メイドさん大王

潜入! レッドマンイエロー&ホワイト


場所は変わって、食堂。

さっきの畳敷きが、うそのような豪華さだ。

食堂は相変わらず広い。

相変わらず机も長い。

ただ、今日違うことと言えば…。

「ご主人様。 紅茶の御代わりはいかがでしょうか?」

心音が、その長い机の向こう側ではなく、僕の隣に控えていること。

「え…、あぁ、じゃぁ、もう一杯」

僕の返事に、心音がティーポットから紅茶を注ぐ。

冷ましたりしなくても適温なのが素晴らしい。

だけど、その細かな気遣いが、今の心音の態度には、あまり見られない。

まぁ、当たり前といえば当たり前か。

敵が目の前に、…二人もいるんだから。

正確には、長い机の向こうだけど。

「…」

さっきから黙している翔子ちゃん。

お見舞いに来てくれたんだとは思うんだけど、何故か居心地が悪そうに、来てからずっと僕を睨みつけている。

この微妙に長い距離を、不満に思っているのかもしれない。

でも、それだったら彼女の性格上、口で言うと思うんだけど…。

「あ、メイドさん。 私にももう一杯ください」

そして、翔子ちゃんとは対照的に、さっきからずっと微笑み続けているのが、百瀬一乃さん。

彼女も僕と同じ中学校出身で、現在は翔子ちゃん達と同じ高校に通っている。

いかにも良家のお嬢様という出で立ちで、僕なんかより、よっぽどこの食堂が似合っている。

「敵に差し出す茶など、ありません」

心音が、そちらを冷たい目で見た。

対照的というなら、こちらの二人のほうが正しいのかもしれない。

百瀬さんは、その心音の目線を、物怖じもせず受け流していた。

「そうですか、残念です…」

一拍おいた後、芝居がかった口調で、百瀬さんはため息をつく。

わざと作った「溜め」なのかは分からないけど、百瀬さんのしゃべり方は、いつもこんな感じだ。

その呼吸の所為で、彼女の一言一言は、やけに印象に残る。

それが、良い印象か悪い印象かは別として。

「ふん…」

心音が不愉快げに鼻を鳴らした。

どうにも、心音には彼女の言動が、どれも気に入らないらしい。

慣れれば、あまり気にならないと思うんだけどなぁ。

「心音、お客さんにそんなこと言っちゃダメだよ。 いくらレッドマンに所属してるって言っても、今日は僕のお客さんなんだから」

百瀬さんもまた、翔子ちゃんと同じくレッドマンの一員。

戦うときにいつも戦闘員を惹きつけ、もとい引き付けている女の子。

レッドマンホワイト。 それが彼女の正体だ。

「っ! …承知しました、ご主人様」

心音は一瞬、信じられないような目で僕を見た後、不承不承といった感じに頭を下げた。

彼女にしてはオーバーアクションだ。

まぁ、しょうがないといえばそうなんだろう。

…理由も、思い当たることだし。

心音は返事こそしたが、お茶を運んであげる気はないようだ。

つっこめばやぶ蛇になると思ったので、僕は触れないでおいた。

「えぇ、そうですよ。 今日は私、百瀬一乃個人として、友人の高月平助さんのお見舞いに来たんです。 レッドマンホワイトとしての私は、一切関係ありませんから、すっかりと安心してください」

「そ、そこまで言うと、僕が逆に不安になるんだけど…」

ワザとやっているんだろうか。

その表情は普通に見れば、さぞかし人を安心させるだろう笑みだ。

だからこそ、僕にとってはそんな疑念が沸いてしまう。

それに対して、大王としての心音が反応しないかとハラハラしていると…。

「…貴方が、貴方が平助様の友人を騙るのですか!?」

心音は、別のところで怒っていた。

いきなりの大声に、僕は元より翔子ちゃんも一瞬びくりとなる。

「平助様にあのような仕打ちをして置きながら、まだそのようなことを…!」

「心音!」

僕が少し強い声でたしなめると、心音は僕がさっきやったように、体を震わせた。

心音が百瀬さんを嫌うのは、彼女がレッドマンだからだけじゃない。

むしろ、彼女のメイドとしての部分…ひいては心音個人の事情で、百瀬さんに対してこんな態度をとるのだ。

とりあえず良かった、止まってくれた…。

と安心したところで、急に咳き込む。

「へ、平助様!」

「げほっ! …はぁ、ごめん。 どうにも格好つかないね」

心配して僕の背中をさする心音を制して、さっき彼女が注いでくれた紅茶を口に含む。

…咳は収まったと思ってたんだけどなぁ。

「…平気なの?」

今まで黙っていた、と言うか口を挟めなかった翔子ちゃんが、僕の顔を覗きながら聞いてきた。

「うん、心音のおかげで、昨日よりずっと楽になったしね」

「へぇ…、心音のおかげ、ねぇ…」

僕が言うと、翔子ちゃんは複雑そうな顔で心音を見、それを受けた心音は、何故か赤面して顔を伏せる。

「な、なんで赤くなるのよ! あんた、まさか…!?」

心音の予想外の反応に、翔子ちゃんが机に手をついて身を乗り出した。

「…! ち、ち、違う違う違う違う違う! 翔子ちゃんが考えているようなことは何にもしてないよ!」

メイドさん+看病+赤面をイコールして想像することに思い当たって、僕は思い切り否定した。

いや、確かに食べさせてもらったりとか、僕が赤面する出来事はたくさんあったけど!

「だったら、何でこの女が赤面するのよ!」

「知らないって!」

「…私には、お二人が何を想像してるとかは、まったく分からないんですけれど、お二人とも楽しそうですねぇ」

言い合う僕らを見て、百瀬さんが微笑んだ。

…心音に罵られたダメージとかは、無いんだろうか?

心配になって、ふと僕は彼女を見た。

「あ、どうぞ、かまわずに続けてください」

にっこりと微笑まれてしまった。

「と、言われても…」

翔子ちゃんのほうを見る。

すると彼女は、まだ不満そうな顔だったが、黙って席に着いた。

僕と同じで、すっかり毒気を抜かれてしまったらしい。

「で、心音…。 なんで赤くなったりしたの?」

追求がひと段落したと見計らって、僕は心音に小声で聞いた。

いや、そこまで大胆にやましいことは無いんだけど、一応小声で…。

「申し訳ありません。 なにぶん昨日は、その、初めてするご奉仕でしたし…。 色々手落ちがありましたので」

僕が小声になったのにあわせて、心音も小声で答えた。

いや、ただ単にどもっただけかもしれないけど…。

僕に指摘されて、さらに意識してしまったのかもしれない。

その顔がさらに赤面した。

とにかく、この調子で聞いて正解だった。

何か、知らない人が聞いたら、ひどい誤解を生みそうな単語も含まれていたし。

「それに、平助様の寝顔なども拝見させていただきました…」

そのコメントに、僕まで顔が赤くなりそうになる。

…まさか、聞かれてないよね。

翔子ちゃん達に視線を向けるが、そういう様子は無い。

まぁ、聞こえないように話した所為で、翔子ちゃんの視線が厳しくなったのは、いただけないけど。

「それにしても、ここってとっても面白い構造をしてますよね」

そこで百瀬さんが、あくまでもにこやかに、違う話題を振ってきてくれた。

…助かった。

僕は当然、意気込んで彼女の話に乗った。

「うん、初めての人は、みんな驚くと思うよ」

「ええ、とっても驚いちゃいました」

言うと、百瀬さんはやおら席を立ち、扉のほうへ歩いていく。

そして、それに手をかけ、ドンと開け放つ。

春風が一気に流れ込み、彼女の髪を揺らした。

そして、その扉の先にあったのは、コンクリートの床と、ブロック塀に電柱…。

「だって、この扉。 食堂なのに、開けるとすぐ玄関なんですもの」

振り向いて、微笑む。

やっぱり、何か百瀬さんの動作は芝居じみてるなぁ…。

そう、食堂の扉は、直通で外に続いていた。

とある洋館が独創的な趣向で、玄関を食堂にしたわけではない。

えっと、僕がさっきまで臥せっていた畳の部屋は、ここの隣にある。

あっちが102で、ここが103と104の合体部屋…。

つまりここ、本当は普通の3階建てアパートなんだ。

「で、なんで、この部屋だけこんな豪華なのよ」

翔子ちゃんが机に頬杖をつきながら、部屋を見回した。

確かに、上についたシャンデリアといい、長机の上におかれた燭台といい、外の風景には不釣合いもいいところだ。

「食事は生活の基本です。 貧しくてもそこだけはしっかりとしなくては…」

その質問に対して、心音が至極まじめな顔で答える。

「ンなこと聞いてないわよ! この馬鹿メイド!」

「ばっ…! 人がせっかく答えて差し上げようとしたのに、馬鹿とは何ですか、馬鹿とは!!」

「えっと、心音? 翔子ちゃんが聞きたいのはそういうことじゃなくて、どうやってこの部屋を改造したのかとか言うことだと思うよ」

まぁ、だからって馬鹿は無いと思うけど。

そう言おうと思ったところに…。

「そうですねぇ、その貧しいメイドさんが、ご主人様の部屋を差し置いたことは、別にしても。 どうやってこんな素敵な部屋を作ったのか、私も興味があります」

百瀬さんの一言が入った。

その結果、僕が心音を弁護しようとした発言が流れ、みんなで心音を責めているような図式になってしまった。

「平助様…」

心音が僕を、悲しそうな目で見た。

彼女にしてみれば、裏切られたような心境なのかもしれない。

その表情に、僕はあわててフォローを入れた。

「え、いや、別に心音を責めてるわけじゃなくて…」

が、これじゃ墓穴を掘ってるようなものだ。

その証拠に心音の顔が、さらに曇っていく。

「そうですよ、平助さんは寛大なんですから。 少しぐらいの粗相は許してくれます」

僕の言葉を、百瀬さんが継ぐ。

まったく逆の解釈で…。

「そ、そういうことじゃなくて!」

「…そうですか、ご主人様。 寛大なお心遣い、ありがとうございます」

僕の更なる弁解を聞く様子も無く、心音は百瀬さんに鋭い一瞥をやった後、僕に向かって頭を下げた。

ダメだ、完全に誤解されちゃってる。

百瀬さん、分かってやってるとしたら、何でこんなことするんだろう…。

やっぱり、さっき心音に怒鳴られたことを、根に持っているんだろうか?

見つめてみても、彼女は微笑んでいるだけだった。

「…ポロームで稼いだお金があるでしょ。 それで改造したんだ」

僕は、あきらめて説明をすることにした。

どうせ、今弁解しても聞いてもらえそうもないし。

「悪事で稼いだ金ね…。 で、そんなのがよく周りの人間にばれないわね」

「管理人さんもうちの戦闘員だし。 あと、ここって普通の生活ができない怪人さんの宿舎でもあるんだ。」

「!!」

それを聞いて、さすがに翔子ちゃんが色をなす。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。 みんな普段はいい人だし」

「…んなこと言われたって、安心できるわけ無いじゃない」

「じゃぁここって、ポロームの本拠地なんですか?」

百瀬さんは臆した様子も無く、世間話でもするような口調で、そんなことを聞いてきた。

「いや、それは別にあるんだ」

「へぇ〜、どのあたりに?」

「えーと、まずそこの通りに出て…」

「平助様」

「…ごめんなさい、秘密基地なので秘密です」

思わず答えそうになった僕を、心音の声がさえぎった。

乗り込んでどうこうされるってことは多分無いと思うんだけど、まぁそれは、秘密基地だし…。

「そんなことができるんだったら、何で食堂だけなのよ。 平助の部屋だろうがなんだろうが、好きに改造できるんじゃない」

「高月家再建に、余計な金銭を使う余裕などありません」

もっともな疑問を口にした翔子ちゃんに、心音がぴしゃりと答える。

「だったら、この部屋だって…」

「この部屋は、決意の証です」

「…どういうことよ」

「いつか、高月を再興させ、ここのような風景を取り戻すこと。 それこそが、我が本願なのですから」

そう、心音がこの部屋を作ったのは、そういう理由があってこそだった。

食事がどうとかなんて、多分二の次だ。

彼女は、それだけの決意を持って、この部屋を作った。

だが、それに対して、本来心音よりやる気を出さなければならない僕はと言えば…。

「それじゃぁ、平助さんも納得してのことなんですね?」

「うん、納得してるよ」

百瀬さんの微笑みに、僕はぎこちない笑みで返した。

確かに、納得は、してる。

もともとアレは、何をしたとしても心音が稼いだお金だ。

どう使おうが、僕から文句が出るはずはないし、出す権利も無いだろう。

でも、心音みたいに、この風景を見て高月家を一生懸命立て直そうとは、僕は思えない。

僕はいくらここを見回しても、せいぜい懐かしい思いが沸く程度でしかない。

そんな僕が、彼女に尽くしてもらったりしていて、良いのだろうか?

「それだったら、そこのメイドの部屋は、どうなってんの?」

ネガティブな考えに陥っていた僕を、翔子ちゃんが現実に戻す。

僕は考えを振りほどいて、彼女の質問に答えることにした。

「ここだよ?」

「それじゃぁ、心音はここで寝起きしてるのね」

翔子ちゃんが、何故か安心したようにため息をつく。

「いや、ここは完全な食堂」

僕が答えると、翔子ちゃんの眉がぴくりと動いた。

…うわ、多分良くない兆候だ。

「へー、じゃぁ、もう一つ部屋があるんですね」

「ううん、このアパートはもう満員だから、そんなスペースないんだけど…」

「……ちょっと待て」

「はい?」

「じゃぁ、そこの女は、どこで寝てんのよ」

「…僕の部屋」

翔子ちゃんが、無言で紅茶のカップを手に取る。

「あ、で、でも違うんだ! 一緒に寝てるとかは無くて! ていうか陶器はやめようよ! 割れるから!」

「何もそこまでは言ってませんよ」

「ほぉ…」

投擲のモーションに入っていた翔子ちゃんの動きが止まる。

「心音は、押入れで寝てるんだ…」

「…いつから狸形メイドロボになったの、アンタ?」

「私はメイドであって、狸でもロボットでもありません」

翔子ちゃんが心音に話を振ると、彼女はまじめな態度で答えた。

「悪の首領ですけどねぇ…」

「そういう冗談の通じないところが、ロボっぽいのよ」

翔子ちゃんはそういい捨てた後、僕を見た。

「ていうか、アンタもアンタよ。 いくらロボっぽくても、仮にもそいつは女の子なのよ。 押入れで寝かすなんて、何考えてるの」

…こういうところでちゃんと怒ってくれるんだから、翔子ちゃんは良い子だよなぁ。

心音との仲も、この調子でうまくやってくれれば良いのに。

「心音が、ご主人様より良いところで寝るわけにはいきませんって、聞かないんだ」

「はい、その通りです」

「…あっ、そう」

翔子ちゃんが呆れた顔で引き下がり、この話題は終わるかに見えた。

「…それに、平助様が押入れに入って来てくださることもありますし…」

「ちょっ、心音!?」

「あ、やっぱり一緒に寝てるんですねぇ」

「ち、違…」

僕が百瀬さんのほうを向いた瞬間。

そちらから、ものすごい勢いで緑色の物体が飛んできて、僕の顔を直撃した。

「あ、お見舞いのメロンです」

百瀬さんののほほんとした声が、そのまま仰向けに倒れる僕の耳に残った。

言うことができなかった弁解を口にするならば。

押入れって、上下段あるだろうって、こと…。

結局、翔子ちゃん達が何をしに来たのかは、謎なままだった。


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