メイドさん大王
恐怖!ご主人様おののく!
百瀬家。
高月家と同じく、手広い事業において成功を収めた会社の総元。
ただしその財のほとんどは先代である百瀬百ノ助が築いた物であり、高月のような歴史は無い。
その初期は宝石商を営んでいたとされている。
総資産は判然とせず。
この点が不明瞭な理由としては、その事業自体にも把握できない箇所が多数ある為。
国内外業種問わず広いコネクションがある事は確認されている。
高月家当主の高月平十郎氏と百瀬百之介氏は幼少時からの交流があり、家柄の違いも気にせず親しくしていたという話である。
ただし今回の婚約については高月家親類席から持ち上がったもので、両氏の意向によるものではない。
また百瀬家には、企業の経営方針としては些か不自然な点が存在する箇所がある。
前述したコネクションであるが、それを結ぶ為のコストが見込める益に満たないように思われるケースが多数存在するのだ。
個人的な印象になるが、パイプを伸ばす為に金銭を増やしているといった風である。
また、すでに掘りつくされた鉱山に対し、過剰ともいえる人材を投与している点も不可解である。
百瀬家は現在、二代目当主百瀬八之介氏がほぼ単独で権力を握りつつ運営している。
現在の八之介氏と妻菊枝の間には一子しか儲けられておらず、八之介氏自身が将来彼女に対して経営権を譲渡すると宣言しており、今回の縁談はその経営権を狙っての事だと推察される。
ただし婚後の経営については明記されておらず、その思惑通りに行くかは不明。
婚前、婚後とも警戒が必要。
だ、そうだ。
心也さん……つまりは心音のお父さんの遺品を整理しているとき、高月家と関わりのある企業ないしは家に対する考察文が書かれているノートがあった。
気になる項目をたどって、見つけたのがこの文章だ。
しかし。
……もうちょっと早く言って欲しかったなぁ。
それが、この文章を見たときに浮かんだ感想だった。
もうちょっと早ければ事態がましになったと言うことは、きっとないだろうと思うけど……。
「こうやって二人きりになるのは久しぶりですね、平助さん」
「いや、その表現にはかなり語弊があるんじゃないかなぁ……」
にこりと微笑む百瀬さんから逃れるように、僕は周囲に視線を漂わせた。
「でぃりゃあぁぁぁ」
「甘いわ小娘ーー!!」
いまだに熱い戦いを繰り広げる翔子ちゃんとバウバウさん。
「がんばれー。 超がんばれー」
いつの間にか観戦モードに入っている健ちゃん。
「あ、てふてふらしき物……」
その戦いを見てすらいないフワフワさん。
「ギィーーー!!」
「えいやぁー!」
僕の同僚達と、それを迎え撃つ悠二君。
「……えい」
瑪瑙ちゃんは……あ、いたいた。
悠二君に集中してる戦闘員を、後ろから殴ってる。
アレで気付かれないんだから凄いよなぁ……。
「そうですね。 ちょっと賑やかです」
「うん……」
一通り見回し終わると、百瀬さんも同じように視線を周囲に向けていた。
間近で見る横顔というのは、なまじ面向かって話すよりよっぽど緊張する。
こちらの視線に気付いたのか、百瀬さんは横目に僕を見て、また微笑んだ。
盗み見た訳でもないのに恥ずかしいような気持ちになって、僕は慌てて目を逸らした。
「でも、平助さんとゆっくり話せるのは本当に久しぶりです」
「そ、そうだっけ?」
最近はと言えば、お見舞いに来てくれたときと、翔子ちゃんに許婚だったってことをばらされたとき、後はみんなで雑談した程度か。
確かに僕がこんな状況になってから、二人きりになったことなんて一度もない。
「良かった……」
「何が?」
「てっきり、私は平助さんに避けられているんだと思っていましたから」
微笑む百瀬さん。
今度は悪戯に。
笑顔にもいろんな種類があるんだと、たまに感心させられる……。
「い、いやそんなこと……」
しどろもどろになりながら、僕はそれに答えた。
別に、避けてたって訳じゃない。
ただ機会がなかっただけで。
でもこうして二人でいるだけで何か落ち着かないものを感じるのも確かだ。
「ほらっ、忙しかったじゃない。 お互いに」
その不安感をごまかすため、僕は大げさに振舞う。
「ふふっ」
そんな僕を、百瀬さんは小さく笑う。
「な、何?」
「いえ、なんだか別れる寸前のカップルみたいな言い方ですね」
「え、あ、あぁ……」
彼女の言葉の意味を一瞬考えたが、まぁ、言われてみればそうかもしれない。
さっきの僕の台詞は、まるで後ろめたいことを必死で隠そうとする男のようだ。
ついでに『お互いに』とつけることで相手にも責任転嫁。
うわっ、何か最低の生き物だ。
まぁ、別れるも何も僕らは既に婚約破棄までしてる訳で。
恋人同士って訳でもなかったけど……。
もしかしてそれを連想して笑ったりしているのだろうか。
「でも、そうですね。 わたしも色々と忙しかったですし……」
「色々……」
色々という部分にさりげなく置かれるアクセント。
これはわざとだよなぁ、多分。
「はい」
……何故か起きる沈黙。
だが、百瀬さんはそれがまったく自然であるかのようにニコニコとしている。
僕はといえば気まずくて結局。
「色々って、何?」
百瀬さんの思惑通り、彼女にその色々とかいうのを問いかける羽目になった。
そして僕がそれを聞くと、百瀬さんはもっと嬉しそうに笑みを深める。
まるで小さな悪戯が成功した、これまた小さな女の子のように。
そんな顔を見てしまうと、彼女に変な警戒心を持っていた自分が滑稽にすら思えてくる。
これで心機一転、彼女に対するわだかまりも消えればいいんだけど。
「………………ハァ」
……そう上手くはいかないらしい。
「どうしました?」
ため息をつく僕に、目をぱちくりとさせて百瀬さん。
なんだか芝居がかったようなこういう動作は、同性には不評そうだ。
特に心音辺り。
「あー、いや、なんでもないんだ。 それより、えーと……」
いい加減色々と連呼するのも飽きてきた。
その事象を表す明確な言語が欲しい。
考えている間にも百瀬さんは僕の顔を笑顔で見つめていた。
さっきもそうやって楽しんでいたのかもしれない。
恥ずかしいなぁ……。
「そうでした。 色々を話さないといけないんでしたね」
ぱんっと手を合わせる。
「平助さんのお顔が可愛いらしいので忘れてました」
「な、うわっ、やっぱり……! あ、あぅうう」
予想していたことだったのでダメージもそれなり……と、思いきや、百瀬さんの言葉と笑顔に、やはり僕は平静を保ちきれなかった。
特にその、万年のはずの満面笑顔。
いつも笑ってるのに、彼女の微妙な表情の変化はどうしてここまで僕を惑わすのだろう。
「色々というのは……、言葉通りですから説明するのが難しいんですが、まとめてしまうならそうですねぇ……」
また一通り僕の表情の変化を楽しんでから、百瀬さんは顎を上げ、考える仕草をした。
例えば、こんな仕草も芝居がかっている。
とくにこうやって。
「心音さんの殺人を食い止めること……ですかね」
「っ……」
場面転換みたいに、簡単に周囲の空気を変えてしまえるところだとか。
殺人……。
心音が?
それを話した彼女の表情に変化はない。
笑顔。
どうみても、それを描写するならそう言うしかない。
ただ、普通なら台詞とのギャップにひどく違和感を覚えるはずのその笑顔という表情。
それが、今の彼女の指先とか、首筋とか……とにかくどこからか発せられる雰囲気の所為で、まったく違和感のないものにされてしまっていた。
彼女に気を許そうとした自分を、本能の部分が強烈になじる。
「ちょっと脅かしすぎましたか?」
「……冗談だったの?」
百瀬さんは、きっと意図的に僕を怖がらせようとしている。
何でそんなことをするんだろう。 彼女にはそんなことをしても、何のメリットもないはずなのに。
「いいえ、言っていることは本当ですよ」
「心音が……誰を殺すって言うのさ」
「誰かは分かりません。 それに十人かもしれないし百人かもしれない」
恐ろしいことを、彼女は平気で言う。
「誰を殺すか分かっても、千人いたら名前を言うだけで日が暮れちゃいますね」
そして笑う。
「だから、心音はそんなこと!」
「でも、彼女は犯罪者ですよ」
犯罪者。
まぁ、確かに悪の組織ではあるし、法律に触れるようなこともしている……のだろう。
「それは、そうだろうけど……」
「もしかして平助さん。 メイドさんがどんな活動をしているか知りませんか?」
「うっ」
実のところ僕は、ポロームの活動について知らない部分が多々ある。
心音が語りたがらないのだ。
組織内でつながりのあるパララ君やポルルちゃんも作戦立案には関与していないしあの性格だ。
彼等もまたアバウトなところしか知らない。
だが、僕らの組織がきちんと存続している以上、それなりの収入源があるはずなのだ。
で、その財を得るためにしていることといえば、当然悪の組織らしい活動であり、思考はループ。
結局は聞くしかないのだ、目の前の彼女に。
「心音は、どんなことしてるの?」
「知っていいんですか?」
「別に、心音に止められてる訳じゃないよ」
「そういうことではなく……」
珍しく百瀬さんが言いよどむ。
その姿に僕はつい好奇心を刺激された。
「何?」
変に意地悪な感情が出てきて、つい僕は百瀬さんを急かしてしまう。
別にさっきまでの仕返しをしようとかそういうんじゃないんだけど……。
「その所為で平助さんを傷つけたらって心配で」
彼女の言葉に、僕の脳がうずいた。
僕にとって、それはとても意外な言葉だった。
百瀬さんの言っていることはつまり、僕が心音の犯罪歴などを知ったら気を重くするんじゃないかってことだ。
至極まっとうな意見だ。
でもまさか、君が僕の精神状態を気遣ってくれるとは。
「良い冗談だね、今更」
自分でも驚くぐらい冷たい声が、僕の口から発せられる。
それに気付いて撤回しようとする。
今更こんなことを言っても仕方が無いのだ。
百瀬さんの顔を見……。
「う……」
彼女は、笑っていた。
それもさっきまでみたいな微妙にニュアンスの違う笑顔じゃない。
堪えきれずにでたような、口の端を吊り上げる笑み。
邪笑って言うのは、こういうのを言うんだろうか……。
擬音にするなら、にやり、もしくはにたり、だ。
でもその表情に、違和感がまるでない。
これを見てしまったら、今までの彼女の表情は全て作り物だったのではないかとさえ思ってしまえる。
「すみません」
一言謝って、彼女は口を手で覆った。
それが退けられると同時に、顔は笑顔に戻っている。
その、いつものほうの笑顔に。
「平助さんが知りたいというのであれば、わたしは構いません。 ですが」
「です、が?」
さっきとは打って変わり、彼女に質問するのが段々と怖くなってきている。
それでも僕は彼女から目が離せないでいた。
「そろそろ時間切れのようです」
言うと、彼女は僕から目を逸らし、戦場の方を見た。
呪縛から逃れられたかのような気分になり、安心して僕もそちらを見る。
「ギ、ギイィィィ……」
地面を這う同僚達のうめき声が聞こえる。
どうやら立てる人は一人もいないようだ。
まだらな緑のレッドマングリーン瑪瑙ちゃん。 紫ことレッドマンブルーの悠二君ともに当たり前のように健在。
そして横たわる巨大な毛玉。
フワフワさんだけど、いつの間にかやられているのか、それとも昼寝でも始めてしまったのか。
いずれにせよ戦線離脱だろう。
で、健ちゃん。
「あー……帰りてー」
既に応援をやめ、かなりのだれ具合を見せている。
応援されていた翔子ちゃんと、バウバウさんはといえば。
「ガゥルルルルル」
「グルルルル」
犬のごとくにらみ合っていた。
ちなみに最初のが翔子ちゃんな訳だけど、女の子がそのうめき声はどうかと思う……。
まぁ、アレでも可愛いほうだと思える僕の度量も大きくなったものだ。
ここ30分で急激にだけど……。
確かにこの状況なら、翔子ちゃんにみんなが加勢すればバウバウさんとはいえひとたまりもないだろう。
だけど。
「手伝うんじゃ、ないの?」
百瀬さんは動こうとしない。
「今間に入ったら、翔子さんに殴られてしまいそうですから」
殴られる百瀬さんなんて想像出来ないけど、確かに今の翔子ちゃんは殺気立っている。
健ちゃんあたりが乱入したなら簡単にやられてしまいそうだ。
「でも、それじゃぁまだ当分決着がつかないんじゃ……」
この前の心音のときみたいに、共倒れまで何時間という可能性だってある。
「いえ」
だが、百瀬さんはそれをきっぱりと否定した。
「そろそろ翔子さんも本気を出しそうですから」
「本気?」
言われて翔子ちゃんを見るが、肩で息をしているし、余裕があるようには見えない。
あんなことで翔子ちゃんが演技を出来るとは、思えないし。
と、僕が考え込んでいると。
「瑪瑙! Bパーツ持ってきなさい!」
翔子ちゃんが、どうしようかとその辺を彷徨っていた瑪瑙ちゃんに怒鳴る。
「で、でもあれは……」
「いいから早く!!」
戸惑う瑪瑙ちゃんだったが、翔子ちゃんに急かされると慌てて走っていった。
「くだらん策でも弄する気か?」
バウバウさんが不敵に笑う。
狼の笑い顔なんて見たことがないから、笑い顔かどうかはあくまでも推測だけど。
まぁ、例え笑い顔だとしても本当に笑っているかなんて分からないものだ。
「どうかしましたか?」
「なんでもないよ」
百瀬さんから視線をはずし、僕は翔子ちゃんのほうを見た。
「命乞いするなら今のうちよ」
バウバウさんの挑発にも答えず、翔子ちゃんは笑い返す。
奥の手に余程自信があるのだろう。
「ふむ……」
翔子ちゃんの言葉に、バウバウさんは少し考えるポーズをとる。
勿論命乞いを考えているわけじゃないだろうけど。
ついでにいえば狼の考えているポーズなんて見たことないんだけど、まぁ、それはどうでもいいか。
「よかろう。 貴様の挑戦受けて立つ!」
声高に宣言するバウバウさん。
遠吠えのような大音量が戦場に響いた。
緊迫感が走る。
「熱血してますねぇ、あの犬の人」
「昔からああな感じっぽいですよ〜。 義理とお約束には弱いっぽいですから。 犬怪人になったのもその所為な風味ですかね」
「あの犬の御仁は実に敵幹部っぽいな。 翔子好みだ」
と、そのバウバウさんの宣言に対して、のんきなコメントを述べる三人。
上から悠二君フワフワさん健ちゃんである。
緊張感も何もあったもんじゃない。
「何であたしが犬っころに惚れなきゃなんないのよ!」
「貴様等! 揃いも揃って人を犬呼ばわりするな!」
その言葉に二人も反応してしまった。
なんというか、台無しだ。
この場で一番緊迫感を持っているのは、僕なんじゃないだろうか。
……戦闘による緊張じゃないけど。
「どうしました?」
「いや、何でも……」
再び百瀬さんから視線をはずす。
「でも、犬の人もそんなに捨てたもんじゃないと思いますよ」
「だな。 彼と付き合いさえすれば、いつでも何処でもリビングでも風呂でも戦えるぞ」
「そんな特典いらないわよ」
健ちゃんの言葉にフワフワさんが首を縦に振る。
翔子ちゃんのつっこみも聞いていないらしい。
この前銭湯で投げられたのを根に持ってるのかなぁ……。
「その上、ご主人様と犬のような関係性も持てたりするかもしれない感じですね。 友人としてお勧めの品かもしれませんよ〜」
そして、追加の一言。
この二人友達……だったよね?
そんなことを言えば、当然バウバウさんだって黙ってはいない。
当然フワフワさんに向かって吼える。
「俺は…………心音様以外の犬になるつもりはない!!」
一瞬、辺りが静まり返る。
「は?」
「はぁ?」
「はぁ……?」
そして花咲く疑問符の嵐。
何故今ここで心音が出てくるのか。
何故そんな性癖をわざわざカミングアウトするのか。
それぞれが疑問に思い、出した結論は。
「変態犬ね」
「変態だけど、実に漢だよ、犬の旦那」
「お犬さんは変態さんなんですか?」
「まぁ……変態だと思いますよ」
「変態確定ですね」
うわっ、フワフワさんが言い切った。
「一人の女性に忠誠を誓うことのどこが悪い!!」
みんなからの非難にも負けず、なおも主張を曲げないバウバウさん。
さっきの台詞がなければ立派な言葉なんだけどなぁ……。
「思想が歪んでんのよ! 大体あんたの願望なんか聞きたくないわ!」
もっともだと思う……。 怖いから頷いたりしないけど。
「……ていうか、うちの組織はその歪んだ思想を持った人間の集いなんだけど」
さすがに犬になりたいと言う人間は……いや、結構いそうだ。
「と、いうより」
僕が組織の現状に頭を痛めていると、隣に座っている百瀬さんが呟いた。
「組織のトップが、歪んだ思想で一人の男性に忠誠を誓っていますからね」
「ちょ、ちょっと百瀬さん!」
「貴様! 我等が長を愚弄する気か!!」
「私が、何かいけないことでも言いましたか?」
百瀬さんの言葉を、案の定バウバウさんが聞きつける。
激昂する彼に対しても、百瀬さんはいつも通りだ。
さすがにこれはわざとだよなぁ……。
「心音様を、歪んでいるなどと!!」
その態度に、さらにバウバウさんの温度が上がる。
「多分一人の男性云々にも頭きてるよな」
「その辺りは否定のしようがない鉄板ガチガチの情報ですからね〜」
赤星兄弟も後ろで煽るし……。
「クスッ」
バウバウさんの態度に、百瀬さんは小さな笑いを、相手に聞こえるように漏らした。
「何がおかしい!」
その百瀬さんの挑発に、バウバウさんは案の定乗ってしまう。
百瀬さんは一拍あけたあと、再度笑いを漏らしながら立ち上がった。
「そこまで彼女を敬愛している貴方が、気付かない訳が無いでしょう? それとも、恋は盲目と言うものですか?」
「貴様ァ!!」
バウバウさんが翔子ちゃんを無視し、完全に百瀬さんのほうを向いた。
思い切り吼え、牙をむき出し、唸る。
それでもおかしそうに、百瀬さんは声に出して笑い続けた。
「お、おい。 なんか百瀬がめちゃめちゃ怖いぞ」
「……スイッチ入っちゃったんでしょ」
怯える健ちゃんと、諦めたように呟く翔子ちゃん。
バウバウさんのターゲットが変わった所為で、脱力したようにも見える。
「スイッチってなんですか?」
「男子にゃ分からないもんよ」
「女体の神秘という感じのものっぽいですね〜」
「ほうほう、エロいな」
「バ、バカ、違うわよ!」
不思議そうに聞いた悠二君に対して、翔子ちゃんは大人の余裕らしきものを見せたが、フワフワさん、健ちゃんの順に茶化され、酷く動揺してその余裕を崩す。
ああいうネタには弱いんだなぁ……。
それはそうと、百瀬さんだ。
「貴様から始末して、その口を塞いでやる……」
「……随分時間がかかりましたね。 これならもう少し平助さんとお話できましたのに」
残念そうに、本当に残念そうにちらりと僕を見る。
黒い怒りを撒き散らすバウバウさんは完全に無視だ。
「時間がかかったって、何が?」
百瀬さんが僕から視線を移す。
彼女が見ているのは翔子ちゃん……ではなく。
「す、すみません、遅くなりました」
「きゃぁ!」
いつの間にかその隣に帰ってきていた、瑪瑙ちゃんだった。
翔子ちゃんも気付かなかったらしく、可愛い悲鳴を上げて飛び上がる。
「似合わない声出すなよ」
「よっぽど心臓に悪いですよね」
「あんた達後で覚えておきなさい!!」
「そ、それで、翔子先輩これ……ごめんなさい」
瑪瑙ちゃんの手には、銀色に輝く長方形の鞄。 いわゆるジュラルミンケースが握られていた。
一見すると札束でも入っていそうだけど、その表面には見慣れないロゴ。
赤いヘルメットだと思うんだけど、あれがレッドマンのマークなのかもしれない。
「あぁ……あたしにはもう興味ないみたいよ、あいつ」
呆れたように、バウバウさんを見る翔子ちゃん。
バウバウさんはそちらに視線さえ向けない。
「……もてるね、君は」
戦闘員のときといい、彼女に人を惹きつける魅力があるのは確かだ。
好かれるかどうかは別として。
「平助さんが嫉妬してくださるなんて、嬉しいです」
「客観的事実だよ……。 個人的感情は一切無し」
「それは残念です」
皮肉も通じやしない。
バウバウさんが殺気をビシビシと向けてきているのにこんなことを言っていられるのも、彼女がこんな態度でいる所為だろう。
「えっ! じゃぁやっぱり私遅かったですか!? すみませんすみませんすみません!!」
「あー、あー、分かったわよ。 もういいから。 それより、その中に百瀬のも入ってるでしょ」
高速で謝る瑪瑙ちゃんを制して、翔子ちゃんがケースを指差す。
「あ、は、はい!」
言われて、瑪瑙ちゃんがケースを開ける。
角度の関係で中は見えないけど、瑪瑙ちゃんが取り出したのは、手のひらサイズの、白いひし形の機械だった。
瑪瑙ちゃんに手渡されたそれを、翔子ちゃんが振りかぶりつつ百瀬さんに叫ぶ。
「百瀬!!」
翔子ちゃんの投げたそれが、バウバウさんの頬を掠めて彼の毛皮を揺らす。
そしてその先には百瀬さん。
バシィッ!!
彼女はプロ野球選手と比べるよりは、銃弾とかF1カーとかと比べるべき速度を持つそれを、笑顔のままニコニコと片手で受け止めた。
うわっ、何か今凄い音がした……。
「どうも」
受け止めたときの風圧で、彼女の髪がふわりと舞い上がる。
僕の顔にも風を感じたぐらいだ。
左の手のひらに握った機械を、百瀬さんは右手の甲に押し付けた。
見れば、彼女のスーツの手袋には、その機械がちょうどフィットするようなひし形の窪みが存在していた。
勿論手袋のほうが盛り上がっているのだろうけど。
ともかくそのひし形どうしを、百瀬さんはぴたりと合わせる。
ピピッ。
『――Connect』
電子音が響いた。
機械は内部が赤く光っているのか、白から桃色へ、呼吸するようなゆるやかな点滅を繰り返している。
確かめるように百瀬さんは右手を振り下ろした。
すると、今度は手袋まで光りだす。
機械と同じ点滅の仕方で、あちらの光が消えているときには光り、灯っているときには光らず、ちぐはぐな点滅を繰り返す。
『――Joining』
二度目の電子音。
それから百瀬さんは目を瞑り、ふぅと短く息を吐いた。
「さて、お犬さん」
呼びかけながら目を開く。
「終わらせましょうか」
彼女は、笑顔だった。