いもうとティーチャー☆

第二十三限:妹ケッコン


「まず、ごくごく自然な疑問なんだが」

俺は、意を決して口を開いた。

黙っていてもしょうがないという気持ちもあったが、そんな事より、未久美と同じ12才の少女に威圧されている自分が嫌だった。

「…何でしょう」

雪村妹は、あくまで冷静な対応だ。

思いきり、彼女の姉を思い出させる。

ただ、あいつの場合は、多少緩んだ感じがあったのに対し、この目の前の少女は、常に相手を緊張させるような、張り詰めた雰囲気を常に持っている。

無論、俺がただ雪村姉に慣れた所為という可能性もあるのだが。

「天才っつっても、12才のガキが政治家になんてなれるもんなのか?」

「…ガキ、ですか」

俺が12才のガキと言ったときに、一瞬彼女は鼻白んだような表情を見せた気もするが、勘違いだろう。

それは多分、俺が雪村妹に対して胡散臭さを持っている所為だ。

幾ら未久美が頼んだからと言って、簡単に奴を編入させられる、未久美と同い年の天才少女。

俺の知らなかった、未久美の強力なバックボーン。

しかし何より、俺が彼女を警戒している大きな理由は、雪村の…この少女の姉の、天才と言うものへの態度だった。

天才が嫌いだと言いきった雪村。

あいつがそんなことを言う原因は、この妹が関係していると思ってほぼ間違いない。

それが、どういった理由でかは分からないが、とにかく、あまり無条件で信用して良い人物ではないことは確かだ。

「…私は、正確に言うなら政治家ではありません」

「政治家じゃ、無い?」

「肩書きとしては、秘書という事になるでしょうね。雪村儲蔵の」

「ちょぞう…って、雪村の父親か?」

「はい。しがない中堅議員ですので、存じ上げていないでしょう」

「ああ、まぁ…」

自分の父親の事を話しているというのに、少女の口調は淡々としている。

父親への尊敬や愛情なんてモノは、感じられない。

「そうすると、余計おかしいだろ。そんな中堅政治家の、しかも秘書がこんな奴を教師として編入させられるなんて」

「む〜、こんな奴って何、お兄ちゃん!」

「こんな奴を、だぞ」

どうしても教師には見えない態度でむくれる未久美を指差して、もう一度そこを強調する。

これを学校に投入させるなんて言う無茶を通すなんて、並大抵の権力で出来るとは思えない。

「幸い、何かとご高名な方々とのお付き合いがありますから」

「中堅政治家の秘書に?」

「…ただ、彼らの方針について、ほんの少しアドバイスはさせていただきました」

「あっちゃんってね、凄いんだよ!毎日政治家の人があっちゃんに相談しに来るし、この前新しい法律も作ったんだもん!」

「それのどこが、ちょっとしたアドバイスだよ…」

未久美の言葉を話半分で聞いても、とりあえず12才の少女が持つには分不相応な権力を彼女が持っている事は分かった。

…なんか、日本を裏で牛耳っているのではないかと思えるほどだ。

「それに…」

「あ?」

俺が頭の中で、言われたことより想像を逞しくしていると、雪村妹はさらに言葉を続けた。

「…未久美さんは素晴らしい才能と実績を持った方です。それを鑑みれば、大した事ではありません」

俺の言葉に対して、雪村妹はすぐ言葉を返した。

無表情だと思っていたその顔が、眉をしかめている。

姉の方も、不快に感じた時はこんな表情をするのだろうか?

「随分、こいつを評価するんだな」

「正当な評価です。貴方こそ、未久美さんを過小評価し過ぎではありませんか?」

と、思えば、次の言葉を言う時には、彼女は俺を射抜くような眼光を見せた。

一瞬たじろいだが、こちとら目つきが悪いと評判の自分の顔を、毎日見ている。

それに、こんな小さな少女にガン負けするのは癪だった。

とりあえず、姉より表情は豊かみたいだな。

強がり気味に、そんな事も考えてみる。

「あ、あの、お兄ちゃんとあっちゃん。何でそんなに怖い顔してるの?」

「いえ、大した事ではありません。ただ、この方なら僻みや嫉妬で目が狂っても、致し方ありませんね」

政治家だなんだと言われてきたんで、正直さっきまで扱いに困っていたが、今決まった。

とりあえずこいつはただのガキだ。

天才だろうが何だろうが関係ない。

「俺がこんなガキを本気で睨むわけ無いだろ。いつも通りの顔だ」

「む〜、お兄ちゃんの顔はいつも怖いけど、違うもん…」

「ケンカ売ってんのか、てめぇ」

雪村妹は放っておいて、未久美の方を睨む。

未久美は…何故か眉根を寄せて口をむにゅむにゅさせている。

「何でお前が泣きそうなんだよ」

「だって、今日はせっかくお兄ちゃんとあっちゃんに友達になってもらおうと思って呼んだのに…」

今回の会合はそういうことだったのか。

とりあえず、どうやら俺の顔が怖くて泣きそうなわけではないらしい。

まぁ、その友達にしようとしていた二人がいきなり険悪になるってのは、こいつにはショックだろうが…。

ちらりと、俺の友達になる予定だったと言う12才の政治家(秘書)を見る。

「あ、え、未久美さん。私は別に未久美さんに不快な思いをさせたいわけではなく…」

オロオロしていた。

雪村の顔がオロオロしている。

姉においては絶対に見られないだろう表情だ。

「ええと、ですから、お兄さんと睨み合っていたというのも、何かの間違いです」

「本当?」

「ええ、本当です!」

例えば小動物が外に危険が無いか確かめるような視線で、未久美が雪村妹を見ると、彼女は必死な表情で頷いた。

「…よっぽどうちの妹が大切みたいだな」

そんな光景を見ると、なんだかこの少女に親近感も沸く。

何だ、こいつも装ってるだけで、本当はどこにでもいる子供じゃないか。

ただ、先程の状況が状況だったので、少し皮肉げな笑みになったのは、許してもらおう。

が、俺の言葉に対して、雪村妹は冷たい一瞥をよこした。

…どうやら、取り乱すのは未久美に関係する時だけらしい。

しかも、さっきから見ていると、どうやらこちらの方が素のようだ。

「ええ…私の妻になる人ですから」

で、そんな無表情で、こんなことをのたまう。

「…結婚が、どうとか言うやつか?」

「はい」

即答されてしまったが、俺としては対応に困る。

12歳って…結婚の仕組みぐらい分かっている年だよな?

一桁年齢の子供が安易な口約束で言うならともかく、そう言うことを素で言う年でもないと思うんだが…。

しかも天才少女が二人そろって…。

「って、雪村妹は言ってるぞ」

「む〜……」

未久美にふってみたが、こちらも真剣に捉えている様子だ。

なにを悩んでるのかは分からんが。

まぁ、雪村妹の思考回路が未久美並だとすれば、あり得るか。

天才だからこそ、世間の常識には疎いって線も考えられるし。

「ハイハイ、んじゃ、結婚でも何でもしてくれ」

馬鹿らしくなって、俺は投げやりに応じた。

「む〜、お兄ちゃんは、私とあっちゃんが結婚しても良いの?」

が、未久美の方はそうもいかないらしい。

俺になにを期待しているのかも分からないが、真剣な表情で俺を見る。

「おぉ、兄は大賛成だ。何年後かは知らんが、式には呼んでくれ。涙ながらに祝辞を述べてやるから」

「む〜〜〜〜」

「…式は、遅くとも3年後には行われるでしょう」

俺の答えに未久美が盛大に唸ると、雪村妹が呟いた。

なんか、不機嫌そうな顔だ。

しかも、先程のように、また俺を睨んでいる。

「ずいぶん具体的だな。 15歳で花嫁?すげぇな、法律に引っ掛かる幼な妻だ」

その視線に応じた俺の口調も、我知らず挑発的なものになる。

こいつの結婚プランが脆く崩れ去ったとしても、知るものか。

「いいえ、法律的には何の問題もありませんよ」

が、俺のその言葉を待っていましたとばかりに、雪村妹はフンっと鼻で笑った。

「はぁ?」

そのリアクションにむかつくより、言葉の意味が分からず、未久美の方に視線を向ける。

「えぇっとね…。なんか、今あっちゃんが作ってるんだって、そういう法律。何歳でも結婚できますよーっていうやつ」

「ンな事、できんのかよ…?」

まさかそこまではと思い、雪村妹を見る。

「婚姻に年齢制限があるのは、対象の思考能力と生活能力が問題とされるからです。ならば、一定の試験を受けることでその能力が証明され、実際に労働をしている人間であれば、何の問題もありません」

3年と言うのは、つまり彼女が、その法律を実際に施行させるまでにかかる年月を予言しているのだろう。

で、能力が証明されている人間っていうのは…。

「つまり、天才様専用の法律ってことかよ」

多少の皮肉を込めて、言葉を吐き出す。

「試験を受ければ良いだけです。天才である必要はありません」

が、雪村妹はそんな俺の言葉を、冷静に訂正するだけだ。

「んじゃ、もちろんその項目の中に同性の結婚も含まれてると」

「同性での結婚というのは、既に世界各地で承認されつつあります。さして問題は無いでしょう」

憎らしいぐらいに淡々と、雪村妹は言葉を返す。

「そんな法律、通んのかよ」

「懇意にしてくださっている政治家の方で、私と同じ位の年頃の恋人がいる方がいまして、その方が熱心に取り組んでいて下さいます」

「世の中…そんな奴ばっかりか…」

俺の周囲の世界には、そういう趣味の奴しかいない気がする…。

ちなみに、後で名前を聞くと、そいつは政治に興味の無い俺でも知っているほどの有名な政治家だった。

日本政治の腐敗とやらを間近に感じられる出来事だ。

こんなことで感じたく無かったが。

「他に質問はありませんか?」

「ねぇよ」

俺はぶっきらぼうに答えた。

在っても、もうウンザリし過ぎて聞く気が起きない。

「では、これからよろしくお願いします」

言うと、雪村妹は一旦言葉をきって、俺に視線を合わせる。

「お義兄様」

中々刺激的な言葉の響きで、俺の顔がピクリと引きつった。

もう天才の妹なんて、要らないって言うのに。


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