学校での用事を全て終えた俺は、一時間後、蛇とミーヤの戦いを目撃したあの廃ビルの屋上に来ていた。
 右腕が動かないだけでここまで動き辛いとは……パンパンになった太ももをさすりながらため息をつく。
「悪い、遅れた」
 呼び出しておいた先客にそう呼びかけると、彼女は唇を尖らせて女の子を待たせるなんて最低ですよ。 などと言いたげな表情をした。
「あの子達、離してくれなくて」
 言いながら、へらへらと近づく。
「二人とも食べてくれたんですか先輩?」
 いつも学校で会う時と変わらない声色。 平然と、彼女――有馬鹿子は、手を後ろに回したまま、俺に物騒な事を問いかけた。
 もう隠すつもりはないらしい。 いつも結んでいる髪が、今日は風に揺れていた。
「物騒な事を言うなよ。 少なくともミーヤは胃袋に入っちゃいない」
 肩をすくめ、俺は彼女に答える。
 救急車も呼んでおいたが、味見ぐらいはしても良かったかもしれない。
「まさか先輩が生き残るとは思いませんでした。 あぁ、そこで止まってください」
 言われた通りに足を止める。 鹿子の目が、いつもとは違う冷たいものを宿したからだ。
「ひどい評価だな。 で、お前はどこの誰なんだ?」
 俺が尋ねると、鹿子はコロリといつも学校で会うような表情に戻り、ため息をついた。
「お察しの通りですよ」
 そう言いながら彼女は右手でポケットから紙片を取り出し、自虐的な笑みを浮かべた。
 ここからじゃ見えないが、中身は俺が彼女に宛てた手紙だろう。
 とりあえず中央に大きく書いた一文はこうだ。
『お前は化け物だ』
 俺が誰かさんに送られた物を、指定の場所と時間を変えて送り返したものだ。
 俺が化け物だというネタで脅迫してきた有馬鹿子。
 しかしその彼女の正体もまた……化け物であった。
 彼女があの日、俺と姫足を呼び出したのだ。
 鹿子の瞳が俺に問いかけを発する。
 雄弁なそのシグナルを受け止めていながら、俺はまず彼女に労いの言葉をかけた。
「例の件、ご苦労だった」
「学校の警備システムの停止。 いるか先生に睡眠薬のプレゼント。 こんな短期間に続けてやるのは骨が折れました」
 俺の言葉に落胆したのか。 その時の苦労を思い出したのか。 鹿子は深く息を吐きながらそう答えた。
 今日の雅、そして愛華との対決。 そこに邪魔が入らなかったのは彼女のおかげだ。 手紙を送り返すついでにそれを指示したのは俺だが。
 そして初日。 俺と姫足を呼び出したのもまた……彼女だった。 
「お前の目的は、何なんだ」
 俺は、鹿子を睨みながら問いかけた。
「先輩の調査……でした。 元々はね」
「調査? 何の為に」
「世の中には先輩みたいに、この世の裏を知らないまま化け物をやっている方が結構いるんですよ。 そういう方を調査し、可能なら組織にスカウトするのが私の役割です」
「組織……」
「そう、人間が化け物を駆る為に協会を作ったように、人間に狩られないために化け物側も寄り集まっているんです。 それが私の所属する組織、ミミックコミュニティー。 通称ミミコミです」
 誰が呼ぶ通称なんだか、鹿子はやたらキャッチーな組織名を出した。
 どうやらそちらの方は協会と違い、その辺りも拘るようだ。
 俺がそんなことを考えている間にも、そのまま話を続ける。
「でも、入学する少し前に蛇による殺人事件が頻発するようになって、事情が変わってしまいました。 そして、しばらくしてから組織に、この街に占い師と狩人が潜入したという情報が流されて、だから私は占い師を狙うことにしたんです」
 俺の情報と言い、占い師と狩人と言い、どこからそんな情報を得ているんだろう。
 ふと疑問が思い浮かび、俺はもう一つ頭に引っかかっていた事を思い出した。
 綾菜が身代わりになったとは言え、俺が協会に調べられなかったとは考えづらい。
 双子だし、女装をしていた事も知られていたはずだ。
 例えばそういう情報を途中で止めておいて、ミミコミとやらが持っている情報と任意で交換する。 そんな取引が行われていたとしたら。
 ……思いの他頭の中で結びついてしまった。
 俺は大人の汚い世界への想像を一旦打ち切って、鹿子に更に尋ねた。
「何で、姫足を呼び出したんだ」
「先輩、金網ごと落ちた時の事を覚えてますか? あの時私達ね、見えてたんです。 先輩の頬が破れる所。 そして、お互いの視線で相手もそれを見た事を悟った」
 また、俺が原因なのか。 自分の迂闊さに、今すぐ屋上から飛び降りたくなる。
 いや、死ねない事は差し置いても、やらないけれど。
「私は立場上、騒げませんでした。 そして片瀬先輩も騒がなかった。 あの臆病な人がですよ。 だから私、この人が占い師なんだって思ったんです。 そうじゃなくても、口を封じなきゃならないと考えました」
 鹿子は悪びれもせず、いや、わざと露悪的に笑う。
「部長の時も一緒です。 居間の盗聴器は私の物だったので。 全部生き残るためですよ」
 まるで、俺を挑発するように。 しかし俺は応えない。 彼女と同じように笑い続ける。
「で、どうしてこんな私の正体がバレたんでしょう」
 俺からのお叱りの言葉がないと悟ると、鹿子は笑みを消し、俺に問いかけた。
 俺は笑い顔のまま、今度は懇切丁寧に彼女に答えてやる。
「今回の事件は、愛華がやったにしちゃ不自然な事がいくつかあった。 まずその手紙。 そしてボヤ騒ぎでのかく乱。 綾菜を殺そうとする時の手口。 どれも愛華と一致しない」
 愛華の目的は、立派な化け物になる事。 そして俺へのアピールだったはずだ。
 そもそも彼女は、占い師や狩人の存在なんて知る余地がない。
 占い師を狙うという行動自体がおかしいのだ。
 まず俺が引っかかったのはここである。
「そして、綾菜の証言。 あいつは、ミーヤは皮を剥いだ化け物にしか反応できないと言っていた。 それなのにミーヤは、屋上で化け物に反応したんだ。 そんな所で蛇が変身したらボヤどころの騒ぎじゃない」
 つまりあの場所で、占い師を狙って皮を剥いだ別の化け物が居たのではないか。 俺はそう考えた。
「それが、お前だ」
「どうして私だと……?」
 紛れ込んでいた第三の、いや、第四の……双子を含めれば六匹目の化け物。
 愛華も鹿子も俺を追って入部してきた訳だから、偶然という訳ではないのだが、この数は流石に滅入る。
 本来なら、俺だって残りのソイツが水泳部にいるなんて考えたくは無かった。 しかし。
「お前はもう、占われていたんだよ」
「占いって、ミーヤにですか?」
「ミーヤは占い師じゃないよ。 良くて占い師候補だ」
 鹿子の顔が疑問で歪む。 それが気持ち良い。
 人の死体なんかに頻繁に出会う羽目になってでも探偵になりたがる奴の気持ちも分かる。
「いくら協会がミミック嫌いでも、ミーヤの扱いは雑すぎると思わないか? 組織に一人しかない掛け替えの無い人物なら、いくらなんでも、もっと丁寧に扱うだろう」
 人じゃないけど。 などという無粋なことは言わないでおく。
「占い師と狩人は、相当な数の化け物を殺したって話だ。 いくらミーヤでも、それだけ都合よく化け物に出くわす事があったら自分の能力を自覚するだろう。 それに綾菜は、彼女をこう言ったんだ。 占い師の力に目覚めかけている。 ってな」
 雅はきっと、実験投入かつ彼女を隠す為の囮だったのだろう。
 綾菜と、本当の占い師を隠す為の。
「つまり、占い師には、他にもう完成系がいたって事ですか?」
「その通り。 しかもその占い師は、さっきの綾菜の証言も併せるならそう、化け物が皮を被っていようが見ただけで判別できるとんでもない奴だった」
「誰なんです、その人は」
「お前の最初の狙いで正解だったんだ。 片瀬姫足。 彼女が本当の占い師だよ」
 俺がそう言ってやると、鹿子が苦虫を噛み潰したような顔をした。
 それはそうだろう。 彼女は最初のアクションだけで、目的を達していたのだから。
「多分姫足と綾菜は、化け物を見つけても半年はそいつの調査に当てていたんだろう。 そいつが悪いミミックか判別する為にな」
 だから、あの半年以内ってゆるい期限がつけられていた。
「片瀬先輩は部長に占いの結果を伝えていて、それを先輩が更に教えてもらったと?」
「いや、綾菜がそれを知っていたなら、お前を誘き出す為に囮になる必要はなかったはずだ。 わざわざ盗聴器の前で占い師を騙ってまでな」
「そもそも部長は何故あんな事を?」
「ミーヤが言っていた。 占い師が死んだら大量のエージェントが送り込まれるって。 そうなれば、俺だって見つかるかもしれない。 あいつはそれを恐れたんだ」
 本当に、この事件の大体の原因は俺にある。 もっと嫌なのは、それが自分の意思とは関係ない所にあることだ。
「愛されてたんですね、先輩」
「迷惑な話だよ、まったく」
 おかげで、責任取って死ぬなんてこともできなくなった。
「それなら、結局何で私の正体が分かったんですか?」
「お前、姫足ってどういう性格だと思う?」
 問いかけてくる鹿子に、俺は逆に聞いてやった。
「どうって、ビクビク怯えてて、ビクビク怯えてる人です」
 小学生で矯正されるようなマナー違反を侵した所為か、鹿子が少々棘のある評価を口にした。
 まぁ、平常時に聞いたとしてそれが彼女の第一印象だろう。 しかし。
「違う。 本当の姫足は、人当たりが良くて明るく優しい女の子だ」
「そうは、見えませんでしたけど」
「俺やお前には見えなかった。 だけど、平井にはそう見えてた」
 昼休みに平井は、口ごもる姫足をおかしかったと表現した。 俺はあれで、彼女と平井が特別な関係だったのではないかと邪推した訳だが、結果は違った。
「平井だけじゃない。 他の、水泳部以外の人間にも聞いてみて驚いたよ。 あいつらが言う姫足は、孤立している子がいると率先して声をかけるとか、クラス委員をやっているとか、俺が知ってるのとはかけ離れてた」
 逆だったのだ。 俺達が普段見ていた姫足が異常で、平井がみていた彼女が平素の状態だった。 何故、そんなことが起こりえたのか。
「まさか」
「そう 彼女の怯えの原因は占い師レーダーのせいだった。 というより、彼女は化け物の前に出ると体が勝手に震えるんだろう」
 きっと彼女は、本能で化け物を判別していたのだ。 過去に何か化け物に脅かされたことがあり、そのせいでミーヤのように能力に目覚めたのかもしれない。
 ……例えば、一緒に遊んでいた友達の口が裂けた、とか。
 俺の頭には、何故か壁に追い詰められ恐怖に顔を歪ませた幼い少女の姿が明確に思い浮かぶ。
 いや、これ以上自分に人生を狂わされた女の子が出ると、流石に耐えられそうにない。
 そのシーンを頭から追い出していると、鹿子がもう一つ、と言いながら俺に問いかけた。
「結局、何で綾菜部長は占いの結果を教えてもらってないんです?」
 彼女に問いかけられ、俺は言葉に詰まる。 ここは推測でしかないんで、あまり言いたくないんだけどな。 やはり名探偵は俺にはまだ早いようだ。
「姫足には、ミーヤの事は知らされていなかったんじゃないかと思う。 ミーヤは組織内で信用されていない。 単純にミミックの彼女を疎ましく思う奴もいるだろう。 占い師にミミックだと判定されれば、きっと彼女の立場は更に危うくなる。 それを狙った奴が、綾菜に姫足へミーヤの正体は黙っておくように言ったのかもしれない」
 先程も考えた通り、俺の正体は協会の誰かしらに知られていた可能性がある。
 それを盾にされ、綾菜は様々な仕事を押し付けられてきたのかもしれない。
 俺は頭を振り、話を続けた。
「そして、水泳部には他にも化け物がいた。 俺。 犯人である愛華。 それにお前」
 更には倉庫に引っかかっていた双子。 これだけの化け物が、一応の必然性を持ってひしめいていた。 だが、その必然性は俺ですら今になって分かった程だ。
「これだけ揃っていると、姫足が水泳部じゃなく自分の能力を疑ってもしょうがないと思う。 だから彼女は、綾菜にすら自らの判定の結果を言わなかったんじゃないか」
 水泳部にいたミミックは併せて六人にもなる。 人の皮を被った化け物が、そんな数、同じ場所に終結しているはずはない。
 普通はそう考えるだろう。
 俺や鹿子に怯えっぱなしだったということは、姫足の能力は自らの直感に頼った自分でも制御不能なものだ。
 だから彼女は、自らの占いの結果を綾菜には言えなかった。
 綾菜は、彼女の異変に気づいていたはずだ。 しかしあいつはそれを、俺と雅、二匹のミミックを同時に見つけたからだと勘違いしたのだ。 ミーヤはミミックとして判定されれば立場が悪くなる。 俺は言わずもがなだ。 だから、綾菜はそれを無視した。
「一応、運が良かったと言うべきなんでしょうかね。 おかげで生き残れましたから」
「感謝するなら、俺にだぞ」
「誰のせいで、こんなややこしい事に首をつっこむハメになったと思ってるんですか」
 苦笑する鹿子。 彼女だって、入学してきた時には間接的に人を二人も殺す羽目になるとは思わなかっただろう。
 彼女も俺を恨んでいるだろうか。 その笑顔からは窺い知れない。
「組織に来ませんか? 先輩ももう居場所が無いでしょう?」
「やだ」
「やっぱりそう言いますよね」
 俺がきっぱりと断ると、ため息をつきながら、鹿子はずっと後ろに回していた手を、すっと上げた。
 その手には、黒光りする銃が握られている。
「先輩には正体がバレちゃいました。 生かしておく訳にはいきません」
「……偽名じゃないんだな。 その名前」
「残念ながら本名ですよ。 そんな物偽造出来るほど大きな組織じゃないんで」
 言って、彼女は銃に左手を添えた。
「ここを切り抜けたとして、どうするつもりですか? 一人ぼっちで、協会にも追われて組織の庇護も受けられない。 食べ物には困らないかもしれませんけど」
 鹿子は皮肉げに笑う。 まるで世界中の悪意を代弁するかのようだ。
 確かに、これは愚かな選択かもしれない。 こうやって銃を向けられる羽目になると特に実感する。 だが――。
「どうにでもなるさ。 俺達は何にでもなれるんだぜ? 俺も、お前も」
 俺は両手を広げ、笑い飛ばして見せた。
 そんな俺を見、鹿子はとんでもなく頭の悪い子を見たように盛大にため息をつく。
「なれないんですよ。 思い通りになんて」
「なるさ、俺の思い通りに」
 化け物でありながら、組織に縛られる鹿子。 彼女を俺はもう一度笑って見せた。
「じゃぁ答えてくださいよ。 具体的にどうするつもりです?」
「お前は俺にチューされる」
「私は具体的には太腿と足の甲に一発ずつ撃ち込むんで、苦しんで死んでください」
 物騒な事を淡々と言う鹿子だが、その声には苛立ちが混じっていた。
「つったってお前、俺らの十メートルは離れてるよ。 拳銃の射程ってそんなに長くないって聞いたし。 しかも足? 動きまくるよ、外すに決まってるじゃん」
 相手は動揺している。 そう感じた俺は畳み掛けるように喋った。 鹿子は化け物であると本人も言っているが、まだその能力は分からない。 愛華の時と同じだ。 勝てないと思わせておくに越したことはない。
 が、鹿子は俺を見据えたまま一息吐くと、肩を落とした。
「両手で狙えるなら、これ程楽なことはありません」
 力を抜いたようだが、銃口がぶれる事はない。
 それどころか何やら自信をつけ直したようで、先程までのトゲも消えている。 瞳は覚悟と冷徹さで覆われ、揺ぎ無い。
 失敗したようだ。 どうやら俺は詐欺師にもなれないらしい。
「俺の口は、お前の銃より早いぞ」
「先輩の口は、そこから五m程しか広がりません。 せいぜいそこにある石辺りまでです」
 鹿子が顎で示した先を追い、彼女の言う石を目に留めてから、俺は歯噛みした。
 彼女の言葉は枷だ。 もちろん俺だって完全にその言葉に従う訳ではないが、既にその石は俺の意識に刻まれてしまった。
 鹿子の狙いは、そこまでにしてもそこを超えるにしても、俺にあの石を基点に考えさせることだ。 つまりは、あの石を超えることは無理をする事だと思わせることである。
 慣れてやがる、化け物との駆け引きに。 だがここで臆せば、俺が勝つ見込みはもっと減ってしまう。
「化け物殺しにドリルはいらぬってね」
「言葉一言あればいいってか? だけどな」
 綾菜がどうやって死んで、姫足がどうやって消えて、雅をどう傷つけて、愛華を何故食ったか。 それを思い出せば、目の前の石コロなどなんの問題でもない。
 鹿子を睨んだまま、息を吸い、肩を広げ、胸を反らす。
 ギリギリギリと、体の中がまるでゼンマイ仕掛けになったような音を立てる。
 そして、開放。
何か格好の良いセリフを叫ぼうとしたのだが、直前で様々な感情が混じり、結局それは声の無い咆哮になる。
 だがその口は、膨れ上がった俺の思いを象徴するかのように、爆発的に大きくなっていく。
 上顎は月を覆い、下顎は大地を削り、何もかもを飲み込もうと驀進する。
 そしてそれは彼女の示したラインを超え、更に大きく伸び……るかと思われたが、そこで勢いは衰え、ぐらりと傾き閉じていってしまった。
「あはは、すごいですよ先輩。 七mは伸びました」
 このままでは彼女には届かない。 鹿子もそれが分かって、憎たらしくはやし立てる。
 だが、まだだ。 俺は喉奥からすべてを搾り出す。
「でも残念で……え!?」
 言いかけた鹿子の口調が、驚愕に染まる。 俺の舌だと思い込んでいたそれが、黒く大きい事に気づき、そしてそれが口を開け二股の舌を出したからだろう。
 ガチン! と閉じる大蛇――愛華の成れの果ての口。 だがそれも、構えられた拳銃の五cm手前で閉じられる。
 青ざめながらも鹿子の指に力が篭った。 だが、その手を――。
「「ハロー」」
 蛇の頭の上に乗っていた、不細工な顔のマペットが握っていた。
「ハ……ヒ、ええええええ!?」
 心地よい悲鳴と共に、拳銃の引き金が引かれる。
 乾いた音。 それに豆鉄砲が口腔内で反射する感触がした。
 口蓋垂にあたってから喉奥に入ったそれを飲み込むために喉を動かすと、同時に巻尺のように舌が内部に引き込まれていき、蛇、マペット、鹿子の順に引っ張られていく。
 鹿子はと、と、と何歩か歩いたが、勢いに負け、ついには前のめりに倒れた。
 そのまま、まるで引き回しの刑のように鹿子がこちらへと引き寄せられてくる。
 そして蛇が全身で断末魔を表現しながら飲み込まれ、鹿子の伸ばされた腕に向け、俺は牙を振り下ろす。
 ガチン! ――硬い音がし、俺の歯は彼女の持っていた名も知らぬ拳銃を砕いていた。
 ごろんと反転した鹿子が、おでこと下着を丸出しにしたまま俺を呆れた様な目で見る。
「どうして食べなかったんですか?」
「お前みたいなアホな名前を、この世から消してしまうには惜しい」
「私じゃなくて、愛華さんです。 そんなに人殺しになりたくありませんか? それとも彼女が反省するとでも思ってるんですか?」
 俺はもう、自分達の都合で綾菜を食った人殺しだし、愛華は手遅れだと悟ったはずだ。
 しかし同時に、俺は綾菜を食った時に思い知らされたのだ。
 ――屈みこむと、俺は彼女の額に歯をコツンと当てた。 それから彼女に言う。
「一つお願いがあるんだけど」 


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