メイドさん大王

出陣! FAメイドさん大王!


「とうとうこの日が来たのね」

五人組の中心。

リーダーが陣取る位置で、レッドマンイエローが呟いた。

レッドマンのコンセプトは平等。

だから、別にイエローが中心になろうと、何も問題はないのだ。

「今日、ここで決着をつけるわ! あんたを倒して、この組織を壊滅させてやる!」

そして彼女は、対面している組織。

つまりは僕達に向かって、指を突きつけた。

いや、彼女がさしているのは、何十人といる黒い集団の中で、唯一異色を放つ、ただ一人だ。

「…まったく、相変わらず五月蝿い女ですね」

僕らの首領、双宮心音。

相変わらずのメイド服だ。

彼女はイエロー、北山翔子の宣言を静かに受け流すと、冷たい目で彼女を見た。

僕が普段接する時とはまったく違う、刃物のように、ちらつかせるだけで相手を威圧する視線だ。

「正義気取りの小娘が、私とご主人様の道を阻もうなどと、不届き極まりありません」

「あんただって、同い年でしょう! 大体、二言目には平助平助言って、あんたには自分の意志って奴が無いの!?」

が、そんな心音の視線にもまったく臆することなく、翔子ちゃんは言い返す。

「私の行動は、全て平助様のためにあります」

心音は静かにそう言い切ると、手をゆっくりと前に出し、隊全体に突撃準備の合図を送った。

話は終わり。

と、言うことなのだろう。

その動きに、何か言いかけた翔子ちゃんも、他の四人と同時に戦闘態勢に入る。

「全部隊、突撃」

「ギィーーーー!!」

「来なさいよ!」

心音の命令と共に、戦闘員たちが黒い塊となって一斉に飛び出し、それが開戦の合図となった。

僕も、周りに混じって突撃…。

「平助様」

と、そのタイミングに、心音に呼びとめられた。

思わず振り返る。

「平助様が直接手を下す必要はありません。 どうか、後方で見守っていてください」

「ギィ…」

いや、手を下すって言うか、いつも負けてるんだけど…。

「心配には及びません。 あの女は、私がきっちりと懲らしめてまいりますから」

先程の冷たい表情とは打って変わって、いつものような柔らかい微笑を浮かべ、心音が微笑んだ。

「ギィ」

しかし、何か僕のうめきの意味が、分かって貰えてないのではないだろうかと心配して、もう一度言葉を重ねてみる。

「…そうですね。 確かに今の時間、私達は組織の首領とその部下です」

良かった、今のは伝わってくれたようだ。

本来なら、戦うなんて積極的にしたくないけど、さすがに心音まで戦う時に僕が後ろで見ているなんて、良い気持ちがしない。

でも、僕の抗議に、心音は顔を引き締めた。

「では、首領としての命令です。 ご主人様、貴方は後方で待機していなさい」

そして、大王の顔になった心音が、僕にそう、命令する。

その表情と、初めて自分に向けられた口調に、僕は固まってしまった。

「…申し訳ありません」

心音は僕に一礼すると、既に土煙の立つ戦いの場へ、駆けて行った。

「心音…」

取り残された僕は、立ち尽くすだけ。

その肩に、不意に手が置かれた。

「ああまで言われたら、しょうがないだろ。 待つしかないさ」

「健ちゃん…」

振り向くと、そこにいたのは赤色のスーツを着た男…。

健ちゃんだった。

何時の間にか、僕達の後ろに回っていたらしい。

「さぁ、俺達は見守ろうぜ。 あの二人の戦いの行方を…」

健ちゃんはマスクを取ると、僕に微笑む。

苦りが適度に混ざった、とても寂しげな微笑だ。

そして、彼はそれ以上何も言わず、争いの中心に背を向け、遠ざかっていった。

その背中がまた、哀愁を誘う。

「…って、いや、健ちゃんは戦おうよ」

僕の言葉は、完全に無視された。

 

「でりゃあぁぁぁ!!」

心音に向けて、翔子ちゃんの右拳が飛ぶ。

が、その体を乗せた突進は、身を呈した戦闘員に阻まれた。

「邪魔よ!」

拳をくらって気絶する戦闘員を、そのままの勢いで引き倒すと、彼女は再度、心音に肉薄しようとする。

が、既に心音は、他の戦闘員の影に隠れて、翔子ちゃんの真横に回り込んでいた。

「無駄が多い」

そして、何時の間にか持っていた拳銃を、続けざまに4発放つ。

一流のヒットマンもかくやと言う連射だ。

「だから、そんなものが効く訳無いでしょうがぁ!」

が、翔子ちゃんのスーツはそれを物ともせず、硬質な音を立てて弾いた。

どうやらアレは、防弾性能もとんでもなく高いらしい。

そして、方向転換と共に腕を振り回すようなフックを撃つ。

それを心音は、身を屈める事でかわした。

風圧で、心音の髪が揺れる。

「まだまだぁ!」

だが、それに合わせて、翔子ちゃんも一緒にしゃがむ。

そこから、体をコンパスのように回転させて、足払いを放った。

水面蹴りだ。

が、それもやはり、心音は跳ぶ事で避けた。

「ふ、浮いたわね!」

その行動を読んでいたのか、翔子ちゃんは足を広げた状態で大地を踏みしめると、伸び上がるように掌底を突き出す。

宙に浮いた心音に回避の手段は無い、と、思われたが…。

パパパパパパパパパ!!

立て続けに銃声が鳴る。

先程鳴った金属のぶつかる音がして、翔子ちゃんがバランスを崩す。

軌道のずれた掌底を、心音が体をずらしてかわす。

そして、心音はバックステップをして、翔子ちゃんと距離を取った。

彼女の手に握られた拳銃は、何時の間にか二本に増えている。

「…今の、どうなったの?」

強化された動体視力でも、状況を追いきれなかった僕は、隣に助けを求める。

「んあ〜、俺にもよく分からん」

が、帰ってきたのはやる気の無い返事。

僕同様、既にマスクを取った健ちゃんは、あぐらを掻いてあくびまでする始末であり、あの戦いを真面目に見ていたとは思えなかった。

「えーとですねぇ。 今のは、心音さんが銃を撃って、翔子お姉ちゃんの態勢を崩したんですよ」

代わりに、健ちゃんの更に横の人物が答えた。

「そ、それは何となく分かる…」

「凄いんですよ、今の射撃。 ただでさえ早い連射なのに、視界を奪う為に目に2発、態勢を崩す為に足首に6発。全部正確に撃ちましたから」

「それを把握できてる君も、十分凄いと思うけど…」

健ちゃんと同じデザインで、紫のスーツ。

丸く大きい潤んだ瞳とか、水分たっぷりの柔らかそうな頬とか、肩まで伸びた髪とか、どう見てもその手のお兄さんなら涎モノの、美幼女にしか見えないのだけれど、実際は男の子である。

その手のお姉さんには大人気だ。

「こいつは、戦闘オタクだからな。 格闘然り、銃器然り」

「そうなの?」

「はいっ!」

満面の笑みで頷かれてしまった…。

赤星悠二君。 健ちゃんの弟で、小学三年生だ。

ちなみに、他のレッドマンの面々は、それぞれ真面目に戦っている。

「筋力を強化されてるとはいえ、体重自体はそんなに変わりませんから。伸びたあの姿勢で、足を正確に狙われたら、態勢は崩れますよ」

「ふぅん」

その幼い顔に似合わない勢いで、悠二君は喋りつづける。

どうやら、本当にそう言うのが好きみたいだ。

「心音ちゃんって、なんであんな動きが出来るんだ?」

健ちゃんがそこで、ごく自然な疑問を挟んだ。

そりゃぁ、一般人だと思っていた心音が、互角にスーツを着た翔子ちゃんと渡りあっているのだから、驚かない方がおかしい。

むしろ、こんな風に平然と尋ねられる健ちゃんはおかしい。

「…心音って、昔は格闘術を習ってたし」

「それは知ってる。 翔子と一緒にだろ? つーか、翔子の家で」

「うん、そう。 僕も一緒だったけどね」

昔、家の近所に「北山格闘道場」という、怪しげな道場があった。

流派はと聞くと首を傾げ、目的はと聞くと、相手に百連コンボを決める事だと本気で言う人が、そこの道場主。

翔子ちゃんの父親だ。

英才教育の一環とやらで、幼稚園の時から、僕はそこに通わされ、心音も一緒についてきた。

翔子ちゃんと出会ったのは、その道場での事である。

いや、幼稚園も一緒だったのだが、お互いを認識したと言う意味では、そこが初めて。

そこで、心音と翔子ちゃんも当然お互いを認識しあって…。

「会って三日で喧嘩したんだよね、あの二人」

「長い喧嘩だなぁ」

「いや、もう既に喧嘩の域を出てる気もするんだけど…」

また、二人の方に視線を戻す。

「ちょこまか動くな!」

「突進しか知らない猪が言うセリフでは、ありませんね!」

罵りながら距離を詰める翔子ちゃんに対して、心音も語気を強めた。

そして、視線は彼女を見つめながら、後ろに手を伸ばす。

「短機関銃」

「ギィ!」

そこには、戦闘員が待機しており、命令された戦闘員は、心音に短機関銃、つまりはサブマシンガンを渡した。

それを受け取った心音は、流れるような動作でセーフティーを解除。

何の躊躇いも無く、その全弾を翔子ちゃんに向けて撃ちこむ。

バララララララララララ!!

マシンガントークという言葉があるように、この手の銃の銃弾は、途切れる事を知らない。

その弾幕の厚さに、さすがの翔子ちゃんも、突進の勢いを緩め、顔を防御した。

それでも、じりじりと前進するのはさすがだ。

「…バズーカ」

「ギィ!」

心音が余った手を、先程のように後ろに向けると、今度はゴツイ筒のようなものが渡される。

心音はマシンガンを放り投げると、それを受け取って片膝をついた。

「うげ!」

翔子ちゃんは弾幕の合間を縫って前進しようとしていたが、さすがにその筒を見て、呻き声を上げる。

「死になさい」

無慈悲にもバズーカは発射され、翔子ちゃんに着弾した。

同時に爆発。

彼女の体は、そのまま勢い良く吹き飛ばされた。

やっぱり、体重が変わらなければ、あの風圧には耐えられないのだろう。

「グレネードランチャー、二本」

しかし、そこで心音は攻撃の手を休める事も無く、更なる武器を要求する。

さすがの戦闘員たちも、一瞬戸惑ったが、命令通りにグレネードランチャーを二本渡す。

心音はそれらをそれぞれ両脇に抱えると、躊躇無く発射した。

更に爆発。

映画にでも使えそうな派手さだ。

爆炎に包まれた翔子ちゃんの姿が見えなくなる。

それでも心音は、続いて二発三発と続けざまに発射していく。

「…あれも、道場で習ったのか?」

その容赦無い攻撃を見て、さすがの健ちゃんも笑顔が引きつり気味になっていた。

「チャンスが来たら、徹底的に相手を殲滅するっていう思想はそうだけど…」

「そうじゃなくて、兄さんが言ってるのは銃器の扱いの事ですよ」

「おう、そっちの事だ」

弟のフォローに、健ちゃんは鷹揚に頷いた。

「アレは…サバイバル演習で覚えたんだ。 僕と一緒に」

「それも、英才教育の一環で?」

「うん…」

「お金持ちって、大変なんですねぇ」

「まぁ、僕の家はちょっと特殊だったから…」

前に言った通り、僕の家は昔、ちょっとした名家だった。

で、そこのしきたりで、当主は心身ともに頑強でなくてはならないという、根性論で出来た決まりがあって…。

「勉強も運動も、一通りやらされたよ。 ただ、そういうのでドンドン凄くなっていったのは、心音だけだけど」

「平助の方は、相変わらずダメ人間だと」

「うん、まぁ、その通り…」

確かにそうなんだけど、こうきっぱり言われると、どうしても落ち込む。

僕がしょんぼりとしている間に、心音によってもたらされた煙が晴れてきた。

その中の状況を、全員が注視する。

「何すんのよ! めちゃめちゃ痛かったじゃない!」

そこには、めちゃめちゃ元気そうな翔子ちゃんがいた。

「良かった…とりあえず大丈夫そうだね」

「マジで凄いな、このスーツ」

「うん、衝撃吸収力も、並じゃないみたいだねー」

健ちゃん達が自らのスーツを摘みながら、感慨深く呟いた。

翔子ちゃんの無事より、そちらの方が重要なように見えるのは、僕の思い違いだろうか?

「ちっ」

心音が舌打ちをする。

どうにも、彼女は戦闘になると性格が変わっている気がする。

「あんなの食らって、死んだらどうすんのよ!」

翔子ちゃんが、荒荒しくヘルメットを脱ぐ。

現れた顔には、汗が伝っている。

どうやら、相当熱かったようだ。

いや、熱い程度で済んでいるのだから、あのスーツは本当に凄いと思うのだけど。

「無傷な人間が言う科白ですか」

翔子ちゃんの暴言に、心音が呆れたようにため息をつく。

「いや、翔子ちゃんの拳だって、当たればただでは済まないと思うんだけど…」

て言うか、アレがまともに当たったら、死ぬ。

この前僕が蹴られたときは、手加減をしてくれていたみたいだけど。

「あたしが本気で殴ったらどうなるか、試して欲しいの? 平助」

僕の呟きに、翔子ちゃんがこちらを向いて凶悪な笑みを見せた。

「……あのスーツって、聴覚も強化されるの?」

「えっ、音波兵器に弱くなるから、そういう装備はありませんよ」

「っていうか、自家製の地獄耳だろ。 ヘルメット脱いでるし」

「誰が地獄耳よ! 待ってなさい、すぐあんたも殴りに行くから!」

が、その言葉を聞いて、心音が翔子ちゃんに突進していった。

手には、日本刀。

「平助様には、指一本触れさせません!」

その刀を、翔子ちゃんは危うく手に持っているヘルメットで受け止めた。

「小さい時から同じことばっかり言って! 他に言う事無いの!?」

「貴方が十数年前から、平助様にちょっかいを出すから、私も同じことを言わざるおえないんですよ!!」

「口の減らないっ!」

刀を持つ心音に対して、翔子ちゃんがヘルメットで対抗し、2合、3合と打ち合う。

「…あれ、翔子お姉ちゃんのスーツ、パワー増幅系統が壊れちゃいましたね」

「って、言うことは、力が普通の人と同じになったって事?」

「と、言うことは、後は泥試合だな」

悠二くんの言葉に、僕が反応し、健ちゃんが更に続けた。

確かに、二人は大した動きの違いも無く、激しい戦いを繰り広げている。

さすが同門。

しかも、昔からずっと喧嘩してきた二人だ。 お互いの手の内は知り合っているようで、中々決定打が出ない。

「貴方のような人が、平助様の周りをうろつくのは迷惑なんですよ!」

「あんたよりマシよ!」

お互いを罵り合いながら、二人はますますテンポを上げていった。

「…しかし、お前も罪作りな男だよな」

「何で?」

「二人の女の子が、平助さんを奪い合ってますもんねー」

「そうそう。 男冥利に尽きるってもんだよな」

「…あれって、そういう光景かなぁ」

二人とも、今は僕の事なんて眼中に無いような気がするんだけど。

「この過保護メイド!」

「暴虐女!」

…アレは、僕の所為?


次週へ続く  先週へ戻る  番組表を見る   提供へ