メイドさん大王

苦難!下っぱご主人様!


ポロームは、地球征服を企む悪の組織である。

活動内容は多岐に渡り、その殆どが犯罪行為。

遺伝子操作等、優れた科学力を有し、それを利用して悪事を働く。

彼らの技術力が最大限に生かされるのが、怪人と呼ばれる遺伝子改造を駆使して作られる異形の人間である。

彼らは、人間が持ち得ない身体能力、および超能力を備え、さまざまな作戦に従事する。

その上には、複数の幹部がおり、怪人達をまとめあげている。

また、ポロームの最下層には、ポローマと呼ばれる下働きの戦闘要員が数百人配置されており、各任務において、幹部、もしくは怪人の手足となる。

改造も最低限であり、通常の人間と大差の無い能力しかない。

そして、彼らの頂点に立つのが、首領と呼ばれる存在である。

さまざまな作戦を指揮し、異形の怪人達をまとめあげるその人物とは…。

「メイド服を着た少女である…と」

例えば、僕らの組織を紹介するのならば、こんな具合になる。

最後に見事なオチがつくのは素晴らしいけど、本当のことなんだから、しょうがない。

意識をこの場所に戻そう。

紫色の廊下に、赤い絨毯と言う素敵なセンスをしたこの部屋は、昔の王様が家臣の報告なんかを聞く為に作った部屋を模したという。

確かに、形状だけを取ればそうだ。 例えば、一段高いところに玉座があり、部下である僕達が見下ろされている所など、ピッタリである。

大臣などの重役がいるスペースには、さっきの集会で見かけた犬型怪人、バウバウさん等、幹部である怪人達が並んでいた。

ただ、彼らの容姿も含めて、この部屋にある、柱や調度品は、気味の悪い彫刻が施してあり、あからさまに、自分のいる場所を自覚させるようだった。

「…あなた方の今回の任務は、敵を誘い込んでからの陽動になります」

金属でできた骨。

そう表現するのがしっくり来るような、いかにもな玉座に座り、彼女は言葉を紡いだ。

何が、『いかにも』かと言えば、もちろん『いかにも悪の大王』らしい、と言う意味。

彼女が着ているメイド服も、何故かその玉座に合っている。

そして、それを着ている彼女も、悪の首領らしい怜悧な雰囲気を備えていた。

「作戦決行時間は、一四三○時予定。 何か質問は?」

朝の集会が終わり、僕達は各部隊ごとの作戦説明をされていた。

通常、僕らの組織は隊長に40名ぐらいの戦闘員がつき、作戦を行う。

そして、細かな内容は、首領が自ら指示すると言うのがパターンだ。

つまり、玉座に座る彼女、僕のお付きメイドさんであり、僕達の総統である双宮心音が。

「無いとは思います」

片膝をつき、答えたのは、我が隊の隊長。

隊長であるからには、もちろん怪人だ。

それを示す証拠として、彼の顔は、全て黒い体毛で覆われている。

毛玉が頭に乗っていると言った感じだ。

怪人ナンバー010、フワフワさん。 どんな遺伝子を組み込んだか知らないけど、全身を非常に柔らかい毛で覆っている怪人だ。

その柔軟性は特筆もので、どんな打撃も通用しない。

「ご期待に添えるようには、頑張っては見たいとは思います」

彼は、いつも曖昧な表現を使う為、ちょっと何を言っているのか分かりづらい。

まさにフワフワ。

そして、そんな当たり前のようなネーミングをつけたのが…。

「分かりました」

この組織の女王、心音だ。

バウバウさん然り、僕の上司達は、全員怪人になるときに、彼女から新しい名前を与えられている。

僕がバウバウなんて名前をつけられたら、絶対に嫌がると思うのだが、彼らはそんなことを言ったことも無い。

何故かと言えば、この組織に属しているものは、みんな心音に心酔し、彼女の為ならば、命も惜しくない人たちばかりなのだ。

彼女がつけてくれた名前なら、喜びはすれども、嫌がることなど、絶対に無いのだろう。

「…」

さて、ここで傍観者のように、仲間たちの中に埋もれながら、じっと立っている僕だが、実は冷や汗をたらしている。

心の中では、早くこの打ち合わせが終わって欲しくて仕方が無い。

「…」

しかし、僕の思いとは裏腹に、心音は退室の許しを与えようとしてくれない。

…まぁ、当たり前と言えば当たり前。

何せ、彼女は待っているのだ。 僕が避けようとしている時間が訪れることを。

仮面の中から、僕は右を見た。

そこには、柱時計がかかっている。

しかし、通常のそれとは違い、時計盤の周りには、無数の絶叫する顔のレリーフ。

振り子はギロチンの刃を模した作りになっていた。

死刑宣告を言い渡すという意味で、中々皮肉の利いた装飾かもしれない。

僕一人にしか通じない皮肉だけど。

時計の針は11時59分。

時計から視線を玉座に移すと、そこにいる彼女と目が合った。

あくまで、総統らしい無表情…。

それでも、彼女は僕の事をじっと見ている。

来るべき時間に備えて。

ぼーん、ぼーん、ぼーん。

時計の針が、12時を指した。

音だけは真っ当な柱時計の音を奏でる。

だけど、それが何の救いになる訳でもない。

前に心音が言っていたのだ。

「この音は、非日常から、日常に帰る事を告げる音なのです」と…。

そう、悪の組織だとか、首領とか、そう言ったものが全て終わってしまう。

この音で、今、この瞬間に。

「…時間です」

玉座の上の首領が、立ち上がった。

…いや、違う。

今この瞬間から、彼女は一組織の首領である事を止めるのだから。

彼女が、こちらに歩いてくる。

周りのみんなは心得ているのか、全員彼女の為に道を空ける。

つまりは、僕のところまで歩いてくる為の道を。

僕の目の前まで来た彼女は、そこで一礼した。

「…ご主人様。 お食事の時間でございます」

部屋にいる全員の、敵意を持った視線が突き刺さった。

それはそうだ。 自分たちの総統が、一戦闘員に向けて、頭を下げたのだ。

でも、それは意味が違う。

彼女の、目の前の心音にとって今の礼は、メイドが、ご主人様に向けたものなのだから…。

「さぁ、参りましょう」

怪人達の視線を気にも留めず、心音は顔を上げると、僕を促すように、入り口まで歩く。

「ギ、ギィ…」

それに対して、僕はポローム式の返事を返す。

うちの組織の戦闘員、ポローマは、職務中「ギィ」以外の発音を禁止されているのだ。

僕はその発音の中に、「でも、幹部の人たちも残ってるのに悪いよ」 と、いう意味をこめて、心音に言った。

「何も問題はありません。 服務規定により、12時から2時までは、ご主人様、及び私の労働は強制されませんから」

「ギィ…」

それだけで、彼女には僕が何を言いたいかが伝わってしまった。

本人曰く、「ご主人様に対する忠誠心がなせる技」なのだそうだけど、どちらかといえば、テレパシーなんかで僕の考えを読んでるように思えた。

「大丈夫です。 誰にも文句は言わせません」

心音はそう言って、後ろで僕を睨んでいる幹部たちを、逆に一睨みした。

すると、僕に付き纏った刺すような視線が止む。

さすがに、大王の一睨みは強大だ。

念押しのように、心音は一通り彼らを睨みながら見回すと。

「見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」

と、言って、僕に頭を下げた後、扉の横に控えた。

おどおどしながら、僕が扉に近づくと、扉を開けてくれる。

怖くて後ろを振り返ることもできずに、僕が心音の顔を見ると、彼女は僕を安心させるように、控えめに微笑んでくれた。

これから、メイドである彼女との時間が始まる。

 

「ご主人様。 紅茶が入りました」

「うん、ありがとう」

昼食を終えてしばらく。

ソファーでくつろぐ僕に、心音が銀トレイに紅茶を載せて、持ってきてくれた。

読んでいた本にしおりを挟み、紅茶を受け取る。

そして、一口。

「…はぁ、美味しいなぁ」

実感を込めて一言。

「ありがとうございます」

「しばらく、心音の紅茶なんて飲めなかったしね。 こうやって改めて飲んでみると、本当に美味しいって思うよ」

「平助様…」

僕がそう言うと、心音は、少し悲しそうな目をして、僕を見た。

そんな目で見られると、居たたまれない。

「こんな風に紅茶を飲めるようになったのも、心音のおかげだし、感謝してる」

心音に笑って欲しくて、言葉を続けるのだけれど、彼女はますます表情を曇らせる。

「ですが、平助様があのような仕事を…」

「職場は楽しいし、問題ないよ。 それに、そこの首領が言うセリフじゃないね、それ」

ちょっと茶化していってやると、心音は照れた様に俯いた。

よかった、やっとあの顔を止めてくれた。

「あ、あれは…、私の本意ではありません」

「分かってるって、高月家の復興のため仕方なく、でしょ」

「はい…」

自分のセリフが取られたのが不満なのか、心音は少しむくれながら、頷いた。

そして、そのままの表情で言葉を続ける。

「平助様が、あの組織を統治していただけば良いのです…。」

「だから、それは無理だって。 僕には心音みたいな能力も、人気も無いよ」

「いいえ、そんなことは決してありません。 由緒ある高月家の当主たる平助様ならば、きっと私のような一メイドなど及びもしない善政を敷かれるに決まっております」

そう言うと、心音は柔らかく微笑んで、僕の目をじっと見つめた。

でも、さすがに善政は無理だよ。

すでに、団体自体が悪なわけだし…。

大体、僕にそんな期待をされても困る。

「そうすれば、私も大手を振って、平助様にお仕えすることができるのですから」

だけど、そんなことは言えない。

どんな想像をしているのか、心音は幸せそうに笑っているのだ。

わざわざ、その想像を裏切って、彼女の笑顔を曇らせることも無い。

「…もう、時間か」

ふと見た時計の針は、1時40分を指している。

『出勤』の時間も含めれば、そろそろ用意をしなければならない。

心音がこんな表情をしてくれるのも、あの針が真上を指すまでだ。

「まだ、5分ほどは問題ありません」

腰を浮かしかけた僕を、心音が制した。

「いや、でも…」

ただでさえ、幹部さんたちの風当たりが強いのだ。

遅刻なんてしたら、余計ひどくなりそうで怖い。

「…それとも平助様は、私と過ごす時間はお嫌いでしょうか?」

唇を、きゅっとかみ締めて心音が僕を見る。

さっき曇らせたくないと思っていた顔なのに、見事なまでの曇りマーク。

「そ、そんなことは無いよ」

「でしたら、もう少しだけ、お付き合いください。 一分、一秒でも、私は平助様に奉仕をしたいのです」

心音は、照れながらも、真剣な表情でそう言った。

お付き合いくださいなんて、とんでもない。 この時間が大切なのは、僕だって同じなのだ。

「あ、ありがとう」

でも、出てくるのは、どもりながらの、こんな陳腐な言葉。

「いいえ、メイドとして当然です」

僕がもう少しゆっくりすると分かって安心したのか。

心音は誇らしげに、そう答えた。

「えっと、それじゃぁ後五分だけど、何をしてくれるのかな?」

その姿が可笑しくて、冗談めかして聞いてみる。

ちょっと意地悪な質問かもしれない。

が、心音は慌てることも無く。

「ご主人様のお望みのとおりに」

なんて、当たり前のように答えた。

しかも、笑顔で。

きっと、何の意図も彼女には無いのだろう。

…何となく、やられた気がする。

「ナイス、カウンター」

僕の言葉の意味がわからずに、心音は首を傾げたが、僕はそれ以上その話題に触れなかった。

…大体、5分だなんて短すぎる。


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