ドラポン 第二章 その3
我は荷物を持つ腕よりも若干重い足取りのまま、妹の後ろを歩いていた。
頭には妹が言った、ドラゴンの矜持という言葉が廻っている。
諸君はそろそろお気づきかもしれないが、我という存在は見かけ、性格共にほぼたぬきである。いや、変化が普通のたぬきより得意という以外は、まったくもってたぬきと言って良い。
我もそれに悩み、幼い頃は辛いものを食べ口から火を吐こうと試みたり、羽が生えないかと高い所から飛び降りてみたりしたが、一向に効果がなかった。
一緒に練習をした妹はすぐにそれらをこなせるようになった為、その特訓もいつしかしなくなってしまったが。
こんな我がドラゴンのプライドなど持って良いのだろうか? それはとても不恰好ではないだろうか。そして、滑稽では無いだろうか。
やはり母の勧めどおりたぬきの嫁でももらった方が良いのだろうか。
しかしあのキンタマしか評価しないような生き物と一生暮らしていくなど、耐えられそうにない。大体なぜキンタマなのだ。
ぶつぶつと考えながら歩いていると、前を歩いていたはずのアグノと並んでしまった。彼女は顔を横へ向け、足を止めている。
我が不思議に思いその視線を追うと、そこには露店があり、でんと黄金色に輝く枕が置いてあった。
商品名を見るとキンタマクラと書いてある。なんと妹もキンタマ至上主義のキンタマニアだったのか。
我が目を剥き商品の説明をじっと見ると、それはキンタマクラではなく、金貨がぎっしり詰まっているような重量感と音がする、キンカマクラという代物だった。
なんとも眠りにくそうな枕である。我はそう考えたのだが、妹はそうではないらしい。彼女はその商品に釘付けとなり、まるで動く気配を見せない。
「まさか欲しいのか?」
「そんな訳ないのじゃ」
尋ねると、アグノは激しく首を振りながらそう言った。
コクコクコクと、縦に。
「我が妹ながら不憫な奴だな」
「ぐ、ぐむ」
口から出ている言葉と実際の行動が、まるで逆になっている。いや、動きの激しさからすると口以外の細胞はすべて彼女を裏切っているといっても過言ではなかろう。
それを指摘すると、アグノは喉の奥でブレスが詰まったような声を出して顔を赤くした。
――ドラゴンという生き物は、おおよそ二種類に分ける事ができる。
谷などで群れて暮らし、関わろうとしなければ一生他の種族と関わらず、それらを見下し引篭もり続ける高慢なドラゴン。
そして金、宝石、女、この世のあらゆる物を手に入れ、自らの巣でごろごろとする事を至福とする強欲なドラゴンである。
どちらも極端にどうしようもないが、妹は全力で前者の方を目指しているらしい。しかし非常に残念な事に、彼女の性質は完全に後者寄りなのである。
「買って帰るか」
「わ、わらわは別に欲しいなどと……」
「勘違いするな。姉様方にプレゼントするのだ」
尚も意地を張る妹にそう答え、我は荷物を妹に押しつけるときんちゃく袋を取り出した。
「お、重いのじゃ!」
今の彼女は、人間相当の力しかない。悲鳴をあげるアグノを背に、我は少々感傷的になった。
――我はアグノに、自らの本能に従って生きて欲しいと思っている。せっかくドラゴンらしく生まれたのだから、思うまま自由に生きるべきであろう。
あるいはそれは、自らがまるでドラゴンらしくない事から発する代償行為かもしれない。冒険者として大成できなかった人間の親は、子供にも冒険者になるよう教育を施すことがあるという。
そういった夢という代物の押し付けが、我の行為には含まれているのは確かであろう。
「わ、わらわに荷物を押し付けておいて何をぼんやりしておるのじゃ!」
妹が先程怒ったのも、多分そういう理由だ。自分はそんなこと頼んでいない。自分の生き方は自分で決める。もっともだ。
「ま、プレゼントするのは姉様方にだが、彼女らが気に入らなければ、お前にも廻ってくるかもしれないな」
何やら抗議しているアグノにそう告げると、彼女はパァっと後光も射さんばかりの笑顔になったが、慌てた様子でそれをぶーたれた顔に戻し、更には荷物が崩れかけててんやわんやとなった。
こっそり彼女を盗み見た我は、その姿を大変微笑ましく思う。
確かに我の行為は不純な動機が元かもしれない。しかし我は妹のこういった表情や、目を輝かせて食べ物にがっつく姿、そして月に浮かび上がる雄大なドラゴンのシルエットを縁側から眺めるのが、たまらなく好きなのだ。
それこそ我のなけなしのプライドに引っかかり、口に出すことは一生ないだろうが。
そんな訳で、我は妹にその珍奇な品物を買ってやることにした。
目の前で我々がごちゃごちゃと話しているというのに、露店の主は気づかずにキセルをふかして胡坐をかいている。
我は腰をかがめ、店主に呼びかけた。
「店主、この枕はいくらか」
「え、これを買うんですかい?」
「自分で売り出しておいて客が来たことに驚くな」
我に気づいた店主は口からキセルを話すと、呆けた顔で我を見た。
需要が無いのは我にも分かるが、これでは何故売りに出しているのか分からなくなる。
「へぇ、百ベイトになりやす」
「む、高いな」
一般的なドラゴンハーフたぬきの一食分(きつね亭そば一杯)が三ベイトである。
いくら一日の三分の一ほどを受け持つ枕と言えど、それでは同じく一日三食の一角を担うきつね亭そばに対して失礼というものだろう。
値切ろうと決めた我だったが、そばの味と共に思い出した記憶があった。
きつね亭で、すっからかんになったきんちゃく袋を涙ながらに振った悲しい記憶である。そしてそれは、ついさっきの出来事であった。
つまり今我の手持ちは……。
「零ベイトにまからんか」
「旦那。寝言は寝てから言ってくだせぇ。九十ベイトでいい枕をお譲りいたしやすよ」
我がきんちゃく袋をもみほぐし、その中に銭も玉も入っていないことを確認して店主に交渉すると、彼は哀れんだ目をしてほんの少しの優しさを見せてくれた。
「……もしや手持ちが足らんのじゃ?」
妹が間違った語尾の使い方をしつつ、冷ややかな目で我を見る。
それをちらりと確認した我は、冷や汗を流した。
まずい、このままでは兄の威厳が地の底まで落ちてしまう。もう既にプライド無しのへこき虫扱いだが、怒られたという事は期待もしているということの裏返しのはずだ、多分。
ともかく現状を打破する良い方法は無いかと我は頭をひねった。
「……うーむ」
「と、とにかくこの荷物を、持ち直してから考えるのじゃ……」
そして、アグノが悲鳴を上げたタイミングではっと思いついた。
「こうなったら、仕事場に給料前借りに行くぞ!」
我は握り拳を作ると、アグノのほうへ向き直りそう宣言した。
「ま、前借り!? 先程そちの矜持について説教をしたばかりであろうが!」
「ええい! 前借りができるということは我が信頼を築き上げてきた証だ! 恥じることなど一つもない!」
我は荷物を支えていたアグノの手を取ると、信じろとばかりに強く握ってみせた。
「そ、そのような詭弁に騙されるか! わらわの目が黒い、内は、そのような事絶対に許さぬ……ととと」
片手で荷物を支えるアグノが、裏返った声を出す。そのまま彼女はバランスを崩しかけ、荷物を体で抱え込む。
「行くぞ! 目指すは武器屋のガッツ&ガンツだ! あ、その枕は取り置きしておいてくれたまえ!」
「へーい」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ! 本当にコケる!」
どうせ売れませんよとでも言いたげなやる気のない店主の返事を背に、我は妹の手を引き、自らの勤務先へと走り出した。
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