いもうとティーチャー☆
第十三限:妹キュウユウ
朝日によって目覚める。
原始的だが、理想的で健康的な起き方だ。
大抵、漫画や小説の主人公が朝日に目覚めると言うのは、その後の騒動を予定しているものだ。
「す〜く〜〜〜」
が、俺にはそんなもの無い。 平和で平凡な朝、そして生活、人生が予定されている。
「…いいかげんに離れろ、ボケ」
手を伸ばすと届かないほど、0距離にいる妹の頬を引っ張る。 母がよく羨ましがる柔らかさだが、今のところの用途としては、遊び道具以外にない。
「む〜、む〜!」
すぐさま目を開けた妹が、抗議の声を上げる。
これが素の状態であるなら、世界新にも挙げられるであろう目覚めのよさだ。
「なんで狸寝入りしてんだよ」
「朝起きたら女の子が一緒に寝てたら、びっくりして色々してくれるのが常識なのに〜!」
「そういう大きいお友達の色眼鏡を、常識と位置付けるな」
片野未久美の早目覚め記録。 狸寝入りによる不正のため、ギネス登録は無効だ。
変形するこいつの顔も飽きたので、俺は妹の頬を開放した。
だと言うのに、こいつは昔あったビニール製の抱きつき人形のように、両手両足で俺を束縛している。
「やっぱり、予定ちょーわじゃだめかぁ…」
「予定調和だろうがなかろうが、てめぇがくっついたって動揺する要素なんてねぇよ」
「む〜!」
奴が乳臭い匂いをたてようと、凹凸のない体をくっつけようと、そこに感じるものなど何もないのだ。
昨日、騒動を起こした後に何故か俺だけが「お兄ちゃんでしょ!」と言う理不尽な理由で怒られ、「一緒に寝るぐらいいいだろ」という親ならではの勝手な論理でこの態勢にさせられた。
妹の布団は既に片付けられており、雑然とした部屋で、そこだけが奇妙な空間を作っている。
そして俺は、空いたスペースに妹を追い出す非道行為も、自らが布団から出る男気も見せることが出来ず、ずるずると流されるまま眠りについてしまった。
どうあがいても、この態勢に落ちつくことが決まっていたような気になる。
こっちこそ、まさに予定調和だ。
「…いいから、とっとと離れろ」
「あと五分」
「そんなこと言った奴が五分後に起きたなんて言う話、聞いたことが無ぇよ」
「大丈夫〜、先生は大人だから自主性に溢れてるの〜」
やっぱり、少々寝ぼけているようだ。 未久美は離れるそぶりも見せず、逆にぐりぐりと顔を埋めてきた。
「自主性に溢れた教師が、軟体動物ばりに生徒に絡み付くか!」
「…背徳の関係?」
「アホ言ってねぇで離れろ!」
結局、最後には実力行使でしか平和は訪れない。
そんな悲しい人類の予定調和を、俺は痛む拳で噛み締めた。
「ま、間に合った…!」
チャイムは、俺がドアを開けると共に、余韻を残して消えた。
「あ、おはよ〜」
「…おはよう」
昨日とは逆に、姫地と雪村が俺を出迎える。
まぁ、昨日とは違い、ほとんどの生徒が登校しているし、それに昨日とは違い、登校して来ていない奴もいる。
「はぁ、はぁ、…秀人のやつは、まだなのか」
「…そーですね」
「うん、それに先生もまだ来てないよ」
秀人も、これが当たり前なのだが、未久美のほうもこれが当たり前だ。
なんせ、今日も俺と一緒に来たんだからな。
朝一番の騒動は、あの後もブスブスと火種を残し、それがくだらない言い争いの連続を生み、結局俺を遅刻ギリギリまでに追いこむまでに至った。
で、さらに駅から学校までの機動力の差が、今ここに間に合った人間と、遅刻した人間を作ったわけだ。
「ま、あいつに限っちゃ自業自得だな…」
せいぜい3日目で遅刻と言う不名誉を味わってくるがいい。
「…そーですね」
俺の呟きに、雪村が相槌をうつ。
よく聞こえたな、今の。
ってか、意味が分かって同調してるのか!?
もしかして、俺達の関係は既にバレているのか!?
「あの…雪村?」
「そーですね」
「壊れたか?」
「そーですね」
肯定された…。
本当に壊れているらしい。 さっきの一言も、俺の発言にあわせた訳ではないようだ。
「あ、キリンねぇ。 今それがマイブームなんだって」
とりあえず、修理するにはどこへ持っていけば良いのか考えていた俺に、姫地のフォローが入った。
「この前の、セクハラと同じか?」
「うん、そうだって」
「で、あれのマイブームが終わって、今はこの言葉だと」
「うん、この前片野くんに言ったのが、最高の『セクハラ』だったから、あれはもう良いんだって」
昨日の、呼び出された一件でのやつか…。
「そーですね」
「もう良いっつの」
とりあえず、接触の悪いテレビよろしく、雪村の頭を軽くチョップした。
「…」
すると、雪村は両手で頭を押さえながら俺を見上げる。
ポーズは痛そうなんだが、いつも通りのぼんやりとした表情が、その行動を裏切っていた。
「えっと、悪い。 強く叩きすぎたか?」
その表情だからかもしれないが、無言のプレッシャーに耐えかねた俺は、一応謝った。
今朝、どこぞのアホを叩きすぎた所為で、手が気安くなっているのかもしれない。
「…」
フルフルと、 いつもの首振りサイン。
別に構わなかったらしい。
「しかし、そういう言葉がマイブームっていうのも、どうかと思うぞ、俺は」
と、いうよりただの同意だろ、それ。
「…凡庸性が高すぎて、私も困ってる」
ちっとも困っていなさそうな顔で、雪村はそう言った。
「私なんて、二人で話してるのに『そーですね』しか言ってくれないから、もっと困ったよ」
「それは困るって言うより、もはや会話じゃないだろ」
そーですねしか言わない雪村に対し、ほぼ一方通行で話しかける姫地を想像して、この二人の付き合いというのが何となく見えた。
「…でも、盛り上がったわ」
「うん、そうだったねぇ」
「そうなのか…」
こいつらの友情に関しては、もう何も言うまい。
俺はため息をつきながら席についた。
未久美が不機嫌そうな顔で教壇についたのは、その10分後。
秀人が到着したのは、そのさらに10分後、一時間目が始まった後だった。
「今日の遅刻の理由は?」
遅刻してきたと言うのに、すぐさま机に頬を預けて寝ようとする秀人に、とりあえず聞いてみた。
こいつの遅刻理由は大体決まっているのだが。
「双子の美少女が寝かせてくれなかった…」
「また朝までゲームかよ」
こいつが遅れてくるのは、そのほとんどが、明け方までこいつの年齢では出来ないはずのゲームをやって眠れなかったための遅刻だった。
それでも、大体2時間目までには来るので、律儀と言えばそうなのかもしれない。
「昼だけやって夜は寝るとかしろよ」
「昼は外で遊ぶから無理だ…」
「外で遊ぶって…小学生じゃあるまいし」
何となく、野山で遊ぶ秀人の図が浮かんだ。
現代の小学生がこんなことしてるとは思わないが…。
「小学生は強いんだぞ。 この前俺の超獣デッキが負けた…」
「遊んでんのかよ、本物の小学生と!」
「違う、決闘と書いてデュエルだ」
「はいはい…」
こいつはこいつで、高校生最後の学園生活を満喫しているようだった。
「でも、誰も気付かないんだよなぁ」
一時間ぐっすり寝て、多少元気になったと思われる秀人が言った。
二時間目前の休み時間のことだ。
「何が?」
「席順、お前はおかしいと思わないか?」
秀人にそう言われて、俺は周りを見まわした。
3年生になったあの日、黒板に書いてあった席順通りに座ったから、別に何の疑問も持たなかったのだが…。
「良い席だよねぇ、ここ。 みんな固まってるし」
「…そーですね」
「ただの偶然じゃないのか?」
口ではそんな風に言ってみたが、そうではないことも俺は感じていた。
確かに、俺達のグループがこんなに固まっているのもおかしい。
「違う。 本当はあの黒板には、何の面白みも無い出席番号順の席が書いてあった」
「それじゃぁおかしいねぇ。 片野君の後ろに私なんて」
「まさか、お前…」
「徹夜したまま新しい教室に来たら、まだ誰もいなくて。 あんまり暇だったから、黒板の席順をちょちょいっと…」
「変えたのか!?」
「ああ、わざと仲の悪いやつ同士を隣にしてみたりしたんだけど、誰もつっこんでくれないんだよなぁ」
「あはは、気付かなかったぁ」
能天気な笑顔で、姫地が笑った。
確かに、俺も気付かなかった。
さりげなさすぎたのもあるが、あの時は未久美が教師としてくることで頭がいっぱいで、そんなことに気付く余裕が無かったのだ。
それにしても、教室中誰も気付かなかったのはすごい。
「雪村も気付かなかったか?」
「…」
すると、雪村は首を横に振った。 気付いていて言わなかったらしい。
「じゃぁつっこんでくれよぉ、ユッキー」
秀人が情けない声を出した。 自分でやっておいて他人に指摘してもらうのを待つとは、こいつも何を考えてるんだが…。
「…別に。 嫌じゃないもの、この席」
俺の顔を見ながら、雪村は呟いた。
こっちを見ながら言われると、余計な誤解を生みそうだぞ。
「そうだね、私もこの席順好きだし、これで良いよ」
それに、姫地も同意した。
「俺のボケがぁ…」
自分のボケを潰された秀人だけが、一人泣き言を言っているのみで、俺も別に不満はなかった。
そこで、チャイムが鳴る。 この会話の落ちはついたみたいだな。
ふと、時間割を見れば、次の時間が俺の一番来て欲しくなかった時間だと知らされた。
次の授業は、数学だ…。