メイドさん大王

監禁! 囚われたご主人様!


眩しい光をまぶたに感じて、僕は顔をしかめながらゆっくりと目を開いた。

目の前が真っ白だ。

と言うか、強い光の所為で何も見えない。

頭も混乱して、何がなんだかさっぱり分からない。

そうして、僕が混乱していると…。

「お目覚めですか、平助様」

声が、響いた。

「ここ、ね…?」

軽い違和感を覚えながら、喉から掠れた声を出す。

すると、真っ白だった視界に黒い影が現われた。

逆光の所為か顔が良く見えないが、なんだか、いつもの心音の特徴的なメイド服とはシルエットが違う。

「あ、れ…?」

「うふふ、残念でした。 はずれです」

よく聞けば、それは心音の声じゃない。

それにこの声、口調には聞き覚えがある。

「眩しそうですね。 明かりを弱めましょうか」

「あ、う、うん…」

頭がはっきりしないまま、相手の言葉に頷く。

どうやら、僕は椅子に寝かされているようだ。

何か、やたらと寝心地が良い。

「ちょっと、失礼しますね」

正面に居た影が、僕に覆いかぶさるように移動してくる。

そしてそのまま、手を僕の頭上に伸ばした。

どうやら、この椅子に照明のスイッチとやらがあるようだ。

察するに、歯医者によくあるような種類の椅子なのかもしれない。

至近距離に映る人影。

甘い香りが鼻に入ってくる。

これも、何度か嗅いだ匂いだ…。

彼女は、いつも同じ匂いがする。

徐々に明かりが落ちていき、代わりに声の主の正体が見えてきた。

「百瀬さん…」

実際は顔がはっきりする前に、彼女だと言うことは察しがついていた。

それでも、確認のような気分で僕は声に出した。

「はい、百瀬ですよ」

目の前の百瀬さんが返事をする。

と言うか…。

「あの、百瀬さん?」

「なんでしょう」

「ちょ、ちょっと近くない?」

目の前、息がかかると言うより間違えると鼻同士がぶつかってしまいそうになる距離に、百瀬さんの顔がある。

「すみません、照明のスイッチがちょうどこちら側にあったものですから」

顔を百瀬さんの腕のほうに向けると、確かに僕の頭の上辺りに、いくつかのスイッチやボタンがあった。

「…横に回り込めば良いんじゃないの?」

「そう言えばそうですね」

わざわざ僕に覆いかぶさらなくても…。

僕は指摘したが、百瀬さんは気付かなかったとでも言うように笑っただけだった。

視線も逸らさないまま、僕の瞳をじっと見つめる。

こう至近距離でそんな風に振舞われると、気恥ずかしくなってくる。

耐え切れなくなって首を横に傾けると、百瀬さんの後ろに確かに照明があった。

でもそれは、歯医者というよりは外科手術なんかで使われるような大掛かりなものだった。

そうだ、この状況はなんなんだ。

思い直して百瀬さんを見ようとすると、突然彼女は顔をさらに近づけてきた。

首を動かしてなかったら、触れてしまっただろう。

「あ…やっぱりまた痕が残ってますね」

動揺する僕にもかまわず、百瀬さんが呟いた。

息が首筋にかかってこそばゆい。

髪の毛も頬の辺りをさらさらと流れてくすぐったい。

というか、まず何より顔を合わせていた時より恥ずかしい。

「あ、痕?」

「私が糸で縛ったときの痕です。 気絶させるのは上手くいったんですけどね」

「気絶!? …あ、そうか、そうだったね」

僕はいつも通り百瀬さん達と戦うために出撃して、それからバウバウさんがやられて、彼を倒した百瀬さんの不思議な糸で僕も縛られて…。

「すみません、ちょっと力の加減が難しくて」

百瀬さんが不意に僕の首を指でなぞる。

「うぅ」

思わず首をすくめる。

と、体の構造上同時に動かした腕のほうに、何か違和感を覚える。

「あ、あれ?」

「感じちゃいました?」

「いや、感じたと言えばそうだけど…ってそうじゃなくて!」

腕を動かそうとする。

しかし出来ない。

ガチャガチャと金属音が響いて、それが僕の手首を拘束していることを知らせた。

「何これ!?」

「平助さんは捕虜ですから」

「ほ、捕虜って」

足も動かそうと試みるが、腕と同様に拘束されていた。

「ここは何処なの? ていうかなんでこんなこと…!」

「ここは、私達レッドマンの秘密基地です」

言いながら、百瀬さんが身を起こす。

とりあえずあの体勢から開放された事で、僕はほっと息を吐いた。

が。

「って、何その格好?」

「もぅ、質問は一つずつしてください」

両手を腰に当てて、わざわざ怒ったようなポーズを取る百瀬さん。

着ているのは、とりあえず…。

「白衣?」

彼女はごく一般的…と言っても、どんな白衣が一般的かなんて僕は知らないわけだけど、ともかく何の飾り気も無い真っ白い白衣を羽織っていた。

「実験室ですから」

実験室…。

周りを見回すと、僕を拘束している椅子の他にも怪しげな器具が陳列されている。

いや、ていうかこういう人間を拘束する用の椅子があるってことは、つまりここの実験って人体実験…。

「うわああああああ、ななな何する気!?」

「落ち着いてください。 何もしませんよ」

恐ろしい想像にたどり着いて取り乱した僕を、百瀬さんが優しく諭す。

そうだよね、いくらなんでもそこまでするはず無い…よね?

…というか、この椅子の形状が悪いのだ。

座り心地が良いくせに拘束機能付き。

ポローム本部にある、僕を改造したあの椅子に酷似している。

「じゃ、じゃぁその白衣は…」

「実験室に入るときは白衣。 そのほうが雰囲気が出ると思いませんか?」

「…いや、よく分からないけど」

どういう雰囲気で、どういう理屈なんだろう。

まぁ、とりあえず彼女は白衣は着ているけど、それは僕をどうこうする為ではないらしい。

疑いすぎか…。

いくらなんでも、そんなことするはず無いよね。

いや、でも僕はこうやって拉致されて監禁されてるわけだし…。

「さて、平助さんの質問はまだ残っていましたね」

僕の思考を読んだかのように、百瀬さんが切り出す。

本当に、彼女にはそういう能力が備わっているのではないだろうか。

そんな馬鹿なことまで思いついてしまう。

「うん、何でこんなこと…」

「お話がしたかったんです。 平助さんと」

改めて質問しなおすと、百瀬さんはとても軽い調子で答えた。

「話って…そんなことの為にわざわざ僕をこんな所まで連れてきたの?」

「はい。 平助さんとゆっくり話す機会が無いものですから。 強引に作っちゃいました」

「…力技過ぎるよ」

「二人っきりで、たっぷり話がしたかったんです」

それは、話を聞きたいって言ったのは僕だけど、だからってこんな事までする必要があるんだろうか。

「本当に、それだけ?」

「他に、何か?」

僕をからかうように、百瀬さんは僕と同じ口調で聞き返してきた。

前に彼女自身が質問に質問で返すなといっていた気もするのだけれど、まぁ、いいか。

 「僕を人質にして、心音を捕まえよう…とか」

思いつきで言うと、百瀬さんは口を押さえてクスリと漏らした。

「クスッ、ふっ、ふふふふ…」

いや、それに留まらず、笑いはだんだんと大きくなる。

な、なんなんだろう。

僕はそんなに的外れな事を言ったのだろうか。

百瀬さんはしばらく笑った後、口を覆っていた手を外した。

「平助さんは、ご自身が人質になりえると…思いますか」

その言葉に、僕は心臓に直接氷でも押し付けられたような気分になった。

「そ、それは…」

「平助さんは、組織の中ではただの戦闘員ですよね。 普通の組織がそんな下っぱのために敵の本拠地には乗り込んでこないでしょう」

僕の反応を楽しむかのように、わざと回りくどい言い回しをする百瀬さん。

彼女も分かっているはずだ。 僕が人質になりえるのは、僕が組織の一員だからじゃない。

それは…。

「…僕は、高月の当主…ってことに、なってるから」

「ふふっ、随分曖昧な言い方ですね」

「この言葉が、一番、正確だよ」

高月家なんてものは、もう戸籍ぐらいしか残ってはいない。

伝統や実績なんて、それを示す財産がなくなった時点で、何の意味もなくなった。

そもそも給金が払えなくなった時点で、心音が僕に仕える必要はないのだ。

「平助さんがあのメイドさんのご主人様だから…は、不正解なんですね」

「不正解、だね」

そう、契約をきちんと果たしていない時点で、言ってしまえば、僕は心音のご主人様でもなんでもない。

「まぁ、平助さんはそれだけ分かっていらっしゃるのに…」

百瀬さんは言いかけ、途中でわざとらしく口をつぐんだ。

その態度を見て、だんだんと不愉快になってくる。

「何が言いたいのさ」

「いいえ、平助さんが分かっていらっしゃることを私が言うのも差し出がましいでしょう」

「とりあえず、君が何を言いたいのかは分からないね」

僕にも分からないことを、何で百瀬さんが分かるっていうんだ。

僕のことなら何でも知ってるとでも言いたいのか。

…僕を、裏切ったくせに。

「その顔、凛々しくて素敵ですね」

「え、あ…」

気づけば、なんだかおかしな方向へ考えが行ってたみたいだ。

百瀬さんに指摘されて、慌てて彼女を見る。

「メイドさんは嫌がっているみたいですけれど、私は好きですよ、平助さんのそういった表情も」

好き。

何度か言われた事があった。

彼女の言う好きというのは何なのだろう。

友達としてか、それとも…おもちゃとしてか。

考えが負の方向から帰ってきてくれない。

自分の顔でも叩きたいけど、拘束されてるし。

「それじゃぁ、来ないかもしれないですね、メイドさんは。 いえ、メイドさんですらないんでしたっけ」

僕を挑発するかのように、クスクスと笑い続ける百瀬さん。

「心音は…」

考えて、と言うより、言われてすぐ思った。

本当に、普通に考えたら、それはおかしいことだ。

主従関係が破綻したメイドが、組織内で言えば何の重要性もない下っぱの戦闘員を助けに来るなんて。

ありえない。 矛盾している。

それでも。

「いや、心音は、多分来てくれちゃうと思うよ」

ため息を吐きながら、僕は答えた。

それだけは、多分僕が自信を持って言える事だ。

こんな僕のために、でも、きっと心音は来てしまってくれる。

「…嬉しそうな顔をしてますね」

「え? あ、いや! それはその・・・」

百瀬さんの言葉に、思いっきり動揺してしまう僕。

嬉しがってなんていないと否定するのは、こんなリアクションを取った時点で無理だろう。

それに、心音が僕を助けに来てくれると、それを考えただけでさっきまで感じていた冷たい気持ちが消え、逆に暖かい気持ちが湧き上がってきた。

何でこう、単純なんだろう。

心音から離れなきゃいけないと分かっているのに、彼女を頼ってしまう。

いや、頼るっていうより多分…。

ビー! ビー! ビー!

僕が考えをまとめる前に、部屋にけたたましい音が響いた。

「な、何!?」

「…」

百瀬さんが中空を見上げる。

彼女はにこやかな表情のまま、その音を受け入れる。

「来たようですよ、メイド様が」

騒音の中、彼女の言葉がはっきりと聞き取れる。

起きた時、どうして彼女の声と心音の声を聞き間違えたりしたんだろう。

百瀬さんのいつもと変わらない笑顔。

険があるわけでも、邪気があるわけでもない笑顔に、僕はゾッとした。

「行きましょうか、平助さん」

もっとも、この後彼女の考えを知って、さらにゾッとする羽目になったのだけれど。


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