いもうとティーチャー☆
第四限:妹メガネ
「あ、お兄ちゃん、ちょっと待ってよ!一緒に行こうったら!」
「絶対いやだ! 俺は先に行く!」
学生の朝ってモノは、慌ただしいと相場が決まっているものだ。
例えば、寝坊をしてしまったり、そのうえ寝癖が直らなかったり。
パンを咥えて走ったり、転校生と曲がり角でぶつかったりするトラブルが発生したりもするかもしれない。
無いとは言い切れないだろう。世の中は、小説よりも、漫画よりも、芸能雑誌よりも突飛なのだ。
そして、俺の朝を慌ただしく、とんでもなく突飛にしているのがこいつだ。
「む〜、何でそんなに行くのが早いの?前と30分ぐらい違うよ」
我が麗しの愚妹。 別名ムームー星人。
コードネームちんちくりん。
「お前がついて来ようとすると思ったからだよ!」
「兄妹なかよく登校して何が悪いの?」
「昨日、散々言っただろうが!」
「む〜、納得してないもん」
俺が、いつもより30分早く目覚ましをセットしたのは、こいつが昨日の流れを無視して、こういう行動を起こすだろうと予測していたからだ。
もっとも、ピロートークで散々『何故一緒に学校へ行きたいか』を延々と説明されれば、そんなことは簡単に予想がつく。
で、それを察知できたのが寝るときに布団が並ぶ、この位置関係のおかげだとすれば、同じ目覚ましで妹が起きてしまったのも、この無駄な近さの所為だ。
おかげで、俺は朝からこんな言い合いをする羽目になってしまった。
「いいから今日は二度寝しちまえ!一時間ぐらい経ったら学校行けよ!」
「む〜、それじゃ遅刻しちゃうもん!」
そして、そんなやり取りを続ける間にも、学校へ行く支度は進んでいた。
俺は着替えが終わり、鞄の中に教科書を詰め込む。中身が多少適当になるのは致し方ない。
妹のほうはと言うと、こちらは着替え中だ。
と、言っても生唾モノだったり、ドキドキモノだったりするわけではない。
別にこいつが、凹凸も無い、見るべきところも無いカラダだからという理由ではなく、ただ単に着替えが上手いからだ。
マセた小学生時代をおくった者なら、体育やなんかで女子と一緒に着替える時、着替え方が巧み過ぎてがっかりした覚えがあるだろう。
こいつもそんな感じだ。
ブラウスを着てボタンを留めると、裾からパジャマの上着が出てくる。
で、スカートのホックをとめつつ、その下ではパジャマのズボンが落ちるという芸当。
それをさっさと済ませて、時間は俺より早いくらいだ。
そして、出来た格好は…。
「…どうしたんだ、その服」
思わず、作業を止めて唖然としてしまった。
妹が、スーツを着ていたのだ。
本職の教師でも、授業参観の時だけ着るような、ちゃんとしたやつを。
「へへ、すごいでしょ!あっちゃんが就職祝いにくれたの!」
妹は笑うと、意味もなく回って見せた。
「あっちゃんって言うと、あの政治家か…」
俺の頭痛の種を作ってくれた、憎むべき相手だ。
こんなものまで送るぐらいだから、よっぽど妹の能力に期待しているのか、それともただのロリコンなのか…。
どっちにしろロクなもんじゃない。
「どう、先生っぽい?」
「ガキのコスプレにしか見えねぇよ」
言い捨てて、俺は洗面所へと向かった。
歯なんかは先に磨いてあるんで、最終チェックってやつだ。
…それに、今日はあの人のところに行かなきゃいけない。
「む〜!」
妹は頬を膨らませたが、それでも後をついてくる。
「なんで〜!?どう見ても、魅惑の女教師でしょ!」
で、話の蒸し返しだ。
「だから、どこでそんな言葉覚えてくる!?」
「お兄ちゃんの漫画!!」
くっ、本気であの辺の漫画は、処分しなくてはならないかもしれない。
が、鏡の中の顔を見ながら、あのシーンやらあのシーンやらを思い出して、決定は後伸ばしにしようと考え直した。
それにしても、女教師か。
言ってしまえば、背丈とか、色気なんだけどな。
と、いうより女教師に通じるイメージが、スーツだけという感じだ。
他に、女教師らしいところなんて見当たらないんだが。
「あ、お兄ちゃん、ちょっとどいて」
そんな時、妹が俺の前に割りこんで、コンタクトレンズをはめようとした。
そう言えばこいつって、ちょっと目が悪いんだよな。
まぁ、毎回細かい数式やら論文やらを見ていれば当然だが。
の、割にコンタクトをはめるのは下手で、今日もいつものように戸惑っていた。
「…お前って、メガネは掛けないのか?」
そうやって悪戦苦闘する妹を見ながら、俺はふと言ってみた。
あっちの方が楽だと思うんだが。
「メガネはイヤ。 ブスになっちゃうから」
が、妹の答えはノーだ。
なんの思い込みなんだか、こいつはそう思っているらしい。
どっかでメガネブスとでも言われた経験があるのかもしれない。
小学校の頃、女子にそんなことを言った覚えもある。
今なら別に、メガネを掛けたからってブスになるわけは無いと思うんだがな。
それとも、俺は知っているからだろうか?
メガネが印象的なあの人を。
「しかし、メガネを掛けたら、ちょっとは女教師っぽいかもな」
頭の中であの人を思い浮かべつつ、俺は思いつきで言った。
女教師か、結局あの人に一番ふさわしい形容詞だな。
ぼんやりと思った。
すると、妹がコンタクトをいれる努力により盛大に震えていた指が止まった。
で、俺のほうに振り向く。ちなみにコンタクトは排水溝の中に落ちた。
「もしかして、お兄ちゃんって女教師が好きなの?」
突然の質問に、心拍数が上がる。
好き? 女教師が好き?
「別に、好きなわけじゃねぇよ!」
声が、無意識に大きくなってしまった。
「む、何で怒るの? …もしかして照れてる?」
「違うっつーの!」
別に、妹が特定の人物を名指ししている訳でもないのに、連想してしまっている俺は、ひたすら動揺してしまった。
「そっかぁ、お兄ちゃんはそう言うのが好きなんだぁ。そう言えば、漫画もそう言うのが多かったよね」
勝手にそう解釈した妹は、得心したように頷く。
やはり、あの辺の本は、捨てなければいけないのかもしれない。
「だから、聞けや!」
俺の抗議も聞かず、妹は俺の前から離れ。
「メガネ取ってくるね」
と、言って部屋に戻っていってしまった。
「メガネ、イヤなんじゃなかったのかよ…」
俺にできたのは、ため息をつきながら、こっそりと家を出ることだけだった。