」

「いや」

それより俺は、考えが読まれたことにびっくりだが。

「・・・残念」

「マジでどうしたんだ?」

「・・・消えました」

「マジか?」

「・・・マジです」

これからは、シャボン玉には気をつけよう。

「・・・嘘です・・・ぴこぴこと鳴く犬を追って・・・どこかへ」

「嘘かよ」

「びっくり?」

「ああ、びっくりだ」

お前があれをと認識することにな。

「・・・そう、じゃぁびっくりしたで賞・・・進呈」

ポケットをごそごそと漁った後、差し出される紙。

お米剣。・・・いや券だ。

「・・・」

無言で受け取る。

「ぱち、ぱちぱちぱち」

進呈式終了。

「それより今日は、作ってもらいたい物があるんだ」

俺は本題を切り出した。

「・・・みちる人形1/1?」

「違う」

「・・・がっかり・・・可愛いのに」

既にあるのか、それ?

きっと、髪を引っ張ると、んにとか言うんだろうな。

俺に渡してもサンドバックにしかならんぞ。

「実は・・・」

 

 

 

・・・続く

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