メイドさん大王
目撃! 下っぱの過去と浮気現場!
心音と翔子ちゃんの戦いは、あの後3時間ほど続いた。
決着の方はつかずじまい。
片方が片方を攻撃するのに、3分以上かかるような状態になったところで、とりあえずの休戦協定が結ばれたのだ。
まぁ、とりあえずなんだけど…。
「申し訳ありません、平助様。 私が至らぬばかりに、またしてもあの女を懲らしめる事が出来ませんでした」
翌朝、僕に食事を持ってきた心音は、深深と頭を下げた。
「い、いや、謝る事なんてないよ! …それより、体の方は大丈夫なの?」
…本当のことを言えば、心音と翔子ちゃんに喧嘩をして欲しい訳はない。
小さい頃から殴られっぱなしだけど、翔子ちゃんは大切な友達だし、心音に至っては、いくら感謝しても足りないぐらいお世話になっている。
それに、こうも思う。
「はい、大した外傷はありません。 不甲斐のない私には、勿体無いお言葉でございます」
僕と心音は、形式的だけどご主人様とメイドだ。
彼女は同い年の僕に、当たり前のように頭を下げる。
当たり前のように、自分を下に置く。
最近は下っぱと大王なんて、おかしな関係まで出来上がってしまったけれど、どちらにしろ対等な関係ではない。
家では僕の世話をして、外では首領として敬われる。
だからこそ、僕は思うのだ。
翔子ちゃんみたいに心音と対等に付き合ってくれる人が、彼女と仲良くなってくれれば良いのにと。
ぼくは翔子ちゃんに、僕ではなれない心音の友達になってもらいたいのだ。
「しかし、次はそうはいきません」
そう思うのだけれど…。
「次は対戦車ミサイルを用います。 アレを使えば、さすがにあの女も粉微塵でしょう」
「ほ、程々にね」
冷静な顔でそんなことを言う心音に、僕は曖昧な返事しか出来なかった。
この考えが現実のものになるよりも、心音が核爆弾でも持ち出す方が早いのではなかろうか。
食器を置いて、いつもの控え位置に戻る心音を見ながら、僕はそんな不安を覚えてしまった。
「友達、友達…」
朝の想像が強迫観念になっている訳ではないのだけれど、ポロームに来てからも、僕はそのことを考えつづけていた。
翔子ちゃんと心音が仲良くなるには、まだ時間がかかりそうだ。
なら、とりあえず友達になれそうな人を、僕が紹介するのはどうだろう?
「とは、言ってもなぁ」
周りを見まわす。
そこにいるのは、どこを見ても黒、黒、黒、黒黒黒の人々。
二十畳ぐらい、というか二十畳敷き詰められた畳の上は、その倍の数ほどの戦闘員で埋め尽くされている。
でもまぁ、それもそのはず。
ここはポローム秘密基地にある一室。
戦闘員達の詰め所である。
雑務や戦闘が無い人達は、ここで待機することになっている。
全員の暗黙の了解として、怪人さん達上司がいない場合は、ここでは普通にしゃべる事が決まっており、ほとんどの人間が、仮面もはずしている。
実際、僕も今仮面をはずし、タイツのフードを下ろし、くつろいでいた。
「ここにいる人達は、無理だし…」
確かに、ここには心音を愛する人が集まってはいるんだけど、それはやっぱり友達とは違う。
「…大体この中に、僕の友達なんて居ないし」
首領をメイドとして使うわ、敵と和んでるわ。
そんな人間と、積極的に仲良くしたい人間が居るはずは無い。
職場の人間関係が上手く行かないというのは、人が会社を辞める理由の第一位なんだけど、僕の場合は辞める訳にもいかない訳で、辛いところだ。
「…あ、あの、高月先輩」
ふと、脇道にそれた事を悩んでいる僕に、声がかけられた。
苗字で呼ばれるなんて久しぶりだななんて、考えてもみる。
「ん?」
顔を上げると、そこにはのっぺりとした仮面があった。
僕もいつもつけている、ポロームの下っぱ用のものだ。
体のほうも、僕達と同じ、黒い全身タイツで覆われている。
ただし、彼女の場合は、腰にスカートが巻かれていた。
一応、女性用の配慮らしい。
昔のバラエティー番組で、こういう格好をした女の人が人文字を作っていたのを思い出す。
「お、お茶を淹れたので、その、よろしかったらどうぞ…」
その仮面の奥から、ぼそぼそと声が聞こえてくる。
そして、その手にはお盆に乗せられたお茶が二つ。
一方を、おずおずといった様子で僕に渡す。
「ん、ありがとう」
お礼を言ってお茶を受け取ると、彼女はそれを渡した倍の早さで、手を引っ込めた。
まぁ、いつもこの調子だから、僕も気に留めない。
お茶を一口飲んで、老人のように息をつく。
「うん、たまにはお茶も良いね」
いつも心音が淹れてくれる紅茶も美味しいけど、これも中々だ。
顔を上げて彼女を見ると、居心地が悪そうに立っているだけだった。
もじもじという文字を体現しているような、見事なもじ子っぷりだ。
「あっ、どうぞ座って」
普通の人が見たらトイレとかかと思うだろうけど、とりあえず僕は経験則から、彼女がしたい事を察した。
「は、はい、すみません、失礼します…。 あの、すみません」
僕に2度も謝ってから、彼女は僕の隣に座った。
なんて言うか、控え目すぎる態度だ。
言われている僕も謝り返したくなる。
「あのさ…って、わぁ!」
彼女の方を見ようとして、横に顔を向けると、やたらその顔が近くにあった。
思わず大きい声を出してしまった僕に、彼女の肩がビクリと震える。
「え、あの、その、すみません! …それで私、何をしたんでしょうか?」
「いや、別に何もしてない…よ、うん」
よく見れば、太股も付きそうなぐらい、密着している。
控え目な態度なのに、行動がやたら大胆だ。
言動を見る限り、わざとではないと思うんだけど。
天然、なんだろうか?
不快感は無いけど、ちょっと気まずさを感じる。
が、彼女は僕の気持ちにも気付かず、それでもやはりギクシャクとお茶を啜ろうとしていた。
「って、仮面つけたままじゃ、お茶は飲めないでしょ」
そこで、ふと気付いた僕は、彼女の行動を止めた。
…あのまま放って置いたらどうなったかも、興味はあったけど。
「え、あ、その、すみません、ごめんなさい、ありがとうございます!」
「いや、謝りすぎ」
「すみません、高月先輩!」
「…」
僕の指摘を受けて、こぼしそうな勢いでお茶を置き、慌てて仮面に手をかける彼女。
仮面の奥から出てきた顔は、とりあえず世の中全体から見ても、十分可愛い部類に入る顔だった。
表情が暗いから、ちょっと分かりづらいけど、目も大きいし、顔のバランスだって悪くない。
フードを取ると現れる日本人形のような黒髪が合わされば、誰だって分かってくれるはずだ。
「それにしても、まだ先輩って呼ぶんだね」
「え、その、だって、先輩は先輩ですし…」
彼女、谷田貝瑪瑙(やたがいめのう)ちゃんは、中学生の時の後輩。
正確には、翔子ちゃんが所属していた部活の後輩で、彼女にいつも付き添っていたので、僕も知り合いになった。
ただし、翔子ちゃんが瑪瑙ちゃんといる理由というのは、「平助みたいに、はっきりしなくてむかつく」と言うものだったらしい。
僕はここまで重症じゃないと思うんだけど…。
ともかく、それによって、僕と彼女は翔子ちゃんの教育を一緒に受けた仲になった。
今年の四月からは、また翔子ちゃん達と同じ学校に通って、教育される予定らしい。
「まぁ、僕の方は、学校に行ってないけどね」
「でも、その、ポロームでは先輩ですし…」
彼女がここに入ったのは、今から二ヶ月ぐらい前のこと。
ただし事務員としてなので、薬物による強化はされていない。
「バイトの募集…だったっけ?」
「あの、はい…」
ポロームは秘密組織だ。
が、バイトも受け付ける開けた秘密組織でもある。
いや、その時点で秘密でもなんでも無いということは、僕も承知しているけど。
まぁ、基本的に募集しているのは、事務員だけ。
彼らは給料もそれなりだが、代わりに薬物によるの強化もされない。
事前調査なんかも厳しく受けて、合格率は戦闘員よりずっと低いぐらいだ。
だがこれは、心音が新首領になった後で出来た制度で、パララ君達がトップにいた時は無かった。
「バイト、いい時代になったよね」
「え、な、何がですか?」
「ん、僕の時は拉致だったから」
で、昔のポロームがどうやって戦闘員を補充していたかといえば、定期的にうたないと死んでしまう薬物の特性が示すとおりだ。
つまり、とりあえず適当な人間を拉致して、改造して、脅して働かせるというものだった。
「酷いですね…それは」
この話を知らなかったのか、瑪瑙ちゃんは珍しく強い口調で言った。
「あー、でもあの頃はパララ君達も、地球人のことがよく分かってなかったんだよ」
「でも…」
「パララ君もポルルちゃんも、反省してるし。 あんまり責めないであげて」
それでなくとも、隊員達の彼らへの風当たりは強い。
一応選別には住所不定の人間。 つまりはホームレスなんかを狙って、さらっていたらしいけど、だからっていきなり改造されるのは誰だっていやだ。
でも、心音にそう説教されて以来、彼らも自分のしたことを後悔して、組織の為に裏方に徹している。
「その、じゃぁ、あの、高月先輩は…憎くないんですか?」
「食い下がるね」
「う、あ、その、すみません…」
指摘されて、瑪瑙ちゃんは急に勢いを無くす。 僕はそれに苦笑してから答えた。
「あの時の僕は、そのまま放っておかれたら死んでたしね」
「え?」
「ほら、ちょうど家がなくなった時だったんだ。 で、食べ物に困ってる時に拾われたの」
家が差し押さえられて、他の使用人さんなんかにお金を渡すと、僕の家…というか僕の財産はほとんど0になった。
そして、頑張れば何とか生活が出来たかもしれないけど、僕は路上で生活をすることにした。
心音は家が無くなっても尽くすと言ってくれたけど、それが逆に辛かったのだ。
これ以上苦労はかけたくなかったし、同い年の女の子に養ってもらうっていうのも、無け無しのプライドに響いた。
それで僕は、彼女から逃げ出すように、こっそりと間借りしていた家を出た。
家には、ベタベタな「探さないでクダサイ」の手紙と、心音への感謝状。
世の中にはホームレスなんて沢山いるんだからと、路上生活を舐めていた節もある。
しかし、人生は意外に厳しかった。
心音がいなくなって始めて、僕はそれを知った。
初めて外で夜を明かした日に、僕は風邪を引き、そのまま倒れた。
自分でも情けないと思うけど、そのまま餓死しかけた時だ、パララ君が僕を見つけたのは。
僕は、朦朧とした意識で改造手術を受け、ポロームの一員となった。
「…あの、その、大変だったん…ですね」
「う〜ん、まぁ、苦労したのは拾われるまでだし。 パララ君達も、僕には優しかったしね」
彼らは僕とはよく話したし、いろんな事情も話してくれた。
友達がいなかった僕にとっても、それは嬉しい事だったが。
まぁ、その所為で戦闘員の友達は出来なかったんだけど…。
「え、な、何でですか?」
「行き倒れた所を、直接拾われたのが良かったんじゃない? はじめて愛着が沸いた地球人だって、パララ君も言ってたし」
「はぁ…」
要するに、犬とかと同じだ。
自分で世話をすれば、愛着も沸く。
そして、僕を「飼う」ことで、彼らも地球人について、ちょっと分かってくれたんだと思う。
心音が来る少し前には、今のやり方について色々悩み出していたのを、僕は目にしていた。
「あの、それじゃぁ、心音様とは……」
「ん、ああ、彼女はね」
ポロームの組員である以上、しょうがない事なんだけど、彼女も心音の事は様付けで呼ぶ。
この調子じゃ、頼もうとしていた事は無理かななんて、ため息をついてみる。
「あ、その、あの、話しにくい事だったら良いです、すみません」
「いや、そう言うわけじゃないん…」
ピピピピピピピ!!
が、僕が弁明しようとした所で、いきなり電子音が鳴った。
その音に、瑪瑙ちゃんがスカートの脇を探る。
「あ、すいません、その、私です。 ごめんなさい」
周りに謝りながら、瑪瑙ちゃんがその中から取り出したのは、携帯電話だ。
…女子の制服は、あんな所にポケットがついてるのか。
なんかずるいなぁ。
「って、音の元はそれ?」
「は、はい、すみません」
「なんか、着メロとかないんだ?」
まぁ、描写しやすくて楽だけど。
「その、お仕事用なので…、すみません」
「って、事は、翔子ちゃんから?」
「は、はい」
僕に答えると、瑪瑙ちゃんは立ちあがった。
そうか、彼女の方は、また出撃なのか。
昨日出たばかりなのに、忙しいんだな。
でも、この娘の立場なら、翔子ちゃんと近いし、心音のことも良く分かってる。
…もしかしたら、大丈夫かもしれない。
そう思い直した僕は、話の途中で行ってしまうことを10回ぐらい謝ろうとした彼女を制して、言ってみた。
「あのさ、瑪瑙ちゃん」
「は、はい?」
「心音の友達になってくれないかな? その、良かったらだけど」
今日ずっと考えていたことだ。
僕が言うと、彼女は物凄く困った顔になり、一瞬、動きが止まった。
その後僕に向き直り、おずおずと切り出す。
「え、い、あ、それは…、無理だと思います。 私、心音様の部下ですし…。 翔子先輩に怒られますし…」
「…働いてるのがバレただけで、怒られると思うけどね」
何しろ、あんな激しい争いを繰り広げるぐらいの二人だし。
「あ、やっ、言わないでください!」
「大丈夫、そんなつもりは無いよ」
慌てふためく瑪瑙ちゃんがおかしくて、笑いながら言ってやると、彼女も控え目に笑った。
そしてその後、真顔になる。
「それに、その、私は……ライバル、ですから」
「へっ?」
「あ、あの、その、敵対勢力って言う意味です! ごめんなさい、すみません、ごめんなさい!」
いつにも増して、大慌てで僕にはわからないことを弁解する瑪瑙ちゃん。
…ライバルって、他に何か意味があったっけ?
「まぁ、じゃ、仕事、頑張り過ぎないように頑張ってきて」
いくら何でも、同僚が殴られる仕事を応援するのはまずい。
彼女にそう行ってヒラヒラと手を振ると、嬉しそうに頷いてくれた。
「はい、ありがとうございます。 …それに、あんな話までしてくれて、嬉しかったです」
そう言うと、瑪瑙ちゃんは逃げるように部屋から出ていった。
「…そうだよなぁ、だって彼女、ヒーローだもん」
彼女の名前は、谷田貝瑪瑙。
ポロームの事務員であり、赤色戦隊レッドマンの、レッドグリーンである。
その日、ポロームの首領、双宮心音に「ある下っ端戦闘員が仕事中にイチャついていた」との、匿名の報告がなされたのは、また別の話である。