メイドさん大王

怪奇! 怪人銭湯!


「じゃ、心音。 また後で」

「ハイ、平助様」

メイド服に風呂桶と、いつもにもまして…というかいつも通りちぐはぐな格好の心音と挨拶を交わす。

ついでに背景もちぐはぐ。

僕のそばには「男」。

心音のそばには「女」。

それぞれの文字が書かれた、青と赤色の暖簾がかかっている。

まぁ、なんたって銭湯だし。

「忘れ物はございませんか?」

「大丈夫だって。 ほら、タオルも石鹸もちゃんと入ってる」

うちのアパートには、お風呂がついていない。

よって、こういうところに頼ることになる訳だ。

まぁ、メイド服の心音が銭湯になんて入ったら、普通は注視の的になってまともに入れないと思うんだけど、ここではそういう心配は要らない。

だって…。

「こんばんわみたいな感じでしょうか、心音様、平助君」

雨も降っていない、それも室内なのに雨合羽を着てフードで顔まで隠した男が、僕たちに声をかける。

「こんばんわで正しいですよ。 こんばんわ。 フワフワ」

「こんばんわ、フワフワさん」

まぁ、この物言いを聞けばすぐ分かると思うけど、フワフワさんだ。

全身毛むくじゃらだし、さすがにそのままでは歩けないから、外出時はいつもこんな格好らしい。

まぁ、袖から覗く指も毛の固まりだし、夜中にこんな格好の人間がうろついていたら、怪しまれるとは思うんだけど。

「平助君達も銭湯に入るような入らないようなそんな気持ちでしょうか」

「入ります」

ましてやそのコートも脱がなければならない銭湯に来るなんてもっての外だと思うんだけど、ここではそんな心配も要らない。

「そのような感じですか。 では、私も入ったり入らなかったりしましょうか」

何せ…。

「お、平しゃんじゃーん」

「こんばんわー。 平君に心ネエ」

と、銭湯の入り口から、フワフワさんと同じくレインコートを着た二人組が入ってきた。

背丈は子供並だけど、まぁ、一般人がここに入ってくることはありえない。

「こんばんわ。 パララ君とポルルちゃん」

フードを下げて抹茶色の顔を見せる二人と、僕は挨拶を交わす。

周りを見回せば、銭湯の客はみんな思い思いの格好で自分の体を隠していた。

帽子にトレンチコート。

サングラスにニット帽にマスク。

包帯。

全身タイツ…。

明らかに奇妙な格好だけど、これでも地肌をさらすよりは注目を集めないですむ格好なのだ。

だって、その下には羽が生えていたり、鱗が生えていたりするのだから。

まぁ、これで分かってもらえたと思うけど、ここはポロームの団員専用の銭湯。

僕らのアパートには風呂がついていない。

よって、お湯につかりたいなら外ということになるんだけど、住人の大半は人前に同道とは出難い体となっている。

そこでこういう場所があるわけで。

「二人ともこれから風呂っしょ? とっととはいろうさ。 入り口で固まってるとおばちゃんもうるさいし」

「あ、うん。 それじゃ心音。 また後で」

「はい、平助様」

僕の二回目の言葉に、丁寧に礼を返して、もちろん心音は「女」とかかれた暖簾をくぐった。

「それでは、私も暖簾状のものをくぐったりくぐらなかったりします」

「くぐって良いんですよ、フワフワさん…」

フワフワさんも同じく暖簾をくぐって中へ。

「ダーリン。 離れるのは辛いけど、その時間が二人の絆を強くすると信じてるわ!」

「俺もだよハニー。 君と再び出会うまで、体、そして男を磨いてくる!」

そして感極まったのか、パララ君は走って暖簾をくぐっていった。

「平君もじゃーねー」

ポルルちゃんはパララ君がいなくなったと同時にケロッとした顔になり、僕にひらひらと手を振って暖簾をくぐる。

「なんだかなぁ…」

そして僕も「男」とかかれた暖簾をくぐった。

 

「かっぽーんと…」

「何言ってるの?」

「効果音さね。 定番っしょ」

「はぁ…」

並んで湯船に浸かりながら、パララ君が満足そうな息を吐く。

既に別れの苦しみなど無いパララ君を見て、彼とポルルちゃんはやっぱり似たものカップルなんだなという感想を思い浮かべた。

場内は、本来の姿をさらした怪人さんたちでひしめいている。

例えば、体を洗うたびにプルプル震えるのはゼリー怪人のプルプルさん。

人間の形をしているが、触れるとゼリーのように柔らかく、クリアグリーンの体から、その先の風景が透けて見える。

本人いわくメロン味。

ちなみに一緒に銭湯に来たフワフワさんはといえば。

「こら、貴様の風呂はこっちだ!!」

犬顔…いや、狼顔の人と揉み合いをしている。

「さーべーつーっぽくないですかー。 やはり湯船は平等にー、皆さん同じものに浸かるべきだと思われたりしまーす」

フワフワさんが珍しく主張をしている。 こちらの風呂に入ろうとしているのを、狼顔…あらためバウバウさんに、後ろから羽交い絞めにされて止められているのだ。

「差別ではなく区別だ!! 貴様のような毛だまりが湯船に浸かったら、後の処理が大事だろうが!」

言いながら、バウバウさんは何とかフワフワさんを湯船から遠ざけようとしている。

目指すは5メートルほど横にある「毛が多い人用湯船」だ。

ある程度特異な姿をしている怪人さんには、それぞれ専用の湯船が用意されている。

まぁ、基本的には湯船同士に仕切りをつけただけのものだけど。

溶解怪人ドロドロさんは、うっかりすると溶解液を垂らしてしまうので、「溶かす人、もしくは溶かされても良い人用湯船」だ。

溶かされても良い人はとりあえず存在しないので、そこは彼専用。

仕切りを溶かした場合は、彼が修理代を出す。

「自分だって毛むくじゃらじゃないですかー」

「だから俺も同じ湯に入るだろうが!」

バウバウさんが声高に反論する。

「何か響きが気のせいか、いやな感じをほのかに持っているような気がしますー」

「しかも俺はしっかり洗った! おばちゃんに迷惑をかけないように二度洗いだ! 抜け毛の多い時期には湯船も控えている!」

フワフワさんの抗議を無視して、バウバウさんは叫んだ。

言葉どおり彼の銀毛は水に濡れ、体に張り付いていた。

普段着ている鎧もないせいで、ちょっと威厳が無い。

…やっぱり、怪人って大変なんだなぁ。

「それを、お前は何だ! 体すら洗わずに湯船に浸かろうとしおって! お前は昔からそうだ!!」

なんか、だんだんバウバウさんが可哀想になってきた。

でも、それより気になることがあって、僕は湯船に溶けそうなほどリラックスしているパララ君に聞く。

「ねぇ、あの二人って昔からの知り合いなの?」

「んー、そみたいだの。 やる気の無かったフワさんを動かして怪人にさせたのも、犬みたいだし」

「へぇー…」

確かに、あれだけやる気のないフワフワさんが怪人になるなんておかしいと思ってたけど、そういうわけだったのか。

「とにかく湯ぐらい浴びろ!」

バウバウさんは片手でフワフワさんをつかむと、空いた手で風呂桶をつかみ、フワフワさんが入りたがっていたお湯を掬う。

そしてそれを彼にかけた。

フワフワさんの毛が、その全身に張り付く。

「…うわ」

「うわぁ…」

お湯と共に大量の毛が彼の体から流れ落ちる。

確かに、このまま湯船につかったら大変なことになっていたかもしれない。

しかし、問題はどちらかといえば残ったほうだ。

分かったこと、それはフワフワさんの中身は、至って普通の成人体系だという事だ。

お湯によって張り付いた毛が、そのボディラインをあらわにしている。

しかしその姿は、恐怖の藻人間という感じで、さっきよりやたら怪人臭くなっていた。

とはいっても、ホラー映画向けの怪人だけど。

「グロっ」

「し、失礼だって」

「ふがふがぁ」

張り付いた毛によって目と鼻と口を塞がれたフワフワさんが、手探りで自らのパーツを発掘していく。

「フワフワさんの目、初めて見たなぁ…」

「結構男前なんじゃん、あれ?」

「いや、その辺は良く分からないけど」

僕たちがそんなやり取りを続けている間に、バウバウさんが手に持っていた桶でフワフワさんの頭を叩き、そのまま被せる。

被せるついでに叩いたというべきか。

そしてそのまま、フワフワさんを自由になった腕二本で持ち上げた。

「おぉー」

「どっせぃ!」

さすが怪人。 と感心している間に、彼は持ち上げたフワフワさんを、そのまま放り投げる。

放物線を描いて、彼は「毛が多い人用湯船」に着水した。

上がる湯柱。

飛ぶ湯しぶき。

色々な所から何故か上がる拍手。

僕とパララ君も何故か拍手。

荒い鼻息をついてから、バウバウさんもその湯船に浸かった。

「水かさが減ったような気がしないでもないです」

「誰の所為だと思っている」

湯船に浸かりながら平然と会話を再開する二人。

やっぱり仲が良いんだな…。

なんとなく微笑ましい気持ちでバウバウさんを見ていると、思いっきり睨まれた。

でもやっぱり僕は嫌われてるんだよなぁ…。

バウバウさんへの好感度が上がった直後だったので、少し悲しい。

そんな僕の悩みとは関係なく、パララ君は再度気持ちの良さそうな息を吐いた。

「やっぱこういうとこいると、日本から侵略しようとしてよかったと思うわー…」

「えっ、銭湯に入りたくてこの国に来たの!?」

「ちゃうちゃう。 それは偶然だってばさ。 本当はここが一番手強いと思ったの」

「アメリカとかじゃなくて?」

普通に考えればあそこだろう。

健ちゃん達も御用達のパワードスーツも、製造はアメリカなわけだし。

「うちの星の資料によると、ここには地球最強の民族、忍者が住み着いてるって話だったから」

「って、いつの資料さ、それ!」

「んー…。 ほら、地球ってうちの星とは交流ないから、資料もちょっとは遅れてるのさ」

「とはって、地球にはもともと宇宙人なんて…」

言いかけてから、気づいてパララ君を見る。

「来てるの!? パララ君達以外にも」

「来てるって言うか…。 まぁ、隠されてるだけの訳もあるだろうから、知らないほうが幸せではあるさよ」

「フワフワさんみたいな言い方しないでよ…」

僕がため息をつくと、パララ君は考え込んだ。

まぁたしかに、こういうのって国家機密だろうしなぁ。

うかつに知ると危ないのかも。

「とりあえず、身近な情報でも一つ」

「う、うん」

パララ君が真剣な顔で僕の目を見る。

僕も向かい合って、なるべく真剣な顔をした。

「最近どっかの県で県知事に当選した政治家いるだしょ」

ちょっと前に汚職事件が起こって、それの引継ぎで知事が変わったというのは、僕もテレビで見た。

ちなみにポロームの施設内の中でだけど。

家にはそんなものないし…。

「あれが宇宙人の力とか?」

「いや、っちゅーか本人が」

「宇宙人なのあの人!? 日本の政治に入り込んじゃってるの!?」

「まぁ、この辺は軽い情報なんで、ごめんだけどさ」

「ぜんぜん軽くないよ! それなんかもう暗殺とかされるのに充分な情報でしょ!!」

他の理由で謝って欲しいぐらいだ。

ああ、何かこれから人を見る目が変わりそう。

「レッドマンだっけ? あれの技術も多分そういうパイプ繋がってんじゃん?」

またも軽い口調で述べられる、衝撃の仮説。

でも、確かにそう考えたほうが納得は出来る…。

と、言うことは…。

「何か、既に侵略されてる? うちの星」

「なぁに、侵略し返せば良い事さね」

僕が思いついた驚愕の事実にも、パララ君は軽い調子で返すだけだった。

「燃える展開やね。 悪と呼ばれつつ実は地球を救うために戦う我らが組織」

確かに格好は良いかもしれないけど…。

「ちなみに、最近やった作戦って何だっけ?」

「幼稚園バスジャック」

「それ、地球を救う作戦じゃないよね、明らかに…」

「当たり前じゃん。うちら非情の極悪組織よ? 何いってんのさ」

「…パララ君。 さっき自分で言ったこと覚えてる?」

何か、どっと疲れた。

「それにしても、銭湯はいいねぇ…」

何もなかったかのように、パララ君は同じ言葉を繰り返す。

「……だね」

疲れを癒すため、僕はただ湯船の中に沈んでいくのであった。


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