いもうとティーチャー☆

第四十三限:妹ナカナオリ


未久美が帰ってきた翌日。 俺達は雪村邸へと足を運んでいた。

ちなみに学校はサボり。

未久美のほうは、里美先生に連絡を入れたところ、あっさり承諾してくれたらしい。

未久美の体調は原因が疲労だった所為かほとんど元に戻っていたが、もう一日安静にしないかと俺は提案した。

が、本人は大人しく寝てなど居られない様子で、この家に来たがったのだ。

「ほら、行くぞ」

「う、うん…」

いざここまで来たらやはり不安なのか、躊躇する未久美。

それを促して、相変わらず馬鹿でかい家の裏門をくぐる。

二回目とはいえ、俺だってこんな家に入るのは躊躇するが、こいつがこんな状態だしな。

雪村妹には、事前に連絡を入れておいた。

電話口では、「そうですか。 どうぞ」と言われただけだったが。

あいつの心中がどうなってるかはさっぱり分からない。

ともあれ、俺達は誰にも見つかることなく部屋の前にたどり着いた。

緊張しながら、扉をノックする。

「どうぞ」

承諾の声を聞いて、未久美の方を見る。

未久美のほうも、不安げに俺を見上げた。

「大丈夫だって」

萎縮した未久美の頭に、手をのせる。

「うん」

未久美の表情が少し和らいだのを見て、俺はドアノブに手をかけた。

「よう」

「…いらっしゃい」

扉を開けると、雪村妹が正面に立って俺達を出迎えた。

姉とよく似たその顔に、少し固い笑顔を浮かべている。

「仲直りは、出来たようですね」

「ま、おかげ様でな」

言うと、奴は一瞬顔をしかめて何かを言おうとした。

が、それは後だと判断したのだろう。

俺の後ろに隠れるようにして立っている未久美に声をかけた。

「よく、来てくださいました。 未久美さん」

「あ、う、むぅ」

雪村妹がこんな表情をしているのは、多分未久美と同じように不安な所為なのだろう。

返事に詰った未久美を見て、明らかにその色が濃くなる。

「…ほら」

その様子を見て、俺は未久美の背中を叩き、自分の横に立たせた。

「あ…」

未久美はまたこちらを見るかと思ったが、そんなことはせず、雪村妹の顔を見て、何かを決心したような表情になった。

その仕草が、なんとなく誇らしい。

「あ、あの、あの、あっちゃん」

「はい…」

「あんなこと言って、ごめんなさい!」

そう言って、未久美は盛大に頭を下げた。

角度は九十度だ。

そして、顔をうつむけたまま姿勢を戻した。

その後は一切口を開かずに、雪村妹の言葉を待つ。

それに対して雪村妹は。

「私こそ、すみませんでした!」

唐突に叫んで、未久美の首に抱きついた。

言葉を失う俺。

当事者の未久美も、勿論固まる。

「あれから、未久美さんを傷つけてしまったことをずっと後悔していました。 それなのに、未久美さんにこうして許していただけるなんて…」

とつとつと、未久美を抱きしめたまま自分の胸中を話す雪村妹。

未だに、自分の責任だと思っているらしい。

こいつらしいとは思うが、まったく…。

苦笑しながら考えていると、未久美が抱かれている体をもそもそと動かす。

そして、雪村妹の背中に両手を廻した。

「ううん。 あっちゃんは悪くない」

「み、未久美さん」

未久美の行動に、雪村妹が激しく狼狽する。

俺からみたら充分微笑ましい光景だが、当事者にとっては違うのだろう。

自分から先に抱き付いておいて、今更なんだとは思うが。

「今度からは、そういう時はお兄ちゃんを怒ることにするから」

「はぁ!?」

結局怒るのかよ。

俺が声を上げると、未久美は雪村妹を抱きしめたまま、顔をあげてこちらを見た。

「ダメ?」

窺うように、雪村妹まで上目遣いで俺を見ている。

その視線に耐え切れなくなり…、とはいっても耐える必要も無いのだが。

俺はため息を吐いた。

「…はぁ、好きにしろ」

まぁ、昨日の流れからすればそうなるよな…。

俺自身がそうしろって言ったようなもんだし。

気苦労が増えたんだか減ったんだか、さっぱり分からん。

「フッ。 フフフ」

堪えきれない様子で、雪村妹が吹き出す。

「笑うなって」

言いながらも、俺はその表情を見て安心していた。

やっと、こじれてたもんが元に戻ったな…。

そう考えていると、雪村妹がこちらを見たまま口を開いた。

「少し、未久美さんと二人きりにさせていただけませんか?」

「あ、なんか話でもあるのか?」

「あるから言っているんです」

さっき笑ったと思ったら、もうこんな態度だ。

「そりゃ、そうだ」

「分かったら、早く部屋の外に出てください」

どうしてこいつは、こう横柄な言い方しか出来ないのだろう。

それは人に物を頼む態度じゃないだろ、絶対に。

…頼んでないのか?

「それは良いけど…」

考えながら、俺は抱き合ったままの未久美と雪村妹を見る。

「何ですか?」

「変なことするなよ」

「貴方と一緒にしないでください」

からかったつもりだったのに、至極冷静にあしらわれてしまう。

「お兄ちゃんは私に変なことしたいの?」

「んな訳あるか、この色ボケ!」

で、逆にこっちが声を荒げる羽目になる。

何で嬉しそうなんだよ、お前は…。

「んじゃ、部屋の外にいればいいんだな。 …人は、来ないんだよな?」

「万一来たら、隣の部屋にでも隠れていてください」

「隣って、雪…お前の姉の部屋だろうが」

雪村と言いかけて、こいつがそれを嫌がるのを思い出し、訂正する。

考えてみれば、雪村妹って呼び名のほうが問題なんだろうがな。

俺の中では、雪村妹というのは既に固有名詞になってしまっているのだ。

「鍵はかかっていませんから」

「そういう問題じゃねぇ」

「そう心配しなくとも、そんなことは滅多に起こり得ません」

「その滅多に起こらない事が、俺の周りでは頻発してるんでな…」

「お兄ちゃんって、そういうのばっかりだよね」

「8割型はお前が原因だっての」

まぁ、ここで問答してても仕方が無いか。

「んじゃ、まぁ、ゆっくり話せ」

「さっきまでごねていた人の言うことですか」

「うっせぇ」

捨て台詞を吐いて、俺は部屋の外へでた。

無駄に広い廊下で左右確認。

とりあえず、いきなり隣の部屋に飛び込む羽目にはならずに済みそうだ。

雪村の部屋に興味が無い訳でもないが、わざわざ理由をつけて覗きたいほど俺は悪趣味でもない。

あいつの趣味特技なんてまったく知らないから、想像もつかないが。

趣向なら知っているが、いくらなんでも幼女の写真が部屋の中にどっさりなんてことはないよな。

いくらなんでも、なぁ…。

しかし、この調子ならわざわざ学校をサボることも無かったな。

あの二人も、なんだかんだもなくすんなりと仲直りできたし。

風邪が流行ってるから、欠席の理由はそれにしても良いかもしれないが、それだと明日元気満点に登校するのもおかしい気がする。

意味も無く明日も休むか。

しかし、そうすると余計学校に行き辛くなるよな。

…不登校ってもののきっかけを、俺は今覗いたのかもしれない。

馬鹿なことを考えながら、暇をつぶす。

そうして、脳が今晩の献立を組み立て始めたときだった。

「もう良いですよ」

部屋の中から声が聞こえた。

未久美との話の続きかとも思ったが、声の張り方からして違う。

実際さっきまでは、こちらに声が洩れていなかった訳だし。

ともあれ、慎重になりながら俺は部屋の扉を開けた。

すると。

「うぅーっ、ごめんね、あっちゃんごめんね…」

先ほどの抱きついた姿勢のまま、未久美が泣いていた。

雪村妹は困った顔をしながら、未久美の背中をあやすように叩いている。

「あーと、どういう状況だ?」

「な、泣かせるつもりはありませんでした」

「あのね、ヒック、私がね、あっちゃんの昔の話どかを聞いで、あっちゃんが大変だったんだっで分かっで…」

ぐしゃぐしゃの顔と声で、必死に説明しようとする未久美。

それをさえぎるように、俺はその頭を乱暴になでた。

「馬鹿。 俺がその話聞いちまったら、意味ないだろ」

「あ、ぞっが…」

同意の視線を、雪村妹に投げかける。

「別に、聞かれて困る話ではないのですが」

「そうなのか?」

が、返ってきた答えは意外で、俺は少々戸惑う。

じゃぁ、何で俺は外に出されたんだ。

「ただ、あなたがこれを聞くと、余計なことに気を回しそうですから」

「はぁ?」

さっきの未久美の話だと、雪村妹の昔が何だとか言ってたよな。

だとすると…。

「それ、お前だけで何とかなるのか?」

「このぐらい、自分で始末をつけます」

「そっか」

こいつがこいつなりに考えてそう言うんなら、俺から口出しすることもないよな。

「んじゃ、ま、がんばれよ」

「言われるまでもありません」

俺のほうに顔を向けると、雪村妹はニヤリと不敵に笑った。

 

 

「おっす」

翌日、結局俺は普通に登校することにした。

登校時間早めだが、教室には既に二人の人間が居る。

「うっす」

で、さらに俺の後ろからは、途中で合流した秀人。

「…ちゃっす」

「おはよー」

で、元々居たのは、姫地と雪村の二人だ。

「ダメだろ姫っち。 そこはキッスとかメッスとかトスとかボケないと」

「え、そうなの!?」

姫地に妙なことを教え込む秀人。

最後のは苦しいだろ…。

「…もしくは卑猥な淫語」

「もしくはじゃねぇよ。 関連性ゼロじゃねぇか!」

 こっちはこっちでいつも通りだし。

「ぜ、善処します」

「せんで良い…」

姫地までボケてるし。

来て早々、俺はため息をつく羽目になった。

ため息ついでに椅子に座る。

「片野君、風邪治ったんだ」

「ん、あぁ、すっかりな」

本当は引いてすらいないが。

「あの、もしかしてうつしちゃったかな?」

その俺の嘘に、おずおずと聞いてくる姫地。

「んなことないだろ。 姫地も直ってから学校来たんだし」

「で、でも…」

「だから、平気だって。 それに、姫地のおかげで助かったしな」

誤魔化すように、言葉を付け足す。

しかし、感謝しているのも本当だ。

「あ…、じゃぁやっぱり解決したんだね」

俺の言葉を聞くと、姫地は我がことのように、顔を綻ばせた。

「やっぱりって…。 顔にでも出てるか?」

「うん。 今の片野君かっこいいよ」

「な、なんだよそれ」

姫地の脈絡のない台詞に、声が上ずる。

「なんていうか、すっきりした顔ってしてるっていうか、ちょっと大人になった感じがする」

「そう、か…」

姫地の言ってることはあまり実感できない。

だから、そうやって褒められるとむず痒い。

「なんか、大人の階段を上るようなドキドキ体験でもしたのか?」

「…春のドキドキキャンペーン」

「してねぇし、そんなキャンペーンも開催してねぇよ!」

「通常営業…」

「あぁ、そうだよ!」

なぜかしょぼくれる雪村に、やけっぱちになりながら言葉を返す。

「いやぁ、なんか良い雰囲気作ってたから、応援しないといけない気がしてな」

「見守るつもりだった」

「作ってねえって…なぁ、姫地」

どこが応援なのかさっぱりだが、俺は追求を諦めて姫地に同意を求めた。

「あ、うん、そうだね…」

が、姫地から返ってきたのはハッキリしない返事。

まぁ、力いっぱい否定されるよりはマシか。

「…朴念仁」

「は?」

雪村が何事か呟いたが、よく聞き取れなかった。

姫地を見ると、苦笑している。

秀人を見ると、ニヤニヤと笑っている。

何なんだ、いったい…。

「…ついでだから、ちょっと片野君を借りる」

雪村が、席を立って俺の肩に手をかけた。

「何のついでなんだ?」

「分からん」

「多分ついでじゃないと思うよ」

話の流れがわからない俺は、姫地と秀人に問いかけてみたが、どうやら意味はないようだ…。

脱力して、思わず椅子をずり落ちかけたが、その俺の腕を雪村が両手で引っ張った。

「桃香、借りる」

「なんで姫地に断るんだよ」

「わ、私も困っちゃうな」

仕方なく立ち上がりながら、俺はそのまましっかりと握られてしまった右手を諦めて、左手で雪村の頭を小突いた。

「…痛い」

雪村が、両手に力を込めて抗議する。

ただし、表情はちっとも痛そうじゃない。

いや、いつもより少しだけ眉が寄ってる…か?

「はいはい、悪かったよ」

「良い…、これも含めて責任とってもらうから」

「責任ってなんだ!?」

「それを話す」

言うと、雪村は俺を引っ張って廊下へ出た。

「貸しちゃまずかったんじゃないのか、姫地」

「あ、あはは」

 

 

「んで、何の話だ」

廊下に出ると、雪村は俺の手を開放して窓側の壁に寄りかかった。

わざわざ距離をとるのも間抜けなので、俺も窓に寄りかかりながら体を雪村に向ける。

「…妹のこと」

「ま、だろうな」

俺が頷くと、雪村はこちらを見て大げさに目を見開いてみせた。

驚いている…のだろう。

多分に芝居がかってるが。

「お前から話があるなんて、あいつのことぐらいだろ」

「…実は告白」

「無いな、間違いなく」

「…つれない」

「うかつに乗ると収拾つかなくなるだろうが、お前のボケは」

「いつの間にか、分析されてる」

「実体験で散々教え込まれた所為だよ」

「その言い方、少し淫靡」

「淫靡なのはお前の頭の中だ」

「欲情する?」

「しねぇ」

「そう…」

雪村が黙る。

黙られても、俺も他に言うことはない。

さっきの発言を訂正するわけにもいかないし、する気もないし。

「…で、妹の話って何だよ」

結局俺は、雪村に本来の用件を促すことにした。

別に躊躇する必要もなかったのだが。

「元気になったみたいだから…」

「あぁ」

悪い知らせな訳がないしな。

昨日あれだけうちの妹に抱きついたんだ。

落ち込んでるわけも無い。

「ありがとう」

昨日のあいつの様子を思い出していると、雪村がぼそりと呟くように言った。

「あー、どっちかって言うと俺の所為だからな。 感謝しても損だと思うぞ」

ストレートに礼を言われると、どうしても照れる。

照れ隠しというわけでもないのだが、俺は無愛想に答えた。

「お礼、するわ」

「礼?」

「今度、一杯奢る」

「…サラリーマンかお前は」

いきつけの飲み屋でもあるのか、この娘には。

「じゃぁ、体で…」

言いながら、雪村がブラウスとセーターに手をかける。

そしていきなり持ち上げた。

その下から覗く肌色。

「あー、あー、あー! 一杯でも二杯でも奢ってくれ!」

「二杯はダメ」

俺が慌てふためくのを見ると、雪村は服を定位置に戻した。

今、ヘソが見えたぞ…。

「つーか、お前の体は酒一杯分かよ」

「なんならアンバサでも」

「120円分じゃねぇか」

「レアよ」

「はいはい…。 っていうかお前、俺が止めなかったらマジで脱ぐ勢いだったぞ」

「…その辺りは、片野君の稀代のツッコミ能力を信頼してる」

ブラウスをスカートに入れなおしながら、雪村がつぶやいた。

そんなことで信頼されてもなぁ…。

「…だから、妹のことを末永くよろしく」

「なんか勘違いしてる匂いがプンプンするぞ、その言い方」

「今年は忙しいみたいだから、子供は来年まで待って」

「忙しい忙しくないの問題じゃねぇだろ! 犯罪だ犯罪!!」

「…あの子が頑張るから平気」

「例の法律か…」

「知ってる?」

「まぁ、な」

ついでに言えば、何でそんなものを成立させようとしているかも。

あいつが未久美と結婚したいなんて言っているうちは、嫌でも俺まで巻き込まれることになるだろう。

「お前に言われなくても、長い付き合いにはなりそうだな…」

「…それなら、私たちも長い付き合いになるのね」

「まぁ、そうだな…」

少なくとも、高校を卒業すればそれっきりということにはなるまい。

「…片野君、何月生まれ?」

「9月」

「私は6月」

「…何が言いたいんだよ」

「よろしく、弟」

言うと、雪村は表情を変えずに俺の頭をぽんぽんと叩いた。

姉ぶっているらしい。

というか、こいつの頭ではいまだに俺とこいつの妹との挙式が行われているようだ。

「だから…」

まだそのネタを引っ張るか。

言いかけて、俺は言葉に詰まった。

…もしも雪村妹と未久美が結婚したら、こいつは本当に俺の姉になるのではないだろうか。

だからって、こいつを姉さんだの呼ぶ気はまったく無いが。

「…式はどこにする?」

「しつこい!」

「否定しないから」

「それは、だな…」

「取ってね、責任」

「責任ってそれか! っていうか何にもしてねぇって言ってるだろ!」

キーンコーンカーンコーン

そこで、チャイムが鳴った。

まだ15分前の予鈴だが、ちょうど良い。

「とにかく、戻ろうぜ」

話を打ち切って、俺は雪村を置いて教室へ戻った。

雪村は…まぁすぐ来るだろ。

何言っても誤解は解けそうに無いし。

キーンコーンカーンコーン

「…しまった」

キーンコーンカーンコーン

「桃香の応援…」

キーンコーンカーンコーン


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