いもうとティーチャー☆

第二十六限:妹レクチャー


一週間ほど経った放課後、俺と秀人は椅子に座りながら向かい合い、手元のメモを使いながら真剣に話しこんでいた。

横に、いつもの女子二人組もいるが、今日はそっちのけだ。

「だからな、この状態で相手を固めれば、6Kか2Sで二択が迫れるんだよ」

「ほう」

「で、6Kからなら、さらにまた2Sかこの必殺技で揺さぶれるわけ」

「ふぅん…」

「2Sが入った場合は、そのまま立ち近S入れて、HSの後覚醒必殺が入るぞ」

「なるほど」

「後、このキャラならループコンボがあるけど、あんまり複雑なのは出来ないだろ、お前」

「…まぁな」

「それ、何の話?」

そこで、秀人と俺の話に割って入ったのは、姫地だった。

男二人が向かい合って無駄かつ真剣に話している所に割り込めるとは、結構な強者だな、こいつも。

まぁ、俺は奴の話を聞いていただけだが。

「ん〜、ああ、ゲームの話だよ。 良幸が教えて欲しいとか言ってきてな」

隣の姫地に、秀人が答えた。

「へぇ、じゃぁ高山君のほうが上手いんだ?」

「ふっふっふ、まぁな」

「ただ単に、毎日小学生と遊んでるせいだろ」

得意げな秀人にツッコミを入れたが、聞いちゃいない。

たまにアテにするとこれだ…。

それでも俺は今、こいつ以外に頼る相手がいない。

「って、言うかお前どうしたんだよ? 俺と同じ道を歩む決心でもしたのか?」

秀人が不思議そうに聞いてくる。

まぁ、もっともな疑問だ。

今までの俺は、ある程度こう言うゲームはしてきたが、こいつに教えを乞うなんて初めてのことだった。

「勝ちたい奴がいる。 それだけだ」

だが、俺はどうしても勝たなければならないのだ、奴に。

「なんか、カッコイイねぇ。 男の世界って感じ」

「うむ、男はライバルがいてこそ、強くなれるものだ。 俺もかつてはそうだった…」

「どうせ、小学生だろ」

「…むぅ、あっちゃんだってそんなに変わらない…」

ガン!

「ふぎゃっ!」

今、何か変な声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだ。

俺の背後には、誰もいない。

俺が密かに蹴ったのも、机の脚だ。

「…校内暴力」

ちっ、目撃者がいたか。

雪村はぼそりと言うと、そのまま未久美の横にかがみこんだ。

「で、何で先生がここにいるんですか?」

しょうがないので、無視するのを諦めた。

まぁ、幸い反対側にいる秀人たちには見えなかったようだ。

そこは幸いだが…。

「むぅぅぅぅ」

…強く蹴りすぎたか。

未久美は答える事もせず唸っていた。

「…よしよし」

雪村が、俺が蹴った所を摩っている。

なんか、必要以上に触っている気もするが…。

「えー、先生はさっきから片野君の後ろにいたよー。 気付かなかったの?」

「ああ、全く気付かなかった」

まぁ、もちろん嘘だが。

後ろからこっそりと未久美が忍び寄っている事は知っていたが、俺はこっちの話に忙しかったので、無視した。

秀人が無反応だったのは不思議だが、どうせロクでも無い理由なので聞かない。

「あぁ、たまには先生とわざと距離を置くのも悪くないと思ったが、もう限界だ!って、あれ、先生どうしたんすか?」

…やはり、聞かないで正解だった。

なんだ、その説明くさいセリフは。

「むぅぅ…」

って、未久美の奴、本当にずっと唸ってるな。

いや、別に心配になんかならんが。

「平気ですか、先生」

一応聞いてみる。

どうせ、大した事じゃないだろうが、一応。

「むぅ、痛かった…。 お詫びに撫でて」

前半は本当に辛そうだったのに、セリフの最後にはいつものアーパーに戻っていた。

で、俺に訳の分からんことをのたまわってくる。

「んなの、雪村にしてもらってるから良いでしょ」

…聞いて不正解だった。 というか、もうこいつを気遣うなんて止めよう。

その言葉を聞くと、さっきから撫でていた雪村が。

「…ええ、皮がめくれて骨が見えるまで、撫でるわ」

「えぇっ!」

雪村のホラーめいたセリフに、未久美が奴の手から逃れ、俺の後ろに隠れる。

「冗談でも恐ろしいわ、そんなもん!」

「…半分本気」

「なお悪い!!」

「それだけ好きって事だよねー」

姫地の言葉に、コクンと頷く雪村。

「いや、そんな暖かい気持ちで受け止められないぞ、今のは」

「俺もそれくらい撫で回してぇ…」

「お前は自分の肌でもさすってろ」

「こすりこすり」

アホな事をぬかす秀人に言ってやると、雪村が自分の腕をさすっている。

微妙に伏し目がちだ。

「ボケっぱなしか、お前ら」

「大変だねぇ、片野君」

「そう思うなら、相方だけでもお前がつっこんでくれ…」

のほほんと傍観者の立場にいる姫地に、俺は半ば懇願して言った。

毎度の事ながら、このメンバーだと俺だけがやたらエネルギーを使わせられている気がしてならない。

もう一人ぐらい、こいつらを止めてくれる人材が必要だな…。

「うぅ〜」

かと言って、一連の会話の流れに脅え切っている未久美ではまったく役に立たないし。

つーか、制服にしがみつくな。 皺を取る為に頑張ってるのは俺なんだぞ。

大体、今回のボケの基点は、こいつじゃないか。

「…本当に何しに来たんだよ、お前」

しがみつかれているのを利用して、周りには聞こえないように小声で聞いてみる。

「お兄ちゃんと、お話したかったんだもん」

で、それに対しての妹の答えはこれだ。

「んなもん、毎日してるだろ」

「最近は、全然話せてない…」

「…まぁ、減ったとは思うが。 だからって、こんな所に混じらなくても良いだろ」

確かに、最近の俺は雪村妹の相手ばかりをしている。

だが別に、好きでやってるわけじゃない。

最初は未久美と雪村妹が遊んでいるんだが、いつも何故か俺と雪村妹は口論となり、代理戦争として、格ゲーが持ち出されるのだ。

で、それをやっている間は、結果的に未久美は無視。

結局決着がつく頃には、雪村妹が帰る時間になっており、目と指だけをやたらと疲労させた俺は、そのまま眠ってしまう。

青春の無駄使いという言葉が、1ミリの隙間もないほどピッタリと当てはまる生活である。

それに終止符を打つためにも、俺は今日ここで奴に完勝できるだけの、実力を手に入れなければならないのだ。

「こらお前、何先生と秘密会議してるんだよ」

「…秘密裏に抹殺」

秘密裏に話していると、秀人と雪村が視線を向けてきた。

こいつらが、未久美関連の事で俺を見逃すはずが無い、か…。

「別に、何でもねぇよ」

そっけなく答えて、俺の服をつかんでいる未久美の手を多少強引にはずす。

「あっ…」

「良いから、さっきの続き教えろ」

未久美の小さな呟きは気になったが、俺はそのまま秀人と向かい合い、先ほどのままの姿勢に戻った。

そうだ、大体俺は昨日、不覚にも雪村妹に勝ち逃げされてしまったのだ。

今日負けるわけにはいかない。

…思い出したら、腹も立ってきた。

「ん〜、実は俺、このキャラあんまり使わないんだよな。 あんまり裏もかけないし」

が、やる気が出てきた俺に対して、秀人は頼りない言葉を漏らしやがった。

「お前が役に立つのはこのぐらいなんだ。 しっかりしろ」

「ハッハッハ、お前は人に教える気を無くさせるのが上手いなー」

「これには、平凡な高校生男子のプライドがかかってるんだよ!」

「あんまり高そうなプライドじゃないねぇ」

両手を広げ、アメリカンなポーズで笑う秀人の胸倉をつかみ、脳から情報が引き出されるように思いっきり揺さぶる。

姫地のさりげない毒にも構っていられない。

「いや、本当にもう無いんだって! それ以上シェイクしたら、俺が挽肉になる!」

「なっても良いから、その前に役に立つ情報教えろ!」

「…相手は、対空性能が低いわ」

後ろから聞こえた声に、俺の手が止まる。

振り返ると、雪村が今度は未久美の頭を撫でながら、ポツポツと話していた。

「一番判定の強い6Pは、無敵も射程も短いから、HSを使っておけばまず負けない…」

「お前、こういうゲームできたのか?」

「相手のコンボは、基本的に2Kからと立ちPから。 どちらも途中の必殺技直前で、ゲージを使って割り込める」

俺の質問には答えず、淡々と言葉を紡ぐ雪村。

さらにその後も、いくつか対戦攻略を、朗読するかのごとく話していった。

その凄さに、だんだん未久美に密着していっているのも、気にならない。

「……後は、努力と根性」

「いや、そんな締めはいらん」

話し終えた時、雪村は完全に未久美を抱え込んでいた。

「た、助けてよー」

朗々としゃべりながら自分を撫でつづける雪村に底知れぬ恐怖を感じたのか、未久美は半泣きだ。

だが、俺がこの恩人に、そんな酷な仕打ちを出来るはずが無いじゃないか。

「…とにかく助かった。 サンキューな」

こいつが教えてくれたのは、雪村妹が使うキャラの弱点や癖だ。

あいつはほぼあのキャラしか使わないから、これで対策はばっちりと言えるだろう。

「しかし、何でそんなに詳しいんだよ、お前」

「…勝ちたい人間がいたから」

さっき俺が、秀人に教わる理由を聞かれ、答えたのと同じ回答だ。

最近の雪村は、俺のマネをするのがマイブームなのか?

いや、こいつが詳しかったのは、雪村妹のキャラのことだ。

もしかしたら、勝ちたい人間というのも、俺と一緒ということも在り得るのではないだろうか。

しかし、あの雪村妹の態度からして、二人でゲームをしているなんて考え辛い。

「…」

何も語らない雪村の瞳の奥に、いろんな感情を探してみる。

だが、超能力者でも、長い事付き添っている恋人でもない俺が、そこから何かを読み取れるはずも無く…。

「ぐっ」

逆に自分を見透かされている気がする。

「む〜…」

こいつなら、見事なぐらいに分かりやすいんだけどな。

ちなみに、今考えてる事は、99%の確率で、やきもち。

「何で見詰め合ってるんですか!?」

ほら、当たりだ。

まぁ、こいつほど表情に出やすい奴も、他にはいないからな。

「別に、ただ目が合っただけですよ」

「って言うか、最近のそいつらはいつもそんな感じですよ。 なっ、姫地」

とりあえず、適当に誤魔化そうとした俺を、秀人が邪魔をする。

にゃろう、俺と雪村の株を落とす作戦か。

「えっ、あ……うん、そうだね…」

話を振られた姫地が、何故か一瞬動揺してから答えた。

これって、賛同しかねるのポーズだよな?

確かに、最近雪村がやたらこっちを見てくるもんだから、俺も見つめ返す事が何度かあったが…。

「む」

「…不純異性交友」

「お前も、誤解されるような言葉を使うな!」

「あ、それ、キリンの新しいマイブームなんだって…」

何故か、微妙に凹んだままの姫地が解説する。

「前のままにしておいてくれ」

せめて「セクハラ」とでも言ってくれれば、俺がこいつにグチグチ言われるだけで済んだのに。

「むぅ!」

それを聞いて、未久美が雪村の腕の中から抜け出した。

そして奴は、また俺の後ろに入り、しがみつく。

このパターン、本日2度目だ…。

と言うか、端から見たら、この2回目の行動は、不可解極まりないだろう。

定位置に落ち着くと、未久美は俺だけに聞こえる音量で、唸り声混じりに呟く。

「…むぅ、目を離すと、すぐ浮気するんだから」

兄に対して言う言葉としては、色々間違ってるぞ、それ。

あてつけのようにしがみ付いてくる未久美の態度が、不審に思われないかハラハラしながら、俺は心の中でツッコミを入れた。


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