「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第四章 「Their Moratoriums」 その3


「悪い、遅くなった」
 ゲーセンで待っていた貴人とゲヘナにそう声をかける。
 二人は一階のクレーンゲームのコーナーにおり、ゲヘナは既に大きなぬいぐるみをその胸に抱えて立っていた。
「なんだ、取ってもらったのか?」
 俺が尋ねると、ゲヘナはコクンと頷く。その口の端は微妙にほころんでいた。
 よしよし、ちゃんと二人きりにさせた甲斐があったじゃねーか。
 どうだこの野郎と、内心カノヌに指を突きつける。
「やっと来た。じゃぁ三階に行こうか」
 貴人が人の気も知らず、俺を通信対戦型ロボットアクションゲーム、バレスティアのある三階へと急かす。
「えーと、ゲヘナは見てるだけでいいのか?」
「うん……私は見てるの、好きだから」
 傍らの彼女に問いかけると、ゲヘナは微かな笑顔のままそう答えた。
 ……まぁ彼女が退屈しないように配慮しよう。

 そう考えて一時間後。
「ヒャッハー!」
「ちょっと、美冬ってば前出過ぎだって!」
「ぶははは亭主関白じゃ。俺についてこーい!」
「それじゃあべこべだよ……まったく」
 文句を言いながらも、貴人が俺の機体をフォローする。
 そうして三回目のプレイを終えた俺達は、後ろで順番待ちをしているサラリーマンと交代し、ゲヘナと共に後ろへと移動した。
 それから、我に返ってゲヘナをまるで省みていない事に気付く。
「わ、悪いゲヘナ。すっかりゲームに夢中になって」
「いいの。夢中になってる貴人を見られるのは、貴重だから」
 俺が謝ると、ゲヘナは気にしていないという風に首を左右に振った。
 うぅ、良い子や。こんなにいじらしいセリフを言っているというのに、当人の貴人は他の人間のプレイを見ていて聞いていないというのがより泣ける。
 頭の中ではカノヌがそれ見たことかと俺に指を突きつけているがとりあえず無視だ。
「そういう子にはおいちゃんがジュース買って来てやろ。何飲む?」
 謝罪のつもりで俺が提案すると、ゲヘナは炭酸が入ってなくて甘い奴と漠然としたリクエストを返した。
 貴人にも耳を引っ張って尋ねると、温かいお茶などと爺むさい答えが返ってくる。
 ゲヘナの相手をしておくようにと言いつけて、俺は二人分のジュースを買いに行った。
 ――ゲーセンの自動販売機は貴重な収入源であり、客がすぐ手に取り易い位置に配置するのが基本だと聞いた事があるが、この店はそうではなかった。
 えらく分かりにくい位置の自販機にこの店の将来を憂いながら、五分ほどかかって俺が指にジュースを挟んで筐体の後ろへと戻ると、おかしな事になっていた。
「アレ?」
 貴人が、既にゲームを開始している。
「アレ誰だ?」
「……知らない人」
 しかもその隣には、ゲヘナではない人間。しかも女子が座っている。
 とりあえず砂糖多めのオレンジジュースをゲヘナに渡すと、彼女はぬいぐるみを腕と顎で固定しながらそれを受け取り、事情を説明しだした。
「美冬と入れ違いに、あの女の人がやってきて。貴人と一緒にゲームがしたいって」
「それで、OKしたのかよアイツ」
 買い物に行ってる間にナンパされるのは、普通女の役目だろう。
 それを男がされて、しかも彼女ではないとはいえ女連れなのに了承するとはどういう了見だ。
 そもそも女の方もどんな神経してやがる。と思いながら画面を見て、俺は目を剥いた。
「帯付き!?」
 画面には、いつぞや戦った赤い機体。レッド・イート・ビーストが映っていた。
 操作しているのは間違いなくあの女だ。
「あの女の子が、とにかく貴人とプレイしたいって。貴人に興味があるんだって。貴人もその勢いに負けて……」
「あぁしてプレイしていると」
 まさか帯付きのプレイヤーが女だとは。しかも貴人が気になって態々訪ねてくるだと?
 プレイ時に店舗は表示されるからやろうと思えばできるが、普通そこまでしないだろ。
 アイツ、本当に未知のフェロモン……いや、回線を通してだから未知のウィルスでも持ってるんじゃないのか?
 プレイ画面の中では、帯付きがヒラヒラと避け、隙ができた敵を貴人の機体がポンポンと狩っていく。
 二人はワルツでも踊るように戦い続け、その姿はまるで熟年の夫婦のようだ。
「けっ、お似合いだぁね」
 時折貴人と視線を合わせる女は当たり前のように美人だ。
 相対する貴人はのほほんとした顔で、女のテクに驚いたり笑顔を向けたりしている。
「……嫉妬?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
 ゲヘナに指摘され、思わず大声で否定してしまう俺。
 って、バカか俺は。こんなの、焦ったら本当にそうみたいじゃないか……。
 ……と、嫉妬か。彼女の口からそんな単語が出るのが、少し意外に感じる。
「ゲヘナさぁ」
 もしかしてと思い、俺はゲヘナに尋ねてみることにした。
 呼びかけると、彼女は何? とこちらを見上げる。
「俺が貴人と手を握ってるの見た時、その、嫉妬したか?」
「……少し」
「本当に少し?」
「……結構」
 しつこく問うと、ゲヘナは段々と顔を俯かせながらそう答えた。
「ごめん」
 意外と平気なんじゃないか。なんて思っていた浅はかな自分を脳内で殴りつけながら、俺は彼女に謝った。
 ゲヘナは確かに口数は少ないけれど、その心は立派な乙女なのだ。
 もっと早く謝るべきだったと後悔しても遅い。
「いいの。別に私と貴人は付き合っている訳でもないし」
「んなこと言ったら、俺だって付き合ってる訳じゃない」
 首をふるふると振りながらフォローするゲヘナに、俺はそう答えた。
 視線の先では、貴人達のロボットが楽しそうに踊っている。
 あれにはやはりこう、妬けるものがある。性別とか関係なくな。
 俺達は同時にため息をついた。
「やっぱり、私好きって事がよく分からない。ううん、最近貴人の事を考える度、自分が知らない自分が出てきて、どんどん分からなくなっていく」
 この機会に吐き出してしまおうと思ってくれたのか。
 ゲヘナが珍しく自らの悩みを語りだした。
 俺はそれを、不謹慎ながら嬉しく感じてしまう。
 ゲヘナの頭に軽く手を乗せると、俺は彼女に言った。
「……それで良いんだよ。ちょっとずつやっていこうぜ」
 手を乗せた頭が、コクンと上下する。
 でもやっぱり、今回の件は俺が悪いよな。
 これからは貴人と二人っきりって状況はあまり作らないでおこう。
 などと考えている内に、貴人のプレイが終了した。
 興奮した帯つきの女としばらく話した後、手を振る彼女と別れ、こちらに帰ってくる。
「浮気者」
「……尻軽ビッチ」
 俺がわざと恨みがましい表情で貴人を罵ると、ゲヘナがその後に続いた。
 その単語はカノヌに教えてもらったのかな、ゲヘナ?
「え、え、何で?」
 俺達の連携に、貴人が困惑の声を上げる。
「女連れで来てるのに知らない女についていくな」
「しかも楽しそうに……」
「君たち、なんだかまた仲良くなってない?」
 たじろぐ貴人を揃って一睨みしてから、俺達は顔を見合わせ笑ったのであった。

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