「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第四章 「Their Moratoriums」 その6


 辿り着いた先は、俺がカノヌに改造され、その後初めてこの街に降り立つ事となった場所、総合デパートヨスコ蛎森店だ。
 何度か買い出しに来ていて助かった。入口の扉も開いている。人がすっかりいなくなったデパートの階段を駆け上がり、俺は屋上の扉を開けた。
 ポケットからカノヌに渡されたノブを取り出すと、それを貯水槽の壁面にくっつける。
 カノヌの言い方なら、ノブは取り付けた場所で行先が決まるはずだ。
 頼むぞ、と祈りながらノブを回すと貯水槽に長方形の切れ込みが走り、ドアになる。
 俺はそれを開け放つと、中身も確認せずに飛び込んだ!
「のぉぉ!」
 一瞬視界が白く染まり、叫び声を上げる。
 しばらくすると目が慣れ、飛び込んだ先は例の宇宙船――その小型艇の中だと分かった。
 良かった、成功したらしい。
 そして、その中央には、安っぽいピンク色の髪をした女がこちらに背を向け立っている。
 彼女の眼前には巨大なスクリーンが投影されており、そこには不安げなゲヘナと貴人の様子が映し出されていた。
「……何をしに来たのですか」
 カノヌが、ゆっくりと振り向く。
 彼女の手には見慣れぬ機械が握られていたが、カノヌが腕を伸ばしまっすぐこちらに向けたことから、それが銃器の類だと気づく。
「お前を止めに来たに決まってるだろ!」
 それでも俺は、そう叫ばざるを得なかった。
「お前が美冬さんの妹だって話は聞いた! でも、こんなこと間違ってる!」
「お嬢様に、聞いたのですか」
 ため息をつくと、カノヌは腕を下げないまま語りだした。
「姉は十数年前から、地球への潜入調査に出向いていました。しかし生態調査と偽って全国のいたいけな少年少女を食い散らかし、ついには私達の前から姿を消したのです」
「ぜ、全国の少年少女」
「正確な数を聞きますか?」
「いや、遠慮したい」
「三十数人です」
「うぐおおおお!」
 たぶん目の前の武器で撃たれるより鋭い痛みを胸に覚え、俺はそこを押さえつつ唸った。
 下一桁を隠されてもまるで嬉しくない。
 とりあえず一学級分はいるじゃないか!
「……姉の失態、もとい暴走により我が家、そして雇い主であるゲヘナ様の家名は地に落ちました。私は、それを挽回せねばならないのです」
 俺が悶絶しているうちに、カノヌはそう話した。
 それは俺に聞かせると同時に、自分に言い聞かせている風でもある。
「それだけじゃないだろ」
 胸の痛みを抑え、彼女を再度睨み返しながら俺は言う。言わなければならなかった。
「お前は許せないんだ。姉のように任務をきちんと果たさない俺が、姉の事を信じて、言いつけを守ってる貴人が。何より、姉を引きずっている自分が!」
「私はあの人を引きずってなどいません!」
 俺の指摘に、カノヌが初めて感情をあらわにし、叫んだ。
 それに怯みかけるが、ここで引くわけにはいかない。
「だったら何で俺を計画に巻き込んだ!? 俺と貴人を引き合わせた!? お前は姉貴が大好きだったからこそ、自分を裏切った彼女が残したものに目が行ってしょうがないんだ!」
「何も知らないくせに……!」
「なんだと!?」
 もはやただの口喧嘩に突入している。反論しようとしていた俺の目の前で、モニターの内容に変化が訪れる。
『……あ、あのね、貴人』
 ゲヘナが、か細い声で貴人に呼びかける。
 貴人はそれに応え、彼女と視線を合わせた。
 宇宙技術の賜物なのか。映像は二人がアクションを起こす度最適なアングルへと切変わり、まるでドラマを見ているような錯覚を起こす。
『私……私』
 ゲヘナは震えながら、言葉を絞り出そうとする。
「やめろゲヘナ!」
 その様子に、俺は届かないと分かっていても叫んでいた。
「なぜやめる必要があるのです? あの男が、貴方がはっきりしないからこそ、お嬢様からアプローチするのではないですか」
「……本気で言ってんのか?」
「本気ですよ。貴方達はいつまでもあの女を引きずりお嬢様を傷つける。でも私は違う。あの無責任な姉とも違う。私が、お嬢様を幸せにして差し上げるのです」
『す……き』
「バカ宇宙人!」
 俺の叫びと、ゲヘナの微かな声が重なった。
「何がバカですか。これで響野貴人がお嬢様を受け入れればよし、受け入れなければ……」
「お前、ゲヘナが何で今、あんな状態で告白したのか分かってねぇのかよ!?」
 怒りに我を忘れ、俺は二歩三歩とカノヌに近づいていく。
「お、お嬢様が?」
 その剣幕に、珍しく動揺した声を出しながらカノヌは背後を見た。
 彼女の肩は、震えていた。
 告白し、返事を待つ。それは誰だって怖い。だが彼女の場合はそうじゃない。
「ゲヘナが告白したのは、自分の為じゃない! お前の意図を悟って、自分が振られればこんな事する必要が無くなると思ったからだ!」
 俺の指摘にカノヌが目を剥く。
「お前が追いつめてるのはゲヘナだ! あの子にだって、まだ時間が必要なんだよ」
『ごめん……』
 貴人がそう呟く。
 ゲヘナがビクッと体を震わせ、カノヌが見開いた目のままモニターを睨みつけた。
 だが、俺は慌てない。
「あいつはまだ彼女を引きずっているかもしれない、でも」
『まだ、色々な事に整理がつかないんだ。でも』
「あいつ……あいつらなら、もう少し時間をかければ、きっと自力で答えを見つける」
『きっと、君に返事をするから。君の望む答えじゃないかもしれないけど』
 モニターの中の貴人が、ゲヘナの手をゆっくりと、だがしっかりと握る。
『うん……それでいい』
 瞳を涙で輝かせたゲヘナが笑顔で彼に応えた。
「俺達にできるのは多分、ゲヘナが、貴人が、周りの人間が自分自身の納得できる答えを見つけるまで、ほんの少しだけ相談に乗ったり、時間を稼いだりしてやる事だけだ」
 カノヌは銃を構えていた手を下ろすと、体ごとモニターの方を向く。
「俺も、、今は依頼なんて関係なく、あいつらを手伝いたいと思ってる。手伝いたいのは、ゲヘナだけじゃなくなっちまったけどな」
 そんな彼女に近づき、俺は手の中の物をそっと取り上げた。
「元の生活には、戻れなくなりますよ」
「覚悟してる」
 俺が頷くと、窓の外に変化があった。
 雲が下へと流れていき、空の色が段々と濃い藍色へと変わっていく。
 宇宙船が上昇を始めていた。
 スクリーンに映る二人の顔が月明かりに染まり、彼らは空を見上げて呆然としている。
「契約は契約です。貴方にはやはり、お嬢様の恋愛成就をサポートしていただきます」
 やがて、地球が青く、丸い球に見えるようになった頃、背筋を伸ばし直したカノヌがそう言った。
「ただし今度はもうちょっと穏便に、だな」
 俺が補足すると、カノヌは妙に生真面目な顔で頷く。
 それがなんだかおかしくて、俺は顔を綻ばせたのだった。

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