いもうとティーチャー☆

第三十一限:妹シャワ


「な、何でお前がここに…」

口から出たのは、我ながら間抜けな質問だ。

ここはこいつの家なのだから、居て当然。

登場の唐突さは、扉の開いた隣の部屋を見れば説明がつく。

むしろ雪村の方が不思議だろう。

クラスメイトの男子が、妹と一緒に、びしょ濡れで、場所も知らないはずの自分の家におり、妹の部屋に入ろうとしている。

カードの組み合わせ次第で、どんな誤解でも作れる感じだ。

…良い意味のものは、一つもできそうに無いが。

そして、誤解も通報されるような事を想像されなければ、まだ良い。

怖いのは、この情報から雪村が真実を見つけてしまうことだ。

「…ヒモ?」

「何で、姉妹揃って発想が同じなんだよ」

俺が律儀につっこむと、雪村はそのまま黙って、俺を見つめ続ける。

要は、貴方達の関係は何ですかと聞きたいらしい。

いちいちボケないと話せないのか、この娘は。

「えーと、だな…」

ともかく、会話に乗ってしまった俺は、同時に、雪村の疑問にも答えなくてはならない様な気分になっていた。

分かってやってるとしたら、やたら巧みな話術だな。

さすが政治屋の家系…。

しかし、それに対して俺は、良い言い訳が思いつかない。

思わず、雪村妹のほうを振り向く。

「…」

すると、雪村妹はもうあのアホ面は止めており、目の前の少女と同じ無表情に戻っていた。

挟まれている身としては、かなり落ち着かない。

こうしてみると、やっぱりこいつらは似ている。

どうやらこの姉妹は、父母の遺伝子が0.1%まで同じ比率で配合されたみたいだな。

俺たち兄妹とは、えらい違いだ。

この二人なら、隠しても一発で姉妹だとバレるだろう。

…ダメだ、思考をめぐらせてみるが、さっぱり落ち着かない。

大体この視線が悪いんだ。

こんな風にじっと見つめられている時に、まともな言い訳が思いつくはずが無い…。

「淡森…?」

俺では埒が明かないと踏んだのか、雪村は妹のほうを見た。

…そういえばこいつ、こんな名前だったな。

「…どこで、片野君を拾ってきたの?」

「だから、俺はその辺に落ちてねぇ」

雪村は、俺のことを何だと思っているのだろう。

少なくとも、妹の友人の兄だと思っていないことは分かったが。

どう答えるのかと思い、俺は雪村妹を見る。

「…なぜ、貴方にそんなことを詮索されなければならないのですか?」

「お、おい…」

雪村妹の口から出たのは、拒絶の言葉だった。

「私が誰と帰ってきて誰を部屋に連れ込もうが、私の勝手でしょう」

その言い方だと、まるで俺たちが、爛れた関係みたいだろ。

それより、そんな言い方をされて雪村は何も思っていないのか。

「…そうね」

だが、彼女のほうは無表情に答えただけだ。

相変わらず何の感情も読み取れない。

表情豊かな雪村妹になれてしまった俺には、それがひどく不安に感じられた。

「雪村…」

「…妹の成長は、嬉しくもあり、悲しくもあり」

「はぁ!?」

ダメージを受けた様子はなし。

というか、変な誤解までしてるし。

「な、何を言っているんですか、貴方は!?」

雪村妹も動揺している。

いや、お前が言ったことをそのまま受け止めれば、自然とこうなるぞ。

…まぁ、こんな返し方をされるとは思っていなかったのだろうが。

「…私は桃香派だから、悩みどころ」

「姫地が、どうかしたのか?」

雪村の言葉は、時々意味不明だ。

姫地か…やっぱりあいつの助けが要るよな。

「ですから、私は桃香さんのような意味で言ったわけではありません!」

…雪村妹には分かったのか。

というか、姫地と知り合いだったらしい。

まぁ、あいつと姉のほうが幼馴染だしな。

知り合いじゃないほうが不自然か。

「もう良いです!」

そう言って、雪村妹はドアを開けて、部屋の中に入っていってしまった。

「…あー」

雪村に視線を向けられているのが気まずく、中に入るタイミングを逃してしまった俺。

「…妹を、お願い」

「え、あぁ…ってどういう意味で?」

さっきの続きで、ヒモとしてからかわれているのか?

まぁ、本気で言ってたのかもしれないが。

それとも…。

「早く部屋に入ってください! 良幸さん!!」

返事をしかねているところで、再び部屋から出てきた雪村妹に、いつも未久美に掴まれている辺りの服を引っ張られ、俺は雪村に視線を残しながら部屋に入った。

同時に、ものすごい勢いで扉が閉まる。

そして、雪村妹はしばらく扉を閉めた姿勢で止まった。

「…どうやら、行ったようですね」

姉が去るのを待っていたらしい。

つぶやくと、雪村妹はドアにもたれかかり、ふぅーとため息をついた。

「随分楽しい動きをするな、お前」

「…好きでやっているのではありません」

言って、雪村妹は部屋の奥に歩いていく。

部屋は、それなりに広く、ホテルの一室のようだった。

ただ、大きな本棚があり、そこにはファイルが沢山詰まっている。

仕事に使う書類といったところか。

机のほうは整頓されていて、よくある漫画のように、書類が山になっているということは無かった。

テレビには、接続されたままのゲーム機…。

その辺には、ついでに漫画本なんかも転がっていた。

「…じろじろ見ないでください。 シャワーは奥にありますから」

「ん? 俺はお前の後で良いぞ。 タオルでも貸しておいてくれ」

「その格好では風邪を引きます」

「お前も同じだろ。 一緒に入るわけにいかねぇんだから、部屋の主が先だ」

「っ! 何を考えているんですか!」

俺が言うと、雪村妹は顔を真っ赤にして怒った。

そんなに動揺すること無いのに。

「だぁから、そんなこと考えてねえよ。 雪村に言われたこと意識してんじゃないのか?」

「そ、そんな訳ないでしょう! 大体服はどうするんですか。 濡れたままで部屋に居られても迷惑です!」

「まぁ、それはそうだな」

「私が適当に持ってきますから、その間にシャワーを浴びていてください」

「え、適当に持ってくるって…」

「いいから、私に任せて置いてください!」

そうやって怒鳴ると、雪村妹は踵を返して、また部屋を出て行ってしまった。

「忙しい奴だな、あいつも」

言い負かされた形になる俺は、ここに居てもしょうがないので、言われたとおり浴室らしき場所へ向かう。

「それに、何を怒ってるんだか…」

部屋の奥にはドアがあり、その中には脱衣所があった。

トイレ、洗面台付のやつだ。

服を脱ぐより先に、中にある浴室を見る。

「…普通、か」

脱衣所を見て予測できたが、風呂場は決して広くない。

口からお湯が出るライオンとかをひそかに期待していた俺は、少々がっかりしていた。

風呂と体を洗うスペースが半々といったところか。

「うちと同じだな。 …とにかく入ろう」

他人の、それも部屋の風呂ということで、変に緊張した。

しかし、ここで意識したら雪村妹と同じだ。 思い切り良く入ってしまうことにした。

濡れた服を手早く抜いで、すぐシャワー。

すぐに熱いお湯が出るところなんかは、さすが金持ちだと感心する。

しばらく心地良さを堪能していると、ノックの音が聞こえた。

「おう、どうぞー」

「…着替えです」

「ああ、悪い。 そこ置いといてくれ」

あいつ、まだ緊張してたりするんだろうか。

ちょっとからかってみよう。

「寒いだろ、一緒に入るかー?」

「…いい」

激昂するかと思ったのに、硬い返事だ。

それほど緊張してるってことだろうか。

いや、待てよ。

あいつって、こんな答え方をしただろうか…。

「…妹は裏切れない」

「雪村!?」

「何?」

思ったとおりだ、俺の背後に居るのは、妹ではなく雪村だ。

「何で、お前がここに…?」

「…服、無いと困ると思って」

雪村妹とは、別ルートで俺を気遣ってくれたしい。

それはうれしいんだが…。

居るのは磨りガラスの向こうなんだが、裸の背中を見られているようで、どうにも落ち着かない。

「あ、ありがとうな」

「…」

雪村は無言だったが、なんとなく首を振っていると想像する。

そして、雪村は脱衣所を出て行った。

「フゥ…」

一旦ため息をつく。

まさか雪村が入ってくるとは…。

なんか雪村妹はあいつを嫌っているような印象があったのだが。

俺の勘違いだったのだろうか、なんだかんだ言って、ただの仲良し姉妹にしか見えない。

一家団欒なんてないって言っていたのに、このギャップは何だ?

シャワーを止めた俺の耳に、何か大きな声が響いた。

「! な、なぜあなたがここにいるんですか!?」

どうやら、雪村妹が姉と遭遇したらしい。

そして、脱衣所のドアが荒々しく開かれる。

「ここで姉と、何をしていたんですか!?」

「なにもしてねぇ! っていうか、何をしたってなんだよ!?」

「そ、それは…」

雪村妹が口ごもる。

言い難いことのようだ。 

「本当に何もなかったんですか!?」

「雪村は、着替えを持ってきただけだって!」

この状況で、俺が思ってしまったことが一つ。

…痴話喧嘩みたいだ。

恋人の浮気を疑う女。

否定する男。

って、俺は何を考えてるんだ。

相手は12歳のお子様だぞ。

やばい、そんなことを考えてたら、後ろにあいつがいるのが、やたら恥ずかしくなってきた。

「と、とにかく、俺は上がるから、一旦出ろ!」

自分の想像を振り払うため、俺は雪村妹を追い払ってから風呂を出た。

 

…そして、回想、終了だ。


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