メイドさん大王
激闘!赤色戦隊レッドマン!
目の前に足が迫る。 強烈な、体全てでぶつかるような跳び蹴りだ。
僕は、自分の反射神経が導くまま、相手に対し半身になり、後ろに仰け反った。
でも、その程度の動きでは、この蹴りはかわせない。
そのまま地面に手をついてブリッジ。
一瞬、相手と視線が交わった。
と、同時に地面を蹴る。
バク転する形になる。
僕と交差するように、蹴りを放った人物の体が通り過ぎる。
それは、朱色の風だった。
反射神経のみの動きの所為で慣性のついた体を宥める為、もう一回転。
着地と同時に両手もつき、四肢で踏ん張り、勢いを殺す。
相手の方は、既に両足で着地し、既に僕を追撃できる構えを取っていた。
さすがに速い!
さっきの一撃をかわせたのは僥倖だ。
おそらく、次は無い。
それを分かっているからなのか、更なる攻撃を加えようと『彼女』は突進してくる。
「ギィーーー!!」
中腰になった僕が身構えるより先に、無数の黒い影が、僕の背後から飛び出してきた。
まるで、僕の影が膨らみ、勝手に動いたかのように見える光景だ。
それが、一斉に彼女に襲い掛かった。
「ちぃっ!」
軽い舌打ちをして、彼女はそれを迎撃する。
まるで竜巻のように、朱色が踊り、八方から来る黒い影を吹き飛ばした。
「…蹴りが当たらなくて良かった」
一転、完全に傍観者となった僕は、次々と薙ぎ倒される同僚を見つつ、不謹慎に思いながらも、安堵の息をつく。
あんなものを食らったら、いくら強化されている体でも、無事ではすまなかっただろう。
「で、参加しないのか?」
声がかかり、肩を叩かれた。
振り向くと、そこにいるのは真っ赤なタイツに身を包んだ男。
と、言っても、僕のような戦闘員用の貧相なものではなく、所々に紋様や装飾が施されている、豪華なものだ。
顔も、ただ白くのっぺりした仮面で覆われているのではなく、派手なヘルメットで覆われていた。
目のところが黒いゴーグルになっているデザインだ。
ちなみに、さっきまで戦っていた朱色の彼女も、色違いで同じ格好をしている。
そして、黒い影に囲まれていつつ、同じ格好をしている人間が、後3人。
五人全員、色が違っていた。
「ちょっと、休憩させて…」
尻餅をつく。 心臓がドクドクいっていた。
急激な運動と、心労の余韻だ。
「んじゃ、俺も」
その横に、赤いタイツの男は腰を下ろした。
そして頭部に手をやり、ヘルメットを脱ぐ。
下から現れたのは、見る人の90%にやる気の無さそうな印象を与えてしまいがちの、たれ気味の目をした少年だった。
「暑いんだよなぁ、これ。 お前も取れば?」
彼に促された僕は、仮面を取り、黒タイツのフードを下げた。
髪に手を通し、軽く汗を飛ばし、髪形を整える。
春先とはいえ、日中からこの格好は、やはり暑い。
「あ〜、翔子ちゃん頑張ってるなぁ…」
「だな〜…」
他人事のように呟く僕と、やる気の無い返事を返す彼の視線の先では、朱色の彼女がうちの隊員たちを振り払うのに必死になっていた。
たまに僕達に向かって叫ぶが、同僚たちの「ギィー」の声の所為で聞こえない。
「…どうせ、『敵同士で仲良くするな〜!』とか言ってるんだろうな」
「多分、そうだろうね」
彼女の口調を真似て、彼が呟いたので、僕は思わず噴出してしまった。
「いいじゃんなぁ、友達なんだから」
「まぁ…、組織的には対立してるんだけどね」
彼の名は、赤星健太郎。
「赤色戦隊レッドマン」のリーダーだ。
彼らとポロームは敵同士である。
一応は…。
「んで、最近はどうよ?」
「どうよって言われてもねぇ…」
二人並んで座り、目の前で繰り広げられる大混戦を眺めつつ雑談。
言うまでもなく、明らかにいけない行為なんだけど、上司のフワフワさんが大らかな人なので、咎める人間もいない。
そして、そのフワフワさんはと言えば、僕達よりさらに後ろで、ボ〜っとしている。
顔が毛玉なので、表情は窺い知れないが、戦況を厳しく見つめてるなんて事は無いと思われる。
基本的に怪人は、司令官も兼ねているので、積極的に戦闘には参加しなくて良いんだけど、だからと言ってあの傍観ぶりはどうだろう。
主力の一人を押さえている分、僕のほうがよっぽど働いている気がする。
「一ヶ月前と同じだよ。 組織では相変わらず下っ端で、心音が首領。 家に帰れば、メイドの心音」
「相変わらず、面白い生活してるよなぁ」
「高校生と正義の味方やってる健ちゃんには、言われたくないけどね」
「確かに」
二人して苦笑。
さて、彼こと赤星健太郎は、僕の幼馴染である。
幼稚園からの付き合いで、中学、高校を通して、僕の貴重な友人だ。
「そう言えば、平助は復学しねぇの? 翔子だって寂しがってるぞ」
まぁ、僕の方は、通って3ヶ月で高校を辞めている。
理由は物理的で、通うお金が無くなったから。
奨学金制度なんて物もあったが、そんな物を使う余裕すらなかった。
「心音が稼いでくれてるのに、僕だけのうのうと学校に行ってる訳にはいかないよ。 そんな暇も無いしね」
もう、まったく自慢にならないのだけれども、僕の家は結構なお金持ちだった。
由緒ある家柄だったらしく、代々仕えてくれる使用人の家系なんて物まであったぐらいだ。
その名が、双宮家。 つまり、心音の家である。
「そっかぁ、心音ちゃんは偉いなぁ」
「ホント、高月家なんて、もう無いのにね」
が、やはりそれは過去の話。
何十代も続いた、名家高月は、一年前、僕の祖父、高月平十郎の死によって没落した。
経営する会社の、社運をかけた会議に行く途中で、車が交通事故。
新たに社長を出そうにも、僕の両親は、僕が幼いときに他界。 さらに、親戚筋にも、代理で社長をやってくれる人間などいなかった。
そんな訳で、跡取が15歳の何も知らない小僧だった我が家は、ビックリするぐらいの呆気なさで、屋敷ごと差し押さえられたのだ。
「お前がいるなら、別に無い訳ではないだろ」
「心音の真似しないでよ。 屋敷は差し押さえだし、お金もマイナス。 もう彼女が、使用人である必要は無いんだ」
だと言うのに、心音は僕のメイドを続けるだけでなく、高月家を再興しようと、悪の大王までやっている。
メイドとしての責務だと、彼女は言っていたが、自分の人生を棒に振るほど、それが大切なものだなんて僕は思わない。
僕の言葉を聞くと、健ちゃんはちょっと悲しそうな表情をし、その後考え込むような仕草を見せた。
「それは、あれだろ。 お前への愛」
「僕に、そこまで愛されるような資格は無いよ」
健ちゃんがにやけながら言ったセリフを、僕はすぐに否定する。
よしんばそうだとしても、心音のあれは、きっと高月家への愛とか、忠義とかだ。
彼女が僕に優しくしてくれるのは、僕が、形の上だけでも高月家当主だから。
僕個人に向けてのものじゃ、無い。
「この、ネガティブ人間め」
「何とでも言って」
呆れたようにため息をつく健ちゃんに、僕もため息で返す。
後ろ向きなのは性分だ。 それに、下手に期待しすぎるのは、良くない。
僕にとっても、きっと彼女にとってもだ。
「若いんだから、愛を信じてみろよ」
「健ちゃんも同い年でしょ」
答えになっていない言葉を返して、僕はまた、戦場に目をやった。
…さっきまであった争いの団体が、ひとつ消えている。
「あれ、翔子ちゃんが…」
バキッ!
言いかけた僕の脳を、強い衝撃が揺さぶった。
ほぼ反射的に、両手で頭を庇う。
その後、痛みが耳を抜けるように拡散していった。
痛いと認識する前に防御をしているんだから、長年の習慣と言うものは恐ろしい。
「ちっ」
後ろから聞こえた舌打ちを聞けば、頼もしいとも思うんだけど。
「おまえなぁ、せっかく俺が平助に愛を教えてるってのに」
「あんた等には、愛を語る前にやることがあるでしょうが」
ポキッ、ポキッと、関節を鳴らす音が響く。
これをやられると恐怖感が沸くのは、なぜなんだろう。
恐る恐る、振り向く。
そこには、健ちゃんと同じスーツの色違いを着ている人物。
彼が赤なのに対し、それはオレンジと言うか、朱色に近い色をしていた。
ヘルメットの所為で、その表情は窺い知れないが、怒っているに違いない。
「あ、あの、とりあえずヘルメットを取って話をしないかなぁ? なんて…」
とりあえず、顔が見えないから怖いんだ。 そう思った僕は、ごく低姿勢に提案してみた。
すると、彼女は無言で頭の両側面に手をやり、それをゆっくりと上げていく。
徐々に現れる顔。
「…怖っ」
僕より先に、健ちゃんの方が本音を漏らした。
すると、彼が思わずそう評した部位、彼女の怒った所為でいつもよりさらに釣りあがった目に、限界まで力がこもり。
「女の子の顔見て、いきなり怖いとは何事じゃ〜〜!!」
大音響の叫び声と共に、起こった突風で、健ちゃんが上空3mほどまで吹き飛んだ。
いや、正しくは、叫び声を上げた彼女が、風のごときスピードで、健ちゃんに突進し、同時に座っている彼をサッカーボールでも蹴るように、空に飛ばしたのだ。
「で、平助も今、何か言いかけなかった?」
さっきまで健ちゃんが座っていたスペースに立ち、彼女が僕を睥睨する。
ずきゃっ!
一瞬の空中旅行を終えた健ちゃんが、思いの他遠くに落ちる。
ぶんぶんぶんぶんぶん!
僕は、力の限り、首を横に振った。
後0.5秒で同じ目に遭ったのかと想像すれば、正直者の美徳なんて物は、簡単に形を潜める。
「なら、良いけどね」
疑うような目つきをしながら、彼女は追及を止めた。
朱色のスーツに身を包んだ彼女は、北崎翔子。
外はねした髪と、ちょっとつりめ気味の目が特徴的。
健ちゃんと同じく、僕の幼馴染だ。
「もし言ってたら、健と同じだけ、空を舞ってたわ」
「あんな力で蹴られたら、僕は死ぬよ…」
「健は生きてるけど?」
彼女の言葉通り、健ちゃんは恨めしそうに唸りながら、こちらへ這ってくる。
あまり平気とは呼べなそうだ。
「君らのスーツは、僕達に支給されてる物の十倍の強度があるんだってば。 …筋力も十倍になってるしね」
つまり、僕が蹴られたら、健ちゃんの十倍痛いってこと。
その基準となる健ちゃんが、あの様子だ。
僕が食らったら…。
想像して、身震いが起こった。
「あんた達が悪いのよ。 あたしが頑張って戦ってたって言うのに、二人でのんびり話しなんかしてるから」
彼女に群がっていた戦闘員は、みんな撃退されたらしい。
他のところではまだ戦いが続いているが、それが終わるのも、時間の問題だろう。
「いやぁ、僕ってあんまり殴ったり殴られたりするの、好きじゃないし」
「だったら、とっととこんな組織抜けなさいよ!」
本音で答えると、怒られて、詰め寄られた。
なんだかまずそうな気配を察したのか、健ちゃんの前進が止まる。
「そ、そんな簡単に、闇組織からは抜けられないんだよ」
「じゃぁ、苦労して抜けなさい」
…無茶言うなぁ。
「ダメだよ。 改造手術を受けちゃった人間は、ポロームで作られる薬をもらわないと、生きていけないんだ」
ポロームの戦闘員は、筋力こそ通常の人間の1.2倍ほどしかないが、反射神経は2倍増しになっている。
翔子ちゃんの蹴りを僕がかわせたのも、そのおかげ。
が、反作用もあり、組織が作る極秘の薬を定期的に投与しなければ、逆に体が壊れていってしまうのだ。
「薬漬けなんて、さすが悪の組織ね」
「言いかた悪いよ、それ」
対して、翔子ちゃんの着ているレッドマンスーツは、それを着るだけで全ての力が最大で10倍になるという優れものだ。
逆に、スーツを着けなければ、ただの人間に成り下がるわけだけど。
…ここで、赤色戦隊レッドマンの簡単な紹介をしておこうか。
まず、レッドマンのコンセプトは、平等。
戦隊モノにありがちな、レッド=リーダーと言う固定概念を覆す為に、全員が赤色を基調とした色で統一されていることが特徴だ。
例えば、翔子ちゃんはレッドマンオレンジではなく、レッドマンイエロー。
赤に黄色が混じって、朱色になっているのだ。
健ちゃんの場合は、レッドマンレッド。
まんま赤。
そして、まだ戦場で戦っている3人。
レッドマンブルー。
反対の色が交じり合って、紫色になっている。
一人だけ、やけに身長が小さいが、それも当然。 中身は小学生だ。
レッドマンホワイト。
レッドマンピンクと呼んであげたくなるほど、見事な桃色だ。
やけに担当する戦闘員が多い気もするが、それは彼女(中身は女の子だ)自身の魅力にある。
まぁ、個人的な紹介は、また今度。
で、残ってるのが、レッドマングリーン。
赤と緑が…交じり合ってない。 お互いの色が反発し合い、とても奇妙なまだら模様を形成している。
昔やっていた、仮面○イダーアマゾンみたいな色だ。
奇妙な色が手伝ってか、その周りには、あまり戦闘員がいない。
そろそろ、ヒーローの勝ちという形で、決着がつきそうだった。
「それに、心音も大王として頑張ってくれてるしね。 抜けるわけには行かないよ」
話を切り上げるつもりで、翔子ちゃんに言う。
「…」
妙な沈黙が流れる。
不思議に思って、健ちゃんに視線を向けると、彼は、哀れむような視線で僕を見ている。
…その意味に気付いたとき、僕は青ざめた。
「つまり…、あんたがこんなことしてるのは、あの女の所為なのね」
が、いまさら気付いたところで、後の祭だ。
翔子ちゃんの、底冷えしたような声が耳に届く。
「い、いや、心音の所為って言うかさ」
僕はうっかりしていた。
彼女と心音。 組織的にも対立している彼女達は、何故か仲が悪いのだ。
理由は、不明。
「そうかぁ、そうよねぇ〜。 あの女が平助をこき使ってるのよねぇ」
…これは、絶対良くない。
怒りの対象は心音に向けられているはずなのに、何故か僕が、ものすごい悪寒を感じている。
「やっぱり、こんな組織、とっとと潰してやるわ!」
「恋する乙女は凶悪ねぇ」
何時の間にかここまで来ていた健ちゃんが、ぼそっと呟いた。
「恋?」
何でそんなものが関係あるんだろう。
僕は首を傾げる。
「…お前、本当に鈍いよなぁ…。 いいかぁ、翔子はお前」
何かを言いかけた健ちゃんの顔が、地面にめり込んだ。
そして、彼の頭の上には、翔子ちゃんの足。
「しょ、翔子ちゃん! 健ちゃんの頭は今、普通の人間並みだよ!」
「死ねばいいんだわ、こんな奴!」
何故か顔を赤くして、なおも健ちゃんの後頭部をぐリぐりとなじる翔子ちゃん。
健ちゃんが完全に動かなくなると、今度は僕に視線を向ける。
「…と、言うわけで、あんたにも死んでもらうわ」
「な、何がという訳なのさ!」
「うっさい! あんたをやっつければ、もう戦闘員はいないのよ! その後はセオリー通り、あの毛玉親父を退治して、任務完了なの!」
「セオリーって何!?」
急いで周りを見回すと、既に僕以外の戦闘員は地に伏している。
毛玉親父ことフワフワさんは、ぼうっとてふてふを眺めていた。
「戦隊ヒーローモノのお約束よ!」
再び視線を向けると、そこには踵を上げた翔子ちゃんがいた。
その踵が、僕の脳天に振り落とされて…。
ごきょ。
首が、どう聞いてもまずい音を立てたのを最後に、僕の意識は、一瞬発光した後、闇へと。
そう言えば翔子ちゃん。
昔から戦隊モノが好きだったよなぁ…。