いもうとティーチャー☆
第三限:妹トウゲコウ
終わった…。
なんとか今日を無事に済ませられた。
と、言っても、まだ昼にもなってはいない。
それでも良いのだ。俺の気苦労の大半は、既にないのだから。
それでも、明日からもコレが続くのだと思えば、ため息の一つや二つは出た。
一つすると幸せが逃げると言われているコレだが、俺の肺のなかに、吐けば出るほど幸せが詰まっているとは思えない。
「片野くん、元気無いね」
「いいや、いたって健康だ」
長くため息。こうやると、幸せは長く逃げていくのだろうか?それとも一回は一回か?
「性への悩みなら、俺かひめっちに頼め」
「な、何で私なの!?」
「やっぱ、実演指導が一番だろ」
「な、な、なぁ!!」
「…セクハラ」
秀人の言葉に一瞬想像してしまった俺は、セクハラだろうか?
「…お前に相談したら?」
「それも実演指導だな」
「え、高山くんが片野くんを!?」
「って、気色悪いことぬかすな! 姫地も変な想像するんじゃない!!」
俺は、思わず立ち上がってつっこんだ。
姫地って、もしかしてそう言うのが好きな娘なのか?
「…セクハラ」
「雪村、お前それが言いたいだけじゃないのか?」
「キリンの中で流行中なのよね、その言葉」
姫地がいうと、コクンと雪村は首を縦に振った。
「マイブームってやつだな」
妙に納得したように、秀人が笑う。
あの言葉って、流行したの凄く前じゃないか?
「まぁ、それだけ元気があれば大丈夫だろ。よっしゃ、帰っぞー!」
「はいはい、じゃ、行くか」
踵を返した秀人を追って、俺も鞄を持つ。
「それじゃ、姫地、雪村、また明日な」
「う、うん!」
「…さようなら」
彼女達も俺と同じく電車通学だし、二人を誘っても良いんだがな。
やましいことが無くても、気軽にそう言うことを言い出せないのが、男子高校生の性ってやつだ。
そして俺は、そのまま教室を出た。
だから、聞こえなかったし、分からなかった訳だ。
「…一緒に帰ろうって誘えば良いのに」
「いつも、言い出そうとは思ってるんだけど…」
と、いうやりとりも。
後ろから俺達を見つめている、
「む〜〜〜」
と言う感じの視線も。
電車に揺られて、駅を5つ越える。
で、さらに家が遠い秀人と別れ、着いた駅から出、徒歩10分で俺の家であるマンションに到着だ。
同時に妹の家でもあるわけだが。
築造6年。家賃10万、借家なのは妹の将来を見越してだと。
とらぬ狸のなんとやらだ。 俺達が豪邸に住める可能性は、あいつがあんなことやっている限り、無いに等しいだろう。
「俺に、そんな甲斐性があるわけないしなぁ…」
また、ため息が出た。
それはともかく、エレベーターで8階まで昇り、正面にあるドアを空けると俺の家。
玄関から真っ直ぐ進むとリビングになっているが、そこへはむかわず、途中にある左のドアを開ける。
そこが、俺と妹の部屋だ。
部屋の両端に机が一つずつ、その他本棚や私物が壁際に配置されている。
で、どこからどこまでがお互いのスペースという定義は無い。
妹の漫画本は俺の机の上にあるし、俺の参考書は妹の研究書に混じっている。
「つーか、要は汚いんだよな、この部屋」
先ほどの言葉を訂正しよう。私物は配置されてるのではない、壁際に追いやられているのだ。
真ん中がやけに綺麗なのは、布団を敷くためのスペース。
俺達は二人とも、掃除とか整頓とかが苦手な性質なのだ。
「あいつも女の子なんだから、少しは片付ければ良いのに…」
自分のことは棚に上げつつ、愚痴る。
「…さて、これからどうするか」
ただいまの時刻は11時。
父は仕事、母はパート。
妹は…。
「あれ、そういえばあいつ、何時帰ってくるんだ?」
今更になって、俺は妹に予定を聞くのを忘れていたことを思い出した。
先生も始業式は早帰りか?
それとも、先生の先生たる仕事が残っているのだろうか…。
「昼飯…は、作り置きにしておけば良いか」
そう決めて、とりあえず自分の用の飯を作ろうと思ったその時だった。
がちゃっ! バタン!
荒っぽくドアノブが捻られる音が聞こえ、そして、荒っぽくドアが開けられる音が響いた。
ドンドンドンドンドン。
多分、わざと立てているのであろう、盛大な足音。
部屋の前でそれが止まり、もう一回バタンと鳴ってドアが開いた。
その向こうから現れたのは、我が愚妹である。
「お兄ちゃん!!」
「…なんだよ」
息荒く帰ってきた妹は、思いっきり怒った顔をしていた。
迫力は無い。膨れた頬なんかは、実際コミカルなくらいだ。
が、いきなりの剣幕に、俺はたじろいでしまう。
原因が不明なら、尚更だ。
「なんで、なんで…」
俺はなにか怒らせることしただろうか?
HRをまじめに聞かなかったから?
そんなことを根に持つ訳は…。
「なんで、先に帰っちゃうのよーーー!!」
「はぁ?」
彼女が言った内容は、実に不可思議だった。
「なんで、俺がお前と一緒に帰らないといかんのだ」
「だって、折角お兄ちゃんの担任になったのに、全然話せないし。話せるのは帰り道しかないじゃない!」
「アホか!だからなんで、教師と生徒が一緒に帰るんだよ!」
しかもこいつは、今日初めて来た先生だって言うのに。
「む〜、朝だって先に行っちゃうしぃ」
「新任の先生と一緒に登校する生徒なんて、もっと不自然だろうが!」
「そんなこと無いよ! 例えば…」
「例えば?」
「私は慣れない土地で迷子になっちゃったの。そこでお兄ちゃんが偶然通りがかって…。それで親切に学校まで案内してくれたって言うお話でいいじゃない!それで親しくなれば、一緒に帰っても不思議は無いもん!」
「何の漫画に影響されたんだ、お前は!」
現実に無いっての…。
そんなこと言ってしまえば、妹が先生になること自体、思いっきりおかしな事なんだが。
「そしたら、その流れで自然に学校公認で仲良く出来るし、『お兄ちゃん』て呼んでも大丈夫なはずなのに…」
「どこの常識だ、それ!」
「お兄ちゃんの漫画にあったもん。家族でもない男の人を、『お兄ちゃん』って呼んでる漫画」
「アレは特殊な世界の話だから、真に受けるな…」
多分、秀人に借りたアレだろう。
小さい女の子(年は伏せられている)が、会って間も無い男子をお兄ちゃんとのたまい、ゆくゆく恋に落ちるってやつ。
今にして思えば、実にあいつらしい趣味だ。
「ともかく、学校で不必要にべたつくの禁止。それに、俺達のことがばれたら…。分かってるよな」
しきりなおして、俺は改めて言った。
「…ぜっこー。 でしょ」
神妙な顔で、妹が俺を見る。
少し涙目にすらなっている。
「そう、絶交だ」
絶交とはつまり、そう言うことである。
子供が喧嘩した時みたいで、どうにも高校生男子と、天才超先生が交わす約束には思えないんだが、コレはコレで効果絶大なのだ。
「もう、お前とは金輪際話さないし、漫画も貸さない。嫌いなものは食ってやらんし、昼飯は玉葱だけだ」
「やだ、やめて。それ以上言わないでいいよ!!」
ほら、効果は絶大。他に理屈をこねるより、こう言う不条理のほうが効いてしまうのだ。
「おし、んじゃ学校でお兄ちゃんとか言うなよ」
「む〜、わかった」
しぶしぶ、と言った具合で妹は頷いた。
「…良し、玉葱はいってない飯作ってやるから、ちょっと待ってろ」
そう言って、俺は入れ違いに部屋から出て行こうとした。
その手を、妹が掴む。
「なんだよ」
「今、思いついたんだけどね」
何やら嬉しそうな顔をしながら、妹は言った。
「ロクな思い付きじゃなさそうだな」
「む〜、ちゃんとしたことだよ」
「言ってみ」
99.98%ロクなことじゃない。
「学校ではお兄ちゃんと恋人になればいいんだよ!」
…ほらな。
「それは何の漫画だ?」
「この前やってたアニメ!先生は宇宙人なんだよ!」
ああ、ちょっと前までやってた、先生と結婚しちゃうアレか…。
「アレは、恋人ってことも内緒って話だろ。秘密増やしてどうすんだ!」
「みんなに言えばいいじゃない」
「妹と兄でも問題になるし、教師と生徒でも問題になるわ!」
「む〜、あっちゃんに圧力かけてもらうから、平気だよ」
「権力禁止」
「え〜、何で〜」
これ以上、力を持たれてたまるか。
「…絶交するぞ」
「む〜、お兄ちゃんずるいよ〜!」
「うっさい、ムームー星人」
こうして、今日の昼飯は玉葱入りチャーハンとなった。