メイドさん大王
依頼! パララスケア博士!
「おい、そこのお前」
「ギィ?」
振り返ると、そこに犬…いや、狼の顔があった。
反射的に「ギィ」なんて言えるようになった自分を少々悲しく思いながら、僕は彼に敬礼をする。
「今からお前に特別任務を言い渡す」
この基地…いや、この地球上でも、狼の顔をした人間なんてただ一人だろう。
バウバウさんだった。
「ギィ」
どうやら、話しかけているのが僕だとは、気付いていないらしい。
下っぱ戦闘員の中から僕を見分けるなんて芸当が出来るのは、心音だけだ。
もし彼が、この黒タイツの戦闘員が僕であると気付いたのならば、こんな風に話しかけたりしなかった筈だ。
なんたって、彼は僕をとても嫌っている。
「心音様のご出陣の件だが、聞き及んでいるな?」
「ギィ」
一番最初に聞いたのは僕なわけだし…。
原因も僕っぽいし…。
「心音様は、またしてもあのボンクラの口車に乗せられてしまった」
そのボンクラが目の前にいるとも知らず、彼は愚痴めいたものをこぼした。
まぁきっと、これが彼の正味な気持ちなんだろうと思う。
彼、バウバウさんは、心音にトコトン心酔している。
指導者としてはもちろん、一人の女性としてもだ。
心音の為であれば、命くらいなら、来世分だろうと投げ出す覚悟というのが、彼の持論である。
その忠義ぶりを見ると、狼というより実は犬型の怪人なのではないかと思ってしまうほどだ。
で、そんなバウバウさんなのだから、その心音が一戦闘員の世話をあれこれと焼いているのを好ましく思う筈が無い。
「…と、このような話はお前には関係の無い話だったな」
「ギィ〜…」
そんなわけで、首領をたぶらかす人間である僕は、バウバウさんに嫌われているのだ。
僕にしてみたら、なんだか筋違いな気がして納得できないんだけど…。
とにかく、極力僕だとばれないようにした方が、この場は良いに決まっている。
怪人の力は、普通の人間の15倍。
彼が本気を出せば、僕なんてすぐに挽肉になり、そのまま彼のお腹の中に直行だろう。
いや、とりあえず彼が人を食べるなんて事は、無いと思うのだけれど…。
ともかく、触らぬ神に祟り無しではある。
「そのような訳で、お前はパララスケア博士の所に行ってこい。 用件は、心音様の件だといえば分かる」
「ギィ!」
そうと決まれば、とっとと転進してここから去るだけだ。
僕は彼の話が終わったと見るや、僕はそのまま後ろを向いて、走っていった。
件の人物がいる研究室は、本当はこっちじゃないんだけど…。
研究室。 改造部屋、生産工場とも呼ばれる場所だ。
新たにポロームの団員となった人間は、ここで改造手術を受ける事になる。
その他にも、新兵器の開発なんかも、この部屋で行われていた。
「ギィ〜」
失礼します。 と、言ったつもりで部屋の中に入る。
そうすると、まず飛びこんでくるのが、直径5メートル程ある、球形の機械だ。
黒光りするそれは、その外見をとってみても、現在の地球の科学技術では作れそうもない。
見惚れていてもしょうがないので、周りを見回し、博士の姿を探す。
何かの設計図やら、ホルマリン漬けのカエルやらが雑然と転がる中、一ヶ所だけ、妙に片付いたスペースがあった。
そこは、それまでの趣味が悪い紫色の床が途切れ、畳敷きになっている。
抹茶色の綺麗な畳だ。 ちゃんとした日本家屋にあれば、さぞや映えるだろう。
ただ、周りの状況を見ると、そこのほうがよっぽど異空間に見えてしまうのだけれど…。
「おお、平しゃん。 何か用?」
そこに、溶け込むように、と、言うか本人にはそんなつもり無いのだろうけど、溶け込んでいる人物がいた。
「ギィー」
「いや、それじゃわかんない。 誰も聞いてないから普通にしゃべってな」
抹茶色の肌、そして抹茶色の髪。
人型なんだけど、その身長は僕の半分位しかない。
彼の星では、これで成人並だといっているのだけれど。
「この姿で僕だってわかるのに、言ってることはダメなんだね、相変わらず」
仮面をはずして、タイツの頭部分を脱ぐ。
「つーか、あんなんだけで分かるのは姐さんだけだって。 姿の方は、ほら、俺宇宙人だし」
「…そんなものかなぁ?」
自分で言ったように、彼はこの星の人間ではない。
遠い星からきた宇宙人だ。
本人がそう言っているという以外、証拠は無いんだけど。
とりあえずこの容姿と、怪人及び戦闘員の改造の技術を一手に引き受けていると言う時点で、信じるしかない。
後は、パララスケアと言うちょっと特殊な名前くらいかな?
「俺にもよう分かんねー。 むしろ、こっちから見たら何でそっちが分からないの? って感じだなぁ」
「心音もそう言ってた」
彼のこの感覚と言うのは、宇宙人特有のものなんだろうか?
でも、そうすると心音の感覚は宇宙人以上になってしまう…。
「さすが姐さん。 我らが大王やの」
僕の心を読んだように、パララ君はカラカラと笑った。
いくら宇宙人だからと言って、心を読むなんて能力は無いとは思うんだけど。
「って言うか、元大王が何を言ってるのさ…」
「ああ、あんなの過去過去」
で、その宇宙人の彼が地球にきた理由だが、在り来たりだけど地球征服。
その為に、彼がこのポロームを組織したのだ。
いや、彼一人じゃない。
「そう言えば、相方さんは?」
「ああ、ポルル? 改造機の中で作業してるってばさ」
「改造機…」
彼に言われて、僕は部屋の中心にあった、先程の黒い球体を見た。
なんだか低い作動音がしているが、つまりは作業中と言うことだろうか?
そこを見ていると、やがて正面に亀裂が走り、いきなり扉が出現した。
それが、まるでベニヤででも作られているかのように、バタンと倒れる。
空いた空間には、パララ君と同じ背格好の女の子が立っていた。
ついでに、抹茶の顔と髪の色も同じ。
「ダーリーーーン!! ここの接続がわかんないよー! 助けてー!」
で、彼女は、姿を現すなり、叫んだ。
「おお、ハニーーーー! 今助けるぞ!!」
その声を聞くと、パララ君は冗談めかした口調で、パタパタと駆けていった。
苦笑しながら、僕も後を追う。
彼女がポルルスケア。
パララ君と一緒に地球征服にやってきた宇宙人だ。
「あ、平君。 やっほ」
「うん、こんにちは」
黒い球体の入り口でやっと気付いてもらった僕は、ポルルちゃんに挨拶を返す。
彼女の後ろに見える球体の中は、外装とは間逆の白い壁で構築されていた。
壁には、まるで蔦が這うように、色取り取りのケーブルが無秩序に延びている。
中心には、背もたれのついた椅子が一つ。
歯医者やなんかで見かける型だけど、あのひじ掛けと脚の部分には、拘束具がついていることを、僕は知っている…。
パララ君は、既にその中で何やら配線を弄っていた。
「ねぇ、どうダーリン。 直りそう?」
「ん〜、これは、これをこれして、これに繋げれば…」
彼が線をこれこれと操作すると、その根元にある機械のランプがいくつか点滅を繰り返し、最後には全てのランプがともった。
「キャー、さすがダーリン! 天才! カッコイイ!」
多分、それで正解だったのだろう。
ポルルちゃんは歓声を上げると、パララ君の首に抱きついた。
「ふ、なぁに。 どんなに複雑な配線でも、君との愛の為なら解き明かして見せるよ…」
それを受け止めたパララ君は、ポルルちゃんを見つめながら、口元に渋い笑みを浮かべた。
ただし、体型が子供のようなので、あまりカッコ良さは期待できない。
「ダ、ダーリン…。 嬉しい!!」
しかし、ポルルちゃんは、そのセリフで河豚毒のように痺れたみたいだ。
彼らはより強く抱きしめあうと、僕の存在を忘れたようにイチャイチャし始めた。
「あ、あの〜」
僕の声も届かない。
二人の心は既に遠い世界で、将来欲しい子供の数まで話し合っている。
この二人、見ての通りのカップルだ。
組織の皆は、上に「バ」の1文字をつけるけど。
今ではこんな調子だけど、彼らが母星にいたころ、二人は交際を反対されていたらしい。
駆け落ち同然に母星を抜け出した彼らは、文明が彼らに劣り、征服しやすそうなこの地球にやってきたのだそうだ。
まぁ、地球人にしてみれば、迷惑な話。
「やっぱり、家は全体的に紫が良いな」
「うん、畳敷きの日本家屋ね」
ちなみに、この基地も彼らの趣味の集大成だ。
で、彼らの科学力の象徴が、僕が今入っている、表が黒、中身が白のオセロな球体。
通称「改造機」だ。
僕が改造されたのも、これ…。
知らずに、ため息が漏れた。
「ん、どした、平しゃん?」
それに聞きとがめて、パララ君が僕の方を向いた。
呼びかけには応じないのに、ため息には反応するのも、宇宙人ならではの感覚なんだろうかと思ってみる。
「え、あ、いや…ちょっと改造された時のことを思い出して」
「ははぁ、さてはまだ怪人になるの、嫌がってんだしょ」
「え、そうなの、平君」
「ん、え〜と…そうだね。 イヤ、かな?」
「そうだよな。 じゃなきゃあんだけ出撃してるのに変身しないのおかしいもん」
「え〜、何でなりたくないの? カッコイイでしょ、怪人」
実は、怪人とは最初からそう改造されてなるものじゃない。
戦闘員に改造される時に、その『種』を埋め込まれてなるものなのだ。
「せめて、どんな怪人になるか教えてもらいたいし…」
「ああ、それ無理。 この球体自体がガチャガチャ見たいなもんだし。 ん、今の凄く良い例え?」
「うん、ダーリン、とっても詩的!」
二人がまたイチャイチャし出したが、とりあえず放っておこう。
『種』は送受信用のアンテナになっているらしい。
戦闘員は、働くとその結果がここのコンピューターに転送される。
で、その働きが一定以上に達すると、今度はコンピューターから怪人になりなさいっていう指令が出る。
またそれを受けて、種が遺伝子を変容させるらしい…。
そうして、見事にバウバウさんやフワフワさんのような怪人が誕生するのだ。
平たく言えば、経験値がたまるとパワーアップ。
ゲームにでもできそうなシステムだ。
だから、例えば、戦闘で積極的に戦えば、それだけ早く怪人になってしまう。
それが僕は、イヤだ…。
「だって、自分とは全然違う姿になるんだよ…。 やっぱり、怖いよ」
例えば、バウバウさんのような狼の顔になる。
フワフワさんのように尋常じゃないほど毛が生える。
その他にも、腕が6本の怪人、虫のような外見の怪人を、僕は知っている。
彼らには悪いけど、僕は、そんな風になりたくない。
「今更へたれなこと言ってるのねぇ」
そんな僕に呆れた顔で、ポルルちゃんが辛らつな事を言う。
「いや…へたれって」
「心ネエは、平君の為に戦ってるんでしょ。 なのに平君がそんなこと言っててどうするの!?」
びしいっと、人差し指を突きつけられてしまった。
ちなみに、心ネエとは、心音のことで、彼女もパララ君と同じく、心音を姐と呼んでいるのだ。
心音姐がちぢんで、心ネエ。
彼女が言ってるのは、もちろん正論。
そりゃぁ、心音が頑張ってるんだから、原因の僕がそんなことをうじうじ言ってちゃいけないのは分かってる。
でも僕は…。
「そうだ、その心音のことでお使いに来たんだけど。 バウバウさんから何か言われてない?」
「あ、話逸らした!」
ばっちり見破られてはいるけど、とにかく話は、僕がここに来た本来の目的のほうに行ったみたいだ。
パララ君が、僕の言葉を聞いて考え込んだ。
「う〜ん、もしかしてアレかぁ…。 姐さん用の新武装」
「し、新武装って何さ!?」
「ん〜、姐さんって基本的に無改造だっしょ。 だからとりあえず強力な武器でも持たせようバナシ」
「略して、持たバナ」
「心音をロボットみたいに言わないでよ…」
心音がメカになって、ガッキョンガッキョン動いている絵が浮かんだ…。
パララ君の心音へのイメージが心配だ。
「で、それはできたの?」
「出来る訳ないっしょ」
「私達、ただの工業科の学生だもん。 武器の製造なんて、完璧に専門外」
僕の疑問に対して、パララ君が簡潔に返し、ポルルちゃんが補足した。
こんなモノ弄ってて今更何をと思うだろうけど、これは彼らが作ったものではなく、母星から盗んできたものらしい。
で、彼らの本業は学生。 暦が違うので正確には分からないんだけど、僕と年もあまり変わらないそう。
改造機については、整備ぐらいしか出来ないという話だ。
「あの犬は宇宙人だからって、俺らに期待し過ぎなんだって」
「脳まで犬並〜」
「いや、バウバウさんは狼…」
本人がいないところで、かなり酷いことを言うなぁ…。
とは言っても、本人の前じゃこんなこと言えないだろうけど。
「ともかく、武器は無いんだね…」
「武器なんて無くても、心ネエは十分強いわよ」
「そうそ、うちらの大王は無敵だって」
「はぁ…」
二人が元々楽天家なのか、心音によほど強い信頼を寄せているのか分からなかったが、ともかくこう断言されては、引き下がるしかない。
「でも、そんなこと報告しなきゃいけないのか…。 やだなぁ」
「あの犬、癇癪持ちだからの。 そんなこと言ったら、噛み殺した後100回ぐらい咀嚼してから腹の中かも」
「あ、それなら大丈夫よ、ダーリン。 犬は咀嚼できないから」
「なるほど、そうなのか! さすがハニー! 博識だなぁ」
「えへへ、ダーリンの為ですもの…」
「ハニー…」
再び抱き合い見詰め合う二人。
「確かに、それを聞いても僕にはなんの慰めにもならないけどさぁ…」
そんな様子に置いていかれ気味になりながら、僕は静かに愚痴った。
どちらにしろ、余計彼の元に行きにくくなったのは確かだ。
「行くにくいなら、うちらが直接姐さんに報告しておくっすよ」
「うん、それなら犬にも多分伝わるでしょ」
そんな時、彼らが嬉しい提案をしてくれた。
確かに、それなら問題なさそうだ。
僕が直接心音に報告したら、また角が立ちそうだし。
「うん、それじゃ頼むよ」
「あいよ〜、了解」
「りょーかいー」
軽い返事に不安は覚えたが、僕はそのままそこを後にした。
その翌日、ご主人様をお使いに使ったとかで、バウバウさんが心音に冷たく叱られたらしい…。
僕に煽りが来ないことを祈ろう。