ドラポン 第二章 その4


 さて、と言うわけで次に我が紹介するのは、ガッツ&ガンツという武器屋である。
 創業十五年。外観は小さいが、品揃えは豊富。
 ただその犠牲になり、店内の壁はびっしり武器で覆われている。というより武器が第二の壁となっている。
 昔この町で人間同士の戦争が起こった時、この壁のおかげで、砲弾が直撃しても店は無事だったという伝説は、語り草となっていた。
 ただ、それ故にこの店では一つ注意すべきことがある。それは、壁にかかった武器の取り外し方だ。
 この店はスペースの関係上、武器と武器が折り重なっているので、うかつに一つを外すと他の武器も連動して落ちてしまうことがある。
 その中でも、右手の壁にある封印剣ノルンには絶対に手を触れてはいけないとされていた。
 剣自体は何の変哲も無い安物なのだが、これを外そうとすると他の武器が一気に崩落。中の人間へと容赦なく襲い掛かるのだ。
 この間、その作法を知らない新人がうかつにも封印剣ノルンを引き抜き、従業員一同が串刺しになりかけるという事件が発生した。
 ガッツ&ガンツの新たな伝説となったその事件。
 その串刺しになりかけた従業員の一人。新人教育をサボった為、あとで親方にこっぴどくしかられた男こそ、我こと人間界名ホン太郎・ザ・ドラゴンである。
 我はこのブリッジをしたハリネズミのような店で、週に三回働いていた。


「失礼します」
 店の裏口。従業員用事務所側にまわった我は、ノックをしてから扉を開いた。すると部屋の真ん中に筋骨逞しい男性が座っており、何やら苛立たしげに頭をかいている。
 あ、機嫌が悪い。一目でそれを察することが出来、我は次の言葉を発することを躊躇した。そんな我に、彼はギロリと視線を向ける。
「あん? ホン太じゃねぇか。今日は休みだろ」
「ど、どうも親方。今日は少し野暮用で」
 この方こそガッツ&ガンツの店主、ダンザ親方である。いかつい体格と今にも喋りだしそうな立派な鷲鼻を持っており、猛禽類の威圧感で我をいつも威嚇しておられる方だ。
「野暮用ぉ? 金の無心なら聞かねぇぞ」
「出鼻をくじくとはさすが親方。そう言わずに、緊急の入用なのです」
 立派な鼻をしていらっしゃるだけはある。相談する前から断られ、我は親方の嗅覚に驚愕する他なかった。
「お前今、思いっきり人の鼻見ながら言いやがったな。……ところでお前の後ろにいる、ゆらゆらうねってる箱の塊はなんだ」
 親方の鼻に皺が寄り、まるで悪魔のような文様をかたちどった。
 しかしその脅威が我に向けられる前に、彼の興味は我の後ろに立つ蠢く長方形の塊に移る。
「妹です」
「変わった形状の妹さんだな」
「えぇ、こう見えて実はドラゴ……」
「ええい、もう限界じゃ!」
 口を滑らせかけた我より先に、妹が積み上げた荷物を上から滑り落とす。
 それを危ういところでキャッチし、我はバランスを取りながら店内へと入った。
「と、と、と、それで金額の方なのですが」
「やらんと言ってるだろうが。帰れ帰れ」
「いやいや、前借りさせて欲しいのです。ほんの百ベイトほど」
「それでもダメだ」
「可愛い妹の為なのです!」
「その可愛い妹、肩で息しながらお前を殺しそうな目で睨んでるぞ」
 振り向くと確かにそのような状況であった。しかしアグノは息が整わず、我に抗議することもできないらしい。
「妹は目が悪いのです」
 我がそう答えると、親方は頭痛がするらしくこめかみに指を当て、そこをぐりぐりと揉みほぐした。
「ともかく今日は帰れ。まったくただでさえ頭が痛いことがあるってのに」
「……なにかあったのですか?」
 尋ねると、親方は鼻で……もとい顎で我らが入ってきた方とは別の扉を示してみせた。そちらは武器が剣山のようにひしめく、店のカウンターへと出る扉である。
 しかし今の我は視界の確保にも不自由する状態なので、その意味を確かめることが出来ない。
「ふむ、親方」
 仕方なく我は親方の前まで歩くと。
「ちょっと持っていてください」
 彼の前で荷物を落とした。
「え、の、うぉ!?」
 親方はそれを親切に受け止めてくれる。
 それを確認した我は、荷物は親方に任せ、そぉっと扉に近づいてみることにした。
「おい! ホン太てめぇ!」
 扉の前まで行くと、微かな喧騒が聞こえてくる。怒号を発する親方にしぃっと指を立てた我は、姿勢を低くし、扉に手をかけた。
 そしてわずかにそれを開け、中の様子を伺おうとする。
 アグノが「盗み聞きだなんてドラゴンにあるまじき行為!」とでも言いたげな表情をしているが、口に出さないのはまだ息が整っていないからか、それとも自分に返ってくる発言だからか。
 とりあえずきゃつは意識の外に置き、我は扉の先の景色に集中した。
「う、あ、そんな事を言われても困ります……」
 まず聞こえてくるのは、気弱かつ艶っぽい声。
 屈んでいる為尻しか見えないが、これは新人のフラミネくんだ。
 同性愛のケのない我を宗旨変えさせかねない声と尻を持っている眼鏡男子であり、先週我と共に仲良く串刺しになりかけた頼れぬ仕事仲間である。
「いいや! ここには絶対にもっと良い武器がある! 隠すんじゃねぇ!」
 そして彼の声に被さるように、もう一人の声がカウンターの先から響く。どうやら客のようだ。フラミネくんの尻が邪魔をして顔は見えない。
 代わりに店内にびっしりと置かれている武器たちが目に入った。三日ほど必死で整理しなおして我らが再配置したこの店の商品である。
「隠してなんていません……うちの店にある武器は、それだけです」
「いいやある! この店にはサウザンドブレイドっていう、一振りで千もの切り傷を相手に与える魔剣があるって町で噂になっているんだ!」
「うっ、それは……ああああああれはぁ」
「やっぱりあるんだな! さぁ、今すぐ出せ!」
 フラミネくんが急に叫びだし、男の声が一段と大きくなった。
 その会話で、我は事態を察した。
 どうやらこの間、この店の武器が一斉に崩れた件が、間違った形で客に伝わっているらしい。噂の伝播とは恐ろしいものである。
 客がフラミネくんに詰め寄り、呻きながら一歩下がった彼の尻が扉に押し付けられると、客の顔があらわになった。それを見た我は、あっと声を上げてしまう。
「俺はドラゴンを倒さなきゃならないんだーー!」
 それは、昨日我を鍋にくべようとし、妹に燃やされかけたあの冒険者であった。
 我は人間の顔を覚えるのが不得手であるが、ピンと立てた髪の先端がチリチリになっているのでおそらく間違いはなかろう。
 髪を立てて誤魔化してはいるが、真ん中は見事に禿げ上がっているはずである。
 冒険者は自らの声のおかげで我に気づいていないが、フラミネくんはこちらの存在に気づいたようだ。
 一瞬驚いた顔をした後、目を潤ませて我に助けを求める視線を向けた。
 相手が男性だと言うことも忘れ、我は思わずイケナイ気分になりそうになる。それをグッとこらえて我はフラミネくんに少し待てとハンドサインを送った。
 そして扉から離れると、控えめにため息をつく。
「はぁ、おおかた把握しました」
 我がそう告げると、親方は渋い顔で頷いた。我らの荷物は床に置いてある。
 事情はわかった。そしておそらく、親方より我の方が理解は深い。
 ――あの愚かな冒険者は、未だにドラゴン討伐を諦めていなかったらしい。そんな時に町で魔剣の噂を聞き、この店へとやってきたのだろう。
 気が弱く口下手であの倒れてくる剣達がすっかりトラウマになっているフラミネくんは、その事を聞かれる度に動揺しておかしな態度を取り、そのせいで客も何かあると更に詰め寄っていると、多分そういうわけだ。ここで疑問なのは――。
「なぜ助けてやらないのです?」
「俺があの若造と喋ると殴っちまいそうだからだよ」
 我が尋ねると、親方はまた乱暴に頭をかいた。
 親方は短気なお方である。短気でありながら客商売を営んでいる。
 客の少ないこの店に従業員が二人も雇われているのは、彼が接客にまるで向いていないからであった。
「かと言って自警団ってのも大げさだしな」
 あまりに悪質な客が来た場合、町では自警団を呼ぶことが推奨されている。だが、規模の割によそ者である冒険者が多いこの町において、自警団は決して暇ではない。
 何を隠そう親方の息子さんもその自警団に勤めており、彼の苦労を知っている親方は気軽に自警団を呼べないのである。
 と、なると、ふむ、と我は少々考えた後で親方に提案した。
「我があの若者を穏便に追い返しましょう。ですから九十ベイト貸してください」
 すると親方は鼻に皺を寄せ、例の悪魔の顔を出現させた。しかし迷いのせいか悪魔の方も若干困り顔に見える。
「……お前がどう喚こうが、次の給料からはきっちりその金額を引くからな」
 果ては殺意のこもった目で我を見る親方だが、要するに了承と見て良いのだろう。冷や汗をかきながら、我は首を縦に振った。
「お前も我の仕事ぶりを見て、我を尊敬し直すが良い」
 ようやく息が整ったのか珍しげに室内を眺めているアグノにそう告げ、我は両手で顔を覆った。
 むにむにと微調整した末、同じ人物に見える範囲で自らの顔をよりハンサムに改造する。
 そして深呼吸をした我は、扉に手をかけた。
「わっ」
 もはや扉にすがり付く状態だったらしいフラミネくんが、扉を開けた瞬間に倒れ掛かってくる。
「おっと、すまない」
 それを受け止めた我は、素敵度二割増の顔で彼に優しく微笑んだ。
「せ、先輩ぃ」
 フラミネくんが眼鏡の下の潤んだ瞳で我を見上げる。
 後輩から向けられる尊敬のまなざしというのは心地よいものである。頭でも撫でちゃろかと思ったところで、尻に衝撃が走った。
「……っ!」
 せっかく作ったハンサム顔を崩さないように我慢しながら背後を見ると、アグノが我の尻を蹴ったらしい。不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。
 そんなに早くあの枕が欲しいのか。我はフラミネくんを扉の外に下がらせると、そっと扉を閉める。
 そうしてより朗らかな営業スマイルを顔に貼り付け、丁寧な口調で男に挨拶をした。
「申し訳ありません、応対を代わらせて頂きました。わたくしガッツ&ガッツの副店長、ホン太郎・ザ・ドラゴンと申します」
 すぐさま閉めた扉が少しだけ開かれる。そこからアグノとフラミネくん、それに親方の鼻がぴょこぴょこびょーんと現れた。
「誰が副店長だこの下っ端」
 背後から小声の怒声が聞こえるが、こういうのは箔が大事なのです。と内心で言い訳しておくに留める。
「ドラゴン?」
「えぇ、ドラゴンのように強く気高く、という意味でつけた家名だそうです。わたくしは少々名前負けをしておりますが」
 いぶかしむ客にさらりと嘘を答え、我はカウンターの側面を持ち上げてそこを通過し、客と同じ側に立った。
 由来は嘘だが、我がこの苗字を気に入っているのは本当である。
 最強のドラゴン。その家系に代々受け継がれるのがこの姓であり、どちらかといえば称号に近い物である。
 これを奪い取るにはその家の代表と正式な決闘をしなければならないのだが、父上は既に死んでしまったし、我が家の代表者というのも有耶無耶のまま一家離散の憂き目に遭ったので、おそらくザ・ドラゴンの称号は他所へと移っているだろう。
 しかし我は、やはり父上が最強のドラゴンだと思っているし、何よりこう名乗っていると、見た目はたぬきの自分もドラゴンの一員なのだと感じることができる。
 なので、我はやめろという竜が出てくるまではこの名前を使おうと思っていた。
「ふぅん、あんなトカゲの名前をもらうなんて変な先祖だな」
 だがしかし、それを説明させた男は興味なさげにばっさりと切り捨てる。
 温厚な自らのこめかみからビキィという音がした気がしたが、後ろの方から似たような音が実際に響いた。
 まずい。と我がちらりと扉の方を盗み見ると、案の定その隙間から見える妹の目が、爛々と輝き瞳孔が縦に裂けていた。そして扉にはひびが入っている。
 強く気高いドラゴンは、自らを爬虫類と混同されることをひどく嫌うのだ。我も決して良い気分ではないが、それより妹がこの店で暴れだす前にこの男を追い返さねばまずい。
 そう判断した我は、自らの怒りは抑え男へと再びにこやかに話しかけた。
「え、ええとまぁわたくしの話は置いておきましょう。先程うちの従業員が話したように、我が店にはサウザンドブレイドなどという剣は存在しません」
「でも噂で」
「噂はしょせん噂でございます。しかし我が店に魔剣がないということではありません」
 つらつらと喋りながら我は適当な武器を見繕うと、それを慎重に壁からはずした。
「あるのか!?」
「魔剣ビラムグインというものをご存知でしょうか。九代目魔王と相打ちになった剣でございます」
 目を輝かせる男に、我はその剣を手渡した。
「こ、これがそうなのか!? ……でもなんかしょぼいような」
 剣を受け取った男が、柄や鍔のシンプルさを見て疑問符を出す。まぁそれはそうだろう。何故ならその剣は一山いくらで売られるどこにでもある大量生産品なのだから。
 我はあくまで伝説の魔剣の話をしているだけであって、この剣がそうだとは言っていない。
 男の疑問に答えるふりをして、我は引き続き、ここにはない伝説の剣の話をした。
「悲しきかな魔剣は魔王を倒した時にそのすべての力を使い果たし、普通の剣へ戻ってしまったのです。しかしがっかりしてはいけません! 海の向こうにあるという、いと臭き獣の神殿に行けば魔力が戻るという噂もあります!」
「アンタさっき噂は噂だって……」
「えぇ噂は噂です。ですが何と素敵な噂なのでしょう! 冒険者なら、いえ、男なら心が躍るでしょう? 踊らなければ嘘でございます! そして損でございます!」
「う、うむ、なんだかそんな気がしてきた」
 押せ押せで口説いていくと、男が首を縦に振る。我のセールストークも捨てたものではないようだ。
「そうでしょう。ならばこの浪漫を買ってみましょう。魔力などなくとも立派な剣だということは、わたくしが保障いたしますよ。それで何とお値段百五十ベイトになります」
 最後に価格を告げると、男が硬直した。いくらなんでも魔剣が百五十ベイトは安かったか。我がいぶかしんでいると、男はすまなそうに言う。
「今、俺八十ベイトしか持ってないんだ」
「お客様。それでは枕も買えません」
「いや枕ぐらいは買えるだろ」
 買えないのだ。少なくとも我らの所望する枕は。
 内心で呟きながら、我はどうしようかと計算しなおした。
 魔剣を求めているのだからそれなりに金は持っているのだろうと踏んだのだが、まさか普通の剣すら買えない金額しか持っていないとは。
 普通の剣が百五十……百四十ベイトというのは決してぼったくり価格ではない。
 というか八十ベイトというのは、普段の食費を抑えたとしても一ヶ月暮らせない金額なのだ。
 それで武器を買って、それからこの男はどう暮らすつもりだったのか。我もまだまだ人間の思考回路というものが理解しきれないらしい。
「いや、まぁよく考えたら、そんなに凄い剣はいらないんだ」
「はて、魔剣を求めていらっしゃったお客様の言葉とは思えませんな」
 我がつっこむと、男は気まずそうに頭をかいてから、ニカっと笑って言った。
「だってドラゴンなんて、バカでマヌケでお調子者だから、適当に落とし穴にでも嵌めれば楽勝だと思うんだ」
 ……なんですと?
 男の言葉に、我は思わず口を開けた。いくら最近は大人しくしているとは言え、最近の若者はドラゴンの恐ろしさをまるで知らないらしい。
 ドラゴンといえば魔法も効かない剣も特別な物でなければ弾かれる。空を飛ぶ火を吐く城を踏み潰す。国一つを滅ぼして一人前と呼ばれる凄まじい生き物なのだ。
 その中でも凄まじかったのが我が父上で……。
「あ、そうだ。ヴォルガー・ザ・ドラゴンって竜を知ってるか?」
「いっ!? え、ええ、存じております」
 思い浮かべていた名前が男の口から出て、我は心臓が口から出るような思いをした。
 それはもちろん知っている。何せその竜は我が父なのだから。
「いや、アンタの苗字で思い出したんだけどさ。そのドラゴンはまぁ、大層強かったらしいんだけど、雌を見たらミミズだろうがオケラだろうが何とでも子作りするようなおかしな奴だったらしいんだよ」
「ほ、ほぉぉ」
 男は目の前に彼の息子がいるとも知らず、ベラベラと喋り続ける。
 父は確かに見境無しだったが、意思疎通ができない相手とは子作りをしなかった。
 しかし、我の立場上男にそれを説明することは出来ない。我が心の中で煩悶しているうちにも男は大仰な仕草をして話を続ける。
「だから子供は竜の出来損ないばっか! まぁミミズやムカデの子じゃしょうがないよな。 最期はモグラと戦って返り討ちにあったらしいぜ」
 目の前にその出来損ないの息子がいるとも知らずに……そもそも、出来損ないは我だけである。他の姉様方は能力、性格共に素晴らしい方々しかいない。
 それを、この男は、父の死に様まで馬鹿にして。
「ま、竜の最強でそんなもんな訳だから、あんなちっちゃいドラゴン、落とし穴で楽勝だと思うんだ」 
 ついには鼻歌交じりになり、指をクルクルと回し始める男。
 この男は何も分かっていない。最強の竜、そしてその血を分けたものの恐ろしさを。
「だから店員さん、スコップないかなスコップ」
 我の中で、色んなものがぶちぶちと切れた。それは堪忍だの理性だのというロープ状のもので、谷底へと落ちていくそれらが、諦め顔で我に手を振っている。
「えぇ、そうですね。お客様にはスコップがお似合いかもしれません」
 我は張り付いた笑顔のまま、男に言ってやった。
「は?」
「お客様に魔剣などという高等な物は扱いきれないでしょうから」
「どういう、意味だ?」
 男の表情が、さすがに剣呑なものになる。しかし、我の口も止まらない。
「それで自分の墓穴でも掘って埋まればいいのでは?」
「この野郎!」
 激昂して殴りかかってくる男。それに対して我は、美形に整えていた顔からいきなり目を飛び出させて見せた。
「うごぉ!」
 バランスを崩す男の体。その期を逃さず、我は体を半身にすると男の足先に自らのつま先を置いた。それにひっかかり、男の体が派手に一回転。
 どん! と大きな音が鳴り、男の体が背中から落ちる。その痛みにのた打ち回りながら、男は目を剥き我に叫んだ。
「な、何だ今の!?」
「今のは『気』でございますお客様。ワタクシの体から発せられるオリエンタルファンタスティックな力がお客様を怯ませたのでございます」
 寝転がる男の頭の上に立つ我は、彼にしれっと嘘をついた。東洋の神秘と説明しておけば、大抵の出来事には説明がつくものだ。
「い、今のはそんな精神的な感じじゃなかったぞ! さてはお前……」
 しかし男は我の説明では納得せず、それを否定した。
 ……さすがに昨日の今日でこの変化を見れば、我がたぬきだと勘付くか。男の頭の出来を侮ったことを我がちょっぴり後悔していると。
「魔剣を持ってるな! 幻惑の魔剣だ!」
 男は寝転がったまま声高に叫んだ。やはり彼の脳は、我の想像を超える代物だったらしい。
 安堵と失望のため息を吐きながら、我は彼の望みを叶えてやることにした。そもそもこれで許してやるつもりもない。
「……そんなに魔剣が見たければ、お見せしましょう」
 我が告げると、男は転がされたことも忘れ、ぱぁっと笑顔になった。あるいは単純なだけで悪い人間ではないのかもしれない。
 だが、それも今さらである。
「ただ我が店の魔剣は少々特別でしてね。一本の剣を指すものではないのですよ。この店全体が魔剣と言っても良いでしょう」
「え、この店の剣全部が魔剣なの!? すご……」
 爛々とした目で店内を見回す男。しかしその顔が、次第に青くなっていった。察しはさほど悪くないらしい。
「店、全体……ちょ、ちょっと待ったあの名前ってもしかして」
 どうやらやっと我が店の魔剣について正しい認識を持ったようだ。
 しかし、全てはもう遅い。
「これが我が店の魔剣。サウザンドブレイドです」
 言いながら、我は封印の剣、ノルンを引き抜いた。店内がグラグラとゆれ、事情を知る親方とフラミネくんが目を剥く。
 そして男の下へと剣が殺到した。
「ぎゃー!」
 悲鳴を上げる男。彼の両わき腹、側頭部、股間。そのスレスレに次々と剣が突き刺さった。しかし落ちたのはものの数本である。
 残りは無事に、店内の壁にずらりと並べられていた。
 先週あった恐ろしい事件。その被害に遭い、これでは命が千あっても足りないと考えた我は、商品を再配置する際に一計を講じたのだ。
 今のノルンは第一の封印であり、これをはずしても数本の武器しか落ちない。位置もきちんと計算して――。
「ひぃっ」
「失礼」
 男の顔に落ちかけたナイフを、我は寸前でキャッチした。中々想定通りには行かないものである。
 そう考えながら手に取ったナイフを見ると、歯がのこぎり状になるまで欠けており、とても商品になりそうにない。
「これを差し上げますので、今日のところはお引き取りください」
 そう告げて、我は男の腰にナイフをつけてやった。
 すると硬直していた男の体が、その言葉でバネ仕掛けの人形のように起き上がる。
「お、覚えてろ……いや、忘れんからな!」
 我に指を突きつけ、よく分からない言い換えをした彼は、潔く背中を見せると脱兎というよりは猪のような勢いで店から飛び出していった。
「ふぅ」
 一仕事を終え、我は息をつく。
「ふぅじゃねぇだろこのアホ」
 その頭を、部屋に入ってきた親方がばしんと叩いた。
「ぼ、暴力はよくありませんよ親方!」
「穏便に済ますって約束ぶっちぎったのはお前だろ!」
 我が抗議すると、親方は更に我の頭を叩く。
「ぶっちぎってなどいません! 我は一切手を出していないのですから!」
 足先は出したが、あれは相手が勝手に引っかかっただけである。
「へ、り、く、つ、をこねるな! 商品の配置も勝手に変えやがって!」
 しかし親方は我の理屈を聞かず、今度は連続で人の頭を叩いてくる。
「いたっ、いたっ、いたた! あれはまぁ、いつか我がこの店を掌握するために……」
「お前なんぞに誰がやるか! そうだ思い出したぞ副店長ってのはどういう了見だ!」
「少し未来の話をしたまでで」
「そんな予定は未来永劫無い!」
 あまりに叩かれ過ぎてたぬき耳が出てしまいそうになった所で、親方が手を止めた。
 どうしたのかと彼を見ると、なんとこの男、長い鼻を横に背けて赤面している。
「しかしまぁ、なんだな」
 鼻に皺が寄るなんて事より、余程不気味な光景である。我が慄いていると。
「お前がうちの店をあんなに愛しているとは意外だった」
「は?」
 今度は意味不明なことを言い出した。ダメだこの親父。我が早く店を継がなくては。
「なぁに照れるな。うちの武器をバカにされてあんなに怒ったんだろう?」
 疑問符を浮かべる我に対し、おそらく本人は朗らかを目指しているのであろう笑顔で、今度は我の背中を叩く親方。……なるほど、そういうことか。あれをそう理解したのか。
「いや、まぁ、その」
 そんな訳無いだろうなどとは言えず、曖昧に言葉を濁す我。
 すると親方は更に我の両肩に手を置き、またもバシバシと叩く。叩かずにはいられないのかこの男は。
「仕方ねぇ。前借りの件は聞いてやる。妹さんを大事にしろよ」
「あ、ありがとうございます!」
 何やら親方の中で化学反応があったらしい。鼻の下をこすりながらそう告げる親方に、我はともかく頭を下げた。
「先輩、格好良かったです」
 フラミネくんが頬を紅潮させながら我を見上げる。何かイケナイ気分になるが、彼の性別をきちんと思い出して自重した。
 そうして彼らの後ろ、半開きになった扉を見ると、アグノがそこから口をモニョモニョと動かしなんとも言えない表情で我を睨んでいる。
  これはどう判断して良いものかと我が悩んでいると、アグノは表情をきりっとし直して立ち上がり、つかつかとこちらに歩み寄ってきた。
 思わず身を引いた我の手を逃がさんとばかりに掴むと、彼女はそのまま店から出て行こうとする。
「あ、おいちょっと!」
「ほれ、約束の金だ!」
 なすすべなく引っ張られる我に、親方が布袋を投げて寄越した。
 慌ててそれをキャッチすると、ジャラっと小気味の良い音が鳴る。
「ありがとうございます!」
 礼を言うと、親方は鷲鼻に笑顔の悪魔を形作った。
 人間もあの冒険者のような者ばかりではない。そんな事を改めて実感しながら、我は妹に引きずられていった。


 ――店から出、しばらく歩いた後、アグノが呟いた。
「そなたにも、多少の矜持が残っていたようじゃな」
「は?」
 いきなり何を言うのだと問い返してから、我はそういえばそんな話をしていたと思い出した。
 いや、我は別に、プライドが傷つけられたからあんな暴挙に及んだわけではないのだが……。
「何でもないのじゃ。ほれ、早く枕を買いに行くぞ」
 しかし、アグノは妙に嬉しそうな表情をしている。
 それに対し、我は本当の事など言えなかった……。

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