メイドさん大王

追求! 謎の密会相手!


「心音?」

いつも通りの朝の風景。

それでも、今日は何か違う…。

「…はい、なんでございましょう。ご主人様」

机の向こうに控えた心音が、無表情に返事をする。

いや、なにが違うかと言うことは、僕も分かっているだけど…。

「その、何か怒ってる?」

「いいえ、滅相もございません、ご主人様。私がご主人様に不満を持つなど、あり得ない事ですから」

…嫌味、かな。 これは。

ちなみに、心音がやたら僕をご主人様と呼ぶ時は、大体僕に対して怒っているときだ。

心音が僕に対して怒る時は、あんまり無いけど、たまにある。

そんな感じだ。

何かしたっけ、僕?

「ええと、何か言いたいことがあるなら聞くよ?その、悪い所があるなら出来るだけ、改善の努力もするし」

何故か弱気になりながら、心音に尋ねてみる。

「では一言、言わせていただきます」

やっぱり言いたいことがあるんじゃない。という言葉を、僕は寸前で飲み込んだ。

今は余計な事を言わない方が良い。

僕の本能が、そう伝えていた。

「これは、メイドとしてというより、一組織の長としてなのです…」

「珍しいね、心音が勤務外に首領としてなんて」

「でしゃばり過ぎだと御仰られるのであれば、控えますが?」

う、大王モードが入った、冷たい視線で見られた…。

…今、余計な事は言わないでおこうと決めたところなのに、つい茶々を入れてしまった。

本能が、好奇心に負けてしまった瞬間だった。

なんたって、好奇心とは猫をも殺す超兵器だ。

そんなものに、僕のだれきった本能などが勝てるはずが無い。

いや、こんな無駄な思考をするほど、珍しい事なんだって…。

「いや、良いよ。 言って」

元々心音は、勤務時間以外でポロームの話をしようとしない。

前に言っていたけど、彼女は望んでポロームの首領をやっているわけではない。

長い間、メイドとしての教育を受けてきた所為なのだろうけれど、心音は人の上に立つという事に、ひどく違和感を覚えるらしい。

僕にしてみれば、とても立派な指揮ぶりなんだけど、彼女に言わせれば不本意との事。

それなのに、心音が首領として僕に言いたいことってなんだろう?

「…基本的に私は、平助様の交友関係に口を出すつもりはありません」

「え、はぁ…」

「しかし勤務中に、婦女子といかがわしい行為は控えるべきかと」

「ぶっ!」

…何も口に含んでいなくて良かった。

心音はマナーにも気を配るのだ。

いや、言った時、ちょっと頬を染めたのが可愛かったというのは、この際置いておこう。

「な、な、ななな何言ってるのさ!!」

「昨日、匿名の戦闘員数名から、そう言った報告が数件寄せられました」

…ポロームでは、下々の意見を取り入れるための目安箱が設置されている。

多分、それに同じような事が書いてあったんだろうけど…。

「隊員番号100…つまりは平助様ですが。その団員が、事務の人間と体を寄せ合いながら、親密そうにしゃべっていたとの事でした」

「それって…」

瑪瑙ちゃんの事だ。

昨日、彼女と話していたのが報告されたらしい。

「他にも、肩に手を回していたとも、そのまま夜の街に消えたとの情報もありました」

それも歪められた形で。

いや、前半のはそれなりに当たってるけど…。確かに距離は近かったし。

「ご主人様も多感な時期ですから、色々と複雑な感情があるのは分かります…。ですが」

「って、心音も同い年でしょ」

何を理解してくれたのか、心音が一人で頷く。

心音は、だから怒ってたのか。

でも、僕が他の女の事仲良くしている事を知って不愉快になるって言うのは、もしかして、焼きも…。

「平助様は高月家の御当主です。どうか、それを意識した行動を、心がけてください」

しかし、続いた彼女の言葉は、僕の都合の良い妄想を打ち砕いた。

「高月家当主として…ね」

当たり前だ。 彼女は高月家のメイドである。

彼女が僕に望む事とは、つまり立派なご主人様である事。

この前、健ちゃんに対して、自分で言ったことだ。

彼女が僕の世話をしてくれるのは、僕が高月と言う姓を持った人間だから。

変な思い違いは控えなければいけない。

この長い机で阻まれた距離が、僕と彼女の正しい位置関係だ。

「それで、ですが」

「まだ何かあるの?」

落ち込んでいた僕の思考を、心音の言葉が遮った。

直前までの考えの所為で、僕はつい、失礼な返し方をしてしまう。

いつもと違う僕の態度に、心音が一瞬たじろいだ気がしたが、一拍置いた彼女は、そのまま言葉を続けた。

「これが一番重要なことです。密会の相手は、どこの女ですか?」

彼女の脳内では、既に僕は密会しているという事になっているらしい。

もうちょっと、ご主人様を信頼して欲しいとか思うんだけど…。

「えぇと、何でそれが一番重要なことなの?」

大体、密会じゃないにしても、心音に彼女の名前を言うわけには、いかないのだ。

瑪瑙ちゃんがポロームで働いている事は、翔子ちゃんも心音も知らない。

知っているのは僕だけだ。

何故わざわざ敵に組織で働いているのかは知らない。

だけど、敵の一人が内部に紛れ込んでいると知ったら、心音だって放っておかないだろう。

「もちろん、厳重に注意するためです。そしてもし、平助様を誑かそうなどと考えているようでしたら、然るべき処置を施します」

うわっ、余計言えない!

「いやぁ、しなくて良いんじゃないかな、そんな事。僕も今度から気をつけるから、今回はそれで…」

「相手を庇う平助様のお心には胸を打たれますが、罪は罪です。罰を与えねば、悪の秘密組織としての体裁が保てません」

「えっと、なんかもう罰を与える方向に、話が進んでるような気がするんだけど」

大体、それなら僕も同罪なのでは?

そう心で思いながらも、口には出さない僕の姑息さ。

「平助様」

「は、はい」

自分のせこい考えが見破られた気になって、思わず体を強張らせてしまう。

「それで、相手は何者なのですか?」

「えっと…、言えない」

僕が答えると、心音の眉がピクリと動いた。

「何故ですか?」

「それも…秘密」

「どうしてもですか?」

「うん…」

僕が答えるたびに、心音の表情が厳しくなっていく。

それでもやはり、話すことは出来なかった。

絶対話さないと、瑪瑙ちゃんには約束してしまったし…。

「…分かりました」

短い沈黙の後、心音は息をはいた。

先程の厳しい表情から一転。

諦めに似た表情になる。

「…申し訳ありません。メイド風情が行き過ぎた行動でした」

さらに目を伏せて、悲しそうな表情へ。

うぅ、罪悪感がうずく…。

「その、心音。 ごめん…」

だからと言って、話すわけにも行かない僕は、謝ることしか出来なかった。

僕の言葉を聞くと、心音は首を横に振る。

「いいえ、平助様が謝る必要など、全くありません」

「でも…」

「それよりも、出勤の時間です。お急ぎになった方が、よろしいのではないでしょうか?」

時計を見ると、本当に時間が来ていた。

釈然としないままで、仕方なく席を立つ。

ドアの横に立つ心音に声をかけた。

「じゃぁ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいませ」

僕の言葉に、心音がいつも通り頭を下げる。

彼女を気にしながらも、僕はドアを閉めてポロームへと向かった。

「いけませんね、公私混同は…」

だから僕は、彼女のこの言葉を知らない。

 

「はぁ…」

今日も出撃だ。

最近やたら多いなぁ。

それだけ、心音が頑張ってくれているということなのだろう。

まぁ、それだけポロームが悪事を働いてるってことでもあるのだから、喜べはしないんだけど…。

周りを見まわす。

他の人達は既に戦闘に入っていた。

健ちゃんも、今日は大盛況のようで、話は出来そうもない。

「…どうしようかなぁ?」

レッドマンのメンバーはみんな知り合いだし、殴られれば痛いし。

出来れば戦いたくない。

健ちゃんなら手加減してくれそうだが、この混乱の中じゃ、僕は見分けられないだろう。

翔子ちゃんなんて、見つかったら余計に殴られそうだ。

「あ…」

混乱の中を緊張感も持たずにふらふら歩いていると、ふと、人気のない個所を見つけた。

そこにぽつんと立っている、緑と赤のまだら模様。

「瑪瑙ちゃん」

「先輩…ですか?」

レッドグリーン。 瑪瑙ちゃんの変身姿だ。

彼女がやたら大人しい上、この怪しい色の所為で、いつも戦闘員が寄ってこないようだ。

今日も、一人のようだった。

「こ、こんにちわ」

「うん、こんにちわ…」

朝の会話の所為で、何となく気まずい。

さすがに、彼女がポロームに勤務していると勘付く人間はいないだろうと思いながらも、距離を置いたほうが良いような気分も、僕の中にある。

「先輩も、お一人ですか?」

「うん、一応…」

「あ、あの、それなら、私の相手をしてもらえませんか?」

「え、あ、うーん…」

返事を濁す。

確かに、戦闘員が一人でふらふらしていると言うのも、体裁が悪い。

でも、さっきの心音の言葉が、あの悲しそうな表情と一緒に思い出されて、彼女の提案を躊躇わせた。

世間体云々と言うよりも、僕の気恥ずかしさが、それを良しとしないのだ。

いや、それ以前に殴られたら痛いだろうという思考もあるんだけど。

「…ダメ、ですよね。そうですよね、私なんかじゃ…」

「いや、そんな事ないよ!よし、さっそくやろうか!!」

だが、頭の中ではそんな風に反対票を集めながら、現実にそう言われてしまえば、こんな風に調子よく答えてしまうのが、僕という人間だ。

「本当に良いんですか?」

「うん、もちろん…」

きっと、僕の体の中は、こういう条件反射が絶対王政を敷いているに違いない…。

「よ、よろしくお願いします」

「あ、ハイ、よろしく…」

瑪瑙ちゃんにつられて、僕もお合わせて辞儀をしてしまう。

なんか、戦いづらくなってしまった。

照れ笑いを浮かべる。

ヘルメットで分からないが、多分瑪瑙ちゃんもそんな顔をしていると思われた。

「何よろしくやってんのよ!!」

が、突然叫び声と共に、その和やかな雰囲気は、呆気なく終わりを告げた。

どがっ!

背後から殴られることによって、僕はそれを痛みと共に実感する。

二発目を防ぐために、頭を押さえながら振り向くと、そこには朱色のスーツが…。

「翔子ちゃん。 それ、言葉の意味が違う…」

「うるさいわね!敵のクセに何うちの後輩に手ぇ出してんのよ!」

「て、手なんて出してないよ」

なんか、ここでも密告された内容が頭を過ぎる。

あぁ…、やっぱりそう見えるのかなぁ?

「だぁ!もう手でも足でも触手でも何でも伸ばすの禁止!ほら、瑪瑙もとっととそいつを殴る、蹴る、殺す!!」

…ヒーローが殺すとか言って、良いのかなぁ?

「え、あ、う、でも…」

「良いから、早く倒しなさいよ!」

「え……、押し倒しちゃって、良いんですか?」

瑪瑙ちゃんがその時言った言葉に、一瞬全ての戦いが止まった。

「…」

「…」

僕と翔子ちゃんも、仮面とヘルメット越しに、顔を見合わせてしまう。

「許可する」

やたら聞き覚えのある声が、一団の中から聞こえた。

「ちょっ、今の健ちゃんでしょ!何言ってるの!?」

「あ、あの、先輩。私、上手く出来ないかもしれないけど、頑張ります…」

「って、瑪瑙ちゃんも何言ってるの!?」

「平助ぇ〜、あんたやっぱり触手伸ばしてるじゃないの!」

「翔子ちゃんまで!?僕に触手なんてないから!いや、それよりその指鳴らすのとか、手首ほぐすのとか止めようよ!!」

周りの戦闘員さん達の目はと言えば。

「ギィ〜」

やっぱりあいつか。

という感じの非常に冷たいものだった。

「誤解だって!」

「うっさい、潔く地獄の門を叩いてこい!!」

叫びと共に、必殺の拳が叩きこまれ、僕はその後、誰も居ないこの場所で目を覚ますことになった。

とりあえず天国に門はなく、結構簡単に逝ってしまえるものだったと、ここに記しておこう。


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