メイドさん大王

熱湯! 壁の向こうとの激闘!


地球には、僕が知らないうちにいろんな宇宙人が飛来しているらしい。

彼らは人口爆発に喘ぐこの国の現状を知っているのか知らないのか、そのまま地球人に成り済まして生活しているそうな。

或いは、人口爆発の原因が彼らにあるのかもしれないけれど。

この浴場の中に広がっているようなシュールな人達の集いは、実は各地で行われている可能性がある。

このことが明らかになれば、怪人さん達も「宇宙人です」と言い張って往来を歩くことが出来るようになるのかもしれない。

怪人さんにとっては明るい未来かも知れないけど、普通の人は大混乱だよなぁ…。

大体、そんなんじゃ怪人さんの迫力もあったもんじゃないし。

「それにしてもさぁ」

「え、うん」

「姐さんってスタイル良いよな」

「な、何でそんな話題になるのさ!!」

人が地球の未来に

「それにしてもって言うたじゃん」

「言われたけどさ…」

「ほら、銭湯だからこんな話題の一つもしとかんと」

「いや、分からないよその理屈」

僕は抗議したが、それも聞かずにパララ君は語りだした。

「あれやね。 抱かれるとポフッとか鳴りそうな乳が良いね。 それなりにあるけどボフッとまではいかない、ちょうど良い感じね」

「…」

「やっぱり鳴る? ポフッと」

「何で僕に聞くの!?」

突然そんなことを聞かれても、僕はうろたえるしかない。

ていうか抱かれるって、明らかにパララ君の願望が入ってるんじゃ…。

「されたことないのん?」

「え、あ、う…」

小さい頃なら、翔子ちゃんからかばわれた時にされたことがあった…。

その頃はもちろん、そのポフッという音が鳴る要因すらなかったけど。

で、最近はといえば…ない。

でも、ちょっと前になら…。

「あ、あるんだ」

「最近は無いって!」

「ほほう。 しかしポフッを味わったことはあると…」

うわ、何かバウバウさんがめちゃくちゃ睨んでる!

て言うか歯まで剥き出してる!

「羨ましいのぅ」

「って、パララ君にはポルルちゃんがいるでしょ! 何いってんのさ!!」

今の状況に限っていえば変わって欲しいぐらいだと心の中で絶叫しながら、僕は実際にも叫んだ。

「ポルルは、ほら、あの通りのアレじゃん…」

言われて、僕は頭の中にポルルちゃんの姿を思い描く。

パララ君と彼女は、この髪と肌の色さえなければ地球人の子供と見間違うほどだ。

つまりは、身長が低い。 体型も当然…。

「でも、ポルルちゃんってアレで成人でしょ…?」

「まぁ、まだ未成年だけどのぅ」

だとしたら、彼らの世界ではアレが普通なはずなのだ。

ポフッだろうがボスッだろうが、彼らの星の男性に胸への憧れなんて芽生えるはずが無い。

まぁそもそも、宇宙人であるパララ君が地球人にそういう感情を持つのがおかしいんだけど…。

「ポルルのアレはな…。 うちの星の標準じゃないのさ」

「え、どういうこと…?」

「つまりはアベレージ以下。 軽く落第点。 悩める乙女の慎ましやかさ」

「そ、そうなんだ…」

「うちの星は、実は凄いよ。 なりは小さくてもバインバインだよ。 戦闘力的にはこの国の平均を明らかに超えてるよ」

つまり、ポルルちゃんのアレは彼女の星の人達の特徴ではなく、彼女自身の個性だということらしい。

「確かに俺もハニーは愛おしいさ。 愛くるしい。 愛の象徴。 愛が形あるものなら、確実に彼女の形をしてる」

「ヘ、へぇ…」

重いテンションだけど、僕は今、確実にのろけられている。

風呂場にいる全員が、一斉に「へっ」って言ったのが聞こえたし…。

「ペタンペタンな彼女が嫌いって言っている訳じゃないんだ。 確かにそんな彼女も…ぺたぺたな自分の体に手を当ててため息をつく彼女も、やっぱりLOVEさ」

「へぇ…」

恥ずかしげも無く、大声で恥ずかしいことを主張するパララ君。

っていうか今、何人かの怪人さんが力強く頷いたし。

「でも、でもやっぱり男には休まる場所が必要だと思うんだ! そう、つまりはバスト!! 何故愛は胸の大きい彼女の姿をしていなかったんだ!!」

会場から拍手が飛んだ。

股間も隠さず手を叩く、猫やら鳥やらの顔をした異型の人達。

ゼリー人間プルプルさんが、背中を向けたまま目頭を抑えてプルプルと震えている。

なんか、場が狂い始めてる…。

「まぁ、まだこれから大きくなる可能性も…」

「無いね! おらー断言する! ポルルの胸が大きくなるなんてありえない! 生まれた頃から今の今までそんな兆候一度も無かった!!」

「そこまで言っちゃったら、ポルルちゃんの立場が…」

そう言いかけて、僕は気になったことがあり、言葉を変えた。

「ていうか、二人もそんな昔からの付き合いなんだ。 幼馴染ってやつ?」

「ん、あぁ、うん、そんな感じ」

そこまで長いとは思わなかったけど、まぁ、バウバウさんとフワフワさんに比べれば意外度は低い。

付き合って日が浅い人間が、遠い星まで二人きりで駆け落ちなんてしないだろうし。

でも逆に、幼馴染の二人が今更交際を反対されたっていうのも、不自然な気がする。

どうしてなんだろ。

その辺りを僕が聞こうとすると。

パカン!

「あいたっ」

パララ君の頭に、突然風呂桶が降ってきた。

上を見上げる。

当然天井なんだけど、しばらく見上げていると、今度は一気に二個風呂桶が飛んできた。

飛んできた先は、人力ではちょっと上ることの出来無そうな高い塀の向こうから。

つまりは女湯だ。

こちらのことが見えるはずも無いのに、それは寸分の狂いも無くパララ君だけに当たっていた。

パカン!

パカン!

パカンパカンパカン!!

「痛っ! 痛い! 痛いってハニー!」

狙っているのが誰か、そんなのは説明するまでも無い。

「ダーリンのバカァ! バカ! バカ! おっぱい銀河のおっぱい星雲のおっぱい星のおっぱい国おっぱい県おっぱい市から来たおっぱい人!」

「よくあんなセリフが書けるな」

「よくあんなセリフが言えるな。 などと言っておいたほうが、都合が良いように思いますよー」

場が乱れている所為で、バウバウさんとフワフワさんが不可思議なことを言っているが、僕にはよく分からない。

「あだ! あうっ! ハ、ハニー! 誤解だって誤解! ていうか何、この軌道!?」

塀に張り付いて、ポルルちゃんと話しやすくしつつ桶を当たりにくくする作戦に出たパララ君。

しかし、桶は塀を乗り越えると共に一旦空中で静止し、それからぴったりパララ君の頭上に落ちてきた。

「協賛、念力怪人キテマスさん!!」

念力怪人キテマスさん。

念動力によって相手を攻撃する本格派の女性怪人だ。

それにしても、そのネーミングはいつもにもましてどうかと思うよ、心音…。

「そしてこの正確さ!」

パカン、パカンパカンパカンパカン!!

確かにキテマスさんだけなら、こんな正確な攻撃は出来ないだろう。

あの人は自動追尾なんて出来ないはずだから…。

「協賛2! 透視怪人スケさん!」

スケさん。 目から透視光線を出し、襲撃する建物などの様子をうつし出す怪人さん。

本来心音は、スケスケさんという名前をつけようとしていたが、女性にそれはどうだろうという僕の進言で、今の名前に。

でもスケさんっていうのも、どこぞの御老公のお供みたいだ…。

「スケさんの力で、ダーリンはおろか男子浴場の様子が丸見えなんだから!!」

いわれた途端、場内の全員が慌てて自らの股間を隠した。

湯船に入っていようが、洗面台の向こうにいようが、彼女にかかれば関係ない。

「ハニー! その羞恥プレイは酷すぎるよ!」

「彼女が男怪人でなかったことが、非情に惜しまれたり惜しまれなかったりしますねぇ」

「貴様は何を言っている! 不敬罪だぞ! こ、こここここ…」

「断言は苦手ですが、今確実に想像しましたねー、バウバウ」

「お、お、おお前はー!」

フワフワさんに詰め寄るが、前を隠したままなので何も出来ないバウバウさん。

「…っていうか、そこにいるよね、心音」

ためらいつつ、僕は心音を呼んでみた。

首領を呼び捨てにした所為でみんなに睨まれたけど、下手に様とかつけたりすると、今度は本人のリアクションが怖い。

暫くの沈黙。

男湯にいる全員が、その返事を固唾を呑んで見守っていた。

バカンバカンと、パララ君に桶があたる音と、彼の悲鳴だけが響く。

と。

「…はい」

心音の返事が返ってきた。

その後さらに一秒の沈黙。

そして。

「きゃああああああ!!」

「いやあぁあぁぁぁあぁぁ!!」

「うっほおぉぉぉおおぉ!!」

「誰、今喜んだの!?」

悲鳴。

嬉しい悲鳴も含めた悲鳴。

何人かはばたばたと浴場を出て行った。

…宇宙技術で作られた怪人たちが、首領の一言でこれだもんなぁ。

で、その下っぱ戦闘員の僕はと言えば。

「平ちゃん。 桶で隠すアイディアってバカ殿から?」

無数に投げられてくる桶を使って、自分自身を隠しつつ、桶を使って新しい壁を作っていた。

「ていうか、それ早く止めてよ!」

はたから見た自分の姿がえらく不恰好だということに気づき、根本を何とかしてもらえるように頼む。

「ダーリンへの制裁が終わるまでダメ!」

「パララ君だったら、後でどうにでもしていいから!」

「あ、平しゃん酷っ」

「んー、そこまでいうんだったら、後にする」

誠意が伝わって、ポルルちゃんによる桶の攻撃が止んだ。

ほっと、自らの手を自由にする男子浴場の怪人さん達。

「あ、ごめん。 透視はまだ切ってなかった」

あわてて再び隠す。

絶対わざとだ。

僕は警戒していたから引っかからなかったけど。

ポルルちゃんの性格を多少把握しておいてよかった…。

「…切った?」

「切った切った」

言われて、やっと肩の力を抜く僕。

「ねーねー、平君」

「ん、何?」

「心ネエって可愛いんだよ」

「なんで?」

「裸な平君見て真っ赤になってるんだもん」

「や、やっぱり見たの!?」

「ポルル!」

ザバァッ。

たぶん心音が立ち上がった音。

「わぁ、心ネエやっぱりスタイル良い…」

ポルルちゃんの呟き。

ザバァッ。

さっきと同じような水音が再び。

そして沈黙。

「…えっと、どうしたの、そっち側」

「心ネエがゆでだこになって再び湯船へ戻りました。 顔だけ出してブクブクやってます。 惜しげもなく見せ付けられた心ネエの全てに、私は自信喪失気味です。 これがテラという惑星ですか」

僕が問いかけると、丁寧に説明してくれるポルルちゃん。

後半はよく分からないけど、とにかく凄いものだった、らしい…。

だ、だめだ。 確実にのぼせる…。

「ちきしょう。 何でこっちには透視怪人がいないのさっ!」

「ダーリン。 後でゆっっくり話そうね」

「そーぞー力です。 怪人だろうが想像力はあるはずです。 ですから…」

「だから貴様は何を言っている!」

両手が自由になったので、思う存分フワフワさんを殴りつけるバウバウさん。

一撃が屋久杉をも粉々に粉砕すると言う公式設定を持つ彼の拳だが、フワフワさんの口を黙らせるしか効果はなかった。

「あー、毛が水に濡れて防御力が半減っぽい感じですー。 効果は抜群風味ですー。 脳が痛いという信号を送っているのかもしれませんー」

…いや、黙らせも出来てないし、ダメージもまるで無いようだ。

その後ろでは既に、想像力を全開にすべく、怪人さん達が目を瞑り座禅を組んでいた。

「ヘ、平助様…」

「は、はい!?」

心音に呼びかけられ、僕は開きかけていた想像の扉を慌てて閉じる。

「その…申し訳ありませんでした」

「何が!?」

「その…あ、その平助様の裸を…見てしまって」

「平しゃん。 なにげにセク質とはやるね」

座禅を組んでいる怪人さん達が、目だけで僕を睨みつける。

隣に心音がいるから何もされないみたいだけど、多分、今僕は未曾有の危機に直面しようとしている。

「心ネエ。 そんなんじゃダメだよー。 ほら、これから先こういうことは何回もあるんだから」

色々抗議したいけど、下手なことを言うとすぐ火がつきそうな一触即発状態なので、迂闊なことはいえない僕。

「そうですね。 私も慣れなければならないのかもしれません。 …ご奉仕もあることですし」

「こ、心音ぇ!?」

何故か女湯から上がる歓声。

男湯では、重苦しい空気が湯気と共に漂っている。

そんな意味じゃないと、僕は今怪人さん達に訴えかけたい。

ご奉仕って言うのは、メイドさんの仕事全般に使われる言葉であって、そういう意味だけに使われるわけじゃないのだ。

心音がいま言っているのは、例えば僕が寝たきりになった時に介護するとか、そういう意味の奉仕だ。

随分な場面設定だけど。

が、そうだとしても、だ。

ご奉仕といえばそんな意味ではないと分かっている僕でも、何かを期待させてしまうこのセリフ。

想像力の翼を最大限まで広げていた怪人さん達に、別の解釈が出来るはずも無い。

イマジンだけじゃ、世界は平和にならないようだ。

「ガゥワアァァァア!!」

バウバウさんが吼えた。

「バーウーバーウー。 押さえてくださーい。 うちの部下に手出しはいけない感じですー」

「えぇい! 離せこの毛玉! 心音様の御眼が汚れる前に奴を消す!」

あぁ、フワフワさんがバウバウさんを押さえつけて、なにやら感動的なセリフを言っている。

あの人はやるときはやってくれる理想上司だったんだ。

「今やられたら責任問題っぽいんです。 責任とかそういう感じのものは生命を賭してでも背負いたくないんでー」

あぁ、違う! 責任回避だけには生命を賭す上司なんて、一番ダメじゃないか!

でもフワフワぶりもあそこまで行くと感動の域かもしれない。

「あのボンボンは! あのボンボンだけはこれからこの浴場に来る全ての者の為に抹殺せねばならんのだ!!」

お願いだからボンボンって呼び方はやめてください…。

大体今はボンボンでもないんだけどなぁ。

そんなことを考えているうちに、気づけば男子浴場にいる全ての怪人さんが立ち上がっていた。

パララ君は既に僕から一番遠い位置へ。

浴槽をクロールで泳ぎ渡っている。

「ごめん、平しゃん。 俺にはポルルの胸を大きくする使命が残っているんだ」

女子風呂はやたら大きな騒ぎになっていて、こちらの騒ぎは聞こえないらしい。

聞こえる会話の断片から察するに、心音が質問攻めにあっているようだ。

珍しくはっきりしない心音の受け答え。

どうやら彼女が照れる内容のものばかりらしい。

塀の向こうでは、やたら桃色やたらハッピーな世界が広がっているって言うのに。

「じゃぁアレじゃない? 首領が平助君のを一方的に見てアレだって言うなら、首領も見せちゃえばいいのよ」

「………平助様が、望むなら」

騒がしい場内でも、何故か心音の声だけは全体に響いた。

きっと彼女の声は雑音の中でもしっかり届く、演説および首領向きの特別な声なんだろう。

心音の言葉を合図に、ポローム屈指の改造人間たちが、最弱である下っぱに向け殺到した。

僕が塀の後ろの心音の姿を想像したことは、この瞬間になら、許されることだと思う…。


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