メイドさん大王

第13話:男、その夢と浪漫と願望と。


荒い息を吐いて、僕はそこに寝転がった。

腰だけを下ろして、赤いマスクの少年が僕を見下ろす。

「何だよ平助。 バテるの早いぞ」

「はぁ、は、だって、健ちゃんのそのヘルメットは、酸素とか…供給されるんでしょ?」

僕は仮面を取り、健ちゃんに抗議する。

彼もまたヘルメットを取って、僕の隣に座った。

「まぁでも、中は蒸れるぞ。 お前も一緒だろうけどな」

健ちゃんに言われると、へばり付いた全身タイツに近いスーツが、やたらとうっとうしく感じる。

地面と密着する面を少しでも減らすため、僕は上半身を起こした。

さすがにスーツを脱ぐわけにはいかないので、仕方なくフードだけを降ろす。

手櫛を入れると、髪の中も汗でびっしょり濡れていた。

…これは、頭皮の心配とかしておいた方がいいかな?

「そう思うなら、少し休ませて…」

僕はそのまま体を丸めて、深呼吸をする。

肺が軋む…。

この間僕は、健ちゃんと格闘の真似事をした。

彼はそれがいたく気に入ったらしく、今日は普段のやる気のなさそうな態度とは違い、積極的に僕を誘ったのだ。

健ちゃんって、やっぱり格闘自体は好きなんだよね。

まぁ、僕に合わせて力の増加は切ってくれたらしいけど。

でも、そのヘルメットは反則だ…。

「最初からその仮面取ってやれば良かったじゃんか。 だったら俺もヘルメット脱げるし」

「そういうわけにはいかないでしょ。 仮にも戦闘員とヒーローが戦ってるんだから、流石に素顔じゃ…」

「話してる時は取ってるだろ」

ほれ、今も。

と、健ちゃんが自分もヘルメットを脱ぎながら、僕の素顔を指差す。

「 まぁこれは休憩中だから…」

本当は、一介の戦闘員が戦闘中に勝手に休憩を取るというのが、既に問題なんだろうけど…。

翔子ちゃんの方は黙認。

とりあえず戦ってはいるから、渋々といった感じらしい。

戦闘員達を捌きつつ、たまにこちらを見ている。

…目が合った。

こちらに向かい歩いてくる。

顔は怒りの形相だ。

「って、休憩はダメなのか!?」

健ちゃんが声を上げる。

僕も同感なのだが、

「あー、翔子ちゃん!? これは決してサボってるわけじゃないんだ!」

距離にして50m地点ほどの地点にて叫ぶ。

いや、今の彼女が本気で走ったら、こんな距離一瞬だし…。

と、横から戦闘員の一人がタックル。

隙をついた所為か、翔子ちゃんの体勢が崩れる。

それに便乗して、一気に複数の戦闘員が群がる。

瞬く間に黒い塊が生成された。

「おし、ナイス」

健ちゃんがガッツポーズを取ったが、僕は何とかリアクションに出さずにすんだ。

後が怖い…。

そのまま押さえ込まれるのかと思った翔子ちゃんだったが、黒い塊の中心から戦闘員の一人が宙に打ち上げられる。

翔子ちゃんの反撃だ。

ポーン、ポーン。

実際にこんな和やかな音は響いていないんだけど、その光景だけを描写するならこんな音がお似合いだ。

一人、また一人と、僕の同僚達が空を舞う。

「…こういう場合、どっちを応援したらいいと思う?」

正義の味方ではあるものの、翔子ちゃんがここにたどり着けば殴られることが決定の健ちゃんは、それをどこか遠い目で傍観しながら、僕に聞く。

「両方頑張れ…かな?」

吹き飛ばされているのは同僚でありつつ、囲まれているのは友人である僕としては、もっと複雑な気分だ。

「…どうせ殴られるのは決定事項だから、それまで適当にだべってようぜ」

「なんか悟りきってるね、健ちゃん」

「お前もいい加減慣れただろ?」

さっきガッツポーズを取ったのは誰だったのか。

まぁ、殴られないならそれに越したことは無いけど。

「…同意したくないんだけど、まぁ、ね」

言いながら雑談体制に入っている僕は、結局健ちゃんの言葉に同意しているのだろう。

まぁ、ヒーローである健ちゃんが、僕以上に殴られ慣れているほうがおかしいんだけど。

「しっかし、ああいう光景見ると、改めて反則臭いと思うよな、このスーツ…」

健ちゃんの眼前には、勿論翔子ちゃんがうちの戦闘員と戦っている姿。

確かに翔子ちゃんの前では、うちの戦闘員が束になってかかっても、まったく敵わない。

「それを着てる健ちゃんと、僕は一対一で戦ってるんだけど…」

「ちゃんと身体能力向上系は切ってるだろ。 それとも今度は、お互いにスーツ脱いでやるか?」

「ますますヒーローと戦闘員の戦いじゃないよ、それ」

暑いし、脱ぎたいのは山々だけど、出て行った瞬間うちの同僚にも翔子ちゃんにもたこ殴りにされそうで怖い。

「ていうか、お前も一回着てみるか、これ? すごいぞー」

「確か、アメリカ製…だっけ?」

「ん、ああ、米国産だな。 この戦隊作ったのもあっちの偉い人だし」

健ちゃんたちのスーツは、別に天からの授かり物とか、愛と勇気で出来ているとか、そういう非現実な物じゃない。

米国産のパワードスーツ。

それが正体だ。

「なんか、夢がないよなぁ…」

「そんなスーツがあること自体、充分夢っぽいと思うけど」

大体、こんな格好でだらけてる健ちゃんが夢とか求めるのもどうかと思うんだけど。

「大体、このレッドマンって名前だって、みんなが平等、みんながリーダーっていう主張から出来てんだぞ」

「そ、そうなの!?」

「最初なんて全員同じ赤色にされそうになってたからな。 翔子が猛烈抗議して取りやめになったけど」

「まぁ、量産型としては正しいかもね…」

さすがは自由と平等の国アメリカだ…。

何か間違っている気がするけど。

「まぁ、戦ってる相手がお前らだし、ある意味浪漫か」

「うちの組織は、一応宇宙技術で出来てるからね…」

その割には規模が小さいのだけれど、まぁ、その宇宙人が二人だけということを考えれば、充分か…。

「メイドさんは男の浪漫だしな」

「それは意味が違うでしょ」

僕が健ちゃんにツッコミを入れると同時に、後ろから人が来た。

「何を話してるんですか?」

紫色のスーツ。

健ちゃんの弟の悠二くんだ。

彼がマスクを取ると、いつも通り性別を疑いたくなるような可愛い顔が現れる。

…いや、別に僕にそのケがあるんじゃなくて、事実をそのまま言ってるだけなんだけど。

「おう、男の浪漫をちょっとな」

「ええと、と、いうと無差別級異種格闘技戦の世界大会が日本で開催したらいいなぁとかですか?」

「うむ、それも浪漫だが、ちょっと違うな」

「いや、それって浪漫って言うか、あったらいいなぁっていう願望じゃないの?」

健ちゃんによると悠二君は無類の戦闘好きらしい。

それでこの戦いにも参加してるって聞いたけど…。

「浪漫なんて願望と大差ないだろ。メイドさんが欲しいなんてのも願望と一緒だし」

「えー…、なんか響きが違うと思うんだけど」

さっきまで夢とかいっていたのに、急にそんなものの欠片も無いようなことを言う健ちゃん。

僕としては納得しかねる言葉なんだけど。

「無差別級異種格闘技戦だって、天下一武道会っていいかえればロマンチックだろ」

「ロマンチックっていうと、また意味が変わると思うよ…」

「あんなビックリ人間大会と、浪漫が詰まった無差別級異種格闘技戦を一緒にしないでください」

悠二君がむすっとした口調でつぶやいた。

そこは彼なりに譲れないらしい。

「ほら、やっぱり浪漫と願望は違うみたいだよ」

僕がそれに便乗すると、健ちゃんは腕を組んで悩み始めた。

納得がいかないらしい。

悩んでいる健ちゃんと、頬を膨らましている悠二君を見て、僕はふと思い出した。

「ていうか、いま悠二君当たり前のように僕たちとしゃべってるけど、戦闘のほうは良いの?」

「えーと、なんかあっちのほうが祭になってるとかで、敵さんがみんな行っちゃいました」

そう言って、悠二君は僕たちがさっきから意識的に目を逸らしていた場所を指差す。

様子が良く分からないほどの土煙と、時よりちらつく黒い影。

定期的に宙を舞う黒い影。

翔子ちゃん奮闘中。

ちなみにさっきより僕たちとの距離が近づいてる。

「…よし、5メートルほど移動だ。 平助」

「結果は変わらないと思うけど…」

「気分の問題って奴ですね」

「おお」

ズル、ズル、ズル。

そんな会話を交わしながらも、僕たちは座った姿勢のまま、三人並んで後ずさった。

ズル、ズルズル。

「…僕たち、なんか馬鹿みたいじゃないかな?」

「そう思うならやめろよ」

「あんな風に近づかれたら、逃げたくなるのが人間として正しいと思いますよ」

言い合いながらも、視線は翔子ちゃんがいると思われる土煙に注視していると。

その横合いからもう一つ黒い塊が近づいてきた。

「あれは…」

「百瀬さんですねぇ」

そう、黒い塊を先導しているのはピンクのスーツ。

レッドマンホワイトこと、百瀬さんだ。

僕の同僚たちを煽るように何度か振り返りながら、彼女は砂煙を目指して走っている。

そして、百瀬さんはなんのためらいも無く、翔子ちゃんのいる砂煙の中に突入していった。

当然のようにそれに続く黒い一団。

そして暫くすると、中からピンクのスーツが再び現れる。

後ろについていた黒い集団は、砂埃の中に紛れてしまったようだ。

「…押し付けやがった」

「押し付けたね…」

「押し付けましたねぇ」

が、そんな自分の行為に何の罪悪も感じないのか。

彼女は優雅な手つきでヘルメットをとると、まるで髪を風に靡かせて遊んでるみたいに、ふわっと首を振った。

ズルズルズル。

「おう平助平。 何を見とれておる」

「へ、変な呼び方しないでよ!」

「どうでも良いですけど、何で僕たち百瀬さんからまで逃げてるんですか?」

いや、まぁ慣性だったわけだけど。

悠二君に指摘されて、僕らはようやく動きを止めた。

百瀬さんが近づいてきて、僕らに微笑みかける。

「何の話をしてるんですか?」

「…えーと、今の行動については何の弁明も無し?」

僕がツッコミを入れると、百瀬さんは笑顔のまま首を傾げた。

僕が何を言っているか分からないといった風情だ。

追求する気も失せたので、僕は言葉をため息に変える。

えーと、そういえば僕たちは何の話をしてたんだっけ?

「願望の話だ」

「浪漫の話ですよ、兄さん」

「先に言ったほうの勝ちだ」

「うー…」

こちらはこちらで、なにやら兄弟喧嘩めいたものをしている。

「ていうか、ここに三人も集まっちゃったら、他の人が大変でしょ」

「押さえが増える分、時間稼ぎになって良いじゃないか」

「…あれだけ束になっても一人にやられちゃうっていうのは、あっち側の人間としては納得いかないんだけど」

「あ、でも体力へらしにもなってますよ、きっと」

「フォローになってないよ、それ」

せっかくの宇宙技術なのに、地球の現代科学にコテンパンにやられてしまうなんて…。

それこそ浪漫が無い。

いや、翔子ちゃんたちが怪我するのも見たくないから、これはこれで良いんだろうけど。

「それに、戦ってるのは翔子ちゃんだけじゃないでしょ。 瑪瑙ちゃんだって…」

「あの、ごめんなさい…」

言いかけた途端、後ろから声が響く。

僕含め男性陣は、同時にびくりと肩を震わせた。

「谷田貝さんなら、皆さんのすぐ後ろにいますよ」

楽しむように、クスリと笑う百瀬さん。

「あ、め、瑪瑙。 いたんか」

「全然気づきませんでした…。 忍法?」

「ごめんなさい、すみません、私、存在感が無いから…」

赤星兄弟が振り向いて、僕とほぼ同じ感想を言う。

僕も一緒に振り向いたが、彼女はマスクをつけたままだ。

うちの基地内で彼女の素顔を見た人間がいるだろうから、取るわけには行かないのだろう。

「ええと、瑪瑙ちゃんの敵は?」

「ごめんなさい、その、私って存在感が無いので…」

「黒タイツたちは気づかないであっちの翔子祭りに参加しちまったと」

どんどん沈んでいき、最後には聞こえなくなってしまった瑪瑙ちゃんのセリフを、健ちゃんが引き継ぐ。

「翔子祭りって良い響きですね」

「風情がありますねぇ」

「ごめんなさい、私には風情も無いので…」

良く分からない百瀬さんと悠二君の呟きにも、なぜか謝り倒す瑪瑙ちゃん。

放っておくと無限地獄になりそうなので、フォローを入れてみる。

「僕たちの方が瑪瑙ちゃんに近づいちゃってたんだね。 ええと、ぶつかったりしてないよね」

「ふふっ、平助さんったら。 さすがにぶつかったら気付きますよ」

さもおかしそうにくすくすと笑う百瀬さん。

悪意は無い…と信じて良いのか最近とんと分からない。

「平助、人権侵害風味だぞ」

「軽い虐めですよね」

赤星兄弟も口々に僕を非難する。

「うぐっ」

フォロー失敗。 むしろ効果反転。

「も、もしかしたら、ぶつかっても本当に気付かれないかもしれないです…。 うぅぅぅ…」

瑪瑙ちゃんがとことん落ち込んでしまった。

「それより、つまり翔子ちゃんが一人で戦ってるってことでしょ! 良いの!?」

「お、逃げた」

「逃げましたね」

「ううぅ、どうせ私なんてそれよりな存在だから良いんです…」

「あ、ご、ごめん、違うんだ、そういう意味じゃないの!」

「しかし回り込まれてしまいましたねぇ」

「三人並んだお尻が近づいてきて、結構怖かったのに…」

ぽつりと、瑪瑙ちゃんがつぶやく。

先ほどの痴態を思い出して、思わず固まる加害者の僕ら三人。

「お、お互いの為に忘れたほうが良いと思うよ、あれは」

「おう、ぜひ忘れろ」

「はい、できた空白は、素敵な思い出で埋めちゃってください」

「あら、素敵なセリフねぇ…」

この声を聞いて、まず、しまったと思った。

僕が背後をつかれたのは今日三回目。

例えば僕が忍者だったり凄腕スナイパーだったりするのであれば、この回数は問題だ。

しかし、僕はそんな素晴らしい職業には就いていないので、回数は関係ない。

問題なのは、その質だ。

直訳すると、その危険度。

恐る恐る、後ろを振り向く。

「みんなで楽しく、なんの話をしてたのかしら?」

そこにいたのは、ヘルメットをとって素顔になった翔子ちゃん。

流石にあれだけの人数は堪えたのか、髪が汗を吸って顔に張り付いている。

片方の手には脱いだヘルメット。

そしてもう片方の手には。

「うわあぁぁ! フワフワさん!」

僕らの部隊長、フワフワさんがつかまれていた。

ここまで引きずって来たらしい。

「だだ、大丈夫ですか!?」

「怪我はないっぽいような気がしないこともないので、安心したほうが良かったりよくなかったり〜」

「どっちなんですか!?」

フワフワさんの要領を得ない言い方はこの場面におかれると酷く不安になる。

「平気よ…。 こいつ足払いで転ばせたら何の抵抗もしてこなかったし」

「そ、そうなんですか?」

「そんなこともあったり無かったりする」

隊長がこんなことで良いのか?

うちの組織。

「それに、ボスは最後に倒すって決まってるのよ。 雑魚がまだ一人残ってるしね」

にたり、と翔子ちゃんが僕に笑いかける。

一人…。 彼女の後方を見ると、彼女がこちらに向かってくる工程を示すように、黒い人影が這いつくばっている。

その様は、まるで長旅で全員が力尽きたアリの行列。

現実に立ち返ってみても、ここに残された僕というアリが一匹。

「ついでに、…裏切り者もね!」

手に持っていたヘルメットを、翔子ちゃんが突然投げた。

スカーン!

と、良い音を立ててぶつかったのは、僕達から3メートルほど後方に退避していた健ちゃん。

ぶつかった衝撃でさらに2メートルほど吹っ飛んだ彼は、そのままぴくぴくと痙攣している。

今の、健ちゃんヘルメットも被ってなかったし、かなり危ないのでは…。

一緒に逃げようとしていた悠二君も、それに怯えてこちらを向く。

「こんの三バカ! 人が一生懸命戦ってるときに何やってんのよ!!」

「さ、三バカって何ですか!? ていうかなんで僕が兄さんたちと同罪になってるんですか!? 女性二人についてはノータッチ!?」

翔子ちゃんの剣幕に、錯乱した様子で悠二君は思いつくままツッコミを入れた。

僕が言いたいことをそのまま代弁している。

「あんたもこいつらと一緒に逃げてたでしょ! それもやたら間抜けな姿で!!」

「だからそれは忘れてくださいって…!」

「うっさい!!」

と、翔子ちゃんはヘルメットと逆の手に持っていたものを投げる。

「あ〜れ〜」

つまりは、フワフワさんを。

フワフワさんは体毛こそフワフワとしているが、体重は普通の人間と変わらない。

あの毛がどの程度伸びているかは分からないが、とりあえずヘルメットよりはずっと重いわけで。

「きゃーーーー!」

だが、その重量差をまったく感じさせないスピードでフワフワさんは悠二君めがけて投げ放たれ、そのまま彼に激突した。

ドスン。

大した音は響かない。

なぜなら激突の衝撃はフワフワさんの柔らかい体毛によって、そのほとんどが吸収されてしまったからだ。

響いたのは、フワフワさんに悠二君が押しつぶされた音。

あの体毛に包まれるのは、決して心地の良いことではないだろう。

そして、これで残ったのは正真正銘。

「さて、後はあんただけね」

「ええと、ボスもやられちゃったみたいだし、今回は解散なんじゃないのかなぁ…なんて」

いや、うちのボスはただ悠二君の上に乗っかっているだけで、たいしたダメージは負っていないんだけど。

それでも最後の希望を込めて、僕は言ってみる。

溺れる者は藁をも掴む心境で。

「死ぃね」

でも、きっと僕が溺れたとして、そこには塵の一片も流れてこないと思う。

後は流れに任せてお約束一直線である。

つまりは。

ドゴッ!!

まぁ、こういう、こと…。


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