いもうとティーチャー☆
第十限:妹ミセツケ
「なんで、片野先生がここにいるんですか?」
「なんで、片野君がここにいるの?」
前回のあらすじ。兄が楽しく勉強を教えてもらっているところに、傍若無人な妹は、恥もせず乱入してきたのでありました。
「未久美ちゃんは、はじめて先生になって分からないことが色々あるから、とりあえず私が教えているの」
お詫びと訂正。傍若無人な妹にも、来る理由があったそうだ。謝罪。
もちろん、未久美本人には謝ったりしない。
どうあれ、この時間を邪魔したのは事実だ。
八当たりだろうがなんだろうが、俺はむかついている。
「で、良幸君のほうは、私が個人的に勉強を教えているの」
まぁしかし、俺達は先生にご教授願うと言う意味では、一緒なわけか。
変なところで感心してしまった。
先生と生徒、立場は違えどもと言うところだな。
目的が一緒な場合、立場は違えども協力するのは、少年漫画ではお約束だ。
その後、何時の間にか仲間になっていたりもする。
「む〜…、個人的に、ですか?」
だが、例え俺が奴に協力をしたとして、あちらからの歩みよりは無さそうだ。
見るからに不機嫌になっている。
「何怒ってるんですか?」
「だって、個人授業って、二人っきりで…」
怒ってると思ったら、今度は急に赤面し出した。
怒りも混じっての赤面なんだろうが、どちらかと言えば、良からぬことを考えてのこの赤顔のようだった。
何時の間にか歪んだ知識でカスタマイズされた奴の脳のことだ。
勉強を見てもらっているのにという罪悪感で気後れしがちな俺より、ずっとたくましい妄想を抱いているのかもしれない。
図書室なんだから、完全に二人っきりって訳でもないし、何が出来る訳でもないんだけどな。
「あ、大丈夫よ。別にテストの問題を教えたりしてる訳じゃないから」
そんな未久美の心境を知ってか知らずか、里美先生は的外れな回答を返した。
「…他には、何もしてないんですか?」
「変な邪推は止めてください。俺は勉強を教わってるだけです」
「む〜!」
個人授業という響きに妖しげなものを感じ取ってしまう12才とは、兄として本当に将来が心配だった。
「未久美ちゃん、とにかく座りなさい、ねっ」
「むぅ、分かりました」
そう言われて、未久美はブーたれながらも俺の隣に座った。
椅子を騒々しくこちら側に寄せ、手元の資料を見る。
「ごめんなさいね。良幸君には今日課題を見るって言っちゃったし、未久美ちゃんの転任も急だったから」
「へぇ…」
「すごいのよ。決まったのが一週間前ですもの」
「そりゃ、急ですね」
実は、俺は知っていて、しかもその原因である。
チラッと未久美を見たが、何の目配せと勘違いしたのか、天才とは思えないだらしない顔で、にへらと笑った。
お前は、今不機嫌なんじゃないのかよ。
何故笑っているのかは、こいつの脳内に直接聞いて欲しいが、俺は笑い返すことなど出来そうに無かった。
…むしろ、殴りたいぞ、こいつ。
「本当なら、私が良幸君のクラスの担任だったんだけどね。ちょっと残念かな」
「あっ、そうなんですよねぇ」
「そうだったんですか!」
衝撃の事実に、俺は大声を出してしまった。
頭の中では、自分の軽率な発言で、妹が教師になってしまったことへの後悔。
それに、本当に奴が教師になってしまったせいで、里美先生が担任ではなくなったことへの憤り。
ついでに、何故残念なのか問い詰めたい気持ちが縦横無尽にかけ回って俺を混乱させた。
未久美はと言えば、人の仕事を奪っておきながらも、俺の担任になれた嬉しさを堪能中といった顔だ。
さっきの「にへら」も同様の理由だと推察される。
とりあえず、こう言う場合お世辞でも謝れよ、お前は。
「でも、いいじゃない。未久美ちゃんの方が若いし可愛いし天才だし。いい事ずくめよ」
「えっ、そんなぁ」
素直に照れる未久美だが、俺には、ガキンチョで色気が無くてアンポンタンでイヤな事ずくめだとしか思えない。
「そんなことないですよ」
そんな訳で、一応否定しておいた。
「む〜!」
「もう、何で良幸君が否定するの?」
「そうじゃないですよ。先生だって若いって言いたかっただけです」
本当は、言いたいことは他にわんさかあるんだが。
「フフ、ありがとう」
柔らかくお礼を言われた。
…もしかして、お世辞だと思われたか?
「それで、どうやるんですか、同時進行なんて」
ちなみに、無理と言う結論を出して、片野先生は早々にご退場というのが、俺のベストシナリオだ。
「未久美ちゃんには色々教えないといけないから、良幸君はしばらく一人で自習しててくれない?」
む、放置は俺のほうらしい。が、俺はそこで不貞腐れるような子供ではない。
お二人さんの邪魔にならないように、すぐ隣の席に座った。
一人静かに自習を始める。
「えっと、それじゃ未久美ちゃん。まず明日からの主な日程なんだけど…」
「あ、ちょっと待ってください」
説明をはじめようとしていた里美先生を制して、未久美は席を立った。
「んしょ」
で、机を代えた俺の横に椅子を動かしてきて。
「よいしょ」
再び座った。話をするはずの里美先生との距離のほうが、明らかに遠い。
「…何をしてるんですか?」
「む〜、だって片野君が離れるんだもん」
答えになってねぇよ。
「未久美ちゃんと良幸君って、実は仲が良いの?」
もちろん、この未久美の不自然な行動に、里美先生は当然つっこむ。
それでもやはり、論点はずれているような気がするんだが。
「はい、ものすごく仲良しですよ」
嬉しそうに、とどめとばかりに、限界まで俺の隣に椅子を寄せながら答える未久美。
何をナチュラルにいっとるか、こいつは。
関係を隠すという約束は、こいつの中で果てしなく遠い出来事になっているのかもしれない。
「いいえ、仲が悪くてどうしようもないです」
そんな訳で、椅子を離しながら弁明。
「そうなの?」
「違います。もう、どうしようもないほど仲が良いんです」
どんな関係だ、それは。
再び椅子をくっつけようとする未久美。
「そんなことはまったく無いです」
それに対し、俺は机の下で奴の椅子を押さえ、これ以上近寄れないようにしていた。
「む〜!」
「さっさと定位置に戻ってください」
「…やっぱり、仲が良いみたいね」
が、俺の白鳥の水面下のごとき努力も、角度がついていれば丸見えだった。
何やら微笑ましげな表情をして、里美先生はそんなことを呟いている。
コレをどう解釈したら、そんな表情が出来るんですか?
「俺より、先生たちのほうが仲が良さそうですよ」
ともかく、話をずらすため、俺はそんな話題をふってみた。
ちなみに、机の下の攻防は未だに続行中だ。
「まぁ、私達は知り合ってもう一週間経つしね」
「へぇ、そうなんですか」
先生が思い出すように上を向いている隙に、未久美のわき腹を突く。
「きゃふっ」
ひるんだ隙に椅子を押し返した。
「ん、どうしたの?」
「いえ、なんでもないです」
わき腹突きが変なところに入ったらしく、未久美のほうは大人しく椅子にうずくまった。
しかし、人見知りのこいつが、マンツーマンでとっとと馴染むとは。
里見先生の人柄のおかげかも知れない。
「最初は慣れてくれなかったんだけどね。二人で食事をしたら、何時の間にか打ち解けてたわ」
「…食事?」
む、なんかかなり脆いところに入ったらしい。
未だにうずくまっている未久美。
「む〜…」
俺に寄りかかろうとしてきたので、その頭を受け止めて、反対側に押す。
勢いのついた奴は椅子から落ちそうになり、慌てて態勢を立て直した。
…元気じゃねぇか。
「ええ、私のおごりでちょっとね」
「美味しかったです、超特大フルーツMIXデンジャーパフェ改デンジャラスVerDX!!」
いま、危険を表す英単語が2回使われたぞ。
食って平気なのか、それ?
「はぁ、買収されたのか」
つまりはそういう事らしい。
人見知りのくせに、食い物を与えられれば打ち解けるなんて…。
知らないおじさんについて行かないかが、普通に心配になる。
「人聞きが悪ですよ、片野君」
「微妙におかしい日本語を使わないでください」
脱字だと思われるじゃないか。
「それより、二人ともこっちに戻ってきて。私一人じゃ寂しいわ」
また、何やら微笑を浮かべて里美先生が言った。
笑いの意味が気になる。
何しろ、今までのやり取りじゃ疑ってくれと言ってるようなものだ。
「あ、はい、分かりました。ほら、片野君も」
そう言って、俺の手を引く未久美。
つーか、こいつはベタベタし過ぎなんじゃないのか?
さっき、アイツに注意を促す前よりひどくなってるぞ。
へたに撫でたりしたのが、いけなかったのだろうか?
甘やかすのは教育に良くないというのは本当だな。
「本当に、仲が良いみたいねぇ」
ほら、不自然に思われてるじゃないか。
「…そんなこと無いです、イヤ、本当に」
否定する力も、なんだか萎えてきた。
「あら、羨ましいわよ。可愛い彼女じゃない」
「あ、そう見えますかぁ?」
「やめてください。 …俺は年上のほうが好きです」
あからさまに喜ぶ未久美を制して、俺は言った。
…なんだか、兄妹と言うよりも、恋人と言う扱いだった。
バレないで済むのかもしれないが、これはこれでイヤだ。
「それなら、私でも対照内?」
「………………」
思わず、固まってしまった。
なんだ? 会話の流れか?
それとも、他に意味が…。
「もう、こう言う時にこそリップサービスしてよ」
俺の無言を、呆れてると思ってしまったらしい。
慌てて先生は取り繕った。
「そりゃぁ、片野先生よりは里美先生のほうが、良いです」
「う〜ん、よりはって言われると、あんまり嬉しくないわね」
確かに、それは余計だった。
こんなちんちくりんと彼女を比べるなんて。
第一、それは俺の本音ですらなかった。
言いなおそうか、俺が思案している時、ちんちくりんが。
「むぅ…」
俺の服を握った。
「あら、また見せつけられちゃったわ」
…いいかげんにしろ、こいつ。
何でこんなにあからさまにベタベタするんだよ。
また先生に誤解されたじゃないか。
いくら甘やかしたからと言ってこれは無いだろう…。
「まさか…」
そこで、俺は未久美を見ながら、恐ろしい考えに辿りついた。
今、未久美は先生を見ながら俺の服を握っている。
…もしかして、わざと見せつけてるんじゃないだろうな、こいつ。
先生が俺とどうにかなるのを牽制して。
「どうしたの? 良幸君」
つまり、俺が今ここで先生と話しているだけで、これを続けると言うことだ。
最悪、自分から全部話してしまうかもしれない。
「むぅ…」
先生の個人授業が早く終わってくれることを願ったのは、これが初めてのことだった。