いもうとティーチャー☆

第二限:妹ジコショウカイ


「3年2組の担当することになりました、片野未久美です。 よろしくお願いします」

 全員が戸惑った顔をしながら、彼女の挨拶を聞いていた。

 新学期、学校に来ると始業式でいきなりチビッコを先生だと紹介されたのだ。 飛び級制度は知っていても、戸惑わないほうがおかしい。

 事情を知っている俺でさえ、混乱気味なのだから。

 多分、俺が人類初だ。

 あまりの嬉しさに、俺は軽く頭痛を覚えて、机に突っ伏す。

 妹が、自分の通っている学校の教師なんて。 しかも担任だなんて。

 席が後ろのほうなことだけが、唯一の救いだ。

「今回は臨時講師として、一年間だけこのクラスを受け持ちます。 えっと、授業は数学を担当します」

 普通、臨時講師とやらが担任なんてやらないだろう。 教員の数だって足りていない訳ではない。

 国家権力と言うものは恐ろしい。

「小さいのに、ずいぶんしっかりとした先生だねぇ」

「そ、そうか?」

 急に後ろから声をかけられ、俺は声が上擦ってしまった。

 振り返ると、そこにいたのはポニーテールを結った快活そうな少女だ。

姫地桃香。 俺とは二年生からクラスが一緒で、よく話しもする。

まぁ、仲の良い女友達と言うことだ。

「うん、だって小学生ぐらいなのに、あんなにちゃんとしゃべって」

「…そうだな」

実は、俺が一番それに驚いていた。

あの未久美が、あのちんちくりんのくるくるのパーが、しっかりとした口調でしゃべっている。

兄としては感動も覚えるが、それより違和感が大きい。

「10歳…ぐらいかな?」

「12だ」

「え、なんか言った?」

「いや、なんでもない」

教壇の上で名前確認を兼ねた出席をとるため、名前を読み上げる様は、立派な教師に見えるのかもしれない。

発育の良い今日びの女子にあって、年を二つも下に見られてしまう、得なのか損なのか分からないあの体型が無ければだが。

「そう言えば、あの先生。 片野くんと同じ苗字だね」

「別に、片野なんて苗字、珍しくないだろ」

「まぁ、そうだけど…」

実は、俺達が兄妹だと言うことは、二人の間での秘密となっている。

と、言うより、俺があいつに言わせないようにしている。

理由は簡単。 単に兄としてのプライドの問題だ。

妹の授業を兄が受けてるなんて知れたら、俺の面目は丸つぶれなわけである。

いくらそれが天才だと言ってもだ。

学校に教師としてくるのは、国家権力まで使われたのでどうしようもないとして、周りの人間に知られるのは我慢できなかったのだ。

あいつがうっかりでも故意でも、バラした場合は、それ相応の罰が待っている。

「…えっと、…雪村…ん? む〜?」

と、出席をとっていた未久美が唸り出した。

困惑した顔で、出席簿と睨めっこをしたままだ。

次に呼ぶ名前は、雪村麒麟。

どうやら、漢字が読めないらしい。

こう言う場合、本人が察してやり、名乗ってやるのが一番なのだが…。

俺は右隣を見た。

すぐ横に、問題の女子生徒が座っている。

雪村は、艶やかな黒髪を持った女子生徒だ。

軽くウェーブがかかったそれが、腰まで届いている。

彼女は、茫洋としたまなざしで、慌てている未久美を見ているように見えた。

が、なにも見ていない様にも見える。

とりあえず、先生に自分の名前を告げる気はないようだ。

「むぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…」

未久美の唸りが増す。 素が出てきたようだ。

しきりに雪村を見たりもしているが、 彼女の独特な雰囲気に押されて、名前を聞けないでいる様子だった。

その視線が、ふと、俺の方を見る。

視線がぶつかった。

少し潤んだあいつの目は、先生ではなく、妹に戻りかけている。

多分、視線の意味は「お兄ちゃん、助けてよぉ」だ。

ったく、学校では無闇にこっちを見るなって言ったのに…。

ともかく俺は、助け舟を出してやることにした。

「雪村キリンです、先生」

俺は、『先生』の部分を意識して言った。

妹に敬語を使わなくちゃならんとは…。

しかも、距離が遠かったので、少々目立った。

「あ、ありがとう、お兄…」

ギン! 秘密事項を、いきなり口にしようとした妹を、思いっきり睨んでやる。

「片野くん…」

よろしい。 うなずく。

「優しいね」

後ろで、姫地に笑われた。

「雪村キリンさん」

「はい」

改めて呼ばれた名前に、ぽつり、と返事を返す雪村。

さっきのやり取りなど、どこ吹く風の淡白さだった。

「…雪子ダメだよ、先生困ってたんだから、ちゃんと助けてあげなくちゃ」

再び後ろから姫地。 実はこの二人、1年から一緒のクラスらしい。

その関係で、俺も何度か話してはいるのだが、いまいち性格が把握できていないのが現状だ。

そして、姫地の声に、雪村の静かな目線がこちらを向く。

何で俺を見る。

「…もしかして、気がついてなかったのか? 自分の名前が読めなかったって」

涼しげな視線に耐えかねて、言ってみる。

または、目を開けて寝てたとか。

「…」

フルフルと、雪村は首を横に振った。

こう言う仕草は、幼い子供のようだ。

「じゃ、なんで?」

「…困っている先生が可愛かったから」

「はぁ?」

目が、直径5ミリの点になった気がした。

「キリン、小さい子が好きだもんねぇ」

姫地のその言葉に、今度は肯定の頷き。

とても真剣な表情だった。

つまり、困らせるために黙っていたと?

「…やっぱり、ユッキーもそう思うか!」

そんな話題になると、後ろからちょっと大きめの声が響いた。

「秀人、声でけぇよ」

俺は雪村の後ろ、姫地の隣に座る奴を見た。

「…わりぃ、でも興奮しちゃってさ」

そこにいるのは、悪戯っぽい目をした茶髪の男。

高山秀人、こいつは俺と3年間同じクラスだ。

学校で一番中の良い男友達。 親友…というのか、こう言う場合?

「なんでだよ?」

「だって、小さい先生だぜ。 最高だ! 萌えだよ! 」

…萌え?

「ほら、また声が大きいよ」

「すまん、姫っち」

「…わたしと高山くんは違うと思うわ」

ポツリと、雪村。

「一緒じゃん、先生大好き」

「いいえ、高山君は先生を性的対象として見てるから」

「あぁ!?」

思わず、高山を睨んでしまった。

「片野君、目が怖いよ」

「お前、たまにチンピラになるよな…」

余計なお世話だ。

妹が目の前の危険に曝されようとしてるのに、平静でいられるか。

「…ともかく、それは誤解だぜユッキー。 俺の気持ちはもっとピュアなものだ。 雪、君の名のように真っ白だ。 降り積もると言う意味でも雪に似ているな…」

「さっさと融けきってしまえ」

口調も胡散臭さが爆発している。

「妙に突っかかってくるな、良幸」

ぐ、不自然だったか。

「…片野君も、先生のことが好きなの?」

「まさか良幸、お前ロリコンか?」

「お前が言うな!」

「片野君、声大きい」

姫地の声にしぶしぶ前を向くと、今度は教壇の上にいる未久美に睨まれた。

まったく、兄ちゃんはお前の知らないところで、お前を守ってるんだっつの。

て、いうかお前がちんちくりんだから、こう言う輩に狙われるんだぞ。

そもそも先生になんか…。

「む〜、片野、良幸くん」

「…ハイ」

だから、睨むなって。


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