メイドさん大王

総攻撃! レッドマン基地!


 「と、その前に、ちょっとした仕掛けをしましょうね」

百瀬さんは僕に歩み寄ると、僕が拘束されている椅子の陰からトランクを取り出した。

「し、仕掛け?」

「悪戯ですよ、ちょっとした」

百瀬さんが微笑む。

そして彼女は、椅子の脇からさらにメスを取り出した。

「ちょ、ま、待って、さっき実験道具になんてしないって言ったばっかりじゃない!」

「8ヶ月も前のことなんて誰も覚えてませんよ」

「何の話!? いや、ちょっと待って!」

百瀬さんがメスを、僕の着ているタイツの胸辺りに当てる。

そのままメスを滑らせると、タイツは左右にすーっと分かたれていった。

「何するの!? ダメだって、や、やめてー!」

「暴れると致命傷になりますよ」

「ギャー!」

 

準備とやらが終わって、僕は百瀬さんに連れられ、基地内を歩かされていた。

ただし首に例のワイヤーが取り付けられている。

百瀬さんのほうは、いつも通りのレッドマンホワイト…つまりはピンク色のスーツを身に着けている。

「せ、せめて腕とかじゃダメなの?」

「捕虜に反論の権利はないんですよ」

捕虜待遇条約っていうのがあった気がするんだけれど、僕の勘違いなのかしら。

基地の内部は嘘みたいに白い綺麗な壁に天井のライトが反射し、足元の黒いライン以外は目映く発光していた。

いかにも秘密基地って感じ。

そんなことを考えながら彼女に引っ張られていると、廊下のラインが途切れ、突き当たりにドアがあった。

百瀬さんが前に立つと、ドアからピッという電子音が鳴って開く。

「隊員の自動認識ができるんです。 平助さんも登録しておきましたから」

「え、僕も!?」

驚いて聞き返したが、百瀬さんは先に部屋の中へと入ってしまう。

首を絞められながら引っ張られるのはいやなので、僕も彼女に続いた。

部屋の中でまず目に付いたのは、巨大な液晶スクリーンだった。

横幅5メートルぐらいだろうか。

そこには、切り立った崖に砂利の地面が映し出されている。

「ここって…」

採掘場だとか言われてたか。

実際にそれ用に使われているかは知らないけれど。

「いつも戦っているあの場所ではありませんよ。 まぁ、お約束ということで、こちら側にもこういった場所を用意させていただきました」

「お約束って…」

「あれ?」

僕が聞こうとしたところで、横から声がする。

翔子ちゃんが、レッドマンのスーツを着て立っていた。

「平助、何でそんな格好してんのよ!」

「ええと、それには深い事情が…」

「まぁ、その話は後にしましょう」

僕が弁明しようとすると、百瀬さんがそれをさえぎった。

彼女はシュッと右手を振る。

彼女の右腕からは僕の首を絞めているワイヤーが伸びているわけで…。

「や、やめ!」

身構えたが、予想したように僕の首がしまるとか切れるとか千切れるといった事態は起こらなかった。

「平助さんの首のワイヤーは、もうありませんよ」

言いながら、百瀬さんは右手をくいっと後ろに引く。

するとヨーヨーでも操っているかのように、彼女の元へリモコンのようなものが一直線に飛んできて、その手に収まった。

「便利でしょう、これ?」

「お嬢様がやるにしては、行儀が悪くない?」

「大丈夫ですよ、今の私はレッドマンですから」

なんだか都合の良いセリフに聞こえてしまうのは、僕が穿った見方をしているせいだろうか。

百瀬さんが手に持ったリモコンを操作すると、スクリーンに映し出された映像の視点が上がっていく。

そこには…。

「壮観、ですねぇ」

スライム男、狼男、毛玉男、透視女、宇宙人男、宇宙人女…などなど。

ボロームの怪人が崖の上にほぼ勢ぞろいしていた。

なぜか一様にポーズ。

カメラを意識しているのだろうか。

そしてその中央に、メイド服の少女。

体の前で手のひらを重ねて待機モードだ。

「来たわね、出撃するわ」

それを見て、翔子ちゃんが部屋の隅へ移動する。

壁際に、黒くて丸い台が置いてある。

その台から、壁に沿って上に向かって伸びるレールの様な物。

天井をみると、設置してある台と同じ形に穴が開いていた。

同じ形状のものが、6つ置いてある。

これは一体、何なんだろう?

その中の一つに、翔子ちゃんが乗る。

「まだレッドマンは揃っていませんが、まぁいいでしょう」

言うと、百瀬さんもまた、台座の一つに乗った。

「積もる話も、ありますしね」

百瀬さんの笑顔は怖い。

ここに連れてこられてからは特に。

「そんな訳で行ってきます」

次の瞬間。

ビシュンッ!

翔子ちゃんと百瀬さんが、リフトに乗せられ天井の穴から勢いよく飛んで行った…。

どうやらリフトみたいな物のようだ、 ひどく急発進の。

と、心音達を映していたスクリーンに変化があった。

勝手に二画面に分割され、半分が何もない地面を映し…たと思ったら、その何の変哲もない地面が盛り上がり、二つの円柱が勢いよく迫り出した。

それの前面が開き、中から翔子ちゃんと百瀬さんが姿を現す。

『ゲホッ。 百瀬、これ密閉が甘い。 砂吸っちゃったわ』

『まぁ、こういった登場を望まれたのは翔子さんですし』

二人の声が、部屋の上部にあるスピーカーから流れる。

さっきまで会話してた人が、いきなり映画の中にでも入ってしまったような気分だ。

『現れましたか』

スクリーンの中の心音が、スピーカー越しに冷たく言う。

奇しくも心音はカメラ目線になっていて、僕はギクリとした。

こういうときに心音は、本当に別人のようだ。

彼女の大王としての顔…。

『…用件は、分かっていますね』

『平しゃんを返してもらおう!』

彼女の隣にいる抹茶色で小さな宇宙人が言い放つ。

…。

「ていうかなんで博士のパララ君がいるんだ!」

つっこみを入れたが、もちろん届かない。

つ、つらいなぁこの状況。

と、僕が入ってきた扉が再び開く。

「何一人で大声出してるんだ、平助」

「どうも平助さん」

「…こ、こんにちは、先輩」

入ってきたのは、レッドマンの残り三人だった。

『あんたのモンじゃないでしょ!』

『何を言う! 平しゃんは我々における共同おもちゃ兼ペットであって我々はその正当な権利を行使するわけである!』

『ある!』

挨拶を交わしているうちに、モニターの中ではひどい事を言われている。

「何かすごい関係だな、平助」

「て言うかあれ何怪人ですか? 抹茶アイス? 男女揃ってますけど」

「…う、うちゅうじ…い、いえ、ななんでもないです」

幸い、訂正する以前に瑪瑙ちゃんの言葉は二人に届いていなかったようだ。

まぁ、怪人がいる時点で宇宙人がいるなんて分かっても、そんなに驚かれない気もするけど。

そういえば、パララ君がレッドマンに宇宙人の技術が使われてるんじゃないかって言ってたっけ。

健ちゃん達のほうが、僕より宇宙人の知り合いが多い可能性だってある。

『この変態メイド女!』

『発言したのは私ではありません』

あくまでも冷静に心音が訂正する。

『しかし、メイドさんにしても、同じようなことを思っているんじゃないですか?』

『それはどういう意味ですか?』

『そのままの意味ですよ。 貴女にとって平助さんは精神安定の為のペットであり、依存するための道具でしょう』

『っ、無礼な、平助様は高月家の正当な当主であり私はそのメイド…』

またあの言葉だ。 どこまで行っても、この言葉。

期待してはいけない、それは分かってるんだけれども。

『それが重たいって言うんですよ。 だから平助さんが私の元に逃げてくるんです』

「なっ!?」

「そうなの、平助?」

「違うよ!」

「そういや、お前を背負って運んできたの俺だった」

ケラケラと健ちゃんが笑う。

うぅ、絶対分かってていってるよ。

「まぁ、ちょっとしたジョークって奴でしょう」

達観したかのように、悠二君がつぶやくが。

『何を馬鹿な! 平助様は、そのような事…』

『しませんか? したじゃないですか、既に』

スクリーンの中の百瀬さんは、あくまでもにこやかだ。

それなのに、画面越しであっても不思議な圧力を感じる。

『貴女は一度平助さんに逃げられている。 そうでしょう?』

『それ、は…』

心音から大王の仮面がはがれ、素の女の子の顔になる。

周りの怪人さんも、それを見て動揺しているようだ。

百瀬さんはきっと、僕が心音と二人暮しになった時、家を飛び出したことを言っているんだろう。

あれ、でも何故彼女がそんなことを知っているんだ?

「あ、このまま行くみたいですよ百瀬さん」

「メイドさん苛められちゃってるぞ。 やばくないか平助」

って、そんな事考えてる場合じゃない。

「や、やめさせなきゃ!」

画面越しだと、目の前の会話に現実感がないんだ。

そんな風に心で言い訳しながら、急いで翔子ちゃん達が乗ったリフトに踵を返す。

「待った!」

「何で止めるの健ちゃん!?」

「…親友の首が飛ぶ所は見たくないからな」

健ちゃんが右手の人差し指と親指をくっつけて、わっかを作っている。

…OKサイン? 金銭の要求?

「そ、その、ごめんなさい、高月先輩の首の周りに、ワイヤーが巻かれてて、それが柱にくくりつけられてるんです。

「うわぁ!」

あわてて首を押さえる。

特に千切れたとか飛んだとかいうことは無いようだ。

「あ、ありがとう健ちゃん」

「良いってことよー」

百瀬さんはリモコンの為にワイヤーをはずしたと思ってたんだけど、こっそり僕の首に巻きなおしていたらしい。

さすがに捕虜を自由にはしないか。

『…ちょっと百瀬』

『はい、なんでしょう?』

『やりすぎよ』

こちらのやり取りが届いているわけでもないだろうに、翔子ちゃんが心音を庇うように百瀬さんを諌める。

「しょ、翔子ちゃん」

「なんだかんだ言ってもダチトモだからな」

「強敵と書いて例の奴ですね」

そうだったのか。 喧嘩しててもやっぱり二人は…。

『貴女は…』

『うっさい、悪の首領がめそめそすんな! バーカ!』

翔子ちゃんが赤面しつつ、小さな子のような返し方をする。

「そこは、勘違いしないでよ! だろー」

「あんたを倒すのは私なんだから! でしょう」

下では赤星兄弟の謎のコメント。

「ごめん、二人が何を言ってるのかよく分からない」

「…所謂、ツンと言うか、その、デレというか、ごめんなさい」

『だれがメソメソなどしましたか』

カメラの端で怪人メソメソさんが反応したが、まぁ置いておこう。

とにかく、翔子ちゃんの助けで心音はいつもの調子を取り戻したようだった。

『…話は平助様から直接聞かせてもらいます』

心音の隣にいるパララ君が、手に持ったスーツケースから何かを取り出し、心音に渡す。

『対戦車ロケットランチャぁ〜』

と、言うものらしい。

名前からしてもう人間に向けて撃つ事を想定していない兵器を、心音が肩に担ぐ。

『ポローム全怪人、突撃』

『うおおおおおおおお!!』

なだれの様に崖から滑り落ちてくる怪人さん達。

それを見送る心音。

『フワフワ、突撃です』

『あ、はい』

フワフワさんもワンテンポ遅れて出撃。

『仕方ありませんね。 レッドマン、総員出撃』

「いつの間にか百瀬に仕切られてるなぁ、俺ら」

「ま、所詮雇われの身というか」

言いながら、赤星兄弟がさっき百瀬さん達が乗っていった例のリフトに向かう。

「ほら、平助、お前も」

「へっ、僕?」

「そんな格好しておいて何言ってんだ」

「いや、好きで着てるわけじゃなくてね」

「あ、ヘルメット持っていってないですよ、二人とも」

悠二君がリフトの脇にある棚から何かを漁っている。

「平助の分は?」

「あ、あの、ここに…ごめんなさい」

「おー、被れ被れ平助」

「え、ちょ、ちょっと待って! この格好で行くとぼく…」

「ん? 何言った平助」

一生懸命声を出すが、健ちゃんに聞こえる様子がない。

「あー、マイクのスイッチ切られてるのか」

「兄さん、早く行かないと」

「そうだった。 ほれ、平助はそこな」

健ちゃんは軽い調子で、僕をリフトの中に押し込む。

かちん。

足元で何かの機械音。

カタカタカタカタ。

これはアレだ、絶叫系アトラクションが始まる前に似てる。

いや、と言うかまさに。

ビシュン。

「うわああああああ」

物凄い勢いで上昇していくリフト。

ヘルメットの中で叫ぶと、反響で自分の耳がまいってしまいそうになった。

翔子ちゃんは何で

ガチガチガチガチ、カタン。

止まる時まで絶叫マシンと同じように、速度を落としてゆっくりと…。

『あ、まだ少し早いですね、待ってていてください』

「へっ?」

不意にヘルメットの中に声が響く。

どうやら百瀬さんの声のようだけど…。

リフトが途中で止まった。

そして。

「うぎゃああああああああああああ!」

あがる時と同じ速度で、リフトは物凄い勢いで落下していった。

「ふん、ぞろぞろと」

「お言葉はそのままお返ししますよ。 それに、もう一人」

「もう、一人?」

僕の魂をいずこへか連れ去ろうとする落下が終わり、ようやく、リフトが上へと到着する。

頭上で、心音の肉声が聞こえる。

そして、僕の横にはずらりとレッドマンが勢ぞろい。

「皆さんに紹介しましょう」

太陽に照らされた僕の服…というかスーツが光を反射する。

銀色の上に薄い赤が塗られた、眩い装甲。

その場の全員の視線が、僕へと集まる。

心音には、いち早くその正体が分かったはずだ。

彼女の顔色が変わる。

「レッドマンシルバー。 高月平助さんです」

「へっ?」

間の抜けた僕の声は、ただヘルメットの中で響いた。


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