いもうとティーチャー☆

第十八限:妹バイキング


「いけね、まだ血がついてた」

手の甲に付着していた血を、目の前にあるおしぼりで拭う。

こびり付いた血液は、あの時のアイツの様にしつこい。

「余計な手間をかけさせやがって…」

レイジこと秀人に、かる〜く制裁を加えた後、俺達は軽い昼食を取るために、デパートの中にある飲食店に入った。

しかし、さすが市内一の寄せ集めデパートだ。

飲食店といっても、その数は十を超えている。

そして、その中で俺達は、バイキング式レストラン『海賊王』を選んだ。

和食、洋食、中華。 何でもござれの状態で、食べ放題。

で、価格が1500円。

 バリエーションの多さで考えると、安い方だろう。

「…まぁ、繁盛してるんだから、元は取れてるんだろうけど」

呟いたが、それを聞く人間は、今座っている円卓の中にいない。

さっきまで座っていた未久美も、1500円分の元を取るべく、意気揚揚と食材を取りに行ってしまった。

どうせアイツのことだから、食べきれない程の料理を持ってくることだろう。

それを見越して、俺はここで待っている。

そもそも俺は、とっととこのデパートを出たかったのだ。

無駄に肉体労働をさせられた訳だし。

あいつに会ったのだから、俺と同じ学校の人間がこの場所にいてもおかしくはない。

まさかとは思いつつも、内心不安でいっぱいだった。

そんなことを思っている俺が、何故この店にいるのかと言えば、イニシアチブの問題だ。

つまり、主導権を握られたのである。

自分に重い荷物を持たせて、勝手にどこかに行った罪として、奴はこの店での食事を要求したのだ。

俺がこいつに荷物を預けて秀人を粛清したのは、つまりこいつの肖像権を守るためだったのだが、移動中とにかく「む〜〜〜」と、「かいぞくお〜」としか言われなければ、強靭な俺の精神も磨耗され、言うことを聞かざるおえなくなる。

て、言うかあれは一種の洗脳だ。

きっと、あの唸り声が特殊な音波を発して、俺を誘導させているのだ。

十二年も前から、ずっと…。

「…アレさえなきゃ、今頃、ラーメンでも食ってたのに」

俺は、代わりに昼飯を食いに行くはずだったその店に、思いを馳せた。

デパートの裏にひっそりと立つラーメン店『ウズマキ』は、味噌以外のラーメンが絶品。 もちろん、塩も醤油もとんこつも美味い。

味噌以外は…。

「ウズマキの味噌以外のラーメンが食いてぇ…」

「片野君、それ、ここで言うセリフじゃないよぉ」

「…珍奇ね」

背もたれに首を預けて顔を上げると、反転した視界に、並んだ二人の少女の顔が映った。

「どなたでしょう?」

思わず問い掛ける。

「あれ、逆さだから、誰か分からないのかな?」

「…騙し絵効果」

間違い無く、姫地と雪村だった。

本当なら、確認するまでも無い見慣れた顔だ。

それでも俺が聞いてしまったのは、目の前の現実を受け入れたくなかったからだった。

決して、姫地の髪がひげに見えたり、アゴが頭に見えたりして見間違えた訳ではない。

しかし、いっそ騙し絵なら、どんなに楽だっただろう。

それでも、俺の真ん前に回る彼女達にあわせて視線を戻せば、結局はそこに昨日も見た顔がある。

妹と母親の次に見慣れた女性の顔ではないだろうか?

それはともかく、俺の予想はきっちり当たってしまったようだ。

悪い予感ばかりが当たるのは、決して俺のネガティブ思考ではないだろう。

「よう…。 姫地、雪村」

「あ、分かってくれた?」

とりあえず、目の前の二人をクラスメイトの姫地桃香と雪村麒麟だと認定。

その結果に、姫地は満足した様だった。

が、俺としては、その結果が多いに不服だ。

意義を申し立てて二人が偽者だと言うことにしたい。

「…浮かない顔」

「そうだね、バイキングなのに座ってるし」

まさか、君達が偽者だと叫びたいのを我慢してるからこその、この顔だとは言えない。

「…疲れたんだよ、買い物で」

とりあえず、こんな顔をしている2番目の理由を挙げる。

「ふ〜ん、あ、ホントだ。 すごい荷物だね」

姫地は、俺の足元にある荷物を見て、納得してくれた様だ。

「ああ、ちょっと必要なものがたまってな。 二人はどうしたんだ?」

本当は、全て未久美のもので、しかも不用品ばかりだ。

中身を聞かれると非常に困るので、とっとと話題を変える。

「…買い物よ」

「まぁ、それはそうだろうけどな。 って、何をナチュラルに座ってる」

雪村は、当たり前のことを言わせるなとでも言うように答えると、そのまま俺の右隣の席に座った。

一瞬、待ち合わせの約束でもしていたかと勘違いするほど、見事に自然な動作だった。

「えっと…、座っちゃダメかな?」

とっとと座った雪村とは対照的に、戸惑っているのは姫地だ。

「ダメ…って訳じゃねぇけど」

俺の返事も、はっきりしない。

が、実際は、非常に困る。

何しろこのテーブルには、二人もよくご存知の、未久美大先生が戻ってくるのだ。

奴と仲良く飯を食いに来ているのを、どう説明しろって言うんだ。

さらに、俺が何時の間にか女の子二人といるところを、未久美に見られても、里美先生の時の二の舞になりかねない。

「いいんだよ、別に無理しなくっても! あ、もしかして片野君、誰か女の子と来てるの?」

「来てねぇよ!」

って、反射的に否定してしまった!

これで偶然未久美先生と会って、偶然食事をすることになったと言うシチュエーションはなくなったぞ、俺。

いや、そんなことを言ってみても、怪しい事この上ないのだが。

それにもう、姫地が座るのを拒むことが出来る雰囲気でも、無くなってしまった。

「…」

雪村なんて、既にお絞り使ってるし。

こうなったら、この場を見て、未久美が察して帰ってくれることを願おう。

…が、自分で言ってて、絶対そんなこと無いと言いきれるのが、悲しいが。

「…問題なしね」

「ああ、座れ…」

なんか、もうどうにでもなれだ。

アイツがこっちに寄ってきたら、適当に誤魔化してしまえば良い。

「そ、それじゃぁ」

俺の左隣に座る姫地。

さっきまで未久美が座っていた、俺の対面は空いたままだ。

「…桃香、ここ」

ちょうどその時、姫地の対面に座っている雪村が、未久美が座るはずの椅子をポンポンと叩きながら、姫地に言った。

座れとのことらしい。

「そこって、片野君と向かい合わせ!? え、いや、いいよ! その、緊張するし…」

雪村の意図は分からなかったが、姫地は慌てた様子でそれを断わった。

俺の顔を見ながら食事するのが、そんなにイヤか?

はぁ、最近目つきが悪いってよく言われるしな。

向かい合ったら緊張するのも当たり前か。

「…チャンスなのに」

「ご、ごめんなさぁい」

雪村がぼそりと呟くと、姫地はシュンとなった。

なんか、この二人だけのやり取りって言うのは新鮮だな。

その喋りが聞きたくて、意識的に口を閉ざしてみると、二人はずっと喋りつづけていた。

と、言っても、姫地に比べ、雪村の発言量はとことん少ないのだが。

それでも一方が不満を持っている様子も無く、会話も途切れることが無い。

実質、俺はないがしろにされている訳だが、二人の話を聞いているだけで楽しかった。

「て、あれ? なんか片野君静かだね。 もしかして、つまらないかな?」

「…にやけているけど」

「あぁ、お前等のやり取りを聞いてるだけで充分面白いぞ。 まるで姉妹みたいで」

確か、こいつらって幼稚園からの付き合いなんだよな。

つーことは、俺と未久美より長い関係なわけだ。

俺が幼稚園児をやっていた時には、あいつは生まれていない訳だし。

息が合って当然か。

「…血が繋がっていたって、仲が良いとは限らないわ」

俺が感傷に浸りそうになった時、雪村がぼそりと呟いた。

確かに、いつもと同じ表情で、言っていることも納得できる。

仲の悪い兄弟なんて、世の中にはいくらでも存在するのだ。 うちだって、決して円満な訳ではない。

しかし、俺は今の雪村の発言を、何故か不自然に感じていた。

仕草も表情もいつも通りなのに、声の調子、と言うか、雰囲気が違う。

「雪村…」

俺は、思わずなにか言おうとしたが、名前を呼んだ後、言葉が続かなかった。

よく考えてみれば、そんな言葉の調子の違いなど、出会って一年程の人間が感じ取れるものではない。

理性が、この差違を錯覚が生んだ誤差だと告げる。

それでも、直感はそれを誤差だとは認めない。

よって、俺は間抜けにも、口を半分開いた表情で止まってしまった。

「…お腹すいた」

そんな中、先に口を開いたのは、雪村だった。

が、紡ぎ出されたセリフは、とりあえず俺の期待したものじゃない。

では、彼女のどんな言葉を期待したかといえば、自分でもわからないのだが。

「そうだね! 私もお腹すいちゃった!」

雪村の言葉に、姫地が賛同した。

何故だか空元気な気がするのは、俺がこの雰囲気に偏見を持っているからなのだろうか?

「なんも食ってなかったのか?」

とにかく、話題を変えられれば、俺もそれに従うしかない。

正直、安心している自分もいるわけだし。

「うん、入ってきたところで片野君を見つけたから」

「そりゃ、悪いことしたな。 思う存分食って来い」

席を立とうとする姫地に、ひらひらと手を振る。

「あれ、片野君は食べないの?」

「あ〜、俺は後で行くよ」

…そろそろ、未久美も帰ってくる頃だ。

二人がいなくなるならちょうど良い。

その間に、帰ってきたあいつを言いくるめて、さっさと家に返すのがベストシナリオというもの…。

「あ、未久美先生だぁ〜!」

ゴン!

が、マイベストを貫けないのが人生というものだ。

いや、分かってるさ。 慣れてるよ、ベタベタだもん、この展開。

姫地のセリフの後の効果音は、確かに俺が頭をテーブルにぶつけた音だが、決してショックだからこんな事したわけじゃない。

淡い期待を抱いた、自分を戒めるためのこの行為だったのだ。

両手にトレイいっぱいの料理を抱えるマイシスターの存在を、否定したかったからな訳でもない。

実際、食い意地が張り過ぎだ、アイツ。

「…偶然、奇跡…、運命」

すまん、雪村。 感動してるところ悪いけど、色んな意味で必然なんだ、これ。

で、彼女が運命を感じている未久美はと言えば。

「む〜〜〜〜」

多分、こう言ってる。

推測でしかないのは、アイツがこちらと一定の距離を保ったまま、俺を睨んでいるからだ。

しかし、200に近い確率で、あいつが唸っているのは分かった。

「先生ー、一緒に食べませんかー?」

視線の意味は分からないまでも、未久美がこちらに気付いていると分かった姫地が、未久美に声をかける。

それなのに、未久美が俺を睨みながらも近づいてこないのは、多分いつもの人見知りの所為だ。

「…飴あります」

雪村がちっちっちっちっちと言いながら、何故かポケットの中に入っていた飴を、未久美に差し出した。

「猫みたいな扱いすんな」

どいつもこいつも、うちの妹をなんだと思ってるんだ。

と、言うか、料理をあんなに抱えてるアイツが、今更飴一個で来るはずが…。

「あ、寄ってきた!」

あるんだな、これが。

未久美は警戒しながらも、とてとてと、こちらに寄ってきた。

いや、多分飴に惹かれてきたのではなかろうが。

要は切っ掛けが必要なだけなのだ。

自分から人に声をかけるのは大の苦手だが、人に優しく声をかけられれば、大体寄ってきてしまう。

誘拐しやすいんだろうなぁ、こいつ。

里美先生の例もあるし、注意しておいた方が良いのかもしれない。

未久美は俺を睨んだ後、俺の対面、つまりは本来の自分の席に座った。

同時に、手に持っていたトレーを机の上に置く。

「どうして、片野君とお二人が一緒にいるんですか?」

3人って言え、不自然だろうが。

言いたいが、言えばそちらのほうがよっぽど不自然なので、言えない。

まぁ、先生口調なので、そこだけは合格だ。

「…デート」

「え、き、きりん、なに言ってるの!?」

「むっ!」

「って、そんな事してねぇよ!」

雪村の唐突過ぎる発言に、全員が身を乗り出す。

だというのに、注目を寄せられた雪村本人は、淡々と。

「…冗談」

などと、のたまうのだ。

「そう言う嘘は、TPOをわきまえつつ、ついてくれ」

こう言う時は、もうちょっと心臓に良い嘘をついて欲しい。

「そっか、デートか…そう言えば、デートに見えちゃうのかも…」

「む〜、ホントに冗談? ホントにホントに冗談?」

と、他の二者は俺とはまた違ったリアクションを取った。

「だから、デートなんてしてませんよ。 大体、仮にしていたとしても、先生には関係でしょう」

いちいち疑う未久美にいらついて、つい突き放した感じで答える。

もちろん、生徒口調で話す事は忘れないが、与えた印象は変わらない様だ。

むしろ慇懃無礼な印象を与えたのかもしれない、未久美はさっきより不機嫌な顔つきになり、俺を睨んだ。

「か、関係なくないもん! 私はお兄…!」

とんでもないことを口走ろうとした未久美が、言葉を途切れさせて机に突っ伏した。

勢い余って、ゴンという音さえしたし、どっちかって言うとぶつけたんだろうな、今。

ちなみに原因は、嗜めるつもりで俺が奴の脛を蹴ったからである。

対面って、こういう時便利だな。

「だ、大丈夫ですか、先生!?」

「む〜〜〜〜〜!」

未久美が、机にアゴを乗せつつ、涙目で俺を睨んだ。

「…涙上目づかい、可愛い」

雪村は、妙なところで妹に愛を感じている様だ。

「む〜〜…」

結局、こいつが言いかけたのは、『私はお兄ちゃんの妹なんだから!』で決まりだろう。

でもな、未久美。

妹じゃ、兄の色恋には口出しできないんだぞ。

そこの所、分かっているんだろうか?

…多分、分かってないんだろうな、この表情を見るかぎり。

 

新たな、と言うかすでにパターンになった不安を抱えつつ、食事はこれから始まる。


次の授業へ  復習する   時間割を見る   TOPへ