メイドさん大王
最強最悪! レッドマンシルバー!
「ま、まさか!」
心音が驚きの声を上げる。
それはそうだろう。 彼女は見た瞬間、この中に僕がいると気づいたはずだ。
メタリックな赤…健ちゃんのレッドより幾分鮮やかで煌びやかなスーツの中にいる僕に。
「言ったでしょう、平助さんは逃げてきたって」
怪人さんが迫ってき、それを翔子ちゃん、瑪瑙ちゃん、健ちゃん、悠二君が対処している。
百瀬さんは僕の横に立ちながら、平然と嘘をつき続ける。
『心音、違うって!』
声は外に届かない。
体でアピールしようとするが、レッドマンのみんなをすり抜けて突進してくる影が。
「しまっ…!」
バウバウさんだ。
翔子ちゃんが振り向くが、他の怪人さんの所為で手が回らない。
「そこまで堕ちていたとは! 死ね!」
バウバウさんの鋭い爪が、まっすぐ僕の胸へと向かってくる。
『ま、待って、僕は!』
バウバウさんの爪を避けながら叫ぶが、もちろん聞こえない。
避けられたバウバウさんの胴体が泳ぐ。
そこへ。
「ガッ!」
彼の脇を通り抜け、鳩尾に、真下からの掌底を放った。
『え?』
僕の腕が、だ。
レッドマンのスーツの威力はすさまじく、バウバウさんの体が九の字に曲がり、爪先立ちになった。
その折れ曲がった体を挟むようにして、今度は背中からエルボー。
これも、僕の肘がだ。
大きな音を立てて、バウバウさんが地面にひれ伏す。
僕の体はそれを悠然と見下ろしていた。
『な、なんで!?』
『自己防衛機能ですよ』
驚く僕の頭…もといヘルメットに百瀬さんの声が響く。
『じ、自己防衛?』
『えぇ、本来の平助さんの動きをシュミレートして、それに合わせてスーツを動かしているんです』
……体を動かそうとしたが、できない。
その代わり、ヘルメットがキュイーンとかカタカタとか、いかにもこちらの意思とは関係なく動かさせてもらってますよ的な音を立てていた。
ていうか、僕の本来の動きって……。
『僕はこんな事……』
『平助さんの本来の実力をもってすれば、この程度は簡単なんですよ』
ほ、本当に?
いや、まさか、そんなはず…。
「ぐ、この程度で」
バウバウさんが顎を跳ね上げて勢いよく起き上がる。
びゅん。
が、その顔をタイミングよく、僕の後ろ回し蹴りが捕らえた。
きりもみ状に回転して吹っ飛ぶバウバウさん。
う、うわぁ。
さらに僕の体はスターンスターンと、その場でステップを踏んだ後。
クイクイ。
腕を突き出し、バウバウさんに向かって指を挑発するように曲げる。
「貴様ぁ!」
『やってるのは僕じゃありません僕じゃありません僕じゃありません!!』
獰猛な牙のバウバウさんの気圧されて、聞こえないのに必死で謝る。
もちろん聞こえない、現実は非情である。
「ウォォォォ!」
獣の咆哮。
そしてバウバウさんの体が低くはねた。
バネ仕掛けのように突進。
「やれやれ、突っ込むしか芸のない犬だ。 と、平助さんが言っています」
『言ってない! 言ってないって! 言ってませんよ!?』
勝手に人の言葉、動きを捏造する百瀬さんに抗議する。
後半はバウバウさんんに言ったのだが、もちろん聞こえてはいないだろう。
バウバウさんの右爪が僕の頭を横なぎにしようとする。
それを頭ごと右肩を落として避ける。
胴体を狙ったまっすぐ突き出される左爪。 これは体をその腕にこするようにして半身になって避ける。
さ、避け方は体に覚えがあるんだけどなぁ。
避けた勢いで回転。 体を入れ替えて裏拳を後頭部に叩き込む。
バウバウさんが踏みとどまった。
さらに半回転。 その背後を取る。 背骨、肺の裏辺りに膝を一撃、反れる体。
「ガッ!」
半回転。 背中合わせになって上がった顎を後ろ手に両手で掴む。
操られた体が、息を吐けと要求する。
『ふっ!』
膝が一瞬沈み、すぐに浮かび上がる。
僕の肩をてこにして、バウバウさんの体が宙を舞った。
豪快に投げ飛ばされて、バウバウさんが地面にしたたか背中をぶつける。
さらに僕が手を離した為、ゴロゴロと転がっていくバウバウさん。
た、確かに動き自体は北山道場で習った。
ていうことはやっぱり僕もやればでき…。
感慨にふける間もなく、僕の体がバウバウさんを投げた前傾姿勢のまま、つんのめるような形で彼に突進していく。
バウバウさんが投げの衝撃を両手両足の爪で踏ん張って殺す。
その時には、僕は彼の目の前に迫っていた。
ドロップキック、なぜか体を盛大に回転させて。
天地が体と平行に、交互というか混ざりそうな勢いで回転する。
いや、回転してるのは僕の体なんだけれども!
まともに自分の視界を追おうとすると吐き気がしそうなので、そのまま僕の体改めスーツ様が動くのに任せる。
ギュララララララ。
遠心力が加わって威力が三倍だか九倍だが十八倍だか。
その奇妙な蹴りがバウバウさんにヒット。
彼はさらに十メートルほど吹っ飛んだ。
その体が健ちゃん達の間を縫って、押し寄せてくる怪人さん達の群に直撃。
当たらなかった怪人さんも突撃の足を止める。
「あれは、ハウリングドリル! ぶっぱなし技だからガードされれば脆いが、全身無敵が5フレも続く北山流奥義!」
翔子ちゃんが振り返って解説。
フレって何?
いや、ていうかこんな非常識な技僕にできる訳がない!
やっぱりこのスーツの自己防衛機能とやらがやってるのか。
『ていうか自己防衛の範疇を激しく逸脱してると思うんですけど!』
『やられる前にやれは世の中の鉄則ですよ』
そんな鉄則が僕がちょっと世の中から剥離している間に作られていたとは…。
ていうかバウバウさんだ。
いくらなんでもあんなに殴られたらまずいんじゃ…。
「ぬおおおおお!」
あ、他の怪人さんを押しのけながら、すごい勢いで立ち上がった。
大丈夫みたいだ。
その足元には毛玉のような物体。
どうやらフワフワさんが蹴りの衝撃を吸収したらしい。
「重かったりしたりしなかったりバウバウのダイエットの提案をしたりしなかったりまずはその負け犬の遠吠えよりどくことを優先してほしかったりしたりしなかったり」
「誰が負け犬じゃーーー!」
愚痴っている途中のフワフワさんを掴んで、こちらに投げてくるバウバウさん。
僕、いや、もちろんスーツがそれをひらりと避ける。
「ハァ…ハァ、ハァ」
荒い息を吐くバウバウさん。
奇妙な静寂が戦場に降りる。
他の怪人さんも動かず、その視線は心音と僕とで半々ぐらいに注がれていた。
心音はというと…。
視線を合わせると、ヘルメットの機能なのか勝手にズームする。
口に手を当て、大層ショックを受けていた。
信じられないものを見る、といった感じで僕を見ている。
なんだかその姿を見ると、申し訳ないと共に心に変なモヤモヤが生まれる。
「貴様ぁ!」
相も変わらず真正面に突っ込んでくるバウバウさん。
あ、進路を塞いでいた健ちゃんが避けた。
両手を広げ、顎を突き出すバウバウさん。
どうやら、持てる武器全てを使って僕を捕らえる作戦のようだ。
「平助様!」
心音が声を上げる。
僕は、バウバウさんが両側から挟み込むように繰り出したその爪を、彼の手首を下から掴んで防いでいた。
ヘルメットの目の前で、顎を精一杯のばし僕に噛み付こうとするバウバウさんが唸る。
力比べでも、このスーツは負けないらしい。
負けてはいないのだけれど、そのバウバウさんの涎滴る獰猛な牙が視界を埋め尽くす光景に、僕の心が負けそうだ。
両腕での攻撃を諦めたバウバウさんが、今度は掴まれた腕を引き寄せるように動かす。
僕と彼の距離は縮まり、彼の顎が射程圏内に入ってしまった。
ここぞとばかりにその大きな顎で僕の喉含め頭に、大雑把に噛み付こうとするバウバウさん。
膝の力を急に抜いて、その顎をヘルメットの上で滑らせるように回避。
頭と顎の距離を開けないまま突き上げて頭突き。
翔子ちゃん父曰く、ワンインチ頭突き。
ゴツッ、と鈍い音がしてバウバウさんの顎が跳ね上がる。
続いて伸びきった鳩尾に掌底。
ボディーにワンツー。
レバーにフック。
さらにボディー。
うわ、ちょっと、ちょっとちょっと。
「あ、なんか平助さんが物凄いことしだしてますけど」
僕がしてるわけじゃないんだよ悠二君。
「あのコンボは…もしや超奥義ネイキッドルインストーム弐式! 一子相伝の伝説の連携!」
「翔子さんのお父様に聞いたら、快く公開してくださいましたよ」
一子相伝って言っても、あの道場自体がそんなに歴史のあるものじゃないし…。
ノリだろう、あの師範の言うことなら。
「ていうか何ですか、その中学生がノートにめいいっぱい書き連ねてそうなネーミングセンスは」
「零式が存在するのは確定だな、うん」
僕もそう思う。
などとやっている間に、ハイキックがバウバウさんの顔面に炸裂する。
だ、ダメだ、止めなきゃ。
こう、スーツが中の人間を動かしてるなら、抗うような動きをすれば…。
グキ。
『痛ぁ!』
って、このスーツって人間の十倍の力が出るんだっけ。
抗おうとして止まる訳がない。
変に抵抗して、バウバウさんを蹴った足が攣った。
『百瀬さん、止めてよ!』
『ごめんなさい、自己防衛機能ですので、私が動かしてるわけじゃないんですよ〜』
百瀬さんに懇願してみるも、返事はつれない。
無駄だと思いつつスーツの中で抵抗するが、もちろん無駄の無駄だったりする。
攣った足が中から皮膚を押し上げて、ビクビクと僕に訴えてくる。
もちろん僕はさすることも出来ない。
心音を見た。
彼女なら何とかしてくれるんじゃないかって、ちょっとそうも思ったけれど。
「平助様…そんなに、私のする事が…」
心音は、ショックで動けないままのようだった。
…何だか、面白くない。
心音は不自然だって思わないのか。
いくらスーツの中身が分かるからとはいえ、バウバウさんにこんな過剰な『自己防衛』とやらをするわけがないじゃないか。
百瀬さんが僕を洗脳しちゃったーだなんてこともあるかもしれない。
なの、に!
「ぐはっ!」
ひときわ強いアッパーが、バウバウさんの顎に入る。
漫画のように地上から5メートルほど上空に飛ぶバウバウさん。
僕の体が深く沈みこむ。
そして、上半身を息を吐き出させながら捻る。
『さぁ、フィニッシュです』
百瀬さんが何やら不吉なことを囁く。
え、ちょっと待った。 僕何回バウバウさんを蹴ったり殴ったりした?
吹っ飛ばされたバウバウさんのリアクションが無いって事は、相当まずいんじゃないのか?
バウバウさん頭から落ちてるよ?
スプリングのように、僕の体が高く跳ねる。
捻っていた体も、その捻りを解放する。
ギュルンと音がしそうな勢いで、僕の足が鞭のようにしなった。
そしてその先には落ちてきたバウバウさんの頭。
光景がスローに見えた。
バウバウさんは気絶しているようだ。
そして僕の足は確実にバウバウさんに迫り…。
スカッ。
確かに僕はその空を切る音を聞いた。
僕の足はバウバウさんの体をかすりもせず、その下を通り抜けていた。
ぐるんと体が一回転する。
本来の威力を失った足がバウバウさんに蹴るというよりぶつかる形になり。
『うわぁああ!』
僕達はそのまま落下した。
ドスンっと。
「いてててて…」
気づくと、ヘルメットが脱げていた。
僕は頭を押さえる。
体も自由が戻っている。
諸悪の根源はアレだったようだ…。
「あ、だ、大丈夫ですか? バウバウさん」
隣で倒れていたバウバウさんに声をかける。
「ううむ、こ、心音様…」
なんかうめき声上げてるが、とりあえず大丈夫なようだ。
「あのコンボ、重さが5以上のキャラには入らないのね」
「翔子ちゃんも、冷静に分析してないで」
なんか半分異世界の混じった分析だけど。
「アレぐらい殴られたぐらいでそいつはどうにもならないわよ。 普段はその三倍やってるわ」
…変な信頼されてるなぁ、バウバウさん。
「夢の中に心音さんが出てる時は安全域ですよね」
「実家の姉ちゃんが出始めたら危険域だな」
他の怪人さんが戸惑って動けないのを良い事に、観戦モードに入っているレッドマンのみんな。
「バウバウの実家の姉さんは、それはもうそれはもうそれはもうそれはもうなのだったりしなかったりするんですよー」
僕に避けられて飛んでいき、僕らの登場した場所の後ろまで行ってしまっているフワフワさんが言葉を発する。
幼い頃から親しいらしいフワフワさんらしいセリフだ。
日本語かどうかも既に怪しくなっているが。
「俺普段はあんたの言葉を軽く流してるけど、その発言は詳細聞きてぇ」
「健ちゃんもさらりとひどいこと言わない」
「ていうかそれだけボコボコにしといて、平助も今更だろ」
「い、いや、さっきまでのは百瀬さんに操られてて…」
「自己防衛機能ですよ」
後ろで何か訂正をする声が聞こえるが、気にしない。
「あら、つれない」
気にしない。
「まぁそんなトコだろうと思ってた」
健ちゃんがあっさりと言う。
「き、気づいてたんだ」
「アンタがあんなコンボ決められるわけないでしょ。 あのメイド女にもアレコレ言い訳するに決まってるし」
さらに翔子ちゃんが憮然と。
僕も信頼されてるなぁ、変な所で。
心音のほうを見る。
心音は、なんだか複雑な表情をしていた。
僕が裏切ったわけではないと分かって安心した。
で、翔子ちゃん達にも分かった僕の不審さを、自分が見抜けなかった。
この二つが混ざって、心音はあんな表情をしているんだろう。
普段の心音なら、両方とも引っかからないと思うんだけれど。
何で…。
「前科者ですからね、平助さんは」
百瀬さんにはきっと、僕の思考を読む能力があるんだと思う。
僕の背中へと歩み寄りながら、呟く。
「彼女から逃げ出しておいて、敵である私達といつも仲良くしていて、信頼なんてしてもらえる訳がないでしょう」
それは、そうだ。
そうか、心音が僕を助けに来てくれるのだって高月の主人だからってだけで、僕自身が信頼されてたりするわけじゃない。
「心音…?」
僕の視線を受けて、心音が更に表情を曇らせる。
「バカ、何信じてんのよ」
ふと、取りながら翔子ちゃんが呟いた。
いや、呟くというには多少音声が大きかったが、こちらのほうを見ず俯きながら話す姿は、何だかその形容が正しい気がする。
「どうせそこのバカ女のことだから、自分の所為で平助がグレたとか、そんな下らないこと考えてたんでしょ。 別にアンタの事信じてないとか、そういう話じゃないわよ。」
翔子ちゃんは言い終えると、あーあーと呆れたように首を振った。
「あらあら、翔子さん」
百瀬さんがそれはもう困ったとでも言うように頬に手を当てる。
「…貴女にバカ呼ばわりされるとは、心外ですね」
眉間に皺を作りながら、心音は言う。
その皺にはあるいは緩みそうな感情を戒めてるとか、そういった風情もあった。
「そうなの、心音?」
「確かに、私に至らぬところがあった為に、平助様を傷つけていたのではないかと、そう、思っていた部分はあります…」
心音が顔を逸らし、呟く。
なんだ、そうか。
心音は僕の事を信用してないって訳じゃないのか。
「しかし、それを見抜けなかったのはあくまで私の不徳のいたすところであり…」
「いや、いいんだ心音」
ただ、責任感が強すぎるのと僕と同じようなマイナス思考の所為で追い込まれてしまっただけで。
尚も言葉を続けようとする心音をさえぎって、僕は心音を改めて見た。
「ありがとう、翔子ちゃん」
僕は心音の言葉をさえぎって、翔子ちゃんにお礼を言った。
僕が気づけなかった心音の気持ちに、翔子ちゃんが気づいてくれたのが何だか嬉しかったのだ。
さっきだって庇ってくれたし、きっと翔子ちゃんも心音の事を…。
「うるさい、バカ!」
…が、なぜか怒られる。
困って健ちゃんを見ると、なにやらニヤついて首を横に振った。
「あ、あの、平助様!」
崖の上から声がかけられる。 心音だ。
僕はそちらに向き直った。
「何?」
「……怒って、いらっしゃいませんか? こんな至らぬ私を」
「怒ってないよ。 というか、こっちこそごめん」
ぺこりと、頭を下げる。
頭など下げないでください。 心音はそう訂正しつつ。
「良かった…」
などと、本当に安堵した表情を見せた。
それはすぐにでも泣き出しそうに見え、その場で崩れ落ちそうに見え、久しぶりに年相応に見え、僕の心臓が、高鳴った。
怪人さん達は、人目で表情が分かる人達は渋面を作り、パララ君ポロロちゃん健ちゃん悠二君がうんうんと頷いている。
百瀬さんは笑顔だが、その口端はずっと動かないままだ。
「…っ、戦力差は明らかです。 平助様を引き渡せばこの場は退きましょう」
心音が目をこすってから、百瀬さんに向かって宣言する。
あれ、やっぱりちょっと泣いてた?
「あ、一応リーダー俺ね、俺」
「まったく、都合の良い事ばかりおっしゃりますねぇ、貴女は」
健ちゃんが小さく抗議したが、心音は気にした様子はなく、百瀬さんも健ちゃんを一瞥もせずに答える。
「そんなことされてしまうと、私一人が悪役みたいじゃないですか」
違うの? という視線が方々から出るが、一応責任の一端を担っている身としてはそんな事は言えない。
「でも正義の味方が悪に屈する事は出来ない。 そうですよね、翔子さん」
百瀬さんが芝居がかった様子で、残念そうに首を落としながら頭を振り、それから翔子ちゃんを横目に見る。
「…そうね、一応」
視線を受けて、翔子ちゃんは腕を組んで、視線を向けてきた百瀬さんと同じ方向を見た。
その視線をなるべく見たくないとでも言うように。
「では仕方ないですね。 奥の手を出しましょう」
百瀬さんが姿勢を正し、両手を打ち合わせた。
そして、腕のあのワイヤーが出る装置になにやら囁きかける。
「平助さん。 そこは危ないのでちょっと右に寄ってください」
それが終わると、僕にそんな事を言う。
「え?」
思わず言われたとおりに動く。
一応人様のご主人様になっているとは思えない、卑屈な反射神経が発揮された瞬間だ。
「もう一歩後ろ。 あ、もう半歩左のほうがいいですね」
「え、何なの?」
言われるままに微調節。
…上空で、ヘリコプターが飛ぶ音が聞こえる。
「はい、そこでちょっと衝撃に備えてくださいね」
「衝撃!? 衝撃って何!?」
「今動きますとミンチになっちゃいますから」
「ねぇ、何をしようとしてるの!?」
「瑪瑙さん、落としてください」
「へ、瑪瑙ちゃん?」
そういえばいつの間にかいない!
え、何処!?
落とすって!?
「上です、平助様!」
左右を散々見渡してから、心音の声で気づく。
そうだ、落とすといえば上じゃないか。
ずおおおお。
耳に空気を切り裂く音が響く。
ヘリコプターから投下されたそれが、一直線に落ちてきているのだと気づいたときには、それは僕へと落ちていた。
ガチャン、と、肩に衝撃。
が、それは予想されたものより大分小さかった。 バウバウさんと一緒に落ちた時のほうが痛かったぐらいだ。
ピピッ。
『―Connect』
なんだか、聞いたことのある音が響く。
重みのある肩を見ると、両方に筒のようなものがついていた。
みんなを見ると、例外なく一歩後ろに引いた。
「ど、どうなってるの僕!?」
不安になって周囲を見回す。
しかし、左右が何やら銀色の物体に阻まれて見えない。
「ええと、とりあえず肩にものごっつい感じの機械がついてるのは分かります?」
悠二君が引きながらも説明してくれる。
「あ、機械なんだこれ」
「で、それの先にぽっかり穴が開いてるんですよ」
「…よく分からないな、例えるとどんなものに似てる?」
「土管というか大砲というか、いや、間違いなく大砲に見える形状ですね」
「ガンキャノンみたいになってるよお前」
「ありがとう、よく分かった」
健ちゃんの身も蓋もない言い方で、状況は把握できた。
「百瀬さん! これって何!?」
「レッドマン用ブレイクパーツの6号です」
「それって、あのワイヤーとか翔子ちゃんが使ってた長靴みたいな…」
「ブーツ」
翔子ちゃんにすばやく訂正されたが、まぁ、つまりはああいうものだろう。
つまりはああいうものだ…。
これだけタフなバウバウさんを一撃で気絶させたあの…。
「えぇ、ただしまだ問題がありまして」
「へぇ…」
「威力が少々大きくて、発射した場所の地形が変わってしまう為に環境に優しくないんです」
「ちょっとした冗談?」
「いいえ、本当です」
「何でそんなのつけるの!?」
「ちょっとしたおちゃめです」
「じゃぁ実は発射しないとか」
「いえ、起動しますよ」
『―Genocide』
「なんか鳴ったー!」
「ジェ、ジェノサイドってなんですか!?」
「ええと、和訳で皆殺しとか大量殺戮とか…」
「解説してる場合じゃないぞ!」
「に、逃げてー!」
目の前に、僕の顔と同じ大きさ位の光球が二つ、それぞれ筒の先から現れ、ゆっくりと前に進んでいく。
「お、遅い?」
これなら逃げ切れる。 そう判断してこの重い筒を背負いながら逃げようとした時、僕は気づいてしまった。
二つは野球の変化球をスローで再生したような妙な回転をしており、やがて引き合うようにお互いがお互いに近づいていく。
「まさか!」
「スライダーか!」
そして二つが触れ合う。
ピカッ!
ゴゴォォォォォン。
光が急速に広がっていく。
それと共に、音の波が僕に迫ってきた。
辺りが轟音と白光で染まり、僕の体もまたそれに飲まれていく。
そういえばあのヘリコプター、瑪瑙ちゃんが運転してたんだろうか…。
何故? 彼女が運転して僕に落とす理由はあるの? 適当な人に頼めば良いんじゃないの?
ていうか、そもそもなんで運転できるの?
まぁ、もう、どうでも良いか…。
吹き飛びながら意識を失うまで、僕はそんな事を考えていた。