いもうとティーチャー☆

第四十四限:妹ベントウ


キーンコーンカーンコーン

チャイムだ。

四時間目の授業が終わり、教師が出て行くと教室は一気に騒がしくなった。

「んじゃ、購買行くか」

「だな」

購買組の俺と秀人は、購買へ予約したパンを取りに行くことにした。

「あ、いってらっしゃい」

「…地雷を踏んだらさよならよ」

「んなもんねぇよ」

姫地と雪村は弁当派なので、その場で弁当を広げて待機。

後で四人そろって食うことにしている。

高校生にもなって、男女二人ずつで飯を食うグループというのも珍しいが、何故かクラスでも俺達を冷やかすような言動はない。

雪村曰く「桃香はみんなに応援されてるから」らしいのだが、それとこれがどう関係しているのかはよく分からない。

「しっかし、お前も料理できるんだから、自分で作ってくればいいのに」

「家庭の事は、学校に持ち込まない主義なんだよ」

実際、残り物の関係で俺も弁当にしてしまいたいときもあるのだが、学校にそんなものを持ってくると一日中家事のことを考えてしまいそうで、結局は購買で済ましている。

本当は残り物が出ないのが一番なのだが…。

「片野君って、家事も一人でやってるんだよね。 凄いよねぇ」

「別に、料理と洗濯だけだ。 親だってたまには帰ってくるし」

本当に、この親達がフラフラと帰ってきてはフラフラと出て行くので、調節が難しい。

残り物を処理するのは誰だと思ってるんだ。

「…いかん、学校では所帯じみたことを考えないようにしてるのに」

「お前、まるで学校には息抜きに来てるみたいだな」

「うるさい。 こっちだって気にしてるんだ」

俺の一生。 もしや家事だけで終わるんではなかろうか…。

「…主夫になれば無問題」

雪村が呟く。

そちらを見れば、無表情のまま親指なんぞ立ててやがる。

妹と結婚云々の話題を、いまだに引きずっているらしい。

言外に『弟よ』と呟いているのが聞こえる…。

まぁ、あいつなら金に困ることもなさそうだが。

が、俺が何か言い返すよりも早く、何かに気づいたように姫地のほうを見た。

「…桃香は、とりあえず浄化槽管理士資格から」

「なるほど、とりあえず資格から入るのか」

「いや、なんか就職先まで決まりそうだぞ、その資格」

「あははは…」

なんでこういうからかい方をするんだ、こいつは。

妹と俺をくっつけたいんじゃなかったのかよ。

常識的に考えれば、あっちも冗談か…。

「…困った。 重婚はダメか」

冗談…だよな。

「ったく、早く飯買いに行くぞ」

「あいよ」

「あ、いってらっしゃい」

「…ランドマインに気をつけて」

「んなもんあるか! ってか会話がループしてるだろ!」

「律儀に乗っておいて何を今更」

「あぁ、もう、行くぞ!」

が、そこで。

ピンポンパンポーン。

『おにっ…片野良幸君。 三年二組の片野良幸君。 片野未久美先生がお呼びです。 至急職員室までお越しください』

ピンポンパンポーン。

随分と舌ったらずな校内放送が流れた。

「あーーーーーー!!」

「うるせぇ」

急に奇声を上げた秀人をひっぱだく。

「み、み、みく、みくみくみくみ先生が居る!!」

そうか、そういや秀人達は、今日から未久美が学校へ来ていることを知らなかったのか。

「…びっくり」

「驚いてるようには、まったく見えんけどな」

俺と同様、今日は普通に学校へ来た未久美だったが、何かやることがあると言って、俺より遅れてきたはずだ。

俺と一緒に登校した秀人が未久美に気づかなかったのも、その所為である。

「それより、早く行かなくていいの?」

「…なんか嫌な予感がする」

遅れてきた理由って、多分この呼び出しと関係あるよな…。

まぁ、行くしかないか。

「んじゃ、行ってくる。 適当に食っててくれ」

「地雷…」

「三回も同じボケに乗れるか」

「あはは、いってらっしゃい」

「…いってらっしゃい」

「お前の注文したものは俺が食っといてやる」

「後で金払えよ…」

級友に素敵な別れを告げて、俺は教室を出た。

そうして、職員室まで歩を進める。

窓から見える外は、春の浮かれた風が抜けはじめ、気温は上がっているはずなのに何か爽やかな気分にさせる。

これから厄介ごとが待ってるかもしれないというのに、何を感傷に浸っているんだか。

俺も、まぁ、砂一粒ふた粒ぐらいは、本当に成長したのかもしれない。

もしくは、突飛な出来事を受け入れる受け皿が広くなったとか。

…皿が頑丈になったというほうが、正確か。

感慨に耽る間もなく、職員室にはすぐ到着した。

二回ノックをしてから、俺はその中に入る。

「失礼しまーす」

少し進んで目を下に向ければ、そこが未久美の席だ。

ちゃんと視線を下げることがポイント。

そうでないと、見えないからだ。

「あ、おにいちゃ」

ぺしっ。

「いたっ」

「蚊が止まってました」

この、ちんちくりんな教師が。

「むぅ、まだ五月なのに…」

頭をはたかれた未久美が、恨めしげに呻く。

そういや、まだ五月か…。

一年も二年も経った気がする。

懐古はともかく、俺は改めてそのちんちくりんの姿を見た。

片野未久美。

十二歳なのに十程にしか見えない外見と、それより低い精神年齢を持つ幼女。

ただし、数学の天才であり俺の担任教師であり、俺の妹である。

ちなみにこいつは四月生まれなので、普通に学校へ通っていれば小六ということになる。

今更といえば、激しく今更だが。

「んで、何の用ですか? 校内放送まで使って」

「あ、うん」

未久美が屈んで、自分の鞄を漁りだす。

そして、布に包まれた長方形の箱を探し当てると、それを俺に差し出しながら言った。

「一緒にお昼食べよ」

「んなことに校内放送使うな!!」

ここが職員室だということも忘れて、俺は大声で未久美にツッコミを入れてしまう。

慌てて周りを見回すと、怪訝そうな顔をしている教師が数人。

引きつった愛想笑いを振りまいてから、俺は屈んで未久美に顔を寄せた。

近くに他の教師はいないし、とりあえず、周りからは見えにくくなるはずだ。

「む〜、片野君、声大きいですよ」

「悪うございましたね。 未久美先生様がアホな事ぬかすからですよ」

一応教師と生徒モードに口調を切り替えて話す俺達。

俺のほうは皮肉でやっているだけだが。

未久美が取り出したのは、こいつ用に俺が作った弁当だった。

中身はノリ弁に残り物と冷凍食品の詰め合わせ。

流石に精魂込めて作ったとは言いがたい代物だ。

「むぅ、アホじゃないもん」

未久美のほうも遊びだったらしい。

あっさりいつもの口調に戻りやがった。

アホらしくなって、俺も敬語をやめる。

「教師と生徒が二人で飯なんか食ってたら、おかしいだろうが」

「恋人だとか思われちゃうかな?」

嬉しそうに聞く未久美。

「…俺が変態のレッテルを貼られるだけだろ」

その期待に応えることなく、俺は現実的未来を指摘してやった。

「む〜、じゃぁいいよ。 本当は場所も考えてあるし」

「あるのか?」

「うん、屋上」

「あそこは鍵がかかって…」

「じゃーん」

屋上には鍵がかかっている。

そういいかけた俺の目の前に、未久美がポケットから何かを取り出して見せた。

「…お前のケイタイが何の関係があるんだ?」

未久美が持っていたのは、こいつのケイタイだった。

ストラップやら何やらが、ケイタイと同じぐらいの分量くっついている。

というか、未久美はその飾りの一つを握っていて、一緒にケイタイがついてきたという感じだ。

まさか屋上一つに、雪村妹の国家権力を頼るわけではあるまい。

「あ、あれ?」

指摘すると、未久美は慌てた様子でポケットの中を漁り始めた。

中からボールペンやら消しゴムやら家の鍵やらが出てくる。

「お前、なんでもポケットに突っ込むのやめろよ」

小学生か。

いや、年齢的にはぴったりだが。

「むぅ〜…あ、これだ」

未久美が出したのは、名札のついた鍵だった。

名札には、そのまんま『屋上』の文字が。

「さっき、借りてきた」

「って、黙って取ってきたのか?」

「ちゃんと名簿に名前書いてきたもん」

うちの学校の鍵は、職員室に置いてある物を名簿に名前を書いて持ち出すことになっている。

鍵箱自体には鍵がかかっていないので、黙って持っていってもバレない様にはなっているのだが…。

「律儀というかなんと言うか…」

俺は頭を押さえてため息をついた。

「ねぇ、お兄ちゃん、ダメ?」

その俺の顔を覗き込むように、未久美が問いかけてくる。

…まぁ、計画にもなっちゃいないこいつの提案だが、俺の為にわざわざバレないよう考えてきたんだよな。

少し前と比べても、大した進歩だ。

鍵も借りちまったみたいだし…。

「…鍵は、適当に言い訳考えておけよ」

「じゃぁ…」

「ま、たまには屋上も良いだろ」

「うん!」

急に笑顔になって、未久美が勢い良く頷いた。

現金な奴め。

苦笑しながらも、なんとなくそれを微笑ましく思う。

「んじゃ、俺は購買にパン取ってくるから…」

「あ、待って!」

とにかく、俺も早めに飯を取ってこようと踵を返したが、未久美がそれを引き止めた。

「ん?」

振り向くと、未久美がまた鞄を漁っている。

「これ、お兄ちゃんのお昼ご飯」

未久美はそう言って、中からもう一つ弁当箱を取り出した。

俺は、一つしか弁当を作った覚えは無い。

「お前が作ったのか? これ」

「うん…」

今度ははにかみながら、未久美が頷く。

「なんだよ。 言えば手伝ったのに」

「えへへ、お兄ちゃんを驚かせたかったし。 自分で作りたかったの」

「そっか」

自然と自分の腕が伸びて、未久美の頭をなで…かけて止まった。

何か、視線のようなものを感じる。

視線を上げて、周りを見回す。

「っ!」

一人の教師と目が合った。

…里美先生だ。

遠くだし、俺達の会話は聞こえていないと思うが。

彼女は俺の疑惑に視線に、にこりと微笑みながらひらひらと手のひらを振った。

…どういう意味なのだろう、アレは。

里美先生に気づいた未久美は、同じように手を振り返したが、はっと気づいたように不満顔になった。

「むぅ…撫でてくれないの?」

俺に向かって唸る。

「里美先生が見てるんだ。 そんな訳にいかないだろ」

「…じゃぁ、後でちゃんとしてね」

「はいはい」

言いながら、俺は未久美が作ったという弁当を手にとった。

「それじゃぁ、お前は先に屋上行ってろ。 俺も五分位後に行くから」

「え、一緒に行こうよ」

「馬鹿。 そんなところ見られたら、隠れて食う意味無いだろ」

「むぅ〜」

やっぱり不満か…。

何かフォローを入れようかと考えたが、唸っていた未久美が急に顔を上げて、楽しそうな表情をした。

「あ、でも、これって逢い引きみたいだよね!」

「…アホか」

「逢い引き〜逢引き〜。 じゃぁ、屋上で待ってるから!」

「聞いちゃいねえし…」

未久美はその言葉の響きに酔いしれているようで、俺の言葉など耳に入らないようだった。

提案を了承したことを少し後悔しながら、俺は職員室を出た。

 

 

五分後。 俺は未久美に言った通り、屋上への扉がある踊り場まで来ていた。

普段は屋上に立ち入りできないとはいえ、人気の無いこの場所なら、弁当を食べている人間の一人や二人は居るのではないかと後で気づいたのだが、どうやらそんな心配は無用だったようだ。

そこはしんと静まり返っており、下の階の喧騒が遠く聞こえる。

授業をサボりたくなったりしたら、ここへ逃げ込もうか。

冗談交じりにそんなことを考えた。

「…と」

何も、こんなところで感傷に浸る理由は無い。

本当に人が来ないうちに、俺はドアノブを捻った。

「お…」

あっさり開いたドア。

目の前に開けた、金網越しの空。

思わず下を見て、足場を確認してしまう。

が。

「お兄ちゃん!」

確認する前に、腹に衝撃が走る。

「がふっ」

予定とは違った目的で視線を下げると、それはいきなり体当たりを仕掛けてきた未久美だった。

「いきなり何しやがる!」

「え? ドラマの逢い引きっぽくしようと思って」

「お前の見るドラマは、逢い引きの度に相手に奇襲を仕掛けんのか」

「違うよ! 今のは長い間会えなかった恋人同士が、その隙間を埋めるようにきつく抱き合うシーンだもん!!」

「五分しか離れてなかっただろうが…」

何だ、その変に細かいシチュエーションは。

「それだけ、お兄ちゃんが好きだってことだよ」

…一年ぐらい離れたら再会の喜びで核爆発でも起こしそうな勢いだな。

うぅ、みぞおち痛ぇ。

「とりあえず、鍵かけとけ…」

自慢げに俺への愛とやらを語る未久美を引き剥がして、俺は金網のほうへとフラフラと歩いていった。

「えへへ、密室密室…」

後ろでなにやら妹が物騒なことを呟いている。

凄いトリックで殺されでもするのか、俺は。

まぁ、とりあえず座ろう。

「あ、待って、お兄ちゃん」

「ん?」

鍵をかけ終えた未久美が、こちらへ走ってくる。

そして、金網に寄せてあった細長い筒を手に取った。

「何だ、それ」

「ビニールシート。 そのまま座ったら汚れちゃうでしょ」

言いながら、未久美がそれを広げ始める。

「…随分と用意がいいな」

「あっちゃんが、持っていったほうが良いよって」

「あいつに相談したのか」

「うん、あっちゃんも誘ったんだけど、今回は良いですだって」

昨日行った時はそんな暇も無かったし、帰った後で電話でもしたのだろう。

…今回は、ねぇ。

あいつ、気を回したつもりなのか。

「お兄ちゃん。 できたよー」

考えていると、未久美がそう言いながら正座をして、ぽんぽんとシートを叩いた。

「おう」

応えながら、俺はシートと同じく金網の前に置いてあった未久美の弁当を拾い、未久美に差し出した。

「ありがと」

それを受け取ると、未久美は包みを解いて中身を取り出した。

「お前が弁当作ってくるって知ってたら、もうちょっと気の利いた物入れたんだけどな」

中から出てきたのは、いつも通りのありあわせ弁当だった。

残り物のほうれん草の御浸し、冷凍食品のミートボールとスパゲティー。

あとは海苔を間に挟んだ白米。

新しく作ったのは、だし巻き卵と切り出したリンゴぐらいか。

いつもより貧相にすら見える。

「大丈夫だよ。 お兄ちゃんのお弁当いつも美味しいし」

「お、お前にフォローされるとは…」

「む〜! 私だってレディーだもん。 これぐらいシュクジョのたしなみでしょ!」

「はいはい」

…やっぱり、いつも通りのアンポンタンだ。

悲しいような、安心したような。

ともかく、俺も手に持っていた未久美の弁当を開けることにした。

恐る恐る、ふたを開けてみる。

中を見て最初に飛び込んできたのは、大きなハートマークだった。

桃色のさくらでんぷで書いてあるそれが、弁当の約半分を占めている。

「…」

「どお?」

どうと言われても。

「こっ恥ずかしいし、アイディアが古い。 かつ幼稚。 色んな意味で十二歳が作ったとは思えねぇ」

「むぅぅぅ…」

文句を並べながら、俺は星型で抜いてあるニンジンを拾って口に入れた。

咀嚼。

「ま、味は悪くない」

「むぅ、悪くない、なの?」

「…美味いっつってんだよ」

そう言った途端、未久美は相好を崩して上機嫌になった。

「もー、だったら最初からそう言えば良いのに」

「そうやって調子に乗るから言わねぇんだよ」

未久美をジト目で見ながら、俺は一緒に入っていたごぼうを摘んだ。

こいつもうちの親らの放任主義のおかげで、家事は一通りできるのだ。

とりあえず、食べられないようなものを作ってくる心配はない。

それでも何かやらかしそうで、今でも包丁を握らせるのは怖いのだが。

さて、次のオカズは。

「肉、かよ…」

焼いたカルビが、俺の箸に挟まれている。

「うん、元気出ると思って!」

「いや、そういう問題ではなく…」

焼肉を直接弁当箱にぶち込むというのは、まぁ、まだ許容範囲だ。

しかし、これは…。

「なんで同じ枠に、カルビとタン塩とレバーとロースが入ってんだよ」

アルミホイルで仕切られた弁当箱の隅に、数種類の肉がほとんど塊になって入っている。

正に肉塊。

「あ、ハラミも入ってるよ」

「だぁから、そんなバラエティー豊かな面々を、なんで一つのところに収める!」

「だって、せっかくお肉が一杯あったから、全部食べてほしかったんだもん」

お肉が、一杯?

「ちょっと待て、冷蔵庫に肉なんて入ってなかっただろ。 どうしたんだよ、これ」

「昨日お弁当の話したら、あっちゃんが用意してくれたの」

「あいつか…」

「何とか和牛の何とかで、すっごく美味しいらしいよ!」

「ついでにすっごく高そうだな」

自分の言葉で少し緊張しつつ、肉を口に運ぶ。

「うわ、うま…」

「お兄ちゃん、リアクションうすーい!」

「ほんとに美味いもんを食うと、こうなるんだよ」

言いながら、よく噛んで味を確かめる…。

美味い。

舌がとにかく美味いという情報を送ってくるのだが、どう美味いかと聞かれるとさっぱり表現できない。

…俺の舌が貧乏なのか、それとも語彙が貧乏なのか。

「ほんとに? そんなに美味しいの?」

「お前も食ってみろよ」

「え、でもそれお兄ちゃんのだし…」

言葉で表現するのを諦めて、俺は未久美に肉を差し出した。

だが、未久美は妙な義理を立てて遠慮する。

「んじゃ、交換だ」

思いついた俺は、未久美の弁当から解凍しただけのミートボールを掴んで、口に放りこんだ。

噛み締めると、妙な違和感を感じる。

ミートボール自体はそこまでまずいって訳じゃないが、この変な感じはつまり、あっちのほうが美味かったって事だよな。

何にしろ、こんな事でしか確認できないってことは相当貧乏だな、俺は…。

「それじゃ、一個…」

俺の行動を見て、未久美が肉を掴んで、口に入れた。

そしてゆっくりと咀嚼する。

「うわ、美味し…」

飲み込んだ未久美が、俺とほとんど同じリアクションをする。

「お前も相当貧しい奴だな…」

兄妹揃ってこれだと、なんだか切なくなってくる。

「これ食ってからだと、そっちの弁当なんて食えないだろ」

「そんなことないよ! お兄ちゃんのお弁当美味しいもん!」

「馬鹿。 見え見えの嘘つくな」

「嘘じゃないもん!」

「んじゃ、何の不満も無いんだな?」

「む…」

「ほれ、言ってみろ」

口ごもった未久美に、さらにつっこんで聞いてみる。

「お肉は、もうちょっと多いほうが良いかなぁとかは、、ちょっとだけ…」

「んだよ、やっぱり不満あるんじゃないか」

「えへへ…」

ツッコミを入れると、未久美は照れながら笑った。

「ったく、今度はなるべくお前の好きなもの作ってきてやるから」

「あ、じゃぁチョコパフェ!」

「弁当箱に入るものにしろ!」

馬鹿な会話を繰り返しながら、俺たちは互いの作った弁当を食いあった。

十分ほど後。

俺より早く食い終わった未久美は、何故か俺の横に移動してきていた。

こちらを凝視して、弁当を食う俺の表情を一瞬たりとも逃さないようにしているようだ。

かなり食いにくいのだが、まぁ、気持ちは分かるのでなんとも言えない。

弁当を最後の一粒まで食い終わると、俺はその謎の重圧からも開放されて首を後ろに倒して息を吐く。

「どう、どうだった?」

「最初に言っただろ。 …美味かったって」

「何点ぐらい!?」

…点数に拘るのは現代教育の弊害とか何とか、どっかのテレビで言ってたぞ。

「…85点」

「むぅ、微妙…」

「馬鹿。 普通のテストなんて、そんなポンポン100点なんて出ないんだよ」

「そっか…」

「ま、初めてで満点ってのもなんだろ。 また暇なときにでも作ってこいよ」

「うん、そうする」

返事をすると、何を思ったのか未久美は座ったままこちらに擦り寄ってきた。

「なんだよ」

答えずに、未久美は俺の肩にコトンと頭を落とした。

「だぁ、ひっつくな、鬱陶しい!」

「むぅ〜。 お兄ちゃんはムードが分かってないよ」

「分かりたくねぇ」

っていうか、今何らかのムードが発生してたか?

「むぅ〜〜〜」

唸りながらも、未久美は離れようとはせず、そのまま頭を俺の肩に擦り付けた。

「くすぐったいからやめろっての」

髪がやたらこそばゆい。

俺は未久美の頭を軽く叩いた。

「むぅぅ〜〜〜〜」

すると未久美は、崩れ落ちるように俺の胸を通過し、太ももへと頭を落とした。

そのまましばらく黙っていたと思えば、急にニコニコと笑い出す。

「えへへ、膝枕」

「意地でも離れる気無いな、お前」

乱暴にすれば未久美を引き剥がすこともできたが、昼食後の気だるい空気の所為か、それをするのも億劫だ。

これがムードという奴の効果なのだろうか。

「無いよー。 これからもずっとくっつくもん」

「迷惑な奴め…」

言い捨てた後、仕方なく俺は未久美をそのままにして、一緒に日光を浴びることにした。

転がって乱れた未久美の前髪を直すように梳くと、未久美は気持ち良さそうに目を細める。

が、髪に触る度に未久美が頭を動かすために、また髪が乱れる。

その度に俺は未久美の髪を直す訳だが、何故か苛立ちもせず、その作業を続けることができた。

未久美の髪が流れて、直して。

昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴るまで、結局俺達はそうしていた。

 

五時間目。

教壇の上では、さっきまで俺の膝の上でよだれを垂らしていた妹が、教鞭を取っている。

本人曰く、「あんまり気持ち良過ぎて寝ちゃった(てへっ)」だそうなのだが、こちとら未だに太ももが湿っている。

ついでに顎も痛い。

何故かといえば、予鈴に驚いた未久美が急に起き上がり、俺の顎を強打した所為だ。

あいつが言ってたムードなんてありゃしねぇ。

「えーと、ですから、ここが分かると、ここの答えも出るわけです。 分かりますか?」

「はいはいはーい! わかりまーす!」

「うるせぇ」

わざわざ身を乗り出して大声を上げる秀人の顔面を、教科書で叩く。

ちゃんと頭を下げて避けている雪村はナイスプレイだ。

「痛いぞ親友。 こういう所でのフラグ立てが重要なんだから、邪魔するな」

「姫地も、こいつがアホやらかしたら遠慮なくしばいてくれ。 この位置は叩きづらくてたまらん」

「うわ、無視かよ」

「あははは、精一杯頑張るよ」

「あ、あんまり気合入れなくて良いぞ、姫っち」

一通り注意事項の確認が終わって、未久美のほうへ向き直る。

「げ、元気があるのは良い事だと思います」

んなフォローいらんわ。

心でツッコミを入れつつ、俺は授業を再開した未久美をぼんやりと眺めた。

あいつが教師なんてしているのを見ても、最近は違和感が無くなってきた。

むしろ、さっきまで膝の上に乗せていたことのほうが、今では不思議に感じる。

…いや、あちらはあちらで、自分でも何であんなことしたのか分からない不思議行為だが。

なんか最近、未久美に甘くなってるな…。

この間までの罪滅ぼしを差し引いても、おつりが札単位で出る感じだ。

「片野君」

…勿体無い。

いや、そういう問題じゃないか。

「片野君!」

明日からは、きっと通常営業に戻ろう。

「片野君、片野君! むぅぅ〜〜…」

「片野君。 先生が呼んでるよ」

「あ?」

「なんで姫地さんだと気づくんですか!」

いや、何でと言われても困るんだが。

「…放置プレイ?」

「んな趣味ねぇよ」

いつも通り馬鹿なことを言い出す雪村を見て、ため息をつきながら言葉を返す。

「良幸にそんな高等プレイは無理だろ。 というかこいつは、誰も放置できなくてセーブ&ロードでギリギリまで全フラグを残しちゃうタイプだ」

「何だその例えは」

「あー」

「…なるほど」

「お前らも何で納得するんだよ!」

何故か同意する二人に思わず声が大きくなる。

が、そこに二人からの反応は無い。

というか、教室中がやけに静かだ。

平時なら、とりあえず素晴らしい事なのだろうが…。

雪村が、微かに口の端を曲げる。

姫地を見ると、苦笑しながら俺の後ろを指差している。

と言うか、今俺は姫地と秀人を視界に納める為に後ろを向いているので、通常なら前を見ろということな訳で。

物凄くクラスメイトの注目を集めている。

いや、それよりも…。

「むぅぅぅぅ〜〜〜」

「あ…」

前には、さっきからずっと無視している形になる未久美がいた。

「あー、未久美…先生?」

地響きでも出しそうな勢いで唸るうちの妹、もとい担任に、おずおずと声をかける。

この時点で充分情けないのだが、とりあえずそうも言っていられないだろう。

と、未久美が口を開いた。

その言葉は

「廊下に立ってなさい!!」

だった。

「は、ちょ、廊下って!?」

「授業を聞かない子は先生許しません!!」

「いや、罰重すぎだろ!!」

混乱していると、急に横にいた雪村が俺の腕を取った。

そのまま、自らの腕に俺の腕を絡ませる。

「な、何を!?」

何やら柔らかい感触が伝わり、俺の混乱がさらに増す。

「…先生の命令は絶対」

そう呟くと、雪村はいきなり立ち上がった。

思わず俺も椅子から腰を浮かせてしまう。

「そうそう、往生際が悪いと通信簿0にされるぞ」

雪村の意図を悟った時には既に遅く、いつの間にか俺の隣に移動していた秀人に、反対側の腕も取られてしまった。

「てめぇら、離せ!!」

「ふぉっふぉっふぉ、雪村の感触に気を取られたお主の不覚よ」

「ばっ、おま、何言って!」

秀人の言葉に、再び雪村のそのそれを意識する羽目になり、思いっきり顔が熱くなってしまう。

「あぁ、やっぱり片野君は大きいほうが…」

「姫地も何言ってんだよ!」

何故か自らの胸部を手で隠しながら姫地。

「………」

「って、おい、雪村?」

さらに何故か黙り込む雪村。

うつむいている顔がなんだか…赤い?

「ちょ、な、何で普通に照れてんだよ! いつもみたいにセクハラだ何だ言えよ!」

リアクションのおかしい雪村を問い詰めるが、奴はさらに俯くばかりだった。

しかも腕の力は緩まないのが憎らしい。

「こらー、女の子を苛めちゃダメだぞー」

「うるさいっ!」

と、秀人に怒鳴ったところで、またしても教壇から発せられる怒気を感じる。

いや、感じたというか、めちゃめちゃ河の豚と書いてフグ顔になっている我が妹の顔が見えた。

「廊下に連行!!」

指差しで、未久美がこちらを指差す。

「あいあいさー」

「…あいさー」

「って、雪村なんで元に戻ってんだよ!」

さっきまで俯いていたはずの雪村が、いつの間にかいつもの調子に戻って俺を廊下へと引っ張り始めた。

「…大戦略」

「は、嵌めやがったな!」

「まぁ、特に嵌める意味も無いけどな」

言いながらも、秀人もグイグイと俺を引っ張る。

「ちょ、は、離せお前ら! み、みく、片野先生!!」

必死で未久美に呼びかける。

が、それに対して返ってきた答えは…。

「べーっ!」

思いっきり舌だしやがった、教師のくせに。

「お、覚えてろよ!」

陳腐な捨て台詞を残して、俺は廊下へと連行されて行った。


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