メイドさん大王
VS! ご主人様対レッドマンレッド!!
「ぜんた〜い、突撃してみてはいかがだろうか〜〜」
やる気のなさそうなあいまいな号令だったが、黒い影は一斉に前方へ飛び出す。
戦場…。
いつも戦っていない僕がこう言うのは、凄くおこがましい気がするのだけれど。
ともかく僕はまた、真っ黒い戦闘員と、五つの鮮やかな色を持つヒーローが戦うこの戦場に、戻ってきた。
「ギィー!!」
そこかしこで乱戦が起こり、僕も周りに目を配る。
昨日まで臥せっていたので、体がまだ鈍っているけど。
心音はもう二、三日静養すべきだと言っていたが、それは同時に心音が首領を休むということになる。
心音を待ちわびている部下は沢山いるのだし、その部下、つまりは僕の同僚たちに、これ以上恨まれるのもイヤだ。
本調子ではないことぐらいは、目は瞑ったほうが得だろうと思って、僕はここにいる。
まぁ、でもやっぱりみんなの目は冷たかったり変な熱がこもってたりなんだけど…。
今日ぐらいは、まじめに仕事をしておいたほうが良いかな?
気絶するのも、最近やたら慣れてきたし。
「いよう、平助。 もう良いのか?」
「ギィ」
そんなことを考えているうちに、声をかけられた。
これが翔子ちゃんだったりすると、一瞬で気絶させられることになるのだが、そちらを見ると、そこにいたのは赤いマスクの人物。
「健ちゃん」
「お、やっぱり平助だったか」
当てずっぽうだったらしい。
彼は僕だということを確認すると、こちらに歩いてきた。
なぜ戦場で彼が平然と歩いてこれるかといえば、戦闘員のほとんどはすでに他の4人…主にホワイトが引き付けているからだ。
マスクをつけてるって言うのに、相変わらずすごい人気だ。
「よく僕だって分かったね」
「一人だけやたら消極的だからだよ。 アレじゃ誰でも気付くわ」
自分でも気付かないうちに、すっかり腰が引けていたらしい。
その姿を指摘されて、僕は自分の決意がどんどん揺らいでいくのを感じた。
「えーと、でも今日はちゃんと戦おうと思ってるんだけど…」
発言も、自然と自信なさげになっていく。
「そうか…」
僕が言うと、健ちゃんは考え込むポーズをとった。
健ちゃんは僕と話そうとしてたみたいだから、ちょっと悪いとは思うんだけど、周りの評判が気になるのも確かだ。
うーん、健ちゃんが顔を上げる様子が無い。
のんびりしてると戦闘も終わっちゃうし、とにかく行ってくるか。
「それじゃぁ、健ちゃん…」
「よし、分かった!」
立ち去ろうとしたところで、健ちゃんが声を上げる。
「何?」
「俺と戦おうぜ、平助。 サボってどやされるのは、俺も一緒だからな」
「いや、僕は怒られるのがイヤで、戦おうとしてるんじゃないんだけど…」
「まぁ、とりあえず利害は一致でいいだろ。 ほら、行くぞ」
僕が返答する前に、健ちゃんが拳を繰り出してきた。
僕はとっさに、それを避ける。
「うわっ! …って、アレ?」
普段なら、不意打ちでは絶対避けられないそれを、僕はかわしてしまう。
さらにもう一撃来る。
今度は腕でガード。
「アレ?」
「パワー増加装置を切ってみたから。 そんなに痛くないだろ。 」
まったくと痛くないと言うわけではないが、強化服に殴られたのに腕が痺れるだけですんでいるなんておかしい。
普段なら、どうしようがふっ飛んでいるところだ。
「い、良いの? そんなことして」
落ち着いて見れば、どの攻撃もやけに遅い。
「アレやったままだと、うまく手加減できねぇんだよ」
言いつつ、中段突き。
半身になってかわす。
「って、お前良い動きするなぁ」
「え、だって僕は改造で強化されてるし」
薬を飲まないと維持できない不良品だけど、反射神経が2倍になるのは大きい。
反射って言うのは元々、目とかが捉えた情報に、無意識に筋肉が反応する現象だそうだ。
だから、厳密にこれは反射神経のなせる業ではないと思うんだけど、パララ君に言ったら、「地球語は、よく分からねぇさ」と返された。
そうなると、二倍という数字も、かなり怪しい。
「ずるいぞお前…」
「そんなこと言われても」
健ちゃんの動きに目が慣れてきたところで、急に動きが早くなる。
「うわっ!」
思わず大きくバックステップ。
「ふっはっはっはっは、三倍界○拳だ!」
つまりは、増加値を三倍にしたらしい。
「そんな微調整が出来るの?」
「おお、無駄に豪華なんだよ、このスーツ」
だったら見た目も何とかしてくれよなぁ。 とか健ちゃんがぼやいているのを尻目に、僕はため息をついた。
「だからって、いきなりやらないでよ。 その威力じゃ、普通にあたるだけで痛いんだから」
「おぉ、悪い悪い。 まぁでも、やっぱり翔子ん家に通い詰めただけはあるな」
「その言い方、なんか誤解を生みそうだよ」
「とにかく、基本は出来てるんだよな」
健ちゃんはそう言うと、再び僕に歩み寄り、軽く胸を小突いた。
再開、のサインだろう。
僕も構える。
「そりゃ」
健ちゃんの突き。
通常速度だ。
また装置を切ったらしい。
避ける。
「健ちゃんのほうは、まだ空手やってるの?」
「おう、まだやってるぞ。 学校とかコレとか両立させてるから、試合には出なくなったけど、な!」
それを示すように、正拳突き。
手で受けとめる。
健ちゃんは、僕たちの通っていた北山道場とは別口で、実践主体の空手道場に通っていた。
まぁ、実践仕様と言う意味では、北山格闘道場が一番だろうけど。
何せ、内容が準備体操と組手だけだったし…。
「ほら、お前も手ぇだせよ」
「え、ああ、それじゃ」
肩口を狙って軽く一撃。
避けられるぐらいの速度で。
ぺちっ。
だが、僕の拳は情けない音を出して、健ちゃんの肩に当たった。
「コラ、ちゃんとやれ」
普段やる気の無い健ちゃんだが、実際に体を動かしているときには別らしい。
声にも気合が入っていた。
「うん、でも…」
「この前、心音ちゃんと翔子が戦ってるの見ただろう? お前が殴っても、このスーツならビクともしねぇよ」
「あ、そうか」
確かにこのスーツは、銃弾だろうが刀だろうが、簡単に防いでいた。
だったら、僕の拳ぐらいまったく問題ないだろうけど…。
「あんまり性に合わないんだよね。 人を殴るのって」
「道場ではどうしてたんだよ」
「翔子ちゃんには、いつも殴られてた」
「心音ちゃんは?」
「ご主人様に手を上げるわけにはいかない…。 だそうだよ」
「…他の人間は?」
「え、いないよ? 僕ら三人だけ」
言い合いながら、健ちゃんの拳をかわす。
まぁ、二人とも余裕を残しながら動いてるから、できる芸当なんだけど。
それにしても。
「少人数制にも、程があるだろ」
「うーん。 お爺様が知り合いらしくて、師匠…ああ、翔子ちゃんのお父さんに、頼んだらしいんだ」
けっこうしんどくなって来た。
マスクなんてしていると、余計だ。
「お前らを鍛えてくれって?」
「そういう、こと…」
長台詞なんて言うと、息が続かない。
「ふぅん。 金持ちは言うことが違うねぇ」
健ちゃんのほうは、平然とした様子でしゃべっている。
あのヘルメットなんて、僕のよりずっと重そうなのに。
健ちゃんの上段蹴り。
屈んでかわす。
「…け、健ちゃん?」
「ん、何だ?」
中段前蹴り。
バックステップ。
こんなときに限って、連続技だし。
「そんなの、かぶってて、呼吸辛くないの?」
「ん〜、どっちかって言うと逆だな」
踏み込んで拳底。
避けられないので、横手で払う。
「ぎゃ、逆?」
「酸素供給してくれてんだよ、この中で。 たとえ火の中水の中でも、ある程度は持つらしい」
言いつつ、逆の手で、腰の回転がよく入った正拳突き。
バシッ!
「ぐはっ」
健ちゃんの言葉に唖然としていた僕は、それをもろに食らってしまった。
「お、おい、大丈夫か?」
当たったのが、胸でよかった…。
心臓打ちなんて代物もあるけど、あの瞬間緩んでいたであろう腹筋に当てられるよりは、ずっとマシだ。
鳩尾なんて…、やめよう、マスクを付けた状態で、吐しゃ物のことなんて想像したくない。
「ん、ぐ、ハァ、ハァ…。 ちょっと休憩、させて」
急いでマスクを取って、空気を吸い込む。
「ゲホッ、ゲッ」
…みんなが戦っている所為で起こる土ぼこりで、むせた。
「あー、悪い悪い。 ちょっと調子に乗りすぎた。最近こういうのなかったからさぁ」
言いながら健ちゃんは、僕のフードを下ろし、背中をさすってくれる。
ヒーローが戦闘員の背中をさするって言うのも、かなり特異な光景なのではないだろうか?
「うん、平気だよ…。 戦うって、言ったのは、僕の方だし…」
「に、しても、お前ってトコトン避ける戦い方するんだよな。 だから体力の消費も早いんだよ」
まぁ、確かに健ちゃんの指摘は正しい。
僕は受けることより避けることに、主眼を置いて戦っている。
でも、それには理由があって…。
「いつもは、翔子ちゃんが、相手だから」
「え、翔子が相手だと、何で…」
ドガンッ!!
と、僕の背中をさすっていた手が急に離れ、代わりに風が背中を撫でていった。
そして…。
ギャーーーー!
グシャ!
ズザザザザザーーー!!
ガスッ、ガスッ、ガスガスガスガスガス!
…あぁ、一つとして僕が安心できる擬音が発生しない。
で、でも振り向かないとこの恐ろしい音は鳴り止まない気がする。
振り向く。
「あ〜ん〜た〜は〜、何〜を〜やってんのよ〜!!」
僕とは数メートル離れたところで、ひたすら朱色のスーツに蹴られ続けている、赤色のスーツ。
僕と彼らの間には、何かが引き摺られたような跡が残っている。
ひきづられたのは多分、顔の半分をその溝に埋没させている健ちゃんだ。
「…アレから察する事態は」
まず、健ちゃんが蹴り飛ばされて。
滑空しながら悲鳴を上げて。
下敷きにされたまま着地して。
サーフィンボード宜しく、乗られたまま滑走し。
今、そのままストンピングを受けていると。
「って、冷静に分析してる場合じゃない!」
なおも健ちゃんを蹴り続ける翔子ちゃんに走りより、僕は彼女の肩を掴んだ。
「しょ、翔子ちゃん!?」
「何よ!」
翔子ちゃんは一旦蹴りを止めて、こちらを見た。
マスク越しの怒気が怖い。
「それ以上やったら、健ちゃんが危ないって!」
「この服は頑丈なんだから、これぐらいで死にはしないわよ!!」
答えると、なおも蹴る。
「う、が、が、が、が、が、が!」
「い、いや、健ちゃん壊れかけなんだけど…」
僕が避け主体の戦い方になったのは、このことが原因だ。
翔子ちゃんに一回捕まったら、まず間違いなく逃げられない。
どんなにうまく防いでも、最後には殆ど転ばされる。
後は、このストンピングの餌食だ。
これも当然逃げられない。
今のところ、力も一般人並の健ちゃんでは、まず無理だ。
人がやられているところを見ると、この戦法のえげつなさ、さらにこんな戦い方を許可する彼女のお父さんの凄さも実感できる。
「大体、何であんた達が普通に戦ってるのよ!」
「お、ま、え、は、俺っ達、が、サボッ、ゴフッ、て、ると、お、こ、る、だ、ろ!」
「健ちゃんも、無理にしゃべらなくて良いから!」
…やっぱり、本気で戦わなかったのを怒っているんだろうか?
いや、僕はかなりいっぱいいっぱいだったけど。
でも、それなら僕も同罪なわけで…。
「こいつは病み上がりなの! なのに拳まで入れて!」
「は?」
「へっ?」
意外な言葉に、僕、健ちゃん共に言葉を失う。
そのリアクションに、翔子ちゃんもまた、止まった。
「な、何よ」
「僕のこと、心配してくれてたんだ」
病み上がりなんて、そんなの、自分でも忘れてた。
「はぁ、乙女だねぇ」
「な、な、な!」
「ていうか、あのタイミングで割り込んでくるってことはアレだろ。 途中から見てただろ、俺らのこと」
「ぐっ」
リアクションからして図星らしい。
分かりやすいなぁ、翔子ちゃんは。
「それなのに今まで乱入してこなかったのは何故か! 答えはただ一つ! 平助が久しぶりかつ奇跡的な珍しさで格闘しているのを見て、見惚れていたからだー!」
さっきまでの鬱憤を晴らすがごとく、物凄い早口でしゃべる健ちゃん。
指をビシッと指して、言ってやったという感じなのはいいんだけど、翔子ちゃんに踏まれたままなので、むしろ情けない。
「ていうか健ちゃん。 それは無いと思うなぁ…」
僕の動きなんて、そんな見惚れるほどのものじゃないし。
ましてや喋りながらのことだったし、そこまで凄い動きが出来たとは思えない。
「何を言う平助。 愛しい男の晴れ姿は、通常の10倍増しぐらいに感…!」
ぐしゃ。
…しゃべりかけだった健ちゃんのヘルメットに、靴の底が入った。
「ッて、翔子ちゃん!?」
「…何よ?」
加害者の翔子ちゃんは、やけに静かだ。
ヘルメットの所為で表情も分からない。
それが逆に怖い。
もう用は無いとばかりに、健ちゃんの顔から足をどける翔子ちゃん。
「バ、バイザーのところにヒビ入ってる!!」
衝撃を殺しきれなかったらしい。
普段は銃弾すらはじくそこに、白いヒビが無数に走っていた。
突けば砕けそうだ。
これって、かなりまずいんじゃないだろうか。
内部はもっと酷いことになってるんじゃ…。
あまりの惨劇に健ちゃんの言いかけたセリフも消し飛んでいる。
「う、う〜〜ん…」
と、本気で健ちゃんの安否が心配になったところで、件の人物がうめき声を上げた。
「よ、良かった健ちゃん! 生きてたんだね!」
めこっ。
僕が駆け寄ろうとしたところで、再度翔子ちゃんの踵が、健ちゃんの顔に入った。
がくっと傾く健ちゃんの頭。
「け、健ちゃーーーん!!」
「平助…」
「は、はい」
「ちょっと話があるから、来なさい」
「で、でも健ちゃんが…」
「いいから!」
言うと同時に、翔子ちゃんは僕の下ろしたフードを持って歩き出した。
引きずられて、僕は健ちゃんの元から引き離される。
殺される。
本気で思った。
「健ちゃーーーーーーん!!」
無事かどうかより、助けを求めて、僕は彼の名を叫んだ。
健ちゃんは、ピクリともしない。
「け、健ちゃ…ぐぇ、しょ、翔子ちゃん! く、く、首、絞まってる!!」
ヒーローは、死んだ。
そんなフレーズが、頭を過ぎった。