いもうとティーチャー☆
第十七限:妹シュウマツ
一昨日昨日と、その前に比べれば十分平穏に時は過ぎ、今日は土曜である。
ゆとり教育のおかげで、学生にとっては立派な休日だ。
いくらでも撫でてやるという約束を気にしすぎた所為で、俺はもう一つの約束のほうを忘れていた。
しかも、後者は確約済みだ。
「これは、遊びとは言わねぇだろ」
そう、俺は今、いくらでも遊んでやると言う約束の元、妹の言う遊びとやらに付き合っていた。
「こういうのだって、遊びだよ。 大人の遊び」
俺は、荒い呼吸を繰り返した。
ケロっとしている未久美が恨めしい。
俺のこの体たらくは、決して体力差などではない。
ウェイトと運動量の差だ。 …なぜ、俺がこんな重いモノを抱えなければならないのか。
「お前、太ったんじゃないのか?」
「む〜、背が伸びたんだもん!」
…ちんちくりんのままじゃねぇかよ。
「だったら、てめえも荷物もて」
俺は自由の効かない両手を怨みつつ言った。
俺の両手には、平べったい箱が五箱も抱えられている。
さらに、その上に紙袋が一つだ。
「こういうのは、男の人が持ってくれるのが世の中の常識なんだよ」
「買った人間が持つのが、世の中の常識だ」
ここは、俺がいつも通っている駅前のデパート。
100円ショップがあったり、有名電気店の店舗がそのまま組みこまれていたり、何階が何のフロアと決められていなかったりするため、店の寄せ集めと言う印象が強い。
さっきからの会話で分かる通り、俺は今日ここへ、妹の買い物という、奴曰くの「遊び」に連れられて来た。
そして何故か、荷物持ちをさせられている。
「漫画は後で読ませてあげるから」
俺の両手がつかえないことを良いことに、舐めた事を妹は言った。
紙袋のほうに入っている荷物を言っているのだ。
「誰が読むか、こんな少女漫画」
両手が自由だったら、こいつに全ての荷物を持たせて、とっとと帰っているところだ。
大体、遊びってのは双方が楽しんでこそのモノだろ、普通。
「じゃぁ、服のほうが良い?」
今度は、箱に入っている方だ。
「着ねぇよ、バカ」
「そっか、サイズが合わないもんね」
「そう言う問題じゃねぇ、俺は変態か!」
「む〜、じゃぁ何が欲しいの?」
「…とりあえず、両手の自由」
結構、切実な願いである。
このデパートは服売り場すらも統一していないため、色んな階を周ることになり、いいかげん腕も痺れてきた。
「つーか、何でこんなに服が必要なんだよ」
「だって、スーツが一個しかないんだもん」
「スーツの数え方は一着だ。 てか、だからって五着は買い過ぎだ」
俺が抱えている箱の中身は、全てスーツだった。
基本的に、こういうスーツっていうのは二、三着で十分なはずだ。
それを、このアホな妹はどういう理由でこんなに買ったのか。
「え、普通の服みたいに、毎日取り替えなきゃいけないんじゃないの?」
…ただ、アホなだけだったようだ。
「アホ。 スーツなんてのは一日一日洗濯するもんじゃねぇんだよ。 こんなに買いこんでどうするつもりだ?」
「む〜、そうなんだ。 あっちゃんに悪いことしちゃったな」
「何故そこで、あの政治家の名前が出てくる?」
「だって、あっちゃんのお金で買ったんだもん、これ。 教師生活で必要なものがあったら、立て替えておいてくれるってお話で」
「…またかよ」
何なんだそいつは。 足長おじさんにでもなったつもりか?
よっぽどこいつの能力を買っているのか、それともただの変態なのか。
どちらにせよ、ロクなもんじゃない。
こいつも、そんな奴に甘えっぱなしだと、取り返しのつかないことになるんじゃないのか?
「ん、ねぇお兄ちゃん。 なんか、あっちが賑やかだよ!」
密かに妹の未来を案じていると、奴は通路の奥の人だかりを指差し、はしゃいだ。
祭を見つけると楽しくなるとは、江戸っ子か?
今にも走っていきそうな勢いである。
「…イベントスペースだからな。 つーか、集まってるのガキばっかじゃねえか」
未久美が指しているのは、いつも新作おもちゃの発表やら、それを使って行なう大会やらが催されているイベントスペースである。
客層の大半は、当然消費者の中心の小学生。
中にはどう見ても小学生じゃない人間もいるが、そこは気にしないでおこう。
「ねっ、行こ行こ!」
「ふざけんな。 とっとと帰るぞ」
俺は振り向いて、今来た道を戻ろうとした。
こいつはともかく、あんな輪に俺が混じれるか。
「む〜、いくらでも遊んでくれるって言ったのにぃ!」
「うっさい、大体買い物してるところなんて、誰かに見つかったらどうするんだよ!」
俺が早く帰りたい理由と言うのは、本当のところはこれである。
いくら、ここの駅からわが校へ通っている生徒がいないとは言え、用心に越したことは無い。
多少疑心暗鬼になっているのかもしれないが、ここまで散々な目にあってくれば、考えが自然と後ろ向きになるのも仕方なかろう。
「大丈夫だいじょーぶ! そのときはデートしてるって言うから!」
「むしろそっちのが悪いわ! って、こら、勝手に行くな!」
俺が止めるのも聞かず、未久美はとっとと走っていってしまった。
まるで小学校低学年。 奴を見て高校教師だと見破ることが出来る人間がいたら、俺はそいつを捕まえて政府にでも売り飛ばす。
何故なら、絶対に超能力者だからだ。
「…つーか、あんな調子じゃ誘拐されるんじゃないのか、あいつ」
特殊な趣味の人間なら、間違い無く連れ去りそうだった。
俺の周りには、想像しやすい例が沢山いるわけだし。
とりあえずそれは避けるため、俺は仕方なく奴について行った。
人だかりと言っても、ちんちくりんな小学生の集まりであったため、その奥は容易に見えた。
どうやら、今流行っているカードゲームの大会のようだった。
今も昔も、収集欲と闘争心を刺激するこの手のゲームは、相変わらず人気だ。
階段二段分ぐらいの低いステージの上で、二人の少年が戦っている。
ちゃんとカードを置くためのテーブルがあるのに、両方とも、何故か立っていた。
一方の少年は少年。 未久美とたいして変わらない年だ。
目に炎でもたぎらせていそうな、威勢の良い小学生。
鼻には何の傷だか伴奏膏が張ってある。 正統派少年漫画に出てきそうな子供だった。
そして彼は叫ぶ。
「俺のターン、ドロー!」
机の上の山札からカードを引く。
声はでかいが、積み重ねられたカードを崩さないように、ちゃんと両手を使ってカードを引いているところは微笑ましい。
「俺はこのターン、必殺のアサルトデストロイヤーを攻撃表示! !」
そう宣言すると、彼は一枚のカードを机の上に叩きつけた。
「今回、アサルトデストロイヤーは地形効果と特殊効果により、攻撃力が2000から20万にアップしている! そしてさらに、装備カード、バッファロー99を装備し、攻撃力10億だ!」
数値が無茶苦茶なのは、きっとあれだ。
長いこと続いたカードゲームブームの所為で、数値の引き際を間違えたんだな。
強い敵をどんどん出そうとして、戦闘力1000だった敵の次に、戦闘力4000と戦闘力18000ぐらいの敵が出てくる原理だ。
「兄嫁のネコミミ娘を攻撃! 行け、殲滅殺のデストロイヤービーム99!!」」
…なんか、モンスター名にエライ偏りがあるゲームだな、これ。
「これで、俺の勝ちだ、レイジ!!」
少年は対戦相手を見ながら、勝利宣言をした。
つーか、レイジって、どっかで聞いた名前だ。
疑問を持ちながら、その対戦相手を見ると、相手は少年と言うより、青年だった。
カードを片手で扇状に持って、顔を隠しているため、正確な年齢はわからないが、大体俺と同じぐらいだろう。
…大人気無いんじゃないのか?
「ふっ…」
その時、構えたカードの奥から、ニヒルな笑い声が漏れたのを、俺は聞いた。
彼はカードごと手を相手に向けると、その勢いで叫ぶ。
「フッフッフ、ハッハッハッハッハッ、ハァッハッハッ八ハッハ、ゴハハハハハハハハ!!」
って、全然ニヒルじゃねぇ。 しかもあいつ悪役だ。 四段重ねで敵笑いしやがった。
顔もさぞ悪っぽいのだろうと、俺はその男の顔を見る。
「この瞬間、俺のトラップカードが発動する!」
その瞬間、俺は凍りつく。
「何ィ!」
「トラップカード、ラヴ☆ドキドキ妹カーニバル発動!! お前のモンスターは、鬱病にかかり全滅する!」
何でそんな訳のわからん名前カードが、そこまで凶悪な効果を持ってるんだろう。
いや、そんな事はどうでも良い。 目の前のこれに比べれば本当に些細なことだ。
「さらに俺のターン。 ドロー!」
そして、俺を驚かせた奴は、カードを机の上の山札から引いた。
「俺のカードはこれだ! 儀式カード、略奪愛!」
「そ、それは!!」
この少年に、このカードの意味は分かっても、言葉の意味は分かるのだろうか?
相手の方はわかってるんだろうな、何しろあいつだし。
「このカードの効果により、兄嫁のネコミミ娘は俺専用ネコミミ娘へと進化する!」
なるほど、略奪したから自分専用な訳だね。 分かりやすいなぁ〜…。
「さらに、装備カード、魔法バトンを装備! 場に残った妹カーニバルでパワーアップ!」
まだ残ってたのか、例の凶悪カード。
「完成! 俺専用魔法少女妹猫、みくみ!!」
奴のセリフの最後には、聞きなれた固有名詞が混じっていた。
「って、みくみ?」
奴が叫んだ言葉を、俺は何かの間違いだと思い、口の中で反復させる。
すると、隣にいる我が妹が反応した。
「なぁに、お兄ちゃん?」
「…なんでも無い」
あちらの叫び声は、ざわめきに負けて聞き取れなかったらしい。
だが確かに、ステージ上の人物は自分のモンスターに『みくみ』と言った。
しかし、最初の名前は「兄嫁のネコミミ娘」だったのだから、『みくみ』の部分は、奴のオリジナルだと考えるべきだろう。
ちなみに、俺の横にいる未久美は、魔法少女でも猫でもない。
妹ではあるが、決して奴専用ではない。
「行け! 秀人君大好きアタック! 恋の呪文はトキメキス! あぶないティーチャー! ミクミンのいけない放課後レッスン!! プレイヤーにダイレクトアタック!!」
奴――ここではレイジだそうだから、そう呼んでやろう。
レイジは淀みなく、恥ずかしげも無くそのセリフを言うと、対戦相手の少年を指差した。
先生、先生ねぇ…、確かにお前にとっちゃそうだよなぁ。
まさかと思ったのだが、あいつが先生と呼ぶのなら、そのミクミンとやらは、うちの妹だろう。
「うわあぁぁぁぁぁ!」
そして少年も、まるで攻撃を受けたがごとく、叫びながら仰け反る。
俺には見えていない何かが、この二人には見えているのかもしれない。
「に、しても、肖像権と言う言葉を知らないのか、あいつは」
人の妹の名前を使って、三流AVのような攻撃をするとは、良い度胸だ。
…これは、制裁が必要だな。
しかし、そんなことを言われているというのに、当の未久美は…。
「む〜、全然見えない…」
俺の横で、他の理由でむくれている。
いくら背の低い小学生の群れの中にあっても、本人の身長も低ければ、結局は普通の人ごみと変わらないのだろう。
さらに、観客のざわめきで音声も聞こえないらしい。
「見えなくて良いし聞かんで良い。 どうせ有害な三文芝居だ」
「む〜、気になる。 …肩車してよぉ」
「体重オーバーだ」
「む〜!!」
と、いうか、両手に荷物を抱えた状態で、そんなこと出来るか。
「…それに、俺はこれから一仕事せにゃならんのだ」
「一仕事?」
俺達が会話をしている間に、あちらでも展開は進んでいる。
「これで、お前のライフポイントは0! お前の負けだ、ジン!」
「うわあぁぁぁぁ!」
宣言された途端、ジンと呼ばれた少年はカードをばら撒きつつ倒れた。
と、言っても一連の動作は、漫画のように派手な演出があるわけではない。
奴等が出した、カードのモンスターが実体化するわけでもない。
なんか、どっかの劇団の舞台稽古を見せられた気分だった。
それでも、周りの観客達は惜しみない拍手を送る。
泣いている人間すらいた。
「…強いて言うなら、奴のライフポイントを0にしに行く」
とにかく、アイツの息の根を止めて、あの犯罪行為を永遠に停止させなくては。
そうでないと、第2、第3の犠牲者まで出てくることだろう。
「すごい、お兄ちゃん! チャンピオンの人に挑むんだ!?」
「ああ、ある意味そうだ」
紙切れなんぞいっさい使わんがな。
さすがにこの歓声で、未久美も今まで壇上で何が行なわれていたかぐらいは、気付いたらしい。
が、そこに教え子がいる事には、気付いていないらしい。
さらに、そのキメ技が、自分を題材にした卑猥な言葉の羅列だなんて、思いもよらないだろう。
「…不憫なやつめ。 ちょっと待ってろ、敵は兄が討ってやるからな」
不覚にも、目頭が少し熱くなった。
「むぅ、何言ってるの?」
「そんな訳だから、ちょっと荷物持ってろ」
そう言って、手に持っていた箱やらを、未久美に押しつける。
「え、え?」
戸惑う未久美に、半ば強引に荷物を預けた俺は、開放された両手を労わるのも惜しみ、小学生を掻き分け壇上へ向かった。
とにかく、俺の天命を全うしなくては。
いや、決して個人的な感情などではないぞ。
「…レイジ」
「ジン、敵ながら天晴れだったぜ」
ステージの上では、未だに二人が芝居をしていたが、構うことは無い。
ちょうど倒れている相手を介抱しようと屈みこんだレイジとやらの首根っこを、ステージ最前列から掴み、こちらへ引っ張った。
「うお! 新手か!? って、良幸!!」
突然の衝撃に振りかえった奴に顔を近づけ、思いっきり睨んでやる。
突然現れた俺に、動揺を隠しきれないようだ。
冷汗が滲み出ていた。
「…いよぉ、レイジ君。 大健闘だったなぁ、おい」
「あ、あは、あっはっは、イヤだなぁ。 俺とお前の仲だろ、源氏名じゃなくて、いつものように秀人ちゃんと呼んでくれ」
俺の怒気を込めた皮肉に、レイジ――いや、もう誰でも分かっただろう、俺のクラスメイト、高山秀人は、顔だけにこやかに答えた。
体は、さっきから俺の拘束から逃れようと、ジタバタ動いている。
「断わる! つーか、最後のアレはなにかなぁ?」
「あ、おぉ、俺が壮大なるイマジネーションの泉で作り上げた、バーチャル未久美先生だ! 任意でメイド服もつくぞ!」
やっぱり、人の妹を勝手にマイモンスター化しやがったのか。
妙に饒舌になり、余計なことまで口走るこいつが、憎たらしかった。
…この場で、その泉の発生源を破壊してやりたい。
「で、それでなんでお前が怒るんだよ!? いくら偽りの憲法だからって、思想の自由は保障されてるんだぞ!!」
「てめぇの場合、思いっきり思想で留まってねぇじゃねぇかよ! いいからちょっと来いや!」
わめく秀人に構わず、俺は奴を壇上から引き摺り下ろした。
「えっと、秀人さんの知り合いですか?」
そこで、倒れていた少年が、こちらを見て戸惑ったように口を挟んだ。
戦いの時とは態度が違う。 ライバルとか敵というより、節度ある付き合いのお友達のようだ。
源氏名も解消されている。
「ああ、お兄さん、ちょぉっとこのアホに用事があるんだぁ。 借りてくぞ」
「ひっ! あ、はい!!」
俺がにこやかに少年に返事をすると、彼は脅えた声を上げた後、快く了承してくれた。
対戦相手の了解も取れた。
もうどこに連れていっても平気だろう。
「そんな訳で、ちょっと一緒にトイレでも行こうか」
「あ、いや、俺今尿意とか全く感じてないから…」
先ほどまでのやり取りを聞いていたからなのか。
小学生達は、協力的に道を開けてくれていた。
その好意をありがたく受け取ると、俺は秀人を引きずってその間を歩く。
その間、秀人はずっとジタバタしていた。
「往生際が悪い!」
「だって、思い出したんだよ! 今のお前の目は、田中君事件を起こした時の目だ!」
「田中かぁ、アイツもバカな奴だったなぁ…」
ズルズルズルズルズル。
「やだ、やだぁ、田中君みたいになるのはイヤだぁ!!」
途中で、ほとんど荷物に潰されている未久美が見えた。
兄がお前の無念は晴らしてやるからな。
ズルズルズルズルズルズルズルズルズル…。
「キャーーーー!!」
その日を境に、伝説の決闘者『歪曲のレイジ』は、永遠にこの世界から抹消された。