いもうとティーチャー☆

第二十五限:妹シマイ


「よぉ、雪村、姫地」

最近、少し変わった事がある。

「おはよー、片野くん」

「一応言っておくと、俺もいるぞ。 姫っち」

思いっきり存在を忘れられている秀人だが、これはもう、いつも通りだ。

世の中的には、いじめの領域に突入しているだろうか?

「………………おはよう、片野君」

「なんだよ、その異常に長いタメは」

問題は、こいつである。 雪村麒麟。 こいつが最近おかしい。

「…沈黙の中には、それだけ深い感情が込められている」

「どんなのだよ。 たかが朝の挨拶に込められる深い感情って」

「…セクハラ」

「はぁ!?」

それのブームは終わったんじゃないのか!?

って、言うかどういう意味だよ。

「女の子の秘密って事だねぇ」

何やら感慨深そうな姫地。

何か思い当たる事でもあるのだろうか?

「乙女の秘密領域か。 そこはかとなく禁断の…」

「死んでろ」

「うぐ、うお、うがっ!!」

目を細め、ニタっと笑った秀人に一撃食らわせる。

フックから、水面蹴り、伸び上がって掌底のコンビネーションだ。

素晴らしい手応えがして、秀人がダウンした。

しばらくは立てまい。

「……」

手を払いながら雪村を見ると、奴も俺のほうを見ていた。

「……」

「だから、なんだよ」

俺のほうをじっと見つめる雪村。

耐え切れなくなって、俺から口を開く。

「…振り抜きが足りない」

「何を分析してるんだ、お前は」

俺の技について考察していたらしい。

って、言うか、なんでこいつがそんな事を指導できるんだよ。

「はぁ…」

ため息をついて席に座る。

「……」

しかし、それでも雪村の視線は、俺から外れていなかった。

横目で表情を見るが、別に熱っぽく見つめているという風でもなく、いつも通りにぼんやりとだ。

「……」

最近、こう言うことがやけに多い。

やたら、雪村の視線を感じるのだ。

雪村妹と知り合ったすこし後ぐらいからずっと。

タイミングがタイミングなだけに、俺を不安にさせるには、十分な効果である。

「…何で見てるんだよ」

だが、俺は自分からは、決定的な事が聞けないでいた。

雪村の思考なんて、俺にはさっぱり分からない。

へたな事を聞いてしまったら、逆に墓穴を掘る事にもなりえるからだ。

「片野君も、大変…」

一瞬、心臓が活きの良い魚になって跳ねた。

「それって、どう言う意味だよ」

大きい波が去っても、それは陸に打ち上げられたが如く、びくびくびくびく痙攣している。

まさか、本当に俺達のことがばれた…?

「あっ、そのやり取り、前にも聞いたね」

「は?」

だが、その時後ろから姫地が言った。

「この前だよ。 片野君がキリンの顔を見てて、どうしたの? って聞いたら、雪村も大変なんだなって…」

「…そうだったか?」

雪村の顔を見ると。

コクン。

頷かれた。

「攻守交代だな」

…もう復活してやがる、秀人。

「…百倍返し」

「正直、根に持ち過ぎだろ、それ」

しかし、後ろ暗い人間が言われると、こんなに不安になる言葉だったのか、これ…。

次からは自重しよう。

「キリンは、怒ると長いから」

「そういう問題かよ」

とにかく、雪村が俺をずっと見ていたのは、何かに感づいた訳ではないと言う事なのだろうか?

「……………」

そんなやり取りをしたにもかかわらず、いや、したからこそ余計になのかもしれないが、それからも雪村は、俺のほうをずっと見ていた。

バレてない、よな…。

 

「なぁ、なんか不毛だと思わないか、この時間」

「…不本意ながら、同意します」

パンチを二発。 それを雪村妹は、ガードして防いだ。

そこで、今度は足払いをして、奴のガードを散らす。

案の定、雪村妹はガードしたが、次に俺が出した上判定の攻撃には反応できなかったようだ。

今度はまともに食らう。

ここから、俺のコンボの餌食だ。

「そう思うなら、いいかげん止めないか?」

「そうですね、これで終わりにしましょう」

パンチ、パンチ、斬り、斬り、大斬り。

「うりゃ」

最後に必殺、鳳凰乱舞の太刀。

が、そこで雪村妹がゲージを一本消費して、いきなり割り込みをかけてきた。

弾き返される、俺のキャラ。

そのチャンスを逃さず、雪村妹はそれを追撃に入った。

狂いの無い動きで、コンボが次々と入っていく。

「終わりです」

雪村妹が呟くと同時に、俺のキャラの体力ゲージが0になった。

…つまりは、俺の負けだ。

「凄いね〜、あっちゃん」

「…当然の結果です」

あいも変わらず俺の家。

あいも変わらずの幼女が二人。

あいも変わらず、雪村妹は、家に入り浸っていた。

「勝率は、五分だぞ」

「最後に勝った人間が勝者です」

で、今日の遊びは、リビングで格闘ゲーム。

この間巻き込まれてから、何故か俺はこいつらの遊びに付き合っている…。

1回目で味を占めたのか、参加しないと未久美がうるさいのだ。

はぁ…、何の因果で、俺がこんなガキどもと遊んでやらなきゃならんのだ。

この面倒見の良さは、保育士にでもなるべきなのではないだろうか?

悲しくて、勝手に指が動く。

「…何を、もう一戦やろうとしているんですか?」

「…」

やはり、それでも負けて終わるのは悔しい。

自分だけキャラを決定して、無言で待つ。

「…諦めの悪い人ですね。 本当にこれで最後です」

渋々といった感じで、雪村妹も、再度キャラを決定した。

これで勝ったら、今度こそ止めよう。

「む、またやるの?」

「これで最後だ」

「さっきもそう言ってたよ」

「じゃぁ、幻聴だ。 耳鼻科行って豊胸手術してこい」

「…滅茶苦茶なことを言わないでください」

俺が話していると、雪村妹が開始早々攻撃を当ててきた。

「ちっ、不意打ちかよ!」

「…気を逸らす方が悪いんです」

俺の悪態も、雪村妹は平然とい受け止め、更に攻撃を重ねる。

ちなみに、未久美の方はさっきから見ているだけだ。

こいつはテレビゲームはやらないほうだし、やっても俺たちの相手になるとは思えない。

「むぅ、ホーキョーって何?」

どうやら、こいつは豊胸の意味すら知らなかったらしい…。

こいつにとって、もっとも欲しいだろう情報を知らんとは。

知ったら、早速手術しに行きそうだ。

「…未久美さんは知らなくて良い事なのですよ。 むしろ、あんなものは社会悪です。 触れてはいけません」

雪村妹は、わざわざ未久美の方を向いて、穏やかに微笑んだ。

…こいつの笑顔って、初めて見るな。

未久美と同い年のくせして、奴を包み込むような暖かな笑みを浮かべてやがる。

「そりゃ」

「あ、あっちゃん負けた」

まぁ、奴が未久美に気を取られていても、俺はやる事はやるんだが。

俺のコンボが雪村妹のキャラに炸裂し、そのまま体力ゲージが0になった。

俺が一本先取だ。

「…卑怯ですよ」

「気を散らす方が悪いんだよ」

さっき言われた事を、言い返してやる。

そしてそのまま、二戦目に突入した。

「って、言うか、姉みたいな発言するな」

こいつらは全く、姉妹そろって変な趣味をしやがって。

横目で雪村妹を見る。

「…あんな人と一緒にしないでください」

思いきり、睨まれた。

なんだって言うのだろう。

姉の話になった時の、こいつの頑なさというのは。

「…その態度なら、お前が雪村に、未久美の事を言ってる訳は無いよな」

「言うわけがありません。 それにあの人は、私が何をしているかなど、興味もありませんよ…」

ふと、雪村妹の顔に、不快さ以外の感情が混じった気がした。

「…私の勝ちです」

が、それが何かを考えている間に、俺のキャラは何時の間にか負けていた。

こいつが何を思ってるかなんて、考えても無駄か。

「次で最後だ」

「ええ」

最後の戦いが始まった。

お互いに無言で、技を繰り出す。

…良し、今のところ、俺が優勢だ。

「む〜」

「うがっ!」

が、そんな所で、いきなり背中に鈍い重みがかかった。

「何すんだよ、お前は!」

「む〜、だって、暇なんだもん…」

構ってやらなかったのが、密かにストレスだったらしい。

未久美は俺の背中に頭をつけると、唸りだした。

「あぁ、だからってこの大事な局面で寄っかかるな!」

「む〜〜〜〜」

俺の抗議にも耳を貸さず、未久美は更にぐりぐりと頭を動かす。

こそばゆい。

が、不思議にも雪村妹は、その隙につけこんだりしてこなかった。

ただじっと、こちらを見ている。

姉妹そろって人の顔がそんなに珍しいかとか言ったら、また睨まれそうだな。

「…ずいぶんと余裕ですね」

「好きでやってるんじゃねぇよ」

言い返しながら、戦う。

被害にあっているのは俺なのに、どちらかと言えば、雪村妹のほうがパワーダウンしているように思えた。

で、結局俺の勝ちで決着がつく。

それでも、雪村妹はこちらを見るのを止めない。

まるで、勝負の結果などどうでも良いかのようだ。

「…もしかして、羨ましいのか、お前」

試しに言ってみる。

俺は正直うざったいが、こいつの事だ。

未久美にぐりぐりされたいなどと考えていても、不思議は無い。

だが。

「そんな訳無いでしょう!」

びくっ!

俺の背中に引っ付いていた未久美の体が、一瞬はねる。

だが、驚いたのは俺も同じだ。

いきなりこんな過剰反応をされるとは。

「何故私が、貴方に甘えなくてはいけないのですか!」

…はぁ?

雪村妹の突飛過ぎる言葉に、適切なツッコミが思い浮かばない。

「何でお前が未久美の立場なんだよ」

甘えられたいって話じゃないのか。

俺がそう言うと、雪村妹はきょとんとした表情になった。

どうやらこいつは、思い違いをしているようだ。

「俺が言ってるのは、未久美に引っ付かれたいんじゃないかって事だ」

「…そうだったんですか」

なんだよ、つまりアレか。

「む、あっちゃんもお兄ちゃんにぐりぐりしたいの?」

ってことか?

「遠慮をさせていただきます」

違うらしい。

まぁ、雪村妹が、俺にくっついてきたいなんて言い出したら、俺もさすがに耳鼻科にいくが。

「…私が兄妹を見て、羨ましがるはず無いでしょう」

その後に雪村妹が呟いたセリフは、何故か言い訳がましく、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

「お前」

「…」

俺が何か言うのを遮るように、雪村妹がゲームのキャラを決定した。

「まだやるのかよ」

「先程のアレは、テニスで言えばアドバンテージです。 連勝していただかなければ、納得できません」

「負けず嫌い」

「先程のご自分の行動を、省みてください」

「む〜、まだやるの?」

「安心してください、未久美さん。 すぐに片付けますから」

「おい、お前今片付けるとか言ったか?」

「ええ、何か問題が?」

「…にゃろう。 もう一勝して、すぐ終わらせてやる」

雪村妹の態度は気になったが、俺はあえて触れないことにした。

いまさらだが、干渉し過ぎな気がしていたからだ。

自分だって妹のことで大勢に隠し事をしているのだから、人の事などはとても言えた義理ではない。

「む〜、なんか、終わらない気がする」

はたして、未久美の予測は正しかった。

この後、食事が終わっても、続行した俺達の戦いは、寝る時間になっても決着がつかなかったのだ。

「む〜…」

この間、未久美がずっと俺の背中で唸っていた事を、のちのちの話の為に記しておく。


次の授業へ  復習する   時間割を見る   TOPへ