「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第四章 「Their Moratoriums」 その5


 一目散に逃げる人間。
 立ち尽くす人間。
 その中間、もしかしたらこれは大がかりなドッキリだとか、砲撃なんてしてこないんじゃないかなんて希望的観測に縋りながら歩く人間。
 混沌と化した街中を、俺は走る。
 その途中で、見知った影を見つけた。
 三瓶、織江、絹子の三人だ。
 彼女らはキョロキョロと何かを探していた様子だったが、俺を見つけると人波を押しのけ、こちらへと走り寄ってきた。
「美冬ちゃん!」
「アレなによ!?」
「タカはどこ!?」
 そして口々に俺に呼びかけてくる。
「話は後だ、お前らもとっとと逃げろ! 貴人ならゲヘナと安全なところにいる!」
 とにかく時間が惜しい。そう叫び返して去ろうとすると、三瓶が俺の手を掴んだ。
「アンタはどこ行くのよ!?」
「俺はちょっと野暮用だ」
「野暮用って、まさか美冬ちゃんアレを止めにいくの?」
「無茶よ!」
 叫ぶ織江に微笑んで、口調が素に戻ってるぞと心の中で注意してやる。
 それから首を振って、俺は彼女らに答えた。
「でも多分、今これをできるのは俺だけだから」 
 他の誰かを連れて行くこともできるだろう。
 しかし今、少なくとも彼女に言うべき言葉を持っているのは多分俺だけだ。
 固い決意を秘めて彼女らを見回すと、三瓶が叫んだ。
「何よ! カッコつけちゃって!」
 自分でもそうかなとは思っていたが、人に指摘されるとも物凄く恥ずかしくなってくる。
 覚悟を決めたヒーローから一転、素の状態に引き戻された俺はパクパクと金魚のように喘ぐ。
 そんな俺に追い打ちをかけるが如く、三瓶は更にまくしたて始めた。
「絹子は幼馴染だし織江は妙にタカくんに詳しいしアンタは新参者のくせにそんな事までして!」
 え、何の話? 先程までのショックも相まって、彼女が何を言っているのか分からない。
 だが、苦笑する絹子と織江を見て、段々と事情が呑み込めてきた。
 そっか、こいつが昼間怒ってたのってこういう事だったのか……。
 貴人との付き合いが短い彼女は、もっと新参者の俺がすぐ周囲に溶け込んで見えたので焦っていたのだ。
 しかし今俺は彼女のそんな嫉妬に構っている暇はない。いっそ強引に振りほどこうか。
 俺がそんな風に考え始めた時――。
「でも、私だって、すぐにタカ君が振り向くような女の子になってやるんだから!」
 ギリリと俺を睨みつけたまま、しかし三瓶はその手から力を抜いた。
 思わず呆けた顔をして、「いいのか?」と、彼女の顔をまじまじと見てしまう俺。
 彼女は答えず、じいいっと俺を睨みつけるのみだ。
 ……そっか、こいつだって分かってるんだ。それは自分が何とかするしかないって。
「多分いい女になるよ、お前」
「うっさいバカとっとと行け!」
 お言葉に甘えさせてもらおう。
 そっぽを向きながら手を振る織江と、寂しそうに行ってらっしゃいと送り出してくれる絹子の顔を見てから、俺は再び走り出した。

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