いもうとティーチャー☆

第十九限:妹デンセツ


ばれない様にしなくてはいけない。

あくまでも秘密を守ったまま、俺はこの食事を終らせなければならない。

…まぁ、今回は大したトラブルも無さそうだった。

「先生、ここにおいてある食事、貰っても良いですか?」

「ど、どうぞ…」

最初の勢いは何処へやら、未久美はすっかり萎縮している。

いや、元々あったのは、最初に俺に突っかかる勢いだけだったのだ。

話す対象が雪村だったり姫地だったりすれば、まともに話す事が出来なくなる。

俺が黙ってさえいれば、慣れの無い二人を前にして、縮こまることしかできないと言う訳だな。

好都合、と言う他無かった。

「あ、このパエリア美味しい!」

「…ズズズズズ」

未久美から接収した食料を貪る二人。

パエリアはともかく、ラーメンがあるバイキングと言うのはどうなのだろう?

「…伸びてる」

やっぱりそうか。

しかし、料理を見渡すと、主食になるものより、デザート系のほうが多かった。

明らかに、未久美の趣味だろう。

「未久美先生って、甘い物好きなんですか?」

その辺のところはどうなのよ、とばかりに姫地。

「え、あ、はい…」

そんなフレンドリーでさりげない質問にも、ギクシャクと答える未久美。

都合が良いはずの俺でさえ、もう少し打ち解けても良いのではないかと思ってしまう。

発表は出来るのにフリートークでは使えないと…。

どっかのタレントみたいだな。

「…お子様チック萌え、ズルズルズル」

ラーメンをすすりながらも、奇妙――いや、器用に呟く雪村。

まぁ、チックって言うか実際お子様だし。

ガキが甘い物が好きなんてのは、当たり前だな。

「あ、あの、お子様じゃ…」

雪村のほうに顔を向けて、未久美はその言葉を否定しようとしたが。

雪村に無表情な視線を向けられ。

途中で黙ってしまった。

はぁ、挑発されても喋れないのか。

重症だな、これは。

「む〜…」

で、睨む視線は俺に来る。

未久美は、尚も俺を睨む。

なんだよ、俺が悪いってのか?

とにかく、無視だ無視。

元から見飽きている顔だが、ずっと睨まれると気が滅入る。

と、言うより、さっきの様に洗脳されかねない。

それを避けるため、右にいる雪村を見た。

「ズズズズズズズ…」

「って、お前その擬音、口で言ってるだろ」

相変わらず、伸びきった麺をすすっている。

そして、麺が吸いこまれていく奴の口には、同時に黒くて長いものが…。

「雪村、お前髪の毛食ってるぞ」

「…似てるから、間違えた」

ぺっ、と、雪村は髪を吐き出す。

入っていた量に比べ、出てきた髪が少ない気がする…。

「きりんの髪、ウェーブがかかってるからねぇ」

「似てても、間違えねぇよ」

大体、食感で分かれ。

「ゴムとか無いのか? 髪まとめるための」

見かねた俺が言うと、雪村はフルフルと首を振った。

「きりんって、あんまり気にしないんだよね、そう言うの」

「ま、バイキングでラーメン食う用意なんて、普通してこねぇけど。 って、雪村、また髪食ってる」

目を向けると、また口に髪を咥えている雪村。

ラーメンに巻き込まれた髪を食ってるだけなのに、変に艶めかしかった。

こんなことを考えるのは、俺が想像力過剰な所為か?

「…美味」

「嘘をつくな、嘘を」

まぁ、そんな想像、こいつが喋れば無くなるものなのだが。

「む゛〜〜〜」

う、何か視線がきつくなってきた気がする…。

未久美洗脳装置が出力UPだ。

ええい、気にするか!

ともかく、今はこいつに関わらないと俺は決めたのだ。

「先生、何処か痛いんですか?」

そんなことを思っているうちに、姫地がそんな未久美の不審さに気付いた。

今まで気付かなかったことのほうが不思議だが。

「え、あ、いえ…」

それに対しても、未久美は曖昧な態度。

まぁ、放っておけば良い。

とにかく、ここさえ無事に終れば良いのだ。

無視だ、無視。

「む〜〜〜〜」

露骨に目を逸らした俺を、未久美が睨んだ。

だから、こっちを見るな。

バレるだろうが。

「未久美先生、本当に大丈夫ですか?」

姫地がまた、未久美を気遣う。

何か、泣きそうな顔になってきやがったし。

だから、そんな顔で俺を見るなっての。

「…可愛い」

未久美が、口元をうにゅうにゅさせ始めた。

泣くぞサインだ。

そりゃぁ、遊んでやるって言ったことを考えれば、今の状況は酷いさ。

ああ、俺は悪人だとも。

でも、バレないようにするには、これが一番だろ。

「ううう〜〜…」

心で弁解しようとも、あいつには伝わっていない。

いや、伝わっていたとしても、絶対納得しないだろう。

そもそもバレないようにするってのは、俺が勝手に決めたことなわけだし。

でもなぁ、バレて欲しくない俺の気持ちも少しは察し…。

「む〜!」

はぁ、分かったよ。

相手してやる…。

「片野先生」

「むー、なんですか?」

「トイレなら、あっちですよ」

「そ、そんなの行きません!」

まぁ、そんな訳ないよな。

とりあえず、こいつの気を紛らわせるために軽く話しかけてみた。

気分を紛らわすために、ウィット(気の利いたことを当意即妙に言う才知)に富んだジョークなどを言ってみたが、余計怒らせた様だ。

怒らせるのは得意なんだが、なだめるとなると急に手段が無くなるんだよな。

最終手段として、「撫でる」というのがあるが、ここでは出来ないし、したくない理由もある。

と、言う訳で妥協案。

適当に満腹にさせ、機嫌を取る。

「…食べないんですか、片野先生」

考えてみれば、今まで未久美はなにも食っていない。

あんなに、ここに来ることをごり押ししたと言うのに、だ。

食事も忘れて俺を睨んでたってか…。

健気過ぎて、涙が出るわな。

「む、片野君こそ、女の子に夢中になってないで、食べたほうがいいですよ」

にゃろ、人が親切で言ってやってるのに、皮肉で返すか。

「食べますよ、ああ美味しそうだな。 この無駄にでかいパフェ」

そんな訳で、報復。

未久美がさりげなく手元に寄せている事から、多分大事に取っているのであろう、特大のパフェを取る。

「そ、それは私が!」

で、何か言い出す前にさっさと一口。

「あ〜!」

「あぁ、これ欲しかったんですか。 気付きませんでした」

とどめに、さらりと言ってやった。

「いきなりデザートなの?」

「そう言う気分だったんだ」

「…パフェを頬張る乙女チック気分」

「…そう言う気分ではない」

「む゛〜〜〜〜」

それを見て、未久美はまた唸った。

おー、悔しいか悔しいか。

せっかく人が構ってやろうとしたのに、ああ言う態度を取るから。

大体、なんで俺がこいつの機嫌をとらなきゃならんのだ。

ちょっとでも同情した俺が馬鹿だった。

「…」

ぺしっ。

「あ痛っ!」

いきなり、後頭部を叩かれた。

未久美に届くはずが無い。

左を見たが、もちろん姫地が俺の頭を叩くなんてするはずもなく。

「何すんだ、雪村」

右を見ると、案の定雪村が俺の後頭部に手を回した状態で、俺を見ていた。

「…苛めちゃダメ」

「この間苛めて楽しんでたのは、何処のどいつだ…」

はじめて出席をとった時然り。

「雪村さん…」

が、未久美はと言えば、そんな雪村に感動のまなざしを向けている。

こういう計略だったのか…。

俺を悪役にして、未久美の好感度を上げるとは…。

「…作戦成功」

「そう言うのは、思っても口にするな」

「でも、今のは片野君も悪いよぉ。 元々これは、先生が持ってきたんだから」

「む…、それは正論だな」

雪村に続いて、今度は姫地が俺を諭した。

そう言われると、俺も引き下らざるをえない。

「姫地さん…」

で、姫地にも雪村と同様のまなざしを向ける未久美。

こっちも好感度アップか?

…なんか、ダシに使われた気がするぞ。

だが、確かにさっきのは俺が悪かったかもしれない。

ちょっと何か言われたからって、すぐ腹を立てたら、いつもと変わらないじゃないか。

「分かったよ。 俺が悪かったです」

頭を下げて、素直に謝る。

「…」

…リアクションが、返ってこない。

なんだよ、これじゃ不足か?

まぁ、この際だ。 適当に謝っておこう。

「その、色々とすみませんでした…」

「…」

まだ、無言のままだ。

いいかげん、顔を上げてみる。

そこには、驚いた顔をした未久美。

口を開いたまま固まってるんだから、かなりの驚愕ぶりだ。

「…嘘、謝るだなんて、あのお兄…」

ガン!

「あうっ!」

とりあえず、テーブルの下から蹴る。

「お兄ちゃん」と言いかけたのもあるが、それ以上にこの反応にむかついた。

俺が謝ったからって、なんでそんなに驚く。

「どうしたんですか、先生?」

突っ伏した未久美を、姫地が気遣った。

「…な、何でもないです。 ありがとう、姫地さん」

それに対して、未久美も平静を装って返した。 顔は引きつってるが。

お礼まで言っている。 先ほどの硬さは取れたようだった。

もしかして、さっきの一件で心を許したとか?

相変わらず、簡単すぎるぞ我が妹。

「それで、このパフェはどうします? 俺が一口食っちゃいましたけど」

俺は、目の前のでかいパフェを示した。

しかし、本当にでかいよな、50cmはあるだろ。

「た、食べます!」

そんなに焦らんでも良いだろう…。

ともかく俺は、スプーンを刺し直して、未久美のほうに、パフェを押しやる。

が、未久美は少し考えた後、急に明るい顔になって、それをまた押し返した。

「食べるんじゃないんですか?」

「大丈夫です、このパフェには、スプーンが二つついてますから。 片野君もご一緒にどうぞ」

ニコニコと、未久美はそんなことを言う。

そして、パフェには本当に、もう一つスプーンがついていた。

「確かに、このやたらでかいパフェは、一人で食える量じゃないですけど…」

俺が謝り、姫地たちと仲良くなったとはいえ、未久美のこのご機嫌はおかしい。

大体、なんで二つもスプーンがついてるんだ、このパフェ。

まるで、二人で食うことが前提になっているような…。

「ジン君、知ってる? このおっきいパフェの秘密」

ふと、後ろから話し声が聞こえた。

小学生らしく、舌たらずな声だ。

その女の子の声の後、困ったような男の子の声が聞こえる。

どうやら、俺の後ろの席は、カップルらしい。

「し、知ってるよ。 その…二人で食べると、ずっと恋人でいられるって言うのだろ」

最近のガキは、ませてるんだなぁ。

そうかそうか、大きいパフェを食うと、ずっと恋人か…。

「片野君、早く食べましょう!」

で、だからこそ、こいつも意気込んでいると…。

なるほどなぁ、しかし、恋人でもない人間が食って効果があるのか?

これは、是非試してみなければなるまい。

「…しょうがない。 ほら、先生」

俺が使ったスプーンを握って、一口掬う。

「あーん」

「か、片野君! あ、あーん」

謝る以上に、普段の俺が絶対にやらないだろう行為に、未久美は感動した様子だった。

パクッと、パフェに乗った生クリームを食べる。

奴が食いついた瞬間。 俺は右の席に視線をやる。

「よし、雪村。 食え」

「…承知」

どうやら、雪村にも後ろの会話は聞こえていたらしい。

俺が言うと、雪村は光の早さでスプーンを握った。

「え、え!?」

未久美が俺達のコンビネーションの早さについて行けないうちに、雪村が一口。

「…美味」

「すごい早業だったねぇ」

雪村の動きと対になるようなのんびりさで、姫地が感想を漏らした。

「姫地も食っておくか?」

きゅぽんっと言う音を立てながら、未久美の口からスプーンを抜く。

「え、あ、でも、そのスプーンは、片野君も使ったし…」

「そっか、汚いよな」

「あ、そうじゃなくて、間接キス…」

「んじゃ、片野先生、雪村。 末永くお幸せに」

景気づけに、未久美にもう一口含ませてやる。

「む〜〜!」

スプーンを口に含ませながら、怒る未久美。

それでも、ちゃんと食ってるんだから、面白い奴だ。

もう一口。

雪村のほうはと言えば、もっと速いペースでパフェをかき込んでいる。

「それに、片野君も一口食べたんだよね。 と、言うことは、これを食べたら…」

そんなこんなで、姫地がぶつぶつと呟きながら、変な動きをしている間に、未久美達はパフェを食い終えた。

結局、パフェの呪いはどうなったか分からないが、パフェの味には満足したのか、未久美はその後、打ち解けた姫地たちと楽しそうに話していた。

色々あったのだが、とりあえず、機嫌は直った様なので良しとするか。

…忘れていることが、ある気もするのだが。


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