「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」
第四章 「Their Moratoriums」 その4
そろそろ日も暮れるという事で、俺達は帰宅することにした。
おろおろする貴人は見物だったが、可哀想だとゲヘナが言うので許してやる事にする。
夕暮れの街を並んで歩く俺達。
そんな中、ゲヘナが「あ」と声を上げると急に立ち止まった。
それに気づいて俺と貴人が足を止め彼女を振り返ると、ゲヘナは「ちょっと待って」と言いながら鞄からポーチを取り出しそれを漁り始めた。
一体なんだろう。俺が貴人と顔を見合わせていると。
ふっと、空が暗くなった。
日の入りには急すぎる。何事かと空を見上げると、まるで世界が鍋の底になったよう。
空一面に巨大な蓋が広がっていた。
「な、なんだアレ!?」
「私達の乗ってきた、宇宙船」
驚きの声を上げる俺に、ポーチを漁るのを中断したらしいゲヘナが飄々と答える。いや、よく見ればその表情がこわばっていることが俺にも知れた。
「あんなバカでかかったか!?」
「美冬が見たのは、多分小型艇だと思う」
悲鳴に近い声を上げる俺に、ゲヘナがそう答えた。
よく見れば、宇宙船鍋の真ん中は持ち手の如くポコンと出っ張っている。
俺が居たのは、あの部分だったのか。などと圧倒されている場合ではない。
ゲヘナがここにいるということは、アレを動かしているのは……。
『ハローハロー』
ふざけた挨拶が、上空から響いた。
あのふざけた声は間違いない、カノヌだ。
『ワーレーハー宇宙人デース。突然ですがこの街を滅ぼすことにしました。住民の皆様は直ちに退去してください』
「何ふざけてんだアイツ!」
俺が叫んだ途端、宇宙船の真ん中、ゲヘナが小型艇と言っていた部分から眩く安っぽいピンクの光が放たれた。
それが地上に落ちると、一瞬大地が光り、遅れてズゴォンという大音量が響く。
『ただ今の熱光線は蛎森市二‐三‐四、栃山博さんの所有する空き地へ着弾いたしました』
カノヌが言うと、空が薄く光り、まるで鍋蓋が映画のスクリーンになったかのようにその表面に地上の光景を写しだした。
そしてそこには、三メートル四方はあろうかというクレーターを地面に開けた、荒涼とした空地があった。
『私の本気が分かっていただけたでしょうか? 私は決して悪ふざけでこのような事をしている訳ではありません』
「じゃぁ、なんでこんな事……」
俺が空を見上げ呟いていると。
「うわぁ!」
背後で悲鳴が響いた。
振り返ると、いつの間にか貴人とゲヘナの前に鉄くずが浮いていた。
鉄くず、というのは失礼かもしれない。
よく見ればそいつにはシンバルのようなアームが二本ついており、動力源はよく分からないがクラゲのようにフワフワと浮いている。
「大丈夫。宇宙船の作業ロボット」
ゲヘナは淡々と答えるが、この状況でそういう出自の奴に対して安心などできない。
貴人もそう思ったのか。ゲヘナを庇うように一歩前へでる。
その瞬間だった。ロボットのアーム部分が膨れ上がり、オレンジ色のお椀のような形にそれぞれ変形する。
奴がアームを振ると、その半円形の物体二つがゲヘナと貴人めがけて飛んでいった。
「ゲヘナ! 貴人!」
叫ぶが、間に合うはずもない。
しかしそのオレンジ色の半円形は二人には当たらずその両脇に着弾。
はずしたのか? と思った瞬間それぞれが磁石のように引き合い、合体。
貴人とゲヘナは、直径二メートルほどの球体の中に閉じこめられた。
「な、何これ!?」
「遭難者用の、救護カプセル」
慌てる貴人に、ゲヘナが解説をする。
しかし彼女の表情にも、さすがに焦りの色が見えていた。
一体何のつもりだ。俺が混乱していると。
『その中にいれば、これから行う爆撃にも一切危険はありません』
いきなり、ロボットが喋った。
その声音には聞き覚えがある、カノヌだ。
「お前何でこんな事!?」
俺が叫ぶと、ロボットがまるで足があるかのように優雅に振り向いた。
その正面にはモニターのようなものが付いており、そこにパッとカノヌの顔が浮かぶ。
『邪魔者をすべて排除するためです。貴方も含めて』
「邪魔者って、極端すぎるだろ……!」
『貴方達が、この街があの女を思い出させお嬢様の恋路を邪魔する。だから私が排除する。それだけです』
「何バカな事……」
何とか彼女を思いとどまらせようとする俺だが、ロボットは地面についたアームを折り曲げると、ビヨンとバネのように跳ね、空高く舞い上がっていってしまった。
しばしそれを呆然と見送ってから、俺は慌ててゲヘナ達を捕えたカプセルに駆け寄った。
「お、おい、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫」
貴人は狭い球体の中で体がゲヘナに触れないよう、必死でバランスを取っている。
「私達は大丈夫。でも専用の装置が無いとこれは開けられない」
ゲヘナは沈んだ顔でそう答え、コンコンとカプセルの内部を叩いた。
「ゲヘナ。カノヌが何でこんな事をしたか心当たりはあるか?」
俺が尋ねると、ゲヘナはしばらく悩んだ様子を見せた後ぽつりと言った。
「私の所為だと思う」
「何で、そう思うんだ?」
発言の内容が内容だけに、詰問にならないように気を付けながら尋ねると、彼女はそれでも表情を一層暗くして、カプセルの中から足元の辺りを指し示した。
そこにはゲヘナのポーチが落ちており、中から白い紙袋が覗いていた。
「開けて良いか?」
尋ねると、ゲヘナが小さく頷く。俺は、それを拾って慎重に開封した。すると――。
「ペンダント……」
それは、小さなイルカのついたペンダントだった。
「もしかして、さっき俺に渡そうとしてた物って……」
俺の問いかけに、ゲヘナが再び頷く。
そうして彼女は球の内側に額を当て、懺悔するように語りだした。
「私、それを渡しそびれて落ち込んでる所をカノヌに見つかって、つい、貴人と美冬が手を握ってた事を、話しちゃったの」
「あぁ、それで……」
貴人が納得の声を上げる。改めて、俺はなんてバカなんだろう。確かにそれならあいつも怒るのも分か……。
いや、ちょっと待て。何かが引っかかる。自分がした事をちっぽけだなんて思ったりはしていない。
しかし、カノヌの怒りは本当にそれだけが原因なのだろうか。
納得しきれない俺の表情に気付いたのか、ゲヘナが「それに」と言葉を付け足した。
「なんだ?」
「カノヌの、お姉さんの事も関係あるかもしれない」
「そんな人がいたんだ」
貴人が驚きの声を上げ、俺を見る。
知っていたかという奴の視線に、俺はもちろん首を横に振った。
そんな登場人物、今まで影も形も見たことがない。
「お姉さんは先に地球に来て、風土とか、色んな事を調べてた。でも、ある日突然いなくなっちゃった」
そんな俺達に、ゲヘナが補足のような形で説明する。現地調査員とかいう奴だろうか。
漫画か何かで見た覚えがある。
「いなく、なった?」
「地球が気に入ったから、このまま暮らすって言って失踪しちゃった」
「それは、なんていうか凄い人だな」
事故か何かでお亡くなりになったのはと思った俺は、肩透かしを食らったような気分になり少々拍子抜けした。
しかし、ゲヘナの表情は暗いまま、彼女はそのまま言葉を続けた。
「でも、カノヌにとっては凄くショックだった……みたい。カノヌ、お姉さんが大好きで、すごく大好きで。お姉さんみたいになるっていつも言っていたから」
「あいつが……」
「あんまり想像、つかないね」
「カノヌは責任を感じてるんだと思う。お姉さんの分まで頑張らなきゃって……だから」
「だから、あんな事したっていうのか」
頑張り過ぎだ。いくらなんでも街一つを滅ぼそうとするなんて。
やっぱりそんなのおかしい。そう言おうとした俺は、ゲヘナがまだ言葉を続けようとしている事に気付いて、口をつぐむ。
「カノヌのお姉さんの名前は、この星ではね」
言いかけて、ゲヘナが唐突に貴人の方を向いた。
彼女に触れる事を恐れ、貴人がギョッと身を引く。
奴にごめんねと謝ってから、ゲヘナはカプセルに額をくっつけた。
どうやら貴人には聞かれたくないらしい。
その行為に何か嫌な予感を感じつつ、俺が同じように額を寄せると、彼女は言った。
「美冬、っていうの」
「え?」
まるで初めてカノヌにその名前を呼ばれた時のよう。
頭の中が真っ白になり、膝がガクンと下がる。
跪いた俺は、頭の中でぐるぐるとその名前を反芻した。
彼女が、宇宙人?
そういえば貴人の部屋にあった写真。彼女は五年前と何も変わっていなかった。
何も、本当に何も。
そしてカノヌが俺を見出した理由。
あれも、美冬さんが任務の途中で俺と接触したからではないのか。
カノヌは俺と貴人を出会わせることで、何かを訴えたかったのではないのか?
俺が彼女について聞いた時あいつが向けた怒りの眼差し、あれが向けられていたのは……。
考えれば考えるほど、納得が行く事が増えていく。
彼女があれほどの強硬策に出た理由。それだってゲヘナの為だけじゃない。
あれは……。
『総攻撃は一時間後とします。住民の皆様は速やかに避難されますようお願いします』
事情を聞いた後でもふざけているとしか思えないカノヌのアナウンスが、上空から響いた。
どうする。どうすればいい。俺にできる事なんてあるのか?
俯き、神経を研ぎ澄ませ考え込んでいた俺は、不意に上着の中の重い感触に気付く。
そうか、これがあった。
俺は立ち上がると、背筋を伸ばしゲヘナ達に言った。
「よし、ちょっと行ってくる」
「行くって、まさかあの宇宙船に!?」
悲鳴のような声を上げた貴人が、カプセルに手をつく。
転がりそうになったそれを手で支えてから、俺はゲヘナがくれたペンダントを身につける。
「男には、気張らにゃならん時があるって事だよ」
「おと、こ……?」
「帰ってきたら、全部話すよ」
疑問符を浮かべる二人に告げると、俺は背を向けて走り出した。
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