ドラポン 第二章 その8



 ポンくん、お母さん、お姉ちゃん、妹ちゃんたち、みんなお元気でしょうか。
 私は元気です。
 私は今、北にあるトゥーリアという街で、騎士団のお手伝いをしています。
 普段の主な仕事は掃除と洗濯で、みんな洗濯物をいっぱい溜め込むので困っています。(何か良い解決策はないでしょうか?)
 トゥーリアは魔王城に近いので、たまに大型の魔物が街を襲います。
 そんな時は私の出番です。
 元の姿に戻って、彼らを説得して帰ってもらいます。
 でも私の話し方が悪いのか。大抵けんかになってしまいます。
 なるべく街に被害が出ないようにしているのですが、この前外壁の一部を踏みつぶしてしまいました。
 それで団長のソゴルトさんにすごく怒られたので、しょんぼりしてしまいました。
 でも私は元気です。この前測ったら、身長が一メートル伸びていました。
 これ以上伸びると、同僚のシャリアちゃんが作ってくれた服が着られなくなりそうで困っています。
 というかもうギリギリです。次に作るときはフリフリをつけてくれるように進言しましたが、断られました。悲しいです。
 そちらの方はどうでしょうか。みんな風邪などひいていませんか? 
 特にポンくんは毛皮に頼って布団を被らなかったり、濡れたままでも平気でいるので、ねぇねぇは心配です。
 今度、長期のお休みがもらえそうなので帰省しようと思います。その時はまたお手紙を出ししますので、詳しいことはその時に。

 グランデ・ザ・ドラゴンより



「この手紙、到着が一週間前じゃないか。アンタ見回りサボったね」
 手紙を読み終え、椅子に腰を下ろした我に、対面に座る母上が文句を言った。
 場所は我が家の居間。夕食の仕込が終わり、家族が全員揃ったその場所には、なんとも言えない良い匂いが漂っている。
「母上だってそれは同じでしょう」
 睨む母上に対し、我も言い返した。
 我々家族が郵便物をやり取りする場合、それは大抵人間の交通ルートを使用して行われる。
 行商人が荷物を運ぶついでということで、料金は安めだが到着日数にはかなりのバラつきがあった。
 届かないことも珍しくはなく、物語において悲劇を描く際の手段としてよく使われている。
 よって、届けた印として到着日をサインするのが通例となっているのだが、この日付がとうの昔になっていた。
 我が母は、カザブランの外れに家を一軒借りている。
 我らへの郵便物は、大抵そこへ叩き込まれることになっており、それを定期的に覗くのは、我と母上の役目となっていた。
 しかし郵便などめったに来ない。仕事が忙しい。もう一方が見てくれているはず。等の理由が重なって、我はそれをついついサボりがちである。
 母上も同じ考えだったようで、ものぐさは遺伝ということらしい。
「ともかく、グランデ姉君は元気にしているようですな」
 お互い睨み合っていた我々母子であったが、親子でいがみ合っていても不毛な気がし、我は話題を手紙の内容に戻した。
 母上が勝ったとばかりに笑うが、我は度量が広いので相手にしないことにする。
「二回もそう書いてるしね」
 と、同じく椅子に座っているユマ姉上がため息を漏らした。夕餉の支度を終えたのにエプロンをつけているのは、おそらく取り忘れである。
 可愛らしい姿なので我は特に指摘しないが。
「姉君じゃなくて、ねぇねぇじゃないの?」
 楽しそうに、ミュッケ姉様が我を茶化す。彼女の方は割烹着を脱ぎ捨て、普段の着物姿に戻っていた。
「ねぇねぇはもう卒業したのです!」
 あの方をそう呼んでいたのは、というか呼ばされていたのはもう過去のことだ。
 我が否定すると、ふふっとミュッケ姉様は笑った。
「……私の事、大好き姉ちゃまとは呼んでくれなかったのに」
「それはもはや呼び名ではありません!」
 更にはよく分からない理由でスネているフウ姉さんにつっこむと、我は浮きかけた腰を椅子へと落とした。
 そうして、隣に座るアグノをちらりと見る。
「な、なんじゃ」
「……そういえばお前に兄上と呼ばれたのも、大分昔だと思ってな」
「そう呼ばれたいなら、せめて女子の格好をやめい!」
 我が儚い願いを口にすると、アグノは口から火花を飛ばしながら叫んだ。
 きゃっと悲鳴を上げながら、我は短いスカートに包まれた太ももを庇う。
 姉上からの手紙を我が発見したのは、今日の仕事帰りであった。
 家に帰るとちょうど家族が揃っていたので、その場で我が読み上げることになったのだが、きゃぴきゃぴした女性の手紙をドラゴン男子たる我が読むと違和感バリバリに違いない。
 そう考えていたいけな少女の姿にチェンジした我だったが、妹はお気に召さなかったらしい。
「アンタ、キンタマが小さいのはまさか男が好きだからじゃ……」
「どういう思考回路ですか」
 母上がおかしな誤解までし始めたので、我は普段町で使う男の姿に変化しなおす。
 我は女性のすべすべとした肌(もふもふも一部許容するが)が好きなのであって、別に男に惚れられたいと思っている訳ではない。
 フラミネくんに関してはちょっと揺らぐが。
「まったく、グランデ姉君が甘やかすから、兄……この男がこんなに軟弱になるのじゃ」
 我が変化し直したのを確認すると、一応矛を収めたアグノだったが、まだ愚痴愚痴と言っている。
 そんなに我を兄と呼びたくないか。大体甘やかされてはいたが、その分我も苦労することが多々あったというのに。
「しょうがないよ。グラお姉ちゃんの愛は大きいから」
「体も大きかったけれどね」
 ――グランゼ姉君は、巨人族とドラゴンのハーフである。巨人というのは山よりも高く成長する人間型の生物だが、魔王や森の影響を受けるところを見ると魔物であるらしい。
 最後にお見かけした時の姉君の身長は三十メートルほどであったが、この手紙を見るにもう四、五メートルは伸びているかもしれない。
 そして姉君がこの家を出て行ったのは、やはりその身長のせいであった。
 他の姉妹同様、グランゼ姉君にも竜の特殊能力である形態変化が備わっている。その際は人間の姿――それでも二mほどにはなれるのだが、竜の血と巨人の血が混ざったことによりある悲劇が起こった。
 成長するにつれ、姉君は自らの本能を抑えきれず、一日に三分ほど元の姿に戻らないと理性を著しく欠いてしまうという禁断症状に冒され始めたのだ。
 最初はイネヤ湖に体を折りたたんで入っていただき、人目につくことを避けてきたのだが、その際に押し出される水で津波が発生。森の動物達から抗議が入ってしまい、姉君は仕方なく独り立ちをせざるを得なくなってしまったのだ。
 姉君は、大きな体をしているが……というかしているからかもしれないが、可愛らしい物が大好きなお方である。
 おかげで、見た目はもふもふとした毛玉である我は彼女に溺愛され、あまりに撫でられ過ぎて背中に10ベイト禿を作ったりしていた。
 元の姿に戻れない禁断症状が出た際など、ストレス解消に使われた我の撫でられ度合いは凄まじく、もうすぐで撫でる毛も全て抜け落ちるという辺りで、姉君も家を出る決意をした。
 それから一年である。慣れたものだと思っていたが、こうして手紙が来ると姉君に抱っこされたり撫でられたり勢い余って踏み潰されかけた思い出が蘇り、少し切ない気分になってくる。
「大丈夫だよ。その分お姉ちゃんがいっぱい甘やかしてあげるから」
 そんな我の表情を見て取ってか。いつの間にか席を立っていたミュッケ姉様が後ろからに覆いかぶさる。
 血の力を抑えきれず、家を出て行く事となったグランデ姉君に、彼女も思うところがあるのか……。
 などと考えるのだが、首筋にかかる冷たい息がこそばゆくて、すぐにそれどころではなくなる。
「な、何の解決にもなってないのじゃ! フウ姉様もやめい!」
 アグノがミュッケ姉様と、それに対抗して我のズボンを口でぐいぐいと引っ張るフウ姉さんに叫ぶ。
「……なんだかんだ言って、みんなポン太に甘いんだから」
 ユマ姉上が、嘆かわしいとばかりにため息をついた。彼女もその小ささゆえ、グランデ姉君にフリフリのフリフリを着せられて苦労した同士である。
「えー、でもユマちゃんだって、この前の夜、一緒に水浴びに行ってたじゃない」
 そんな姉上に、ミュッケ姉様がニコニコと笑いながら言う。
「っ!? 見ていたの……」
 びくりと肩を震わせるユマ姉上とプラス我。
 我の体が震えたのは主に、フウ姉さんが我のズボンのすそを食いちぎったからである。
「私最近、夜行性だから」
 しかし姉様のほうは、むしろ我々の動揺を愉しんでいるようであった。
「い、いやらしいのじゃ!」
「阿呆か! 姉弟でそんなすけべぇな事をするか! ただちょっと姉上に『私の全てを見て……』とか言われたが」
 高貴であろうとする心を忘れ下種な勘繰りをした妹に、我が事実を伝えてやると何故か場の空気が凍った。
「……余計なことは言わないの」
 声と共に、姉上の影から素早く扇状の物が飛び出て、スパーンと我の頭を叩く。
 それを機に、姉妹達が一斉に騒ぎ出した。
「フケツ! フケツなのじゃ!」
「だ、誰がフケツか!? ちゃんと水浴びもしたわ!」
 アグノが赤い顔をし、口から火花を出しながら我を中傷してくるので、それを訂正させようとする。
「……も、って、ふぉかには、どういうこと、ひたの?」
「いだぃ! 姉さん痛いです!」
 フウ姉さんがついに我の足首を噛んできたので悲鳴を上げる。
「お姉ちゃんとは将来の約束をしたもんねー」
「いや、しましたけど! 何故今そのことをををを痛い痛い痛い!」
 ミュッケ姉様が確認のように首筋に牙を当てるので、それに慌てながらさらに力を込めたフウ姉さんの所業に悶絶する。
「……まったく。ちょっと考えたほうがいいかもねぇ」
 母上が何やら呟いていたが、生命の危機に瀕していた我には何も聞こえなかった。

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