いもうとティーチャー☆

第十五限:妹セイシュン


「…放課後」

「言わんでも分かる」

隣に座る雪村が謎の呟きを吐いた通り、今は放課後だ。

周りの生徒達も帰り支度を始めている。

残念なことに、実はまだ6時間目だというサービスも無い。

「よっしゃ。 帰ろうぜー、良幸」

「帰りたくねぇ」

本心である。 理由は、家に帰った後の展開が簡単に予想できるから。

別に、確定した未来に逆らいたいとか言うロックンローラー思考ではない。

家に帰ったら、そこに美女が待っているというのであれば、何ら問題は無いのだ。 むしろ喜んで受け入れる。

しかし、実際に俺を待っているのは、む〜む〜唸る色気の無いガキだ。

さらに、アイツは絶対に今日のことで色々言ってくるに違いない。

出来ればなるべく遅く帰りたいというのが、俺の考えだった。

「じゃ、俺は帰る」

しかし、薄情にも秀人はあっさりと帰ろうとする。

何の迷いも無い動作だ。

踵を返したやつの制服を、俺は掴んだ。

「ちょっと待て。 一人じゃなんだから付き合え」

「なんかそれ、引きとめる力が全然ない台詞だね」

「引き止めてくれるな…良幸。 今日は奴との…烈風のジンとの決闘があるんだ!」

「はぁ!?」

…例のカードゲームの話か?

唐突な秀人の切り返しに、俺は唖然としてしまった。

それも見ようとせず、遠くを見る目で奴は続けた。

「確かに、危険な戦いだ! しかし、俺は退く訳にはいかんのだ、歪曲のレイジの名に賭けて!! 」

「レイジって誰だよ…」

お前は高山秀人だろうが。

「…行かせてあげて」

秀人の服を掴んでいた俺の手を、優しく解いたのは、雪村の手だった。

「ありがとう、ユッキー…」

「…戦わなければいけない時が、人にはあるわ」

「つーか、何でお前も、そんな早くこいつのボケに乗れるんだよ!」

意味不明のボケの流れで手を握られた俺は、照れながらツッコミをいれた。

「そういう訳だから、じゃ」

そう言って、秀人は廊下を走って帰っていってしまった。

「行っちゃったねぇ」

「…死に急ぐのが、若者の衝動と言う皮肉…」

「死ってなんだ!?」

「…それは永遠の命題だわ」

「いや、そう言う哲学的なことを聞きたいんじゃなくて」

秀人についてはもう、それなりに無事を祈るだけにしておこう。

それより自分だ。

「姫地たちはどうする?」

アホな会話をしていた所為で、何時の間にか教室には人影が少なくなっていた。

みんないなくなるのも時間の問題だろうな。

女子二人と話しこむのも良いが、引き止めても悪いだろう。

「ん〜…どうしようかなぁ」

姫地が思案するように唸った。

「帰るんなら別にいいぞ。 どうせ俺も帰らなくちゃならないし」

「…残るわ」

姫地が考えている間に、雪村が答えた。

ビックリした顔をしたのは、俺も姫地も同じだった。

「いいのか?」

俺の問いに、雪村はコクリとうなずいて。

「…桃香も」

と、言った。

「うん、そうだね、いいよ。 私も大して予定無いし」

「すまんな」

「…それより、桃香」

不意に、雪村が姫地を手招きした。

机を立って、姫地は雪村のほうへ回りこむ。

「ん、何?」

「…」

横に来た姫地を屈ませると、雪村は耳打ちをした。

俺の目の前で内緒話をされると言うのは、もしや関係がないとしても気になる。

「…」

「え、チャンスって…」

雪村の言った何かしらの言葉に、姫地が反応する。

に、してもこの光景。 ちょっと妖しげだよな。

「…」

「やだ、そんなこと無理だよ」

しかも、姫地が何やら赤い。

本当に、何を話しているやら。

もしや二人には、俺の踏みこめぬ禁断の情景が…。

「って、馬鹿か俺は」

他人の内緒話で良からぬ事を考えるのは、ゲスな行為だ。

いいじゃないか、秘密の花園の一つや二つあったって。

ともかく、その内容を考えることを俺は止めた。

「…」

「うん、わかった。 それは頑張ってみる」

話は終わったようだ。

雪村が姫地耳から雪村口を離す。

「…ふ」

「きゃっ!」

の、前に、姫地イヤーに雪村ブレスを吹き込んだようだ。

姫地が小さく悲鳴を上げた。

「…ドキドキした?」

「う、うん、した」

姫地がそう答えると、雪村は微かに笑った気がした。

目の間違いでなければ、俺がはじめて見た雪村の微笑だ。

と、言うか今の行為は…。

「…ドキドキした?」

「見せつけるためにやってんのか、お前」

今度は、俺のほうを向いていつもの無表情で。

頼む、本気で頼むから、俺を勘違いさせるような行動は避けてくれ。

「…」

雪村が無言で立ちあがった。

「どうした?」

「…ちょっと席をはずすわ」

「ん、ああ、そうか」

いきなりの申し出だったが、とりあえず俺は快諾しておいた。

会話の途中で抜けるなんて、アレしかないだろう。

聞くのも野暮ってやつだ。

「え、きりん、早い!」

「間隔が狭い場合は、近いじゃないのか?」

「…トイレじゃないわ」

思わず出てしまった本音を、雪村に見事に拾われてしまった。

それにしても良く分かったな、今。

それでは、姫地の早いって言うのは…。

「それじゃぁ…行って来る」

そのまま、何故かも告げずに雪村は入り口まで歩いていった。

そして、教室を出たところで振り返り。

「…」

姫地に対してシュビっと親指を立てて見せた。

「うん」

頷いた姫地も、同様に親指を立てている。

何二人で意思疎通をしてるんだ?

そして、雪村は扉を閉めて行ってしまった。

「…結局、雪村は何で出ていったんだ?」

「え〜〜〜と…、さぁ?」

あまり考えていないような、誤魔化していることがバレバレの仕草で、姫地はとぼけた。

「さっきの耳打ちと関係あるか?」

「え! あ、え〜と、ううん、関係…無いよ」

関係アリと推察される。

まぁ、あの直後だもんな。 関係無いわけないか。

しかし、秘密事項みたいだし、あんまり詮索するのも悪いか。

そんなことを考えながら教室を見まわすと、何時の間にか俺達しか教室にいない事に気付いた。

さっきまで雪村と3人だったのに、アイツがいないって事は…。

「二人っきりってやつだな」

「あう、え、そ、そうだね」

俺がポツリと漏らすと、姫地は真っ赤になって動揺した。

耳まで赤。 感情の変化だけで、人間の色がこんなに変わるとは…。

「動揺すんなよ、なんにもしねぇから」

そんな反応をされると、こっちが恥ずかしい。

何を意識してんだ、姫地は。

「な、なにかする気だったの!?」

「だから何もしねぇって、言ってるだろ」

「う、うん。 そうだよね…」

なんか様子が変だな、姫地。

いつもの地味ながらツボを押さえつつ毒を散布する喋りが、まったく見られない。

まぁ、俺の言い方も悪かったかもしれない。 普段普通に喋ってる相手とはいえ、こんなこと言ったら動揺もするわな。

考えれば、放課後の教室に二人の男女。

間違いを起こすには絶好の場所なわけだし。

「…だから、何考えてんだ、俺」

「何が?」

「いや、今のは聞き流してほしい独り言だ」

「そ、そう…」

姫地は赤い顔のままで頷いた。

なんて言うか、むず痒くなる。

俺まで赤面しそうだ。

臭い台詞の一つでも言ったら、赤面した二人組がこの教室の中にできそうな気がした。

別に問題は無い。 ただ男女二人が照れあうだけだ。

女の子が照れているのに、男が照れないと言うのも失礼だろう。

据え膳食わぬは男の恥…。

「…それも違うっての」

「それも独り言?」

「ああ、無理して聞き流してくれ」

「…わかった」

顔に出ていないが、俺のほうがよっぽど意識しているのかもしれない。

さっきまで馬鹿な会話ばっかりしていたのに、二人きりになった途端この調子とは、自分の現金さがいやになる。

ともかく、なんか話題を変えよう。

そうすれば、この青春チックな空気も消えて、普通に会話が出来るはずだ。

「姫地と雪村って…、付き合い長いんだよな」

「え、あ、うん…」

「仲良さそうだもんな。 親友ってやつか?」

「そ、そうだね…」

「そうか」

…会話が終わってしまった。

俺って、こんなに話題をふるのが下手だったのか。

意外な事実に気付き落胆していると、少し考えてから、姫地が口を開いた。

「きりんのこと、気になる?」

「え?」

出てきたのは意外な言葉だった。 意識していないからこそ、意外である。

「その、今もきりんの話が出たし、片野君って、きりんと話してると楽しそうだし…」

「べ、別に、そんな意味で聞いたんじゃねぇよ!」

「そっか…」

また、会話が途切れた。

二人っきりのときに別の女子の話をするのはタブーなのだと、そう言えば妹が言っていた。

あいつに限った話ではなかったらしい。

失策2だ。

「でも、きりんも片野君といると楽しそうだよ。 口数だって、いつもよりずっと多いし」

「今日のアレは、別だろ」

2時間目に話していた、天才についての話だろうと俺は考えた。

あれは、別に俺と話していたからじゃない。 あのテーマがアイツをあんなに喋らせたのだ。

その原動力となる感情が、雪村のことを全然知らない俺には分からないのだが…。

「そうかなぁ?」

「そうだよ」

「でも、昨日もおとといも、凄くはしゃいでたよ」

「…あれでか?」

「うん」

もしかしたら、姫地にしか分からない小さな変化なのかもしれない。

彼女と長い付き合いを持ったもの特有の。

「つーか、雪村が笑ったのなんて、今日はじめて見たぞ」

「そう?」

「ああ、さっき、姫地の耳に息かけて、感想聞いた時にな」

姫地は動揺していて見ていなかったらしい。

ハタから見ていた俺だって見逃しかねなかった、微かなものだったんだが。

「きりんってねぇ、たまにああいうことするの。 いつも突然だから、ビックリしちゃう」

「たまにあるのか…」

「うん、一週間に一回ぐらい」

結構、頻繁じゃないか。

しかし、そういう行為ってのは、やっぱり…。

「身の危険を感じたら、すぐ逃げろよ」

「何が?」

未久美にも、雪村には注意するように言っておこう。

しかし、そんなアホな会話をしている間に、さっきあった変な緊張感は無くなっていた。

雪村サマサマだ。

あいつの名前を出したのは、意外と正解だったのかもしれない。

失策は取り消しでファインプレーだったことにしておこう。

「に、してもあいつは遅いな」

「う〜ん、帰っちゃった…のかも」

「俺達を置いて?」

「うん…」

あんな濃厚な付き合いをする雪村が、姫地に黙って帰った?

んなことが…。

「そういえば、きりんたら昨日ね…フフ」

またも雪村の話をしようとしていた姫地が、途中で吹き出した。

「なんだよ?」

「うん、思いだし笑い」

そう言って、姫地はまた笑った。

…あの雪村のことで、こんなにも思い出し笑いする話?

物凄く気になるぞ。

「…是非話してくれ」

「ええとねぇ…」

俺が興味津々で聞こうとしたその時、勢い良く教室の扉が開いた。

聞き覚えのある乱暴な開け方に、嫌な予感が過ぎる。

まさか、扉の向こうにはちんちくりんが立ってないよな…。

恐る恐るそこを見ると。

「…」

予想に反して立っていたのは、今しようとしていた話題の人物、雪村だった。

「なんだ…、雪村か」

「お帰り、きりん」

思わず、安堵のため息が漏れる。

友人とはいえ、女子と二人きりでいるところなんぞあいつに見られたら、どんな反応が来るか想像もつかなかった。

実際、さっきまで勘繰られるような空気もあったことだし…。

「…片野君、顔が赤いわ」

そっと近づいてきた雪村が、俺の顔を見るなりそう言った。

嫌なところに気付くやつだ。

「お前だって赤いぞ」

お返しに言い返してやった。

俺の指摘通り、雪村の頬もほんのり色づいている。

走ってでもきたのか?

「そう言えば、計ったようなタイミングで出てきたよな」

「そうだよね、まるで扉の前でずっと聞いてたみたいに」

俺が言うと、姫地が少し拗ねたような声で同意した。

それに対して、雪村がわずかに動揺のような気配を見せる。

…気配で何となく雪村のことが悟れるとは、俺も慣れてきたのだろうか?

「おかげで、雪村の恥ずかしい話を聞き損ねちまった」

当てずっぽうでそう言うと、雪村はまた少し赤くなった。

どうやら当たりらしい。

それにしても、今日は色んな雪村が見れて楽しい日だ。

「…まぁ、今日はもう帰るか」

俺は立ちあがった。 良いものも見れたし、あんまりつき合わせるのもなんだ。

何時の間にか、オレンジ色の斜光もさしていた。

「うん、そうだね」

姫地も鞄を持って、俺についてくる。

雪村も続いた。

「あ、あのね、片野君」

「ん、なんだ?」

廊下に出、小走りになりながら姫地が俺の横に追いつき、話しかけてきた。

「…今日、一緒に帰っていい?」

真剣な顔で、そんなことを聞いてくる。

その顔に、俺は思わず吹きだしてしまった。

「別に、断わる理由なんて無ぇだろ」

今までは、ただ何となく一緒に帰らなかっただけ。

避けていた訳ではないのだ。

それなのに、こんな真剣な顔をして聞く姫地が可笑しかった。

「そ、そうだね!」

俺の答えに、姫地もまた顔を綻ばせると、姫地の横に並んできていた雪村に、グッと親指を立てて見せた。

「…」

雪村も無言で、指を立てて見せる。

「だから、それは何の合図なんだよ」

「…そーですね」

「会話にすらなっちゃいねぇし、その答え」

そんなやり取りをしながらも、結局は楽しく帰った俺は気付かなかった。

「む〜〜〜〜〜〜」

ほら、この声と共に廊下に夕日で伸びた影を携えた怪物が、俺の背中を狙っていることに。


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