「Iam Not Heroine――僕らのモラトリアム」

 第二章 「He is Not Hero」 その7


 そして翌日、いつもより一時間早く寝るように促したゲヘナと共に俺は弁当作りを開始した。
 ついでにいつもの献立を是正しようとカノヌの姿を探すが、あの女はまだ来ていないようだ。
 同棲していると言ったくせに、自分は宇宙船で寝泊まりしているらしい。
 貴人とゲヘナ、ついでに俺の分の三人分の材料を、包丁の持ち方からゲヘナに教えつつ調理していく。
 メインは肉巻アスパラ。簡単にほうれん草のお浸しも作っておく。
 だし巻き卵は成功したらそのまま、失敗したらスクランブルエッグっぽくするつもりだったが、ゲヘナはセンスがあるらしく一発でしっかりとした形の物を作った。
 ちょっと焦げたが、それは愛嬌だ。
 うん、この娘はもうちょっと愛嬌を出した方がいい。
 思いのほかぎゅう詰めになった弁当箱におかずを詰め込みながら、俺はそんな事を考えた。
 ――んで、相変わらずコンビニ弁当の朝食を持ってきたカノヌを少し可哀想な目で見てから登校し、退屈な授業をゲヘナ達と並んで受けてようやく昼休み。
「にーちゃんちょっと面貸せや」
 教科書を仕舞いゼリーを取り出そうとする貴人の肩を、俺は優しく掴んだ。
「な、何かな?」
「いいから。おいゲヘナ」
「うん」
 俺が貴人を立ち上がらせ、通路に出してから促すと、ゲヘナは俺と反対側の貴人の腕をむんずと掴む。
 その表情はよく観察すると決意に溢れており、彼女の意気込みが伝わってくる。
「あ、なんか二人とも今朝から仲良いよね。ていうか何? どうしたの?」
「良いからちょっと来い。甘いもんやるから!」
「大丈夫。死にはしない。自信は無いけど」
「え、怖いって! ちょっと!? どこに連れて行くの!?」
 ヒントを出す俺と、やはり自分の料理が不安らしいゲヘナに引きずられながら、貴人は何やら叫んでいる。
 それを強引に屋上まで連れて行くと、二人を残して俺は扉を閉めた。
 ――この学校の屋上は、本来生徒には解放されていない。
 が、ここに来るまでにちょっとした出来事があり、この場所を内緒で使う事が出来るようになった。
 二人きりになれるし景色も良い。雰囲気づくりには絶好の場所だ。
 さて、覗き見も悪いし、俺も昼飯を食うか。
 そう考え、俺が教室に戻ろうと階段を降りた時だった。
「ちょっとアンタ!」
 あまり聞きたくなかった声が、俺の耳に響いた。
「んだよ、またお前か」
 廊下から顔を出したのは、生意気ポニーの三瓶瑠可だった。
 ……何となく邪魔が入る気はしていたが、こういう時来るのは、やっぱりこいつか。
「お前かじゃないわよ! アンタ、タカくんをどこにやったの!?」
「はーぁ? 知らねぇなぁ」
「トボけんじゃないわよ! アンタ達がタカ君を拉致したって情報は入ってるんだから!」
 ……どうやら酷い誤解が生まれているようだ。
 俺はともかくゲヘナの評判が落ちるのはまずい。そう思って俺は弁明した。
「拉致なんてしてねぇっての。いーから自分のクラス帰って飯食ってこい」
「誤魔化そうったってそうは行かないわ! ……さてはアンタの後ろね」
 ぐ、無駄に目ざとい。三瓶は視線を俺の背後に向けた。
「屋上は解放されてねぇだろ」
「あぁら、転校生がよく知ってるわね」
 俺の発言に、三瓶はしたり顔でニヤリと笑った。
「何を企んでるのか知らないけど、私がぶち壊してやるわ」
 墓穴を掘って動揺している俺の表情を読み取って、三瓶は確信を得たようだ。
 動揺した俺の隙をついて、彼女はその横をすり抜けた。
 まずい! 三瓶を追いかけようと、俺は急いで振り向く。
 が、その時には三瓶はスカートが翻るのも構わず獣のような素早さで階段を上り、既に屋上の扉へと手をかけていた。
 このままではあの女が屋上に乱入し、自分で言った通り全てをぶち壊しかねない。
 とにかくそれだけは防がなくては! 一瞬でそう考えた俺は、気付けば叫んでいた。
「お前みたいに貧相な体が行ったって、相手にされねぇよ!」
 ……叫んだ後、周囲が昼休みの喧騒から切り取られたかのように静かになる。
 俺の首筋を、冷ややかな汗が伝った。
「今、アンタなんてっ言った?」
 扉に手をかけていた三瓶が、ゆっくりと振り返る。
 その形相はまるで幽鬼のようである。
 しかしまだ足りない。そう判断した俺は、息を吸ってもうひと押しする覚悟を決めた。
「お前みたいなド貧乳。あいつのストライクゾーンからは遠く離れてるって言ったんだよ」
「アンタにタカくんの何が分かるのよ!?」
「だって俺、アイツに胸揉まれたしぃー」
「はぁ!?」
「あいつスッゲェテクニシャンなのな。思わず声が出ちまったよ」
 セリフはすっかり悪役の俺だが、あの時の事を思い出した体にはしっかり鳥肌が立っている。
 しかしここまで来たらもう破れかぶれだ。
 俺はポーズを取り、とどめの一言を奴に叩き込んだ。
「まぁ、この体が魅力的過ぎるのがいけないのかなー?」
「んでめぇもいだらぁ!」
 何を言ってるか分からない叫び声を上げながら、三瓶が階段を蹴り突進、もしくは落下してくる。
 十分身構えたつもりの俺だったが、あまりの気迫にたじろぎ、やはり胸狙いで来た三瓶の手をその先端にかすらせてしまう。
 ――いつもならそれで盛大な悲鳴を上げてのた打ち回る俺だが、今日は違う。
「何!?」
 かすった感触で、三瓶も異常に気付いたらしい。
 一旦後ろに引き、自らの手を開閉して違和感を確かめている。
 クックック、さぞ戸惑った事だろう。
 俺の胸の、硬い感触に。
「フハハハハ! こんな事もあろうかと今日は家にあるブラジャー全部つけてきたのだ!」
 気分がよくなった俺は、、そんな三瓶に勝ち誇ってネタばらしをしてやった。
「アホかアンタは!?」
 ラブコメにおいて、こういったイベントに邪魔が入るのは学習済みだ。
 それでなくとも、俺の胸は何時こういった襲撃や事故に遭うか分かったものではない。
 備えあれば憂い無しだ。あのあからさまな弱点さえ消えれば、小娘一人にこの俺がガチンコで負けるはずがない。
「なんとでも言えばいい! ガーッハッハッハッハッハ!」
 勝利を確信した俺が、そのまま背後が見えるほど体を反らせて高笑いをしていると。
 プチッ。
 聞きなれない音が、俺の背中の辺りから響いた。
 プチップチプチプチ。
 それは連鎖的に鳴り響き、まるで梱包材を潰すかのような解放感が俺の胸に去来する。
 ……解放感?
 胸の辺りを見ると、俺の乳房が四つに増えていた。
 いや違う。 ブラがズレ落ちたんだ。
 すると先程のはブラのホックがはじけ飛んだ音という事で……。
「……ちょっとタンマ」
「よく分かんないけどチャンスだってことは分かるわ」
「ひぃぃぃ!」
「待ちなさぁい!」
 俺が悲鳴を上げて退散すると、俺の乳を狙い追いかけてくる三瓶。
 アレな女に追いかけられるのはラブコメ主人公の役目だろ! 心中で叫びながら、俺は必死で三瓶から逃げ回った。

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