「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第二章 「He is Not Hero」 その9


 次の日の昼休み。
「味が濃い」
「形が悪いのだ」
「うるせぇ! 文句があるならっていうか文句が無くても食うなバカ!」
 口々に文句を言う女共から弁当箱を取り返した俺は、貴人の前にその弁当を置きなおした。
 結局俺の昼食は、ゲヘナと貴人。それに三瓶桐生院白島という周囲からは近寄りがたいチームの中で行われる事となった。
 本来はゲヘナと貴人の二人っきりを継続して行わせたい所なのだが、毎日あんな目に遭っては俺の体力と乳が持たない、
「だってアンタの作った弁当なんて、何が入ってるか分かったもんじゃない」
「そうそう、これはあくまで毒見なのだ」
「その毒見でこいつの栄養源が二割は減ったぞ」
 それともう一つ。昨日の昼食から、響野家の食卓は俺とゲヘナで取り仕切る事となった。
 多少面倒ではあるが、カノヌに任せておくよりはマシだし、一生懸命料理を覚えようとするゲヘナは応援したくもなるしな。
「つうか、そんなに不満ならお前らが作ってくればいいだろうが」
 それに比べて、こいつらは全く応援できない。
 俺の弁当を横から摘まもうとする白島の手から弁当を守りつつ、俺は三人娘に抗議した。
「うるさいわね! 焦げたり生になるんだから仕方ないでしょ!」
「納得がいくものができないのだ」
「両親が、お前は絶対料理はするなっていうのよー」
 すると奴らが口々に言い返してくる。
 ダメだこりゃ。ライバルが増えないのはありがたいが。
 まったく、ぶきっちょに完璧主義者に毒物制作犯・・・・・・・ときたか。
「お前ら黒星三連団か」
「何それ?」
 一昔前のゲームのキャラクターだ。
 まぁマイナーだし伝わらないわな。
 なんて考えていると。
「ぶっ」
 冷凍のスパゲティを摘んでいた貴人が、いきなりそれを吹き出した。
「どうしたのタカくん!?」
「やっぱり毒なのだ!?」
「ご、ごめんそうじゃないよ。ただ美冬の例えが……」
「分かるのか」
「う、うん。でもあそこまでじゃないと思うよ」
 そうか分かるのか。
 もしかしてコイツって、割とゲームとかやる方なんだろうか。
 それなら……俺はカノヌに頼まれていた厄介な仕事について思いを巡らせた。
「ちょっと、何とか団って何なのよ!」
「そうなのだ! 説明を要求するのだ!」
 そんな俺に、うるさい奴らがギャーギャーと絡んでくる。
「考え事してんだから邪魔すんなよテメェら! 足場にすんぞ!」
「ぶふっ」
 俺が言い返すと、またも貴人が吹き出した。
 今回の俺の任務は、こいつを二時間ほど連れ回すことである。
 なぜそんなことをする羽目になったかと言えば、そもそもはあの桃色宇宙人、カノヌが今朝、唐突に俺へ命令したからである。
 曰く、自分も作戦を思いついたので協力せよと。
 作戦内容は秘密。とにかく貴人を家に近づかせるなという何とも不透明な指示であったが、俺も結局は悲しい雇われの身。
 軍資金五千円にも釣られてついには首を縦に振ってしまった。
 と言うわけで放課後。俺は貴人に早速声をかけた。
「おい、今日ちょっと時間もらえるか?」
「え、良いけど」
 内容も聞かずに頷くところがコイツらしい。
 それに感謝しつつ、俺は昼休みに考えた用事を彼に打ち明けた。
「この近所にゲーセンないかなと思って。心当たりがあれば案内してくれないか?」
 買い物、というのも候補には挙がっていたが、二時間は少々長い。
 その点あぁいう場所ならこいつも巻き込みつつ時間も潰しやすいと考えたのだが。
「ゲームセンター? ゲーム好きなんだ」
 貴人が目を軽く開いていつもより高い声を出す。
「そんなに意外か?」
 大半はUFOキャッチャーやリズムゲーム行きだが、ゲーセンぐらい女も行くだろう。
 如何にもフェミニストって感じのコイツにしては珍しいリアクションだ。
「いや、お昼にもそんな話してたしね」
 そんなことを考えていると、貴人は取り繕ったような笑顔でそう答えた。
 じゃあさっきの驚きようは何だと追求しようかとも思ったが、そんな場合でもない。
「じゃぁとっとと行こうぜ。アイツらに見つかったらうるせぇだろうしな」
 アイツらとはもちろん例の三人娘だ。
 俺が貴人と二人で歩くとなると、またいろいろと騒ぐに違いない。
「あ、ゲヘナは?」
「私は、用事があるから」
 貴人が訪ねると、ゲヘナは鞄を手に取り、スッと立ち上がりながら答えた。
 彼女の方にもカノヌから早く帰ってくるように指示があったらしい。
 と言うことはカノヌの作戦というのはゲヘナに何事かさせる物のようだ。
 だが、まぁあの女はゲヘナには甘いので、無茶をさせられることはないだろう。
 多分な……。
 大丈夫だと自分に言い聞かせ、俺もまた立ち上がる。
「んじゃ、とりあえず途中まで一緒に帰ろうぜ。飯の支度までには帰るから」
 言いながら貴人に目配せをすると、彼もまた立ち上がった。
「まぁ遅かったら米だけ頼む。炊飯器はもう大丈夫だもんな」
「うん……」
「へぇ、すごいね」
 貴人が感嘆の声を上げると、ゲヘナは少しだけ顔を伏せ、鞄を握る手にキュッと力を込めた。
 ……照れてるんだろうな、多分。
 こういうのが分かってくると、まるで出来の良い妹ができた気分だ。
 実際のうちの妹なんてそりゃ酷いもんだったからな。
 そうなった原因はまぁ、俺にあるのだが……。
 そうして俺達は、並んで校門を出た後しばらくしてゲヘナと別れ、貴人の案内の元、近場のゲーセンへと足を延ばした。
「ここが、この辺りでは一番大きな所かな。学生は七時までしか居られないけど」
 貴人が俺を連れてきたのは、三階立ての比較的大きなゲームセンターだった。
 案内によると一階がクレーンゲームやプリクラ。
 二階が対戦格闘なんかのビデオゲーム。
 んで三階が大型筐体のフロアとなっているようだ。
 店員なんかもカラフルな制服を着ており、俺が学生の頃入り浸っていたおっさんとやる気のないバイトがやってたゲーセンとは偉い違いだ。
 まぁ時代の流れって言うよりは、うちの地元が田舎だったって理由の方が大きそうだが。
「美冬は何がやりたいの?」
 俺が感慨深く内部を眺めていると、貴人が尋ねてきた。
「あーと、付き合ってくれるのか?」
「女の子一人だと、流石にちょっと物騒だから」
 元々ここでコイツを足止めするつもりだったから案内だけで帰られるとこちらも困るのだが、正面切って女の子扱いもまたむずがゆい。
「俺のことは女だと思わないでいいから。えーと、やりたいゲームなぁ」
 貴人にそう言い放って、案内板から時間を潰せそうなゲームを探す。
 俺がゲーセンに通っていたのはもう五、六年前になるので、知っているゲームはあまりない。
 レトロゲームのコーナーにある物ぐらいか。
 しかし二人連れで延々ブロック崩しもなぁなどと俺が考えていると。
「これ、どうかな? バレスティアって言うロボットゲームなんだけど」
 貴人が後方から、一つのゲームを指さした。
「ロボゲー? 普通女に勧めるかぁ?」
「女扱いするなって言ったのは君じゃないか」
 俺がわざとらしい声を上げると、貴人がいつもより爽やかな笑顔で応えた。
 早めに切り替えてくれるのは、こちらとしてもありがたい。
「んだな。それじゃやってみるか。お前のお勧めのゲームって奴をさ」
 貴人に笑い返し、俺はそのゲームがある三階へと向かった。
「三階ってことは、大型筐体なのか?」
「ううん。筐体自体は大きくないけど、カードを使うから」
「カードねぇ……」
 俺がゲーセンに行ってた頃には、あまり流行っていなかったシステムだ。
 カードを作って自分の戦績を保存したりオリジナルのコスチュームを作る。
 同僚がハマっている時の話を聞いた限りでは、妙に金がかかりそうであまり良い印象はない。
「なぁ、それって絶対カード作らなきゃやれない奴?」
「無くても一応できるけど、作った方が絶対面白いよ」
 俺が問うと、貴人は妙にソワソワした様子でそう答えた。
 これはもしかして。
 などと思っている内に俺達は三階につき、件のゲームを目の当たりにすることになった。
 貴人の紹介したバレスティアは、クォータービューでロボットを操作する三D対戦アクションのようだった。
 広いフィールドの中を、個性豊かなロボット達が戦いあっている。
「バレスティアは主に二対二の対戦アクションで、パーツをカスタマイズして戦うんだ」
「なるほど、で、パーツは戦績に応じてか金を使って手に入れるんだな」
「そうそう。やったことある?」
「いや、まぁそういうパターンだと思った」
 ロボットゲームでカードを使うとなると、やっぱりそういう方向へ行くものだろう。
 ……やっぱり金がかかりそうだ。
 俺の感想は結局そこに集約された。
「こういうの、好きじゃないかな?」
「いや、ゲームのジャンル自体は嫌いじゃないけど」
 二時間だけサクッと遊ぶには不適切な気がする。
 これからもゲーセンに通うわけではないし。
「何だったらカードを作るのとワンプレイ分は僕がお金を出すよ。合わなかったらそれでいいしさ」
 俺が迷っていると、貴人は妙に食い下がり、ついにはそんな提案までしてきた。
 先程からさてはと思っていた俺の考えは、ここで確信に至る。
「お前、一緒にやる奴いないんだな」
「……ごめん、実はそうなんだ」
 俺が指摘すると、貴人は素直に謝った。
 やはり貴人は元々このゲームのプレイヤーらしい。
 しかし、このゲームは見たところ二人組推奨だ。
 他にも一人ぼっちの奴が見つかればいいが、なかなかそうも行かないのだろう。
 俺がゲーセンに行きたいと言った時の妙なリアクションも、この展開を期待していたからに違いない。
「ったく、しょうがねぇなお前は」
 ため息をはいて、俺は踵を返した。
 女とゲーセン来るのに期待することかね、それが。
「金ぐらい自分で出すよ。しっくり来なかったらやめるけどな」
 方向を変えた俺の足は、筐体ではなくそのカード作成所へと向かっていた。
 俺も寂れたゲーセンに一人で入り浸ってただけあって、対戦相手や仲間がいない寂しさは分かっているつもりである。
「あ、ありがとう」
「男に礼を言われても嬉しくねぇ」
 嬉しそうに、今までの笑顔なんて作り物だったんじゃないかってぐらいの喜色満面の顔で笑う貴人をあしらい、俺はカードを作成する機械の前へと移動する。
「女の子なら嬉しいの?」
「……それも相手に依るけどな」
 不思議そうな貴人を放っておいて、カードの作成を開始。
「エントリーネームかぁ」
「本名でいいんじゃないの?」
「本名ねぇ」
 そう言われ、H.Nと入力。
「なんでH?」
「色々あんだよ」
 疑問を挟んでくる貴人に言い返して、作成を続ける。
 つうかこいつ、女子に密着して後ろから顔出すのにまるで躊躇しないな。
 俺を男扱いしてるにしても近すぎだ。
 別にそれで意識したりなんてしないが。
「えーと、初期機体?」
「最初に一機ボーナスでもらえるんだ。初心者にオススメはこれかな?」
 疑問符を浮かべる俺に貴人が解説する。
 奴が勧めたのは如何にも初心者です! って感じのトリコロールカラーの優等生っぽい機体だった。
「火力不足って書いてあるぞ。性に合わん。こっちの近接特化がいいな」
「それ、近づかないと何もできないよ」
「いいさ。やる事少ない方がテンパらないだろ」
 渋る貴人を放置して、俺は端にあった剣だけを持った白い機体を選ぶ。
 そうして、カードの作成も無事に終了した。
 取り出し口から出てきたまだ熱いカードを筐体に挿入する。
「上のボタンが左から格闘射撃特殊で下が……」
「インスト見りゃわかるって」
 解説しようとする貴人を遮って、俺は筐体に貼ってあるインスト――要は説明書きに目を通した。
 同時にプレイ料金……二百円も投入しプレイ開始。
「最初はチュートリアルを受けられるからやっておいた方がいいよ。インストに書かれてないことも多いし」
 なおも忠告してくるので、奴の顔を立てる意味で操作方法を動かしながら学べるというモードを選ぶ。
 ……ていうか、俺の目的はそもそも時間稼ぎだしな。
 今更それを思い出した自分に恥じ入りつつ、CPUの指示に従いながら機体を動かしている内に、何だかその操作方法が妙に手に馴染むことに気づいた。
 何故だろう? 考えつつ手元を見て、その原因に俺ははたとが点がいく。
「あぁ、これティアノーグと操作一緒じゃん」
 ティアノーグ。俺が美冬さんと別れてから、唯一と言っていいほどハマった物だ。
 まぁ学校にも家にも居場所がなかったから、必然的にゲーセンに通う時間が増えてたってのも大きいが。
 アレは一対一でパーツの組み替えや通信対戦なんてシャレたモンは無かった。
 しかし上手に操作しようとなると必然的になる独特な指の配置の仕方、いわゆる「ノーグ持ち」がこのゲームにはピッタリとハマった。
「ていうかそれ、開発スタッフほとんど一緒だよ?」
「うわっ、解散したと思ってた! なんだよ先に言えよ!」
 貴人が明かす衝撃の事実に、もはや俺の脳からは時間稼ぎなんて文字は消えかけていた。
 ティアノーグはとても出来の良いゲームだったが、システムが取っ付きづらく一体やたら強いのがいる(稼働初期の話で、システムをきちんと理解すればそうでもない)という噂が流れたせいでイマイチふるわなかったはずだ。
 それが今進化した画面でプレイできるとは。
「そういやこのBGMナイステのアレンジじゃん。うわ、やっぱ出るよな三連団!」
「あぁ、ノーグの方にもいるんだっけ三連団。昼間の話で出たから、君はてっきりバレスティアのプレイヤーだと思ってた」
 貴人が言っているのは昼休み、俺が三人娘をこいつらに例えた件だろう。
 画面の中では黒いゴリラとパンダとロバがこちらに連係攻撃を仕掛けてきている。
 それでこいつは、俺にこのゲームを勧めたわけか。
「田舎にゃこんな立派な筐体はねぇんだよ。対戦相手もな」
 適当に言い訳しつつ、ジャンプ、着地とともにA。剣を振るモーションの出がかりでスティックをはじいて横にステップ。
「おー、グラステもできるんだね」
「グラ? ブラステだろ? つうかこれないと生きていけねーじゃん」
「グラビティステップだからグラステだよ。普通は同時押しで出るフラステ使うんだけどね。隙はグラステより大きいけどコマンド安定するし」
「ゆとりめ」
「君だって同い年でしょ」
 違うわと返しかけて口をつぐむ。
 ゲームしながらだと妙に口が軽くなっていけない。
 そうこうしてる内に、三連団も無事撃破してチュートリアルが終わった。
 長いこと離れてても意外と体は覚えているモンだな。
 いや、これは改造された体だし表現が不適当かもしれないが。
「えーと、それじゃ僕も入って良いかな?」
「おう、どんとこい」
 チュートリアル突破のボーナスでもらった剣につけ変えて……と。
 やばい、カスタム要素って意外とハマりそう。
 俺の承諾を得て、貴人が隣の筐体に座る。
 一応他の待ち人も確認したが、いないようだ。
「このゲームって人気はあるのか?」
「そこそこだと思うよ。今日は空いててラッキーだったね」
「そっか、良かった」
 うん、三十分ぐらい並ぶこともあるからねと貴人は応えたがそうではなく、俺の暗い青春時代を支えてくれたゲームがこうして日の目を浴びていることが嬉しいのだ。
 まぁ、あまり共有できる喜びだとは思えないので、貴人には言わないでおこう。
 そうして待っていると、やがて貴人がカードと金を筐体に入れ終え、こちらにも貴人の機体の情報が表示された。
「おい、なんだこれ……?」
 その異様な姿を目にしたとき、俺は貴人に問わずにはいられなかった。
 貴人のエントリーネーム、TAKAなんてベタな文字はまるで興味が引かれない。
「えーと、基本的には重装甲の遠距離支援機だよ」
 なるほど、俺とは対照的な真っ黒な巨体にでかいキヤノン砲。
 そこは確かに説明されたとおりだ。
「じゃぁその左手についてるバカでかいドリルはなんだ?」
 尋ねると、貴人は気まずそうに頭をかいた。
 それからぼそりと口を開く。
「瑠可ちゃんからのプレゼント」
「貢がせたのか!?」
「ち、違うよ! 前にみんなの前でこれをやる機会があって、その時に瑠可ちゃんがじゃぁ私もって……」
「もって言ったな? じゃぁ背中のちっこい羽とどピンクの増加装甲は」
「織江ちゃんと絹子ちゃん」
「頭のアンテナはゲヘナだな」
 俺が言い当てると、貴人はまるで叱られた子供のようにシュンとなった。
 一応あまり外聞の良い話ではないと自覚しているらしい。
「まぁ別に良いや。やろうぜ」
 自分で聞いておいてなんだが、こいつのハーレムぶりなんて今まで嫌ってほど思い知らされてきた。
 今更だと思い直して俺は貴人を急かした。
「あ、うん。それじゃマッチングしようか。強さとしては同じぐらいの相手と当たるようになってるから安心して」
「お前って強いのか?」
「うーん、戦績としては微妙ってところかな」
 尋ねると、貴人は妙に曖昧な答えを返す。
 微妙な戦績と初心者の組み合わせにちょうど良い相手なんて見つかるんかいと俺が考えていると、あっさり対戦相手は見つかった。
 さすがそこそこ人気のゲーム。
「準備OKだったらスタート押してね」
「お、おう」
 貴人に言われ、慌ててスタートボタンを押す。
 やばい、回線の先に見知らぬ人間がいるんだと思うと妙に緊張してきた。
 こんな事で自分が時代遅れのおっさんだと知らされている気がして、情けなくもあるが。
「大丈夫だよ。君は僕が守るから」
「そのセリフ言いたきゃ機体変えろ」
 何が悲しくて援護系の鈍重な機体に庇われなきゃならんのだ。
 アニメのようなセリフを吐く貴人をあしらい、深呼吸すると体の強張りが消えた。
 ていうかこいつに緊張を見抜かれてるって方がムカつくし。
 そうしてゲームが始まった。
 そうだ、俺のやる事はシンプルなんだ。
 とりあえず二百円捨てる……もとい貴人の二百円と心中する勢いで特攻する。
 ブラ……グラステで攻撃を回避。すると合間合間に貴人の砲撃が相手に刺さる。
「ヒャッハーぅ」
 距離を詰めた俺は剣を抜いて片一方に斬りかかる。
 格闘戦を仕掛ける時の口癖のようなものだが、横の貴人が吹き出した。
 きっとその所為だろう。俺の攻撃を相手はあっさり回避する。
 そうして隙丸出しの俺の背中に迫る相手の刃。
 それを貴人がキャノンで撃墜した。
 なるほど。確かに守られてる。
「ナイス囮」
 前言撤回。利用されてる。
 平素より良い笑顔な気がするのは、俺の僻みかこいつが存外腹黒いからなのか。
 そんな調子で俺達は連携し、ついには勝利を収めたのだった。
 そうして、それから俺達はワーキャーと騒ぎながらゲームを続けていった。
 俺が囮で貴人が射撃のシンプルな役割。
 時々俺が後ろに敵を逃してしまっても、貴人は反対の手のドリルで器用にそれを捌いていた。
 勝利しても一試合終わればゲームは終了なので、たまに来る他の客に席をゆずりながらローテーション。
 そうして過ごすうち、俺たちの勝率は八割を超える事となった。
「くっそ、あと十ポイントで新しい剣が買えるのに!」
「また剣? 装甲増やさないの?」
「装甲はむしろ削る!」
「……まぁ、あと二回やれば確実に貯まるよ」
 順番待ちをしながらそう話す貴人。
 前作ティアノーグからの復帰組なのか、それとも金がかかるゲームだからなのかは知れないが、周囲には俺……もとい改造前の俺と同世代のサラリーマンが増え始めている。
 次で俺たちの番だが、もう一回やるには時間がかかりそうだな。
そう考えたところで、俺はそこでハッと気づいた。
「おい、今何時だ?」
「えーと六時過ぎ」
 問いかけると、貴人が携帯を見ながら答える。
 やっべ、もう二時間経ってるじゃねぇか。
「そっか、夕飯の支度があるんだっけ」
 俺の顔色で察したらしい。貴人が名残惜しそうな声色を滲ませながら頷いた。
 待っているのは夕飯じゃなくてゲヘナと腐れ宇宙人なのだが、そうであれば余計急いで帰らなければならない。
 そんな時、ちょうど前の席が空いた。
「んじゃ、ラストやるか。また次来れば良いしな」
「うん、そうだね!」
 言うと、隣の貴人が一瞬間を置いてから笑顔で頷いた。
 なんでお前の方が嬉しそうなんだよ。
 と貴人には内心でツッコんでおいて、ゲヘナには遅れるけどゴメンと謝っておく。
 金を入れて、今日いくら使ったか数えながら待つ事数十秒。
 ちょっと長めのマッチングを挟んで、対戦相手が決まった。
「って、なんか階級高くね?」
「たまにあるよ。ていうかこの対戦相手って……」
「一人だ」
「レッド・イート・ビースト……うわ、本物か」
「え、何有名なの?」
「いつもシングルなのにすごい強いって評判の人だよ」
「……漫画みてぇな奴だな。最終戦の相手にはちょうど良いか」
「うん、ここで勝って君の新武器買って気持ちよく帰ろう!」
 二人で決意を新たにし、戦いに臨む。
 相手の機体は赤い中量級だ。
 腰から垂れ下がった長いパイプが特徴的である。
 プレイヤーがシングルの場合、CPUがその相方をつとめるが、俺はそちらは無視し、赤い機体に向け突進した。
 CPUから牽制の射撃が来る。そいつをステップで避ける。
 しかし避けた場所に、まるで分かっていたかのように次の弾が置いてある。
 赤い方の射撃だ。それもギリギリでかわしてステージの遮蔽物に隠れる。
 ……グラステしてなかったら当たってたな。
 貴人の画面を見ると、俺を支援していたらしく残弾が減っている。
 しかし相手は無傷。
 こいつ今、貴人の攻撃を避けながらCPUの射撃タイミング読んで俺の回避方向読んでそこにビーム合わせてきたぞ。
「くそ、エスパー育成なら別のゲームでやれよ」
 などと愚痴っていても仕方ない。
「とりあえず俺が帯付きを引きつけるから、その間にお前がCPUやれ!」
「帯付きってレッド・イート・ビーストのこと?」
「長ぇだろそれ! ……雰囲気出るしな」
「よく分からないけど了解!」
 いくら熟練者とは言え、あの機体であの予知野郎の攻撃をかわし続けるのは難しいだろう。
 それなら機体が軽く回避だけは体が覚えている俺がマークしておいた方がマシだ。
 俺は貴人の了承を得ると、再び赤い機体改め帯付きに接近する。
 当然射撃が来るが、一発、二発とかわしてついに射程距離に入る。
 よし、あの連携じゃなければかわせる!
「ヒャッハー!」
 アドレナリン分泌しまくりで叫びと共に放った一撃は、あっさりかわされた。
 で、どう移動したのか相手はいつの間にか俺の機体の背後を取っており、その攻撃がガツンと背中に見舞われた。
「うぉ、なんだこの減り!?」
「多分ロックオン機能殺して威力上げてるんだと思う! 迂闊に攻撃しないで」
 一撃で二割近く持っていかれ、俺は悲鳴を上げた。やっぱり装甲増やしておくべきだったかもしれない。
 貴人はそう注意するが、俺が見に回ると相手は露骨に貴人の方へと攻撃を飛ばしていく。
 焦った俺が攻撃を加えようとすると、それをかわしてズドン。
 すぐに貴人の機体は半壊。俺は後一撃というところまで追い込まれてしまった。
「おい、もう落ちるぞ!」
「ちょっと待って! よし!」
 もうダメかと言うところで、貴人がやっとCPUの機体を撃破する。
 貴人はすぐさま帯付きへの攻撃を開始し、状況は俺達の有利へと傾いて行った。
「って、全然当たらないぞこいつ!」
「大丈夫、僕のは何発か当たってる!」
 しかし俺の攻撃は依然として当たらない。
 はずした隙を貴人が射撃でカバーし、更にはミサイルで攻撃を当てていっている状態だ。
 こりゃ回避に専念した方が賢明か。かわすだけならもう少し持つ。
 俺がそう考えながらいい加減慣れてきた帯付きの攻撃をかわそうとすると――。
 ヘキョッと、指の先から嫌な感触が届いた。
 画面を見ると、グラステが成立せずただのステップなっている。
「くそ、ボタンがへたった!」
 貴人の砲撃を避けつつ、帯付きが迫って来ている。
 俺の機体は硬直で動けない。
 やられる! 俺がそう覚悟を決めた時。
 ドドンという派手な音がして、画面上の俺と帯付きの機体が吹っ飛んだ。
 ダメージは無い。
 貴人の画面を見ると、太かった機体がスリムになり、すごい速さでこちらに向かってくる。
「合わせて!」
「お、おう!」
 言われた通り、俺と帯付きの双方がダウンから復帰したタイミングで貴人と共に切りかかる。
奴も近接武器を抜くが、格闘特化の俺の機体には速度で及ばなかった。
 俺の剣が機体に刺さり、同時にその後ろから貴人の機体が取り出した細身の剣が更に奴を貫いた。
 相手の耐久ゲージが一気になくなり、機体が爆散する。
 ゲームセット。
 半ば放心したまま貴人の顔を見ると、彼は興奮と緊張を鎮める為か深く息を吐いた後、俺に解説を始めた。
「えーと、今のはパージって言ってバレスティアから追加された新要素なんだ。装甲を吹き飛ばして攻撃する奥の手。ただしその後は機動力以外がほぼ無くなっちゃうけど」
 だが、せっかくの解説も俺の頭にはほとんど入ってこない。
 ただ奴の弾んだ声を聞いている内に、じわじわと勝利の実感が湧いてくる。
「うおぉ! やれんじゃん! やれんじゃんよぉ!」
 感極まった俺は、思わず貴人の首に手を回し背中をバンバンと叩いた。
 自分でも何がこんなに嬉しいのか分からない。
 たかがゲームにこんなオッサンがはしゃぐなんてどうかしてる。
 だが、心の奥から湧き出る高ぶりを押さえきれず、俺は貴人の体を抱きしめ……。
「うわ、ひゃ、うわぁぉう!」
 ようとした途端、貴人が珍妙な声を上げ、俺の両肩を掴み引き剥がした。
 え、何?
 きょとんとなり貴人の顔を眺める俺に、奴はその顔を逸らしながらボソリと言った。
「お、女の子が、公共の場でこんな事しちゃダメだよ」
 言われて周囲を見ると、ギャラリーのサラリーマン達も苦笑している。
 ……そうか、俺今女だった。
 ゲームが楽しすぎて自分が今女子高生だということも、元々はオッサンだということも
忘れていた。
 先程までの俺の心は、当時ゲームに熱中していた男子高校生にまで戻っていたようだ。
 それが今、遠くで響く汽笛のような耳鳴りの音と共に、急激に現実……あまり現実的ではない現実へと引き戻されていく。
「悪い。ちょっとハシャぎすぎたな」
 肩に乗せられた貴人の手をのけて、俺は立ち上がった。
「あ、いや僕の方こそごめんね」
 背を向けた俺を貴人が追いかけてくる。
 拗ねたり落ち込んだりしていると思われるのも癪で、「別にいいよ」となんでもない風に返事はしておいたが……。
 女の体って、つまらん。
 初めての感想だったが、それが今、一番しっくりときた。

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