いもうとティーチャー☆

第二十四限:妹フウフセイカツ


アレから一週間が過ぎた。

アレというのは、もちろんアレのことなのだが…。

「おはよー、片野君。 と高山君」

「ウス、おはよ」

「姫っち…、なんか待遇の差が分かりやすいぞ」

朝早くの教室。 一度早めに出てきてから、俺達の登校時間はそのまま固定されてしまった。

教室に入ると、そこに居るのは二人だけ。

姫地と。

「…おはよう」

雪村……姉の方だ。

「おう」

「やぁ、ユッキーおはよ…」

秀人が挨拶を返そうとして、止まった。

雪村のほうを見ると、彼女の視線は既に遠くを見ている。

「もしかしてユッキー。 俺の存在自体を無視?」

「高等テクニックだねぇ〜」

「関心すんなよ、そんな事で」

ため息をつきながら席につく。

秀人は打ちひしがれ、立ちつくしている。

「雪村…も、フォロー入れろ」

「ん、今なんで詰まったの?」

「別に、ちょっと噛んだだけだ」

まさか、(姉)と言いそうになったとは言えない。

「…芸人として致命的」

「んなもん、なる気ねぇよ」

ツッコミを入れるついでに、雪村の顔を見た。

…最初に感じたほど、どこまでもそっくりって訳じゃないな。

あいつはもっと不機嫌そうな顔をしてるし、こいつより生意気な感じもした。

しゃべった印象の所為かもしれないが。

「…」

ぺたぺたぺた。

「何やってんだ、お前?」

いきなり、雪村が自分の顔に手を這わせ始めた。

何かを探すように、顔を撫で続ける。

「…じっと見てるから、顔に何かついてるのかと」

「先読みし過ぎだろ、それ」

相変わらず、よく分からない思考をする奴だ。

「ユッキー、気をつけろよ。 それは獲物を狙う目だ。 そいつの触手がうにょうにょと…」

「伸びんわ、ボケ!」

「がふっ!」

殴るのはリーチが足りないので、カバンをぶち当ててやると、秀人は黙った。

「…うにょうにょ」

「片野君って、凄いんだねぇ…」

片手をうにょうにょと動かす雪村。

何故か顔を赤らめる、姫地。

「お前ら、悪い事は言わんから、一生こいつの発言と存在は無視しつづけろ」

その方が、この学級と俺の平穏は、保たれる気がする。

「…それで、何?」

再び、真顔で聞かれる。

いや、いつもこんな顔だから、これが真顔だなんて、決め付けられないんだが。

やっぱり、『あっち』の方が感情は読み取りやすい。

まぁ、蔑みやら、軽蔑の感情なんて、読み取りたくもなかったが。

「ん、まぁ、雪村も大変なんだな…と思って」

思い出すと同時に、俺はふと、そんな事を言っていた。

「それって、どう言う意味?」

「何となくだよ、何となく」

不思議そうに聞いてくる姫地を適当に流し、カバンを漁る。

何で雪村にあんな事を言ったのだろうと自問してみると、答えは簡単だった。

つまりは、俺は自分と似た境遇を持つこいつに、親近感を抱き始めているのだ。

天才の妹を持つ、雪村麒麟に。

「でもなぁ…」

物思いに耽りつつ、俺は息を吐き出す。

実質、今の俺は単純計算で、こいつの二倍、苦労を背負い込んでいたりするのだ。

もしこの時、そのまま机に突っ伏さなければ、俺は雪村の困惑顔という、珍しいものが見れたかもしれない…。

 

「ただいま」

玄関を開けると、既に未久美の靴がある。

学校帰りに秀人とぶらぶらした為、俺の方が遅い帰宅となったようだ。

ちなみに、玩具屋までは付き合ってやったが、学生服のまま、18歳以下はお断りなゲームが売っている店に入ろうとした時点で、俺は奴を殴って帰ってきた。

ポケットの中に入っているガチャポンが、やけに空しい。

ともかく、俺はそのまま、部屋のドアを開けた。

「お帰りなさい、アナタ♪」

「……それは、殴れのサインか?」

そこには、白いエプロンをつけた未久美がいた。

やたらフリルがついた、丈の短いエプロンだ。

一応言っておくが、下にちゃんと服は着てるぞ。

…何を弁明をしてるんだ、俺は。

で、料理を作ってるわけでもないのに、お玉とフライパン返しを持っているというのが、さらに謎を深める。

「む〜、ただいまオマエ♪ とか言ってよ〜!」

「んなセリフ、誰が言うか!」

のっけから、とんちんかんな事を言う妹の頬っぺたを引っ張ろうとする。

「…ただいま、オマエさん」

「うおっ!」

そんな時、後からもっととんちんかんなセリフが聞こえたら、誰だって驚くろう。

少なくとも、俺は驚いた。

臨戦態勢を取りながら振り返ると、そこには、雪村…妹の方がいた。

ネクタイと背広を着ているが…、正直サイズが大きめだ。

ネクタイは腿まで達しているし、背広の袖も余っている。

「…何してるんだ、お前ら」

何となくいやな予感をさせながら、俺は聞いてみる。

「…予行練習です、結婚生活の」

しれっと、雪村妹が答える。

ほぉ、で、この出で立ちなぁ。

しかし、これというのは…。

「要は、ママゴトかよ」

「む〜、違うもん! お嫁さんの練習!」

何が気に食わないのか、未久美が怒って訂正する。

「に、しても、仮にも社会人がママゴトとは…。 お願いだから、来年には卒業しろよ」

社会人ではなくとも、12歳の女子が二人そろってママゴトというのも、かなり寒いが。

「ですから、予行練習といっているでしょう。 私と未久美さんのための」

やはりこっちも気に食わないらしい。 雪村妹もそんな言い回しに拘る。

少々ムキになっているのが、面白い。

「違うよ、あっちゃん。 あっちゃんは私に付き合ってくれてるだけでしょ」

…その雪村妹の言葉に、今度は未久美が言葉を返す。

「え、いや、その、未久美さん…?」

そちらからの反撃は予想外だったのか、雪村妹は動揺した声を出す。

「どうでも良いけど、俺越しに会話をするのはやめろ」

どちらを向いてよいのか分からなくなった俺は、とりあえず未久美の横をすり抜けて、部屋の中に入った。

俺が座るのにあわせて、二人もこちらを向いて座る。

「んで、何でそんな珍奇な遊びしてんだよ」

「む〜、今日はあっちゃんが遊びにきてぇ…」

「今日はって言うか、毎日だろ」

雪村妹の顔を見ながら、未久美に言葉を返す。

このガキは、一度うちに来てからは、ここ一週間毎日家に通い詰めだ。

一昨日なんか、飯まで食っていきやがった。

「…ご家族の方への挨拶ぐらいは、済ますべきでしょうし」

「その割には、うちの両親には何も言ってなかったけどな」

「時期というものがあるんです。 それを見極められない人間に栄光はありません」

とりあえず、両親の間では、こいつは未久美のお友達と言うことになっているらしい。

…未久美が同年代の友達をはじめて家に呼んだということで、二人とも嬉しそうだった。

「それでね、あっちゃんが、今日は『お嫁さんの練習をしましょう』って言って…」

「ママゴトをしたと」

「む〜、だから違うの! おままごとなんて、小さい子みたいなことしないもん!」

十分小さいだろ。 と言いかけてやめた。

なんか、永遠に会話がループしそうだ。

「…お義兄様さえ邪魔しなければ、今ごろ私は未久美さんと仮想新婚生活を送れたというのに」

「だから、その呼び方はやめろ…」

言い出した雪村妹にも、邪な思惑があったらしい。

いつもより冷たい視線で俺を睨む。

「でしたら、貴方も雪村妹などと言う呼び方はやめてください。 不愉快です」

雪村妹は、俺にそう切り返すと、フンと鼻を鳴らした。

「別に良いだろ、本当に雪村の妹なんだから」

「ですから、あの人と一緒にされるのが、不愉快だと言っているんです」

こいつの言動を聞いていると、どうにも姉との仲が良いとは思えない。

二人の間に、何があると言うのだろう。

「お前なぁ、確かに雪村は変な奴だけど、そういう言い方はないだろ」

「貴方の知った事ではないはずです」

「む〜〜!! 二人とも、喧嘩しないでよーー!!」

俺が更に言い返そうとすると、未久美が唸った。

この一週間、俺と雪村妹は度々口喧嘩のような事をしてきたが、それを中断させたのは、全て未久美の唸り声だ。

「み、未久美さん、すいません…」

これを聞くと、雪村妹は条件反射のごとく、冷静さを失うのだ。

強いやつを見るとワクワクしたりするのと、同じ原理だろうか?

「はぁ、ともかくお前の話は分かった…。 で、俺はその所為で大変疲れたから寝る。 よってリビングで遊べ」

俺は手早く言うと、自ら立ち上がった。

「む〜、お兄ちゃんの横暴ー!」

「うっさい、今までの自分の暴君ぶりを鑑みろ」

と、言うか、兄貴の権威なんて、最近めっきり使っていなかった気もする…。

あるかどうかも疑問に思えるほどだ。

「あっ、そうだ、ちょうど良いから、お兄ちゃんも一緒に練習しようよ!」

「俺にも、ママゴトをやれってか」

って、言うか、ちょうど良いってなんだ?

「む〜、夫婦の練習!」

「結局やる事は一緒だろうが」

健全な高校生男子が、何でそんな首を括りたくなる事をせねばならんのだ。

「お兄ちゃんが旦那様で、私が幼美人新妻ね」

「幼ないだけだろ、該当してんの。 つーか、やらんって言ってるだろうが」

むしろ、こいつの欲望丸出しのキャスティングだ。

糸が透けて見えすぎて、いつもながら辟易する。

「あ、あの、未久美さん、そうすると私は?」

この配役に不満を持ったのは、俺だけではなかった。

夫役を降板させられた雪村妹も、当然ながら弱々しい抗議を上げる。

「あっちゃんは、子供の役」

「う…、分かりました」

が、そんな質問とも取られかねない言葉では、今の奴には届くわけがない。

あっさりバッサリと言葉で斬られた雪村妹は、すごすごと引き下がった。

結構不遇な奴だな、こいつも。

多少の哀れみを持って奴を見ると。

「これで勝ったなどと、思わないでください」

意味不明な事を言われて睨まれた。

いつ、俺とお前が勝負した…。

同情なんてした俺が馬鹿だったか。

「って言うか、俺はやんねぇって言ってるだろうが」

危ない危ない…。

何時の間にか俺が参加する流れになっていた。

俺も思わずつっこみ忘れるところだったじゃないか。

「む〜、何で〜?」

「だぁから、言っただろ。 俺は眠いんだよ」

本音を言えば、ただママゴトをやりたくないだけなのだが、それを言っても「む〜、おママゴトじゃないもん」とか言われるだけだ。

一言一句、脳内にもう一人未久美がいるんじゃないかって程、その光景が浮かぶ。

よって、この案は却下。

そんなわけで、俺は今日は寝て過ごす事に今決めた。

ただ、このまま寝てしまったら不貞寝のようで癪ではあるのだが。

「…それじゃ、布団敷いても良いよ」

「ふぅ、やっと諦めたか」

「ううん、ここで練習する」

「…なるほど、嫌がらせですか。 それは良いですね」

雪村妹が、淡々とそんなセリフを口にしてくれる。

無表情なのがむかつく。

「お前ら、俺に何の恨みがあるんだ」

未久美と言い、雪村妹と言い…。

「そうじゃなくて、私とあっちゃんも一緒に寝るの」

「今度は一緒に昼寝ってか…。 お前、光の早さで退行してないか?」

それって、幼稚園児とかがする事だろ。

「お布団を使って練習するんだってば! 夜の夫婦生活の練習!!」

「はぁ!?」

「はい!?」

園児まで退行したと思った妹が放つ、大人の空気が漂う言葉。

その発言に、俺と雪村妹、両方が驚きの声を上げた。

「出来るか、んな事!」

「む〜、何で〜?」

「未久美さん、早まらないでください! そう言ったことでしたら、いつでも私が…」

それはお前の願望だろう。

「ん、あっちゃん、何の話してるの?」

「何って、お前。 もしかして自分が何言ったか分かってないのか?」

「む〜、分かってるもん。 夜になったら、愛する二人、同じベッドで同じ時を過ごし、同じ夢を語り合うんでしょ」

「…どこからパクった、その文章」

どうやら、具体的にどうこうするとか言う方面の考えは、持っていないらしい…。

まぁ、幼稚園児並の考えしか持ってないこいつだしな。

そんなことじゃないかとは思ったが。

「未久美さんと同じベッドで、同じ時を…」

が、その言葉に、雪村妹はトリップしている。

奴の場合は、それで十分なようだ。

つーか、家にベッドはない、諦めろ。

「って、それって要は、俺にベタベタくっついて、ベラベラしゃべるって事だろ」

「うん!」

憎らしいくらいの、満面の笑みだ。

「…いつもと、どう違うんだよ」

「私が、お兄ちゃんのこと旦那様って呼ぶところ」

「それは大変にポイントが高いですね」

「お前は黙ってろ」

阿呆としか思えないことを口走る雪村妹に言う。

「さぁて、布団〜、お布団〜♪」

その間に、未久美はエプロンをヒラヒラさせながら、布団を敷きにかかった。

その後姿は新妻…にはやはり見えない。

「勝手に敷くな! やんねぇっつってんだろうが!」

「え〜、なんで〜?」

「だから、俺が寝れないだろ!!」

…こんなやり取りが、都合1時間ほど続き、その後、未久美に夫役を降板させられ、傷心の雪村妹は帰っていった。

 

で、夜。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん」

「…なんだよ」

電気も消して、さぁ寝ようというところだ。

念の為言っておくが、布団はちゃんと二つある。

その、片方の布団に包まった未久美が、俺に話しかけてきた。

俺は体を未久美の方に向ける。

「お昼に出来なかったから、…夜の夫婦生活しよ♪」

「何を言い出すかと思ったら…」

薄明かりの中、満面の笑顔で言い出す未久美を見て、俺はそのままもう一度半回転して、元の位置に戻った。

まだ諦めてなかったのか。

ため息がでた。

「む〜、やろうよぉ。 あっちゃんもいないから、色々出来るよー」

「出来なくて良いわ」

つーか、何をしようとしてるんだ、お前は。

「ねぇねぇねぇー」

なおもしつこく、未久美は付き纏ってくる。

…このままでは、寝られそうにない。

そう考えた俺は、妥協してやることにした。

「分かったよ。 そこまでいうならやるさ」

「ほんと!?」

「ああ、細部までリアルに再現しつつも、濃厚な夜の夫婦生活を演じきってやる」

「やった!」

俺が宣言すると、未久美はもそもそと近づいてきた。

こう言われて無邪気に喜ぶお前は、どうかと思うぞマイシスター。

「それじゃぁ…ア・ナ・タ」

が、俺は進入してきた未久美に対して、掛け布団を体に巻きつけて防御する。

「む〜、何してるの? 入れてよー」

「明日は朝一番で会議なんだ…。 今日はもう寝かせてくれ」

そして、未久美の抗議に対して、少々芝居がかった口調で返事を返した。

「む〜、お兄ちゃんに会議なんてないでしょ!」

「…大抵の夜の夫婦生活なんて、こういうもんだっての。 満足しただろ、とっとと寝ろ」

ちなみに、夫のこの冷たい態度が原因で、妻がホストクラブに走ってしまう所までが定番だが、その辺は一人でやってもらおう。

「むーーーー!!」

振り向けば、未久美が頭から湯気を出している所でも見られるだろうか?

まぁ、もうこいつが湯気を出していようが蒸気機関を生み出していようが関係ない。

限りなくリアルなママゴトを終えた俺は、そのまま眠りに就く…のであった…。


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