「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第四章 「Their Moratoriums」 その2


「貴方はたるんでいます」
 俺が靴ひもを結んでいると、後ろからいきなりそんな声をかけられた。
「お前までそんな事言うか」
 昼休みに三瓶に叫ばれたセリフだ。
 振り返ると、カノヌがいつもの冷たい視線で俺を見下ろしていた。
「最近の貴方の行動には積極性がまるでない。もっとお嬢様を前へ前へ推してください」
「だから、今日も三人で出かけるんだろうが」
 これから三人でゲーセンへ行く所だ。俺だけ何のかんの用事を作って行くのを遅らせるという心遣いまでしているというのに何が不満なのか。
 言い返すが、カノヌは鼻から息を抜き、てんで話にならないとでも言いたげに更に不満を述べた。
「ヌルいです。そんなことではいつまで経ってもお嬢様の気持ちを成就させる事などできはしません」
「……何焦ってんだよ」
 何度か脅されてきたが、こうも曖昧かつ性急なものは初めてだ。 その様子に戸惑い、俺は奴に抗議交じりに尋ねた。
「貴方こそ、何か躊躇う理由があるのですか? あの三人娘の誰かに同情、あるいは懸想したとか」
「バカ言ってんじゃねーよ」
 カノヌの下衆な勘繰りを、早口で否定する。
 ……同情というか、一様に敵とは思えなくなったというのは本当だが、だからって別に手を抜いている訳ではない。
 織江の秘密にしたって、知らせてもゲヘナと貴人が進展するかは分からない訳だし……。
「まさか貴方まで響野貴人に惚れてしまったというのではないでしょうね」
「んな訳あるか!」
 一番あり得ない憶測を向けられ、俺は思わず叫んでしまった。
 あいつに惚れるなんてあり得るか。いや、何回か変な雰囲気にはなりかけたが、アレもただ流されたというか……。
「ならば証明していただきましょう」
 言いながら、カノヌがポケットを探り、パパラパーと口ずさんでから例のドアノブを俺に手渡した。
「あん? これでどうしろってんだよ?」
「ある場所に設置しますと北極と繋がりますので、それであの三人娘を葬ってきてください」
「できるか!」
 バイオレンス過ぎるカノヌの提案を、俺は直ちに却下した。
 何言いだしてんだこの女。それはもう恋愛サポートの範疇から盛大に逸脱してるだろ。
「貴方ができないというのであれば、私にも考えがあります」
「やっぱりなんかおかしいぞ。今日のお前」
 普段も大概無茶な奴だが、ここまで攻撃的なカノヌは見たことがない。
 いや、攻撃的というか殺意に満ち溢れているようだが……。
 何かあったのか。俺が問いかけようとしたところでポケットに入れた携帯が鳴った。
 取り出してみると貴人からのメールが着信しており、内容は俺への催促だった。
 二人きりにするのは良いが、引っ込み思案のゲヘナと根は女子が苦手な貴人の会話がきちんと続いているかやはり不安だ。
「と……、俺は行くけどあんまり極端な事はすんなよな。帰ってきたら愚痴でも人生相談でも聞いてやるから」
 カノヌは答えない。不安は拭いきれないが、これ以上何か言っても改善はしない気がする。
 俺は渡されたノブを携帯と反対側のポケットに突っこんで、家から出て行った。

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