「私はハンター」
 椎名雅の正体は、すぐに知れた。
 駅前まで帰ってきた俺達は、そこにあるハンバーガー屋の二階で、並んで座っていた。
 昨日殺人事件があり、今日も蛇が暴れまわっていたとは思えないほど、窓の外の人々は忙しそうに、あるいは平和そうに行きかっている。
「キョウカイに所属し、さっきみたいな化け物……ミミックを狩っている」
 ミミックねぇ……。 擬態して人間に紛れ込んでるから、って由来で良いんだろうか。
 まさかRPGが語源ではあるまい。
「教会って、ミーヤもしかしてシスター系?」
 更にもう一つ、気になる単語が妹系という意味ではない。
 あの修道服を着てお祈りする方だ。 異端者狩りなら定番と言えるかもしれない。
「チガウ、ChurchじゃなくてSociety」
 だが、ミーヤはそれを流暢な英語で訂正する。
 俺にはパッとその意味を思い出せず、しばし沈黙。
「あーと、協会ね。 十に力が三つついたあのむさ苦しい漢字の」 
 しばらくし、俺が納得した声を上げると、今度はミーヤが首を捻る。 ジャパニーズジョークは理解し辛かったか。
「ともかく、当協会には宗教的な主義主張は一切含まれてイマセン」
「なしてそんな業務口調」
「一度、これで宗教戦争になりかけた」
 ぽつりと、至極真剣な顔でミーヤ。
「ぶっ」
 俺は思わず、口に含んでいたオレンジジュースを吹きそうになる。 口を塞いで我慢したが、逃げ場をなくしたジュースが頬の皮を突き破りそうになった。
 そんな俺の横で、ミーヤが羽の生えたミミックを天使と見間違えた宗教関係者が云々とたどたどしく言葉を続けている。
 まぁいいや。 なんか恐ろしそうな話だし、つっこまないでおこう。 喩えでなく、薮から蛇な話はこれからなのだ。
「あいつらは、ミミックは人間を殺して愉しんでる。 悪い生き物。 だから、やっつけなきゃいけない」
 などと考えている俺の横で、ミーヤがあっさりと聞き捨てならない事を言った。
 例えば俺が人間なら、あ、そうなんだと納得するぐらいの気持ち良い断言っぷりだ。
 俺は今はその真っ当な一般人間のフリをしているので――。
「あ、そうなんだ」
 と納得しておいた。 化け物マストダイ、なんて勢いの組織なのだから、まぁそんな認識なのかもしれない。
 変に感情移入すると、本来の目的である化け物を排除するっていう基礎が揺らぐ。
 だからその協会としては、俺みたいな例外は存在せず、化け物をイコール絶対悪でまとめておく必要があるんだろう。
 先程の業務口調と一緒だ。 組織が存在する為の前提であり注意書きである。 それを疑う奴がいても、根本はそれを信じる奴で構成される。
 そもそもそんな組織必要なの? とは化け物である俺が疑問を挟める事ではない。
 だが、そうなると一つの、大きな大きな疑問が頭をもたげる。
「質問なんだけど」
 はいと軽く手を上げると、ミーヤは二つ目のチーズバーガーにかぶりつきながら、どうぞと俺に手を向けた。 意外とノリは良い子なんだよな。
「ミーヤとお――あいつらって、なんか違うの?」
 その質問に、やはり、案の定、ミーヤは租借する口を止め苦い顔をした。 ハンバーガーのCMだったら、降板ものの表情だ。
 本来この疑問は、彼女から散々情報を聞き出して、余裕があったら聞くべき物だった。
 どう考えたってデリケートな質問だ。 例えば妙齢の女性の年齢のように、ベッドの中で念願を遂げられた後でも聞かないほうが良い類の。
 正に薮蛇になりそうなこの質問をしたのは、これから会話するにあたって俺の立ち位置を決め直したかったからだ。 表面上の態度はともかく、心中での彼女への見方を。
 別に、イラっと来て衝動的に聞いたわけではない。
「……チガウ」
 しばらくの間の後、ミーヤははっきりと答えた。 そして忌々しげに、チーズバーガーをもうひと齧りする。
「私は、人に危害を加えたり、人を殺して喜んだりはしない」
 しかし、その理由は先程の化け物の説明と同じだ。
 ミミックは人間を殺す悪い生き物。 ワタシチガウ。 イコールで私は化け物じゃないって話だ。
 馬鹿馬鹿しい。 それなら俺も化け物ではなくなるし、天を仰いだら目があったこの双子だって、化け物ではなくなる。
「中にはひっそり暮らしてる奴も――」
「いない、ミミックはみんな人殺し」
 断言しやがった。 目の前で頬を破って「ここにいるぜ!」とか叫んじゃろか。 しかしこの剣幕だと、即座にドリルを叩き込まれるだけだろう。
『ひどい話よね。こんなに静かに暮らしてるのに』
『こんな狭屋で慎ましく生きてるのに』
 うるさいわ。 俺が嫌なら、とっとと相撲取りにでも乗り移れ。
  まったくひどい差別だ。 誹謗中傷だ。 こんなデマ信じる奴はどうかしている。 しかも同じ皮剥ぎの化け物がだなんて。
 ――とはいえ。 俺の頭に、ミーヤの憂い顔が蘇る。
 彼女とて、それを心から信じられている訳ではないんだろう。 自分が化け物ではないと真に思っているなら、あんな怯えた目をしない。
  信じられないから、怖いからこそ化け物を殺すのだ。 そしてその砂の城を一生懸命補強し、縋っている。
「ドウシタノ?」
 俺が頭を振ると、雅は怪訝そうにこちらを見た。
『同情できる立場じゃないでしょ?』
『ほら、もっと聞き出さなきゃ』
 双子はガラスを通り抜け、窓の外を浮いている。
 本当にうるさい奴らだ。 その指示に従う訳ではないが、俺はミーヤに質問を重ねた。
「それで、この街には他の、協会のメンバーは来てるのか?」
 例えば占い師とか。 とは言えず、まずは曖昧に聞いてみる。
「タブン……」
 ミーヤの答えは先程までの断言っぷりが嘘のような、俺以上の曖昧さだった。
「タブンって?」
「一人は、来てる、と思う」
「……思うって?」
「知らされてない。私は協会に信用されて、ないカラ」
 問い詰めると、ミーヤがシュンと小さくなる。
『何いじめてるの』
『そんな小物だから、私達も窮屈なのよ』
 ちょっと待て。 お前らの居住スペースって俺の心の広さなのか?
 ……大体、俺は虐めている訳じゃない。 虐めているのは、多分協会って奴の方だ。
 ミーヤが言うもう一人ってのは、多分占い師って奴のことだろう。 それが、狩人であるミーヤに所在さえ知らされてないってのは、明らかにおかしい。
 それじゃ守りようもないし、狩る相手も分からない。 仕事の果たしようが、無い。
 やはり、皆殺しを主とした組織に、その対象が紛れているというのは、俺の想像を絶する軋轢があるのだろうか。 虐めなんて軽い言葉で済まされない、ひどい扱いを受けているのかもしれない。
  狩人なんて役目も実質鉄砲玉で、任務とやらも失敗するように仕組まれているのかも。 だから、ミーヤも必死になっているのだ。
 先程まで彼女に憤り、現在進行形で騙しているこの俺が怒る権利などは無いのだが。
 大体これは俺の推測な訳だし、彼女に同情する前にもっと話を聞いておこう。
「そ、それじゃ大変でしょ。なんか指示とか来ないの?」
「半年前に命令を受けて以来、追加の連絡は無い」
 虐められてる。 絶対虐められてるよこの娘。 くそう、やっぱ組織許すまじ。
「さ、最初はなんて言われてきたのさ」
「行方不明事件の調査。 そして占い師の保護」
 ……出た、占い師。
 俺は一拍間を置いてから、それが初めて聞く単語の如く反応しようと試みた。
「うらしない?」
『バカ』
『それじゃ言語中枢破壊されてる反応よ』
 少しやりすぎたようだ。 そりゃ占い師なんて単語ぐらい、一発で聞き取れるか。
「違う、占い師。 間違いやすいけど」
「易いんだ!?」
 俺以上に言語中枢メタメタな子がいた。 ミーヤは俺の間違いに呆れるでも笑うでもなく、真剣な顔で首を横に振る。
 間違えないって。 占い師をその、うらしない? とか。
 むしろこんなくだらないこと言ったのが、猛烈に恥ずかしくなってきた。
「そ、それで占い師ってどんな奴なの?」
 気を取り直して、俺は彼女に聞いてみる。
「化け物を探し当てる才能を持った人間」
 それも知らされていないのでは、と思ったが流石に杞憂だったらしい。 ミーヤがそう説明する。
「探し当てるって、具体的には?」
「知らない……」
「いい転職先あるんだけど、紹介しようか?」
 かと思えばこれだ。 あまりにも不遇である。 割と本気で、俺はミーヤに提案した。
 新たな就職先は、俺の嫁という三食ピロートークつきの素敵な職場に決定だ。
「これは別に知らされていない訳じゃナイ。 協会でも知っている人間はホボいない」
 自分が何も知らされていないお子様だと思われるのが嫌だったのか。 ミーヤがむくれながら付け足した。 その態度が実にお子様っぽくて良い。
「へぇー」
「ダイスケ、信じてない」
「いつでも貴方を信じてますよ、お嬢さん」
 爽やかに笑ってやるが、ミーヤは胸を高鳴らせた気配も無くジト目のみを俺に向けた。
 まぁ、言ったのが大嘘だったからかもしれない。
 気分的には手を取ってキスしてやりたいぐらいだけど、ヘタに手を出すと三個目となったチーズバーガーを奪われると勘違いされそうだから、やめておこう。
  今時好物でキャラ付けしようとか安易ですぜお嬢さん。
「……ダイスケ、その二段重ねのハンバーガー何個め?」
「五個目」
 今時大食いキャラとか流行んねーし。
 ともかくミーヤの話が本当だとすると、占い師の正体は手がかり無しというわけだ。
 しかし、それならそれで疑問が一つ沸く。
「ミーヤはあの蛇、どうやって見つけたんだ?」
 占い師とも連絡がつかないなら、彼女があの蛇を見つけたのは自力ということになる。    
 俺のように脱皮跡に気づいたからだとしても、昨日の学校に彼女は現れなかったし。
「カン」
 俺の疑問に対するミーヤの返答は、非常にシンプルだった。
「カンってミンカンとかアンカンとかのカン?」
「ウン」
 童女のように首を縦に振るミーヤ、
「いや、それだとさっぱり意味通じないから」
 彼女が言いたいのは『勘』だろう。 麻雀で化け物の位置が分かるなら、苦労はない。
 ミーヤがぶっきらぼうに喋るのは、きっと長く喋るとボロが出るからだ。
 アレ? もしかして今のウンってのも、肯定じゃなくて『運』?
 まぁどちらにしろ、論理的な根拠があってあそこにいた訳ではないらしい。 
 しかしあそこは、結構な僻地だ。 偶然であんなところ通るか?
 そんな風に俺が考えていると――。
「私は話した。ダイスケも話シテ」
 ミーヤがこちらに、鋭い眼光を向けていた。
 狩人の目だ。 彼女の狙う獲物は今の所俺でないハズなのだが、怖気が抑えられない。
 彼女が言っているのは、俺が取引条件に使った、昨日のプールでの出来事だろう。
 本当の事は話せないが、早期解決の為には彼女に協力したほうが良さそうでもある。  
 実は嘘だったなんて言ったら、ぶっ飛ばされて貫かれそうだし。
「話シテ」
 考えている間に、ずずいっとポテトを突きつけられた。 形状的に先程のドリルを思い出させ、俺は思わずそれを食ってしまう。
 怖い物は思わず食ってしまうのが、悲しいかな俺の習性だ。 いっそミーヤも食べてしまおうか。 いや、口でじゃなくてね。
「んー、女の子に食べさせてもらうポテトは格別だね」
「あ、アゲテナイ!話してって言っタノ!」
 俺の行為に怒ったミーヤは、報復とばかりに俺のポテトをいくつかぶんどって頬張った。 意外とせこい。 まぁ、俺のほうが先輩だし広い度量を見せてやろう。
「もう一個サービス。あーん」
 俺は手に持ったポテトを差し出すが、ミーヤはぷいっと横を向いて食おうとしない。
「……食ってくれなきゃ話さない」
 小声でそう言ってやると、ミーヤはいつも通りギンと俺を睨む。
 だが、しばらくの葛藤の後、俺が指で摘まんでいたポテトにパクついた。
「うむうむ、味わって食うのだぞ」
 めちゃめちゃ睨んでるけど、上目遣いが心地良し。
 ご満悦の俺だったが、彼女の歯は俺の指まで上ってき――。
 ガブリ! 次の瞬間、俺が持っていたポテトを一口で全部歯の内側に収めていた。
 今咄嗟に離さなかったら、指をバッツリいかれてたぞ!?
 や、やっぱ怖いこの子。
「さぁ、話せダイスケ」
「はい……」
『弱っ』
『そんなだから呼び捨てなのよ』
 くそう、仰るとおりです。
「えーと、どっから話せば良いかな。 まず蛇を見つけた場所だけど――」
「学校のプール?」
「よく分かったね」
「女子更衣室のドアノブ。普通の壊れ方じゃなかった」
 アレをやったのは俺なのだが、 まぁ言う訳にもいかないので蛇に罪を被せてやろう。
 あっちだって同じ事をしてるんだから、おあいこだ。
「俺もその壊れ方が気になって中に入ってみたんだ」
「そもそも何で夜の学校に?」
「え、ミーヤが水着とか下着とか忘れ物してないかチェックに――」
 言いかけた俺の前で、ミーヤが左手で自らの右手首をつかむ。
「冗談だよ、そんな宇宙海賊みたいなポーズ取らないで」
 しまったな、呼び出されたとも言えないし。
「えーと、忘れ物したんだよ。……んー、あっ、ハンカチ」
「ハンカチ?」
 ミーヤが不審そうな表情になる。 やばい、ちょっと考えすぎたか。
「ほら、ミーヤに投げ飛ばされた時、手とか拭くのに綾菜に借りたじゃん。 それを落として。 借り物だから早く返さないとって思ってさ。 結局見つからなかったんだけど」
『喋りすぎ』
『あせってるのがバレるわよ』
 双子に窘められるが、いや、だってミーヤがずっと首を捻ってるし……。
「あぁ、ハンカチってあの布」
 ……今ハンカチ自体を理解してなかった? ハンカチーフって英語だよね? 
 いや、気のせいだろう。 時々発音はおかしいけど、一応意思疎通は出来ているはずだし。 うん、スルーしよう。
「で、プールを覗いてみたら、姫……片瀬がいて」
 あの時彼女と話した……というか俺があそこに追い込んだ事を誤魔化す自信がない。
「片瀬センパイが、なんで?」
「それは、分からない」
 なので、ここはこう言っておこう。 色んな意味で苦しいが。 話を進めていく内、俺の頭の中で昨日の出来事が再生されていく。
「そしたらそこに、蛇がどっかからプールに飛び込んできて……」
 息を一旦吸う。 別にミーヤを脅かしたかったわけではない。 俺があの事を人に話すのに、ちょっと準備が必要だっただけだ。
「片瀬を、食った」
 言いながら、俺は表情筋を動かさない事に全神経を使う。 
 もちろん不自然だろう。 だが、今の胸中が表に出たらどんな表情をするか、自分でも分からなかった。
 手を握られただけでこんなに入れ込むとは、俺はどれだけ重たい男なんだ。
 そう茶化して心を落ち着けようとするのだが、心の奥の俺が、「だけじゃねーよ!」と必死で抗弁している。
 お前どんだけ姫足好きになってるんだよ。
 ……普通の、人間ならこんな時どんな表情をするんだろう。
 俺が感情のまま出す表情は、化け物のそれではなかろうか。 そう思うと、中々表情を変える事が出来ない。
「ダイスケ、大丈夫?」
 今までに見せた事がない、本気で心配そうな顔をしてミーヤ。
 やはり無表情は不自然だったか。 それとも、何らかの感情が表に出てしまっていたのだろうか。
「うん、いや、平気」
 昔先達が言っていた。 どんな顔をすればいいか分からない時は笑えば良い。 
 その通りに、俺は手で顔をごしごしと拭ってから苦笑して見せた。
『いつもアホ面だから』
『余計違和感があるのよ』
 前も言っただろ、それ。 双子を睨んでから、俺はミーヤに視線を向けなおした。
「それで、蛇は凄い勢いで穴から逃げていった」
「アナ?」
「ほら、昨日俺が金網を倒してできた」
 言うと、ミーヤはまた、あぁと頷いた。 アナ、穴は分かるよね。 ミーヤにもいくつか開いてるやつだよ。
 口に出したら、こっちにも穴もう一個増やされそうだから言わないけど。
「でも、あの金網が壊れているのを知ってるのは……」
「やっぱり、そう思うよな」
 またしても、俺は言葉を切る。 そしてミーヤも言葉を続けない。
 今の俺達は多分シンクロ状態だ。 思いついた事も、それを言いたくない気持ちも。
 だから先に俺が言う。 こういうのは先輩の役目だ。
「水泳部の中に、犯人がいる可能性がある」
 告げると、ミーヤは眉間に皺を寄せ、じっと俺を見つめた後、耐え切れなくなったかのようにぷいっと顔ごと視線を逸らした。
「……金網の上に上ろうとして、倒しただけかも」
 いじけた子供のように俯いて、彼女はそう呟く。
「かも、しれないね」
 その様子がなんだかいじらしく、俺はひとまず彼女に同意する事にした。
 蛇が逃げる時、態々あそこに向かった光景を思い出すと、あれが偶然とは思えない。 だが俺にそれを見せ付けた意図も不明だ。
 あれが挑発ならまだしも、外部犯が犯人を水泳部員だと思わせるようなミスリードだった場合、俺が偶然説を否定する事でミーヤの考えを狭めてしまう。
 彼女が身内を疑いたくないって気持ちも分かる。
 俺だって、そこは同じな訳だし。
「でも、もし犯人が水泳部員なら、まずいかもしれナイ」
 そんな風に考えている俺の横で、ぽつりと、ミーヤが顔を逸らしたまま言った。
「まずいって何が?」
「占い師も、水泳部にいるかもしれないから」
「はぁ!?」
 ミーヤの言葉に、俺は頭の上から声をあげてしまう。
「それだと最悪狩人と占い師と犯人が小さいうちの部に密集してる事になるんだけど」
「私は任務を受けた時、あの学校の水泳部に所属するように命令された。 だから、それぐらいの偶然なら、有りエル」
「いやぁ、でも……」
 それだけではない。 その他に俺という化け物までこの部には紛れ込んでいるのだ。
 いくらなんでも密集しすぎだろう。
『化け物同士は』
『引かれあうのよ』
 そんなどっかの漫画パクったような設定は、今すぐポイしなさい。 
 とはいえ、偶然以外の理由があるならそれはそれで恐ろしい。 
 そんなことになったら俺達全員の配役を知っていて、それを一堂に集めた裏の支配者みたいな奴がいるなんてシナリオだってクラフトできてしまう。
 ……またキャストが増えているではないか。
 大学内のサークル恋愛じゃないんだぞ、もっと広いスケールで争えよ。 もしくはこじんまりとした部活らしく、何が盗まれたとかの小さな事件にしてくれ。
 俺が頭を抱えていると、ミーヤは四つ目のハンバーガーにかぶりつき始めてしまった。
「えっと、で、その占い師かもしれないってのは誰なの?」
 租借以外の為には口を開かないと決めたような態度の彼女に、俺は改めて尋ねてみる。
 ミーヤはしばらく黙ったままハンバーガーに齧り付いていたが、手の中のそれが無くなると、口を尖らせながら言った。
「立島、綾菜先輩。 貴方の、お姉さん」
 そしてその名前は、俺の中で一番意外なものだった。
 綾菜が、占い師? 化け物を探し出して殺すって言う、あの?
「計算が合わない」
 気がつくと、早口に俺はそう言葉を返していた。
 蛇が事件を起こしたのは、半年以上前のはずだ。 そのずっと前から、綾菜は俺とこの街で暮らしている。 まさかあいつが、バカ姉の皮を被った偽者って訳じゃあるまい。
 半年前に入学した鹿子や転入してきた姫足ならともかく、綾菜では辻褄が合わない。
「綾菜さんがいるこの街で、偶然事件が起こっただけかもしれない」
「で、その犯人も偶然水泳部にいたって?」
「それはまだ、推測……」
「じゃぁミーヤは、何で綾菜が占い師だって思うんだ?」
 ミーヤが言い終わるか終わらないかのタイミングで、俺は次の質問を繰り出す。 自分でも気づかないうちに、肘を彼女に近づけ、体を捻り身を乗り出していた。
 ミーヤはそんな俺を、狩人らしくない少々怯えた目で見る。
『ちょっと』
『何カッカしてるのよ』
 俺の左右に双子が位置しなおし、窘めるような声を出した。
「悪い」
 ミーヤの目とその二言で俺は我に返り、大きく息を吐く。  そしてそれと共に短く謝った。 
 何故こんなにイラだっているのか。 自分でも理由は分かっている。
 辻褄が合わないなんてのは後付けの理由だ。 理由はもっと単純。 あいつが、綾菜が殺しの手伝いしてるなんて、思いたくはなかったのだ。
 俺はスリーサイズとまではいかないが、生まれた日も好きな食べ物も歩くペースも知っている。
 そんな俺と十七年間一緒に暮らしてきたあいつが、俺の知らない所で俺と同じ分類の生き物を殺している。 そんな想像が恐ろしくて仕方なかった。
 しかし、そんな事情はミーヤに言う事などできない。
 ミーヤはしばらく俺の言葉の続きを待っていたようだった。 だが俺がそれ以上口を開かないと悟ると、先程の話を再開した。
「先輩は、この事件を調べてる」
「え?」
「深夜に複数回の徘徊。 行方不明シャの関係シャと接触してる」
「マジかよ……」
『一緒に暮らしてるのに』
『全然気づかなかったの?』
 その通り。 まったく気がつかなかった。
 一緒に暮らしている俺だけではない。 両親にさえも気づかせず、綾菜はそんな事をしていたというのか。
「で、でも、占い師って化け物が分かるんだろ? だったら調査の必要なんて……」
「占い師ハ、特殊なセンスを持ってる訳じゃなく、優れた調査能力を持つ人間の称号なのかもシレナイ」
俺が反論すると、ミーヤは考えを整理しつつ母国語を日本語に変換しながら話しているようで、いつも以上にゆっくりと、慎重に自らの意見を述べた。
 ……俺は唸らざるをえない。 人外に囲まれ過ぎて居て当然だと思っていたが、超能力者なんて本当にこの世界に存在するか分からないのだ。
 確かに彼女の言う事の方が、よほど現実的である。 丸呑み男とドリル女と幽霊幼女が集まってする話でなければ、もっと。
 とにかく、それなら半年かかるという話にも納得できる。 
 二人で一緒に考え込んでいると、はっとミーヤが何かに気づき顔を上げた。
「アッ、デモ、後はダイスケが気にする事じゃない」
「え、何で?」
「アブナいから。 ダイスケは今日の事を忘れて」
「流石に今更過ぎない?」
「今更もナニもナイ」
 ジト目でつっこむと、ミーヤが上目遣いで俺を睨み返す。
 て言うか今気づいたんでしょうお嬢さん。
 しかし、ミーヤに言われ俺もふと考える。 確かにここが引き際ではないだろうか。
 彼女には俺が化け物ではないと印象付けられたし、俺が一緒にいても出来る事はない。
 第一あのアホの姉を、俺が命を張って守ってやる義理は無い。 俺が化け物でアイツは人間って意味では、義理の姉弟ではあるが。
 しかも、アイツは占い知って言う、俺の天敵とも言える存在なのかもしれない訳で。
 ぶつぶつと頭に並び立ててから、俺はそれをドーンと崩した。
「綾菜には、借りがあるんだ。 一個や二個じゃなく、長い事生きてきて貯まってきた負債っていうか」
 先程までの自分に聞かせるようにして、俺は口を開く。
 ミーヤは俺が真剣な顔をした為、背筋を伸ばし手元のチーズバーガーを置く。
 ……これからするのは、そんなに大層な話じゃない。 それを示すため俺は彼女に笑いかけながら軽い調子で話し始めた。
「俺、昔は凄く無口だったんだ」
「『『ウソ』』」
 早速フランクな反応を返してくれる、ミーヤ、そして双子。
「ハモんな」
「鱧?」
「いや、魚でなくて」
 中空で何故か顔をしかめている双子を睨み返してから、俺は話を続けた。
「まぁ、こう人付き合いが怖いって悩みがあったんだけど、それを綾菜がさ」
 自分の口が破れると知った当時……きっかけは思い出せないのだが、まぁ小学校の中学年ぐらいだったか。
 俺がその秘密を守る手段として選んだのが、ひたすら黙ることだった。 選んだというか、それしか思いつかなかったと言うほうが正しい。
 人に話しかけられても無視し、どんなグループにも混ざらない。 更に頬を隠す為に女顔が髪まで伸ばしていたので、俺は格好のいじめの的だった。
「バシーっと俺を庇って、言った訳さ。 喋って友達を作ろうって」
 それが出来たら苦労なんてしない。 彼女の提案を初めは断った俺だったが、心の内では普通の人間のような生活を、望んでいた。
 だから、強引に俺を連れまわす綾菜にもついていくことにしたのだ。
「で、それから綾菜の特訓が始まったわけ。 漫才の練習したり、知らない女の子ナンパさせられたりもしたな」
「それで、喋るノは上手くなれたノ?」
 自分はあまり喋りが達者でない様子で、ミーヤが俺に尋ねる。
「まぁ、効果はあったんじゃないかな? 今こうやって君と楽しくお話できてる訳だし」
 少し考え、俺はそう答えた。 根本的な部分での人間恐怖症は直らないが、口をずっとへの字に結び、周りを睨むように見据えていた頃と比べればずっと良い。
「楽しくなんてナイ」
「そりゃ残念だ」
 こうやって凹むような返しをされても、表面上は軽く受け流せるようになったし。
「でも今までは、ダイスケが犯人だと思ってツメタクし過ぎてた。 ゴメン」
「え、あ、いや、別にいいよ? ていうか何急に」
「……ダイスケが寂しそうな顔したカラ」
 ……流したと思ったのに、ばっちり表情に出ていたらしい。 俺の面の皮は何時になったら俺の命令に従うのだろう。
 気まずくなって、俺はコホンとひとつ咳をした。
「ともかく、そんな訳で俺は綾菜に感謝してるんだ。 あいつが危ないっていうなら、放ってはおけない」
 この言葉は誤魔化しではない。 それが伝わるようにじっと彼女を見る。
 俺が根負けし、ミーヤのおでこに接吻でもしようとした所で、彼女がため息をはいた。
「ワカッタ。 でもアブなくなったら逃げること」
 仕方なく、といった感じではあるが彼女は俺が関わる事を認めてくれたようだ。
 俺は嬉しさのあまり彼女の口にチューしそうになったが、寸前で我慢する。
「あぁ、ミーヤの邪魔にもなるしな」
 代わりにそう答えると、ミーヤはウンと大きく頷いた。
 相変わらず歯に絹も木綿も着せぬお嬢さんだ。 精々邪魔にならないように、地味に恩返しするとしよう……。
 静かにそう決意して、俺はミーヤと共に店を出た。
 組織は活動資金も出し渋っているという事なので、会計は各自持ち。
 外に出ると、街灯に髪が照らされ淡く光を放つミーヤが、反則的に可愛く、しかも小さいことに気がつく。
「とにかく今日は、俺が綾菜見ておくから」
 そう告げるが、ミーヤはやはり不安そうな顔をしていた。
 俺の正体を知らない彼女には、そんなセリフじゃ何の心強さも補充されないだろう。
 もっとも、正体を明かせば化け物でもあるし、更にもっと赤裸々にしてしまえば冷蔵庫ぐらいしか食えない役立たずだ。
 ……我ながらミーヤを安心させる要素がまるで無い。
 ならば、彼女を安心させるにはどうするか。 現代っ子らしい手段を一つ思いつき、俺は唸りだしそうなミーヤに言葉を重ねた。
「あ、そうだ。ケータイのアドレス教えて」
 定時で連絡を取る事ができれば、彼女の不安も多少払拭されるだろう。
 ケータイ依存症の子供達が云々と騒がれる世の中だが、やっぱり繋がってるという安心感は素晴らしいものだ。
 できれば体も繋がりたいものなのだがと、俺は若者らしい軽薄さで考える。
 ところが。
「ケータイ?」
 ミーヤが首を傾げる。 先程の不安さと相まって、頭が肩につく勢いだ。
「携帯していらっしゃらない?」
「ケータイ……」
 えーと、この子は何を悩んでいるんだろう。 まさかと思い言い方を変えてみる。
「携帯電話」
「オゥ」
 すると、ミーヤは実にグローバルなリアクションをした。
 凄いや、この子マジでケータイの意味が分からなかったんだ。
 日本来て半年だよな? CMでよく聞くよな? 日常会話でも使うよな? 
 ……もしかして俺が油断してるうちに、このケータイという言葉はギャルの間でナウくない言葉になっているのだろうか。
 俺がそんな不安に駆られていると、ミーヤが鞄から取り出した携帯電話を手に固まっている。
「どした?」
「……説明書が無いから、また今度」
「貸しなさい。 お兄さんがやってあげるから」
 要するに操作が分からないらしい。 機械もダメなのかよ狩人。
 しばし躊躇った後(しかも本当にできるの?みたいな表情浮かべやがった)、ミーヤは携帯電話をこちらに渡した。
 例の協会の物という事で少し緊張したが、外見は一般に販売されている機種に見える。
 銃になったり変身デバイスになったりはしなさそうだ。 表面の控えめなデコレーションは、鹿子の手によるものだろうか。
 開き方を教えようとするミーヤを制し、そいつを開いてみせると、双子が俺の両肩に顎を乗せるポーズで現れた。
『協会への連絡先は?』
『意外な人間関係があるかも』
 人のケータイ漁るってのも下世話な話だ。 
 だが、この双子は肉体を脱ぎ捨てても、そういう汚い心は捨てられなかったらしく、ワクワクした様子で俺を急かす。
 いや、俺だって興味が無いといえば嘘ん子祭りだけど――。
 
 登録件数:一件 有馬鹿子

 パタン。思わず一旦閉じた。
 もう一度開いてよく見ると、待ち受けも鹿子とのツーショット。 すげぇ馬鹿子独占率だ、このメカ。 何だろう涙が止まらない。
「デキナイ?」
「いや……」
 手早く俺のアドレスを登録。 で、俺んところに『抱いて!』って件名でメール送ってこっちも登録完了。
 女一色だった百合の園に進入したと考えれば、ちょっとエロい行為かもしんない。
 綾菜も登録ぐらいしてやれば良いのに。
 三秒ごとにメールが来そうなんで、俺も三橋にアドレス教えてないけど。
「ほいよ、これで俺と君はぶっすり繋がったわけさ」
「アリガトウ…」
 俺の日本人的暗喩にも気づかず、ミーヤは普段と比べれば格段に素直に礼を言った。
 どうしよう、罪悪感チクチク。
「寂しい夜は電話してきなさい。半裸で行くから」
「クルナ!」
 よし、罵ってもらえた。 これでOKだ。 何がかは自分でも分からない。
「んじゃ、また明日」
「あ、あの」
「ん?」
「センパイを、守って」
 別れの挨拶をすると、ミーヤはケータイを胸に抱き、懇願するような口調で言った。
 あの勇ましい狩人と同じ娘だとは思えない可憐な姿に、思わず首を縦に振りたくなる。
「任せて。 とは言い難いけど、そのつもりだよ」
 だが、流石に安請け合いはできない。 この体は、いつでも俺の心を裏切るのだ。
「それと……ダイスケも、気をつけて」
 そんな俺に、ボソッと、ミーヤはそう付け足した。
 彼女が愛想でそんな事を言う娘ではないとは、今日の会話だけでよく分かっている。
 逸らした横顔がうっすら紅潮しているように見えるのは、流石に俺の欲目か。
 まぁその顔を見ているだけでも、抱きしめたい衝動が限界ギリギリなんだけど。
「ミーヤこそ気をつけて」
 言い返すと、彼女は大丈夫と力強く頷いた。
 本当にミーヤは分かっているのだろうか。
「化け物は、すぐ近くに潜んでるかもしれないんだぜ」
 具体的には君の目の前とかに。
 俺の内心も知らず、再度コクンと首を縦に振るミーヤ。
 頭撫でるぐらいは良いんじゃなかろか。 そう思って伸びかけた手をヒラヒラと振ることで、俺は無意識の行動を誤魔化した。
「それじゃ」
 こう何度も別れの挨拶を繰り返してると、自分がバカップルにでもなった気がする。
 今日はこの感覚で我慢しておくしよう。 俺は彼女に背を向け歩き出した。
 ミーヤが応じて手を振りかけて、慌てて背中を向ける仕草を確認しながら。
 今日の何が収穫って、彼女の可愛らしい姿を大量に見られた所かもしれない。 他にも色々ショッキングなシーンを見せられはしたが。
『化け物はすぐ近くに、ね』
『誑し込めたほうじゃない?』
 店を出てから黙っていた双子が、いきなりに人聞きの悪いことを言う。 もうちょっと、甘い思い出に浸らせてくれはしないのだろうか。
 嫉妬しているというのなら可愛げがあるのだが、そういう事ではないようだし。
 せっかくの気分が台無しだ。 俺が無視して歩いていると、双子の声が先程より後ろから響いた。
『分かったわ』
『貴方が姉にそっくりな理由』
 振り返ると、俺の影が街灯に照らされ長く伸びており、その先に双子が立っている。
 彼女達の影は、無い。 いや、そもそも影が無いと輪郭や凹凸なんてほとんど見分けられないのだから、うっすらと影はついているはずなのだ。
 しかし逆光に当たってもその顔は翳ることなく、相似形のニヤけ笑いが浮かんでいる。
「あ? 理由ってそりゃ双子だし……」
『二卵性なのに?』
『そもそも同じタネからできたかも定かじゃないのに?』
 ……割と下品だよなこいつら。 言ったのは後に喋ったほうだが、どうせシモネタに関しても、こいつらはシンクロしてるんだろう。
「何が言いたい?」
『貴方が姉にそっくりなのは』
『貴方がそう願ったからよ』
「はぁ?」
 またトンデモ理論だ 思わず、周囲の人も忘れ思わずガラの悪い声をだしてしまう。
 だが、同時に何か聞き覚えのある話だとも感じた。
『忘れてない?』
『その面の皮は、偽者だって』
 双子が同時に、意地悪げに右の口の端を上げた。
 俺はぺたりと手を頬に添える。
『言ったでしょ?』
『私達は、望んだように変わっていくのよ』
 例えば双子のこの姿。 例えば無茶苦茶な脱皮をし、人を食べて成長する蛇。
 まさか、俺が綾菜に似ているのは目の前の双子のように、双子であるからではなく。
 ――綾菜を模した、化け物だからなのか。
 心臓がバクバクと鳴っている。 口は否定したがっているのだが、俺の胸はそれが真実なのだと訴えていた。
『まぁ、胸まで似なくて良かったわね』
『身長はもう少し高くできたかもしれないけれど』
 双子のからかいも半分しか耳に入らない。 とにかく綾菜の顔が見たい。
 俺は逃げるようにして、自宅へと早足で向かった。


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